騎士団対抗武技魔闘技会 2日目 ①
騎士団対抗武技魔闘技会2日目。昨日よりは雲が少ない。
起床して着替えをしたらダイニングに降りる。パンを焼かないとね。お昼の分がたくさん要るから大変だけど嬉しい。パンを成形するのは楽しい。そうだ。四角い金型があれば食パンも焼けないかな?四角い金型があるかは知らないけど。
いつもより早く起きたから、大和さん達が帰ってくる前に庭に出れるかな。ミニクリームパンとミニフリュイパンを作りながら考えていた。大和さんがあんパンも食べたいって前に言っていたのを思い出して、黒あんを包んだ。ミニクリームパンはグローブ形に切れ目を入れて、ミニフリュイパンはラグビーボール形、黒あんパンは丸形にする。けしの実があればあんパンに乗せるんだけど、見つけられてないからセザムを付けてみた。たしかこしあんパンにはケシの実、粒あんパンには黒ごまをつけるって老舗のパン屋では決められているとか、聞いたことがある。
1回目を焼いている間にコッペパンの成形をする。今日の天然酵母はナツダイを使った物だからナツダイの香りがする。味はどうなんだろう?ナツダイは初めて焼くんだよね。ナツダイピールを練り込んでもいいかも。今はやらないけど。
「ただいま、咲楽」
「ただいま帰りました、サクラ様」
「天使様、ただいま」
あ、大和さん達が帰ってきちゃった。
「おかえりなさい、大和さん、カークさん、ユーゴ君」
「柑橘の香り?」
「え?あぁ、確かに」
「えぇぇ?する?」
相変わらず鼻が良いんだから。
「今日の天然酵母がナツダイの物だからですね。焼けました。ケーキクーラーで冷ましたら行きます」
「もしかして早起きした?」
「はい。お庭にも出たかったんです。その前に帰ってきちゃいましたけど」
話をしながらパンをケーキクーラーに乗せる。
庭に出ると、大和さんとユーゴ君はストレッチを始める。カークさんはストレッチはしないんだよね。しておいた方がいいですよ。たぶん。えっと何だったかな?疲労物質を排出しやすくするから、疲れが溜まりにくいとかなんとか。
カークさんと草むしりをする。とはいっても2人ともプティヴィブラを軽く発動させて抜きやすくしている。
「便利だよね、それ」
ユーゴ君が言う。
「草むしりって大変だもん。なかなか抜けない草とかあると、ものすごくイライラする。ホアだと余計にイライラするし、やる気が無くなる」
「ハズレ属性といわれていた時から、こういう手法は使っていましたよ。農家が使うのが主でしたが」
「今考えると、地属性って便利だよね。どうしてハズレ属性って言われてたんだろう?」
「攻撃に利用出来ないと思われていましたし、そもそもそういう使い方をしなかったからですね」
「攻撃に利用出来ない?そっか。今は使えるけど、知られてなかったしね。火属性とかは見た目が派手だし攻撃属性っぽいよね」
大和さんが立ち上がって舞台に向かう。今日も刀を使うらしい。
舞い上がる黄葉。吹き上がる旋風。激しい秋の風景。刀を使うって今日も何かあるの?確か昨日はオープニングパフォーマンスが有ったし。あ、でも、コーヒーが気合いを入れる為って言っていたよね。
大和さんが舞い終わって舞台を降りる。
「咲楽、どうかした?」
「どうもしないんですけど、昨日、今日と刀を使ったのは何故かな?って思って」
「別に理由は無いんだけどね。ユーゴに見せておきたいと思ってね」
「ユーゴ君に?」
「明日からはサーベルを使うよ。たまに刀も使うけど」
「刀を使う剣舞も好きですけどね」
「あの時の咲楽をもう1度見たいんだけどね」
「あの時の私?」
「薔薇色ホッペの瞳ウルウル咲楽」
「慣れちゃったんでしょうか?スゴくカッコいいんですけど、あの時のように感激しないっていうか」
「見せすぎたかな?」
笑ってこめかみにキスされた。
「大和さんって時々行動が唐突ですよね」
「咲楽が可愛いからついついやっちゃうんだよね」
家に入りながら話をしていたら、カークさんとユーゴ君に生暖かい目で見られた、気がする。大和さんはそのままシャワーに行っちゃうし。
「今日の2人のご予定は?」
「私は王宮でお手伝いですね」
「僕は昨日と同じ」
「私は今日は王宮ですね。王宮の救護所にいます」
「今日もターフェイアの方々と同じですか?」
「たぶん。何も聞いていませんけど」
「カークさん、今日は決勝なんだよね?どこが残ってるの?」
「王宮騎士団の1チームと、神殿王宮混合チームが本戦に進出していますね。後はやはり辺境領が強いです。今年は2領しか来ていませんが」
「何かあったの?」
「そこまでは。従者部屋の噂としては、辺境伯様がこの時期に増える魔物の幼体の駆除に力を割きたいと思った上での欠場だとか、まぁ、噂ですけどね」
「そっか。今の時期は魔物も繁殖期だもんね」
「後は王都までの費用の節約だとか」
「辺境だから遠いけど、それは無いんじゃないかなぁ?」
大和さんがシャワーから戻ってきて、コーヒーを淹れ始めた。
「大和さん、今日も何かあるんですか?」
「いや、別に何もないよ」
「そうですか」
「咲楽は今日は王宮だっけ?」
「はい」
コーヒーを片手に大和さんがテーブルに着いて、朝食を食べ始めた。
「俺は昼から闘技場だね。みんなで集まっての練習は今日までだから」
「トキワさんの言ってるのって、明日の事でしょ?噂になってるよ。フルールの御使者で騎士様達が何かするって」
「そうだろうな。隠してないし」
「それで、何をするの?」
「それはまだ言えない。明日になれば分かるさ」
「それはそうだけどね」
「ユーゴ君、今日は振り回されないと良いですね」
「どうやっても無理な気がする」
すっかり諦めモードのユーゴ君に、アドバイス出来る人は居ないよね。予想外の行動を予定外の時にする子どもが多いんだし。
朝食を終えて冒険者ギルドに出勤するユーゴ君に、お昼とお配り用のパンを渡して見送る。
「サクラ様、アレクサンドラさんから何かお聞きになりませんでしたか?」
戻ってきたら、食器洗いをしてくれていたカークさんに聞かれた。
「何も聞いてませんけど」
「おかしいな。少し前にローズ様を通じて何かを伝えると言っておりましたが」
「ローズさんを通じて?今日聞いてみます」
「そうしてください」
「何の用なんだろう?ジェイド商会に行った方が良いのかな?」
「どうでしょうね」
「咲楽、着替えておいで」
大和さんが降りてきた。入れ替わりに2階に上がる。出勤用の服に着替えて、薄手の上着を羽織って髪を纏めてリップを塗る。
「お待たせしました」
「行こうか」
3人で家を出る。
「着いてきているな」
「そうですね」
まっすぐ前を見たまま、大和さんとカークさんが言う。
「何がですか?」
「3人が着いてきている。咲楽、前においで」
「はい」
またあの人達かな?いい加減にして欲しい。
「報告だな」
「先に行って報告してきましょうか?」
「狙われている奴が単独行動をするな」
「しかし……」
「良いから。自分が犠牲になれば、という考えを捨てろ」
「しかし、そうすればサクラ様も、これ以上彼等に煩わせられる事はありませんよ?」
「それとこれとは話が別だ。咲楽だってカークを犠牲にして平穏を守りたいとは思っていない」
私だけ話に付いていけてない。話の内容は分かるんだけど、話に入れない。
「いつからですか?」
「朝のランニング時から」
「そんなそぶりを見せなかったくせに」
「奴等の潜伏場所とか探っていたからね」
「カークさんも?」
「はい。私はトキワ様程正確には分かりませんが、ある程度の訓練はしましたから」
「スゴいです。私はまだ、魔力循環が出来ないんですよね」
「咲楽は出来ていると思うよ。意図的に出来ないだけで」
「そうですか?」
「手を触れずに水を乾燥させたりしてたでしょ?」
「はい。ターフェイアでの話ですよね?」
「あれはどこから魔法を使ったの?」
「えっと……?あぁ、足からって事ですか?」
「そういう事。自分で意図しては魔力循環は出来ていないけど、無意識には出来ているよ」
出来てたんだ。意識してなかった。魔力循環を意識して出来るようになりたい。
「咲楽、今は危ないからね」
「はい」
やってみようと思ったら、大和さんに注意された。
王宮への分かれ道で大和さん達と別れる。
「サクラちゃん、どうしたの?行くわよ」
「カークさんを狙っている人達が、後をつけてたみたいです」
「この先は大丈夫だよ。行くよ、シロヤマさん」
「はい」
大丈夫って言われても、気になってしまう。でも、私が気にしていても何も出来ない。
「ライルさん、本当に大丈夫ですか?」
「この先は王宮だからね。妙な動きをすればすぐに騎士が駆けつけるよ」
「そうなんですけど」
「それにトキワ殿もカーク君も地属性を持っているでしょ?身は守れると思うよ」
「そう、ですね」
ソーリュストもあるし、大丈夫だよね。
「信じてあげよう?」
「はい」
言葉少なに施療院へ向かう。施療院から馬車に乗って王宮に行くんだけど。
「ライルさん、私達って施療院に行くと二度手間ですよね?」
「まぁね。それでもバラバラに行くよりみんな一緒の方が良いでしょ?」
「人がいっぱいだし、前からそうだったらしいわよ」
「前例に倣うのは良いんですけどね」
施療院に着くと、馬車の中で腕章を付ける。みんなが乗り込んだら王宮に出発。
「そうじゃ。シロヤマさんとリディー様は昼から闘技場に行ってくれんか?」
「闘技場ですの?」
「闘技場って、もしかして?」
「シロヤマさんは知っておるようじゃの。リディー様はあちらに着いたら分かるからの。まだ内緒じゃ」
「分かりましたわ」
「騎士が護衛に着くからの」
弓であの的を射るのに、施術師は必要なのかな?何の為に私達が要るんだろう?
王宮に着くと、いつものように浄化をかける事から始める。所長とライルさんが他領からの施術師との打ち合わせを行っている間に、浄化と間仕切りの設置を終える。今日は救護室を4ヶ所に増やして対応する。観客席に3ヶ所、騎士様用に1ヶ所。その振り分けは所長とライルさんが行う。今日はターフェイアとグリザーリテ以外にも施術師の手伝いが来てくれている。
「シロヤマちゃんとフォスは観客席の真ん中の救護室ね。ローズちゃんとリディーちゃんは奥の救護室。手前の1番忙しそうな所は僕。騎士達の救護室はライル君と先輩。それにそれぞれ他領からの施術師が入るはずだよ」
マックス先生が昨日所長と話し合ったであろうメンバー分けを教えてくれる。
「お昼からはシロヤマちゃんとリディーちゃんが抜けるからね。フォス、やれるよね?」
「が、頑張ります」
「ローズちゃん、無理そうだったら言うんだよ」
「分かりました」
「師匠のボクの扱いがヒドい」
開会前にそれぞれの救護室に移動する。
「よろしくお願いします」
私達の真ん中の救護室に来たのはグランテ先生と、マルゴア辺境領の女性施術師さん。
「1度王都に来たかったのよね。よろしくお願いするわ」
王都に来たいからという理由のみで、長旅で周りは男性だけという状況にも関わらず、立候補して付いてきちゃった彼女はコットさん。グランテ先生と同年代位の朗らかな先生だ。
「お昼から私はここを離れます。それまでよろしくお願いします」
「あら、そうなの?んん?貴女、おいくつ?」
「23歳です」
「息子と同じ位かと思ったわ。息子は今、17歳なのよ」
「その位に見られるのは慣れています」
「彼女は若く見えるが、施術師としては大したもんだ。欠点は自己肯定感の低さだな」
「そうですよ。もっと自信を持っても良いのに」
「あらあら。モテモテね、貴女」
「モテモテというよりは、叱咤激励されている感じがします」
「ほら、な?」
「本当ね。あら、どうかしたのかしら?」
「救護室ってここで良いんですか?人混みで足を痛めてしまって」
「転んじゃったの?」
コットさんに1番手を任された。というか、みんなに押し付けられたというか。
水属性で傷口を洗い流して施術する。擦過傷と足首の捻挫の処置を終えた。
「ふぅん。貴女は自分が凄いって分かっていないのね」
「このお嬢さんは考えてないだろうな」
「全く自覚がないと思います」
「王都の施療院所属じゃなかったら、辺境伯領に連れていきたいくらいだけど。辺境伯領は施術師が足りないのよ。魔物の被害も多いし」
「駄目ですよ、コット先生。彼女は王都に必要です」
フォスさんが引き留めてくれた。私も行く気はないしね。
お昼までに救護室を訪れた患者さんは擦過傷と捻挫が多い。中には屋台の人が、火傷したとかナイフで切ったとかいう人も来ていたけど。屋台は観客席にも少し展開されている。王宮から特別な許可を受けた人達だ。今までの信用も加味されていて、必然的に王都在住の大手商店の人が多い。実はヴァネッサさんのパン屋さんも王宮内に屋台を出している。どこにあるかは知らないけど、以前にヴァネッサさんに聞いた。