騎士団対抗武技魔闘技会 1日目 ②
予選が始まった。騎士団対抗武技魔闘技会の対戦方法は去年と同じ。1度経験しているからか、どの領も武器も色々使っているし、指揮官も手慣れている。
10時頃にターフェイア領騎士団の対戦があった。指揮官はバーナード・セント様。セント様は柔軟に事態に対処していて、あっさりと1回戦を突破していた。お昼前にはグリザーリテ領騎士団の対戦が行われた。指揮官はきっちりと作戦を練ってきているようで、容赦なく相手を追い込んでいく。グリザーリテ領も1回戦を突破した。ここからはお昼を挟んで決勝進出の8チームが決められる。
「サクラさん、お昼にしませんか?マクシミリアン先生の所に行きましょう」
「あちらから来てもらった方が良いと思います。あちらは騎士様の救護所ですけど、こちらは観戦者の救護所ですから、お昼休憩中に何があるか分かりませんし」
「そうだな。転倒した、と駆け込んでくる者も居らんとは限らん。あちらから来ていただくのが良いだろう」
「それでしたら、僕が行ってきます」
エミディオさんが走っていった。場所、分かるのかな?
「サクラさん、トニオさんが空間浄化が広がらないって言ってました」
「どの位まで出来ていますか?」
「施術室1杯位です。トニオさんのは屋外での話なんですけど」
「屋外でしたら、高さは2m位にして面積を広げた方が良いです。ドーム状にしても良いですね」
「ドーム状ですか。伝えておきます」
「シロヤマ先生とアイビー先生は、そんな高度な浄化を使えるのかね?」
「高度ですか?」
「空間浄化自体が難易度が高い。屋外での空間浄化なぞ最高難易度と言っても良い」
「ですって、サクラさん」
「と、言われても……」
「サクラさんは無自覚無意識の人ですからね」
「あ、ヒドい」
エミディオさんがマックス先生達を連れてきてくれた。
「いやぁ、スゴかったねぇ。あれがパフォーマンスだって言うんだから」
「サクラちゃん、サクラちゃん、あれ何?何だったの?」
「トリアさん、落ち着いてください」
「トリアさん、落ち着きましょう。騎士様達にも聞きまくってたじゃないですか」
「だってあんなの見た事が無かったんだもの」
「私達だって無いですよ」
私達が女性同士でお昼を食べながらきゃいきゃいやってたら、マックス先生とブレイク先生とグランテ先生とフォスさんは、男性同士でなにやら話をしていた。
「お昼からなんだけどね、僕とシロヤマさんはそのままで、他のメンバーを入れ替えるって事でどうかな?」
「私は構いませんが」
「他のみんなもそれで良い?グランテ先生も良いかな?」
「あぁ、それで大丈夫だ」
お昼からのメンバーは、私とトリアさんとフォスさん。転倒したと言ってお孫さんを救護室に連れて来た常連さんが、目をパチクリさせていた。
「別嬪さんが増えたねぇ」
「こちらの施術師先生はターフェイア領の先生ですよ」
「はぇ~」
治癒を終えたお孫さんにペチンと背中を叩かれて、痛そうに笑いながら常連さんとお孫さんは帰っていった。
ターフェイア領騎士団の2回戦が始まった。これに勝利すれば決勝。つい1月前まで居た所だから、どうしても応援してしまう。
「フォスさんは今までどこに居らしたの?」
「マックス先生に着いてあちこち転々としていました」
「えっ。あの先生も?放浪癖でもあるの?」
「放浪癖、ありますね。今度の王都の施術師募集でやっと落ち着いてくれました」
「大変ね」
「ありがとうございます。本当に、もぅ、大変でした」
調書には数ヵ月単位で、お助け施術師としてあちこちを転々としていたって書いてあったし、苦労もあったんだろうな、と思う。
フィールドではターフェイアの試合が続いている。セント様の声がここまで聞こえた。
「今頃アイビーちゃんが一生懸命応援しているわね」
「そうですね」
「アイビー先生ってあの指揮官と何か関係が?」
「お付き合いをしているのよ、あの2人。あら?私、指揮官と言ったかしら?」
「あぁ、彼が1番目立っていますからね。そうじゃないかと思っただけです」
フォスさんってもしかして鋭い?
ターフェイアはセント様の作戦が填まったようで、勝っていた。
ブレイク先生が静かだなぁ。そっと見ると、集中して何かをしていた。光属性の魔力が見える。
「ブレイク先生、どうかなさいましたか?」
「シロヤマ先生。すみません」
「今は患者さんも居ませんし、大丈夫ですよ。どうかなさったんですか?」
「空間浄化ですよ。王都の施術師が全員あんな簡単に発動出来るのは何故ですか?」
「ブレイク先生もあの講習会に居ませんでしたっけ?」
「居ましたよ。原理は理解しましたけどね。どうしても発動が遅くて」
「毎日使っていますか?」
「毎日?いえ、一緒に働く施術師と交代ですね」
「自分の診察室だけでも毎日使えば、発動は早くなりますよ」
「なるほど。毎日使うのですね」
グリザーリテ領の試合が始まった。さっきまでとはうってかわってブレイク先生が熱心に見ている。自分の領の騎士団だから気になっちゃうよね。
グリザーリテの騎士様達の動きが悪い気がする。もしかして疲れている?
「動きが悪いなぁ。どうしちゃったんだろう?」
「お疲れでしょうか?」
「疲れて?いや、そんなはずは……」
「ですよねぇ」
結局グリザーリテ領は負けてしまった。ブレイク先生がチラッと私を見てすぐに視線を戻す。行きたいのかな?こういうのははっきり言ってもらわないと、私に決断を委ねられそうで困る。
5の鐘近くに全ての試合が終わった。少し前から片付けを始めていたからここの片付けが終わったら、もう1つの騎士様達の救護所に向かう。
「シロヤマさん、もうちょっとで終わるから、待っててね」
「はい」
救護所に居たのはグリザーリテ領の騎士様。どうやら足首を捻挫したらしい。少し顔色が悪い気がする。
「ウジェーヌ殿?」
「ブレイク先生。ハハハ。情けない所を見られましたな」
「情けない事はないですが。先程の試合ですか?」
「ハッハッハ」
「先程の試合の後ですな。無理をなさいますな」
マックス先生がやけに重々しく言う。何があったの?
「試合の後?あの試合、何かありましたか?」
グランテ先生は黙っている。トリアさんが私をこっそりと手招きした。
「ねぇ、サクラちゃん。貴女って宿酔の症状を改善できるって言っていたわよね?」
「はい。何かありましたか?」
「ちょっと頼めないかしら?」
「どなたですか?」
「グリザーリテ領の騎士様2人」
「はい?」
別の部屋に案内される。青白い顔をした騎士様が2人座っていた。
「昨日飲みすぎたんですって」
「試合前日に?」
「面目ない……」
騎士様が項垂れている。ソファーがあったからそこに横になってもらって、処置をする。
「あの、もしかしてさっきのウジェーヌ様もですか?」
「はい」
どうやら緊張で飲みすぎたらしく、初戦はなんとか乗りきったんだけど、吐き気と頭痛で昼食も取れなかったらしい。羽目を外して飲み過ぎたんじゃないから、私には何も言えない。
処置が終わると2人ともスッキリした顔を見せた。ブレイク先生がウジェーヌ様を連れてきた。
「お3人ともどうなさったんです?」
「昨日、緊張で眠れなくて、飲みすぎてしまったのです。面目ない」
「面目ないって僕に言われても……」
まぁ、困るよね。ウジェーヌ様にも処置を施して、帰る事にした。
トリアさん達と闘技場で別れて馬車で施療院に戻る。施療院に着いて報告をした後、明日の予定を聞いた。
「明日は今日と逆じゃな。もっとも、闘技場の方は昼までじゃが。闘技場が終わったら全員王宮に移動じゃ」
「はい」
5の鐘が鳴って少し過ぎちゃったから、施療院を出てみんなで帰宅する。
「そっちはどうだったの?」
「去年とあまり変わりません。観戦者の救護所と試合をする騎士様達の救護所に別れていました。騎士様達の救護所は出入口近くの部屋でしたね。去年のように救護所が屋外に有るということは無かったです」
「そう。こっちも去年と変わらなかったわ」
「あの試合前のパフォーマンスはスゴかったですわ。私、ドキドキしてしまいました」
大和さんとカークさんとユーゴ君が歩いてくるのが見えた。
「王宮でもやっていたんですか?」
「闘技場でもやっていたの?」
「はい。おそらくは街門兵騎士のデモンストレーションではないかと思ったんですが」
「それで合っているよ。おかえり、咲楽。お疲れ様」
「大和さんもおかえりなさい。お疲れ様でした」
「トキワ様、あの動きはみんな決まっていたの?」
「えぇ。こう動いたらこう受ける。この動きの後にこの人が倒れるというのは細かく決めてありました。でなければああもスムーズには動けません」
「凄いねぇ」
屋台で色々買い集めながら、話をする。今日のリディー様もお迎えはお兄様だったからリディー様もお小遣いで屋台の物を買っていた。こういう経験は初めてらしく、楽しそうに買い物をしていた。
ローズさん達と別れて家に向かう。この時になってやっとユーゴ君が話し出した。
「オープニングのパフォーマンス、僕も王宮で見たよ。本当は闘技場に行きたかったんだけど、チビ達が王宮に行きたいって言ったんだ。困っちゃったよ」
「闘技場でも王宮でも、ほぼ動きは同じだぞ。俺のが見たかったのか?」
「うん」
「こうも素直に頷かれると、自分がひどく汚れているように思えてくる」
大和さんがボソリと呟いた。聞こえたのは私だけっぽい。
「私も闘技場で見ました。練習は何度か見ていましたが、迫力がちがいましたね」
「練習と本番は違うしな」
家に着いて、4人で夕食を食べながら今日の話をした。私は業務上の事は話せないから、主に話しているのはユーゴ君だけ。大和さんも巡回中の事は話せないしね。カークさんは元々自分の事は話さないし。
「チビ達の引率って疲れるね。あっち行きたい、こっち行きたいって振り回されたよ」
「子どもは好奇心の赴くままに動くからね」
「それでね、これ買ってきた。天使様にあげるよ」
「私に?ありがとう」
渡されたのは目の荒い布に刺繍された髪飾り。刺繍って言ったけど、縫ってあるのは真ん中とアウトラインだけ。その他は糸が浮いているし、刺繍糸で平織りのように経糸を掬ってある。でも、裏には糸がほとんど出ていない。
「珍しいですね。マウシット刺繍ではないですか」
「マウシット刺繍?」
「ゾイサミオ辺境領のマウシット村で作られていた刺繍作品です。マウシット村は今はありませんが、ゾイサミオ辺境領で生き残りの村民を保護したと聞いたことがありますので、その人達が作っているのではないでしょうか」
「今は無い?保護したって、何があったんですか?」
「もう20年程以上前の話ですが、スライムの変異種により一夜にして滅びたと聞きました」
「スライムの変異種?」
「私も見た事はないのですが、黒いスライムだったと言われております」
「黒いスライム……」
「冒険者ギルドには資料が残っていないのですよ。王宮の禁書庫に記録が有ると聞きました」
「禁書庫か。どうやって討伐したのか知りたいな」
「そこまでは私も覚えておりません」
夕食後にカークさん達は帰っていった。大和さんはお風呂に行っちゃったから、私は明日のスープとパンの仕込みを終えて、小部屋で貰った髪飾りを見ていた。
マウシット刺繍かぁ。どんな風に作っているんだろう?アレクサンドラさんとかリサさんは知らないかな?
「咲楽、風呂に入っておいで」
「はい」
今日の大和さんの殺陣はスゴかったなぁ。格好良かった。あれって殺陣で良いんだよね?いまいち分かんないけど。あの棒もヒュンヒュンって回したり相手の足を引っかけたり、あんな風に使えるんだ。大和さんってどんな物でも扱えちゃったりするのかな?
今日はあまり遅くならずにお風呂から上がった。髪を乾かして寝室に上がる。
「戻りました」
「おかえり。早かったね」
「大和さん、今日のあのパフォーマンスって殺陣ですか?」
「間違っちゃいないよ。技斗ともいうけどね」
「違いはなんですか?」
「一般的には時代劇のものを殺陣、現代劇のものを技斗とか擬闘っていう。一般的に殺陣は刀等を用いたアクションなのに対して、技斗はそれらを用いない素手のアクションが中心だったりする。技斗は現代殺陣ともいうけどね。だから今日のは技斗かな?」
「素手のも入っていたから?それに棒を使っていましたよね?」
「杖術というか棒術というか。あれはね、アートルムさんから教わった。彼は黒狼族の中でも棒術を得意としていたそうだよ」
「そうなんですか?」
「黒狼族の里から降りてくる時に杖を使うから、自然に上達したって笑っていた。もちろん格闘術も得意でね」
「対戦しました?」
「した。ヴォルフともやったよ。時間制限は有ったけどね」
「だから怪我をしていないんですね」
「それもあるけど、魔術師達に施術してもらったっていうのもある」
「大和さん、怪我したんですか?」
「打撲ぐらい?後は無いかな」
「パフォーマンスをする事を秘密にしていたから?」
「そういう事。だから施術するのも筆頭様とアリス嬢だけ」
「お疲れ様でした」
「うん。咲楽もね。さぁ、もう寝よう。おやすみ、咲楽」
「おやすみなさい、大和さん」