50
「所長、結界は?」
「我々と正規の騎士以外出入り出来なくしてある」
その後大きな音が何度かと怒鳴り声が聞こえて静かになった。
「なんだったの?」
ルビーさんが声を震わせて言う。騎士様が姿を見せた。濃青に銀ボタン。王宮騎士様?
「お騒がせいたしました。あれ天使様?騎士トキワ、天使様が居た」
呼ばれて大和さんが姿を見せる。
「咲楽ちゃん、まだ待ってたの?送ってもらって帰ったかと思った。もう少しかかりそうだけど、どうする?」
「どうするって……帰ります」
「送って行くよ」
「お仕事中ですよね。そっちに集中してください」
「でも……」
「大丈夫です。迷ったりしません」
「いや、そっちは心配していないけど」
「じゃあ、どっちの心配ですか?」
「もう暗いから、そっちの心配」
大和さんと話していたら騎士様達から笑い声がする。ナザル所長まで笑ってた。
「ほら、騎士トキワ、彼等だろう?来てもらった」
1人の騎士様が笑いをこらえながら指し示した先には、ダニエルさん達が居た。
「彼等に送っていってもらうと良い」
「ダニエルさん達は依頼は終わったんですか?」
「今からシロヤマ嬢を送っていくことが最後の依頼です」
えっ?
「彼等は冒険者だろう?どちらの負担にもならないように、依頼という形にした」
さっきの騎士様がそう言ってくれた。
「咲楽ちゃん、送っていってもらいなさい」
「はい」
「俺だけは入れるようにしておいてくれたら、眠ってしまって良いから」
「そんなに遅くなるんですか?」
「分からない」
「お夕飯は?」
「こういう時はちゃんと出るらしいから。ほら、早く帰りなさい」
ルビーさんとマルクスさんは西の市場に寄って帰るみたい。
「気を付けてくださいね」
「分かってる」
大和さん達は王宮騎士団の詰所に行って報告があるんだって。王宮への分かれ道までは一緒の方向だから、そこまで一緒に行って、そこからダニエルさん達に送ってもらった。
「お手数お掛けしてすみません」
「こういうのも実績になるんです。手伝い系の依頼ってバカに出来ないんですよ」
「そうそう。こういうので顔繋ぎも出来るし」
「今日はどんな依頼だったんですか?」
「強盗事件の民家の後片付けが2件と薬草採取の護衛です」
「朝の内に民家の後片付けを済ませて、昼からは街門の外に行っていました」
「久しぶりに蜂に会って、ハチミツをもらいました」
「あの草原に行ってたんですか?」
「そのもうちょっと先です。黒……トキワ様が馬を走らせに行った方角ですよ」
「サクラ様、疲れてないですか?」
「私は大丈夫です。皆さんこそ疲れてないですか?」
「僕らは体力だけは自信あるんで」
「でもな、そろそろちゃんと拠点を決めないとな。いつまでもヘリオドール様に甘えてる訳にいかないし」
「かといって、今建ててるのってスラムの住民用だろ?自分等が入って取っちゃう訳にいかないし」
そんな事を話している内に家に着いた。
「一休みしてってください」
「いえ、報告をしたいので。ここにサインだけいただけますか?」
「お願いがあるんです。暖炉を付けてって貰えませんか?私はそういうのが苦手で……」
ダニエルさん達はしばらく相談していたけれど、中に入ってくれた。
「暖炉ですね。あぁちゃんと熾火がある。これなら簡単ですよ」
そう言って暖炉に火を入れてくれたのはアッシュさん。ブランさんの双子のお兄さんだそうだ。
「サクラ様、お夕食は?」
「簡単に済ませちゃいます。皆さん、お飲み物はいかがですか?」
「いえ、もうお暇するんで。失礼します。シロヤマ嬢も気を付けてくださいね」
簡単に夕食を済ませて、お風呂に行く。本当は大和さんが帰ってきてからの方がいいんだろうけど。
雨が降りだしたみたい。ざぁざぁという音が聞こえる。
6の鐘が鳴った。まだ大和さんは帰ってこない。リビングで編物をしながら待っていることにした。マフラーに必要な長さは大体身長ぐらい、と教わった。今ではいろんな長さがあるみたいだけど、私が編むマフラーはずっとこの長さだ。
雨の中1人でいると雨に閉じ込められたような気分になる。それも嫌いじゃなかったんだけど、今は心細い。
「ただいま」
そう言って帰ってきた大和さんは全身が濡れていた。
「おかえりなさい」
タオルを持っていくと驚かれた。
「まだ起きてたの?寝ててくれて良かったのに」
そう言った大和さんから薫った甘い香りとタバコの匂い。
「タバコの匂いがします。それから甘い香りも」
「酒場に連れてかれたからね」
「女の人もいたんですか?」
「いた。だから逃げてきた。ああいうのは好きじゃない」
そう言ったけど、確かめる術はない。
「とりあえず、お風呂に行ってください」
「分かった。行ってくるね」
大和さんはお風呂に行った。私はどうしよう。
寝室に行く気になれなくて、リビングで座ってた。編物をしていてもさっきの甘い香りが気になった。
多分あれって香水だよね。しかも大和さんから薫ったってことは、その香水を付けた女性が大和さんに触れたってことだよね。雨に濡れても取れてないってことは、コートの下に触れたってことだ。
酒場に連れてかれたって事はお酒を飲んできたって事?そういえばお酒は強いみたいな事を聞いた気がする。
「咲楽ちゃん、寝室に行くよ」
いつの間にか居た大和さんが、暖炉の火の始末をしてくれながら私に言う。
「髪の毛、乾かしちゃったんですか?」
「やってもらえばよかったね」
「お酒……」
「ん?」
「飲んだんですか?」
「そんなに飲んでないよ。酔ってないでしょ?」
そう言って私を覗き込む。
「何を考えてるの?」
「大和さんから……何でもありません!!」
そう言って寝室に駆け込んだ。ベッドに俯せになって顔を隠す。色々聞きたいことはある。甘い香水はどうして付いたのか、とか、どんな女性が付けてたのか、とか、『ああいうの』ってどういうのなのか、とか……。きっと今、酷い顔をしている。
「咲楽ちゃん」
寝室に来ていた大和さんが優しい声で名前を呼ぶ。
「酒場って女の人が居るんですよね」
「居たね」
「大和さんから香水の匂いがしました」
「どんな人が付けていたのか、とか気になる?」
黙っていたら、ため息が聞こえた。
「咲楽ちゃん、聞きたい事には答えるから、こっち向いて?」
首を振る。だって今、大和さんの顔が見られない。
大和さんの腕が伸ばされて、そのまま抱き締められた。
「咲楽ちゃん」
耳元で囁かれる。
「やっ!!」
「止めてあげないよ。こっち向いて?」
「だって今、酷い顔をしてるもの。見せたくないです」
「咲楽ちゃんはどんな時でも可愛いから。顔を見せて?」
「可愛くなんて無いです」
「可愛いよ」
額にキスが落とされる。
「大和さんはいつもキスで誤魔化そうとします」
「誤魔化す気ならもっと上手くやってる。何が聞きたかったの?」
黙っていられなくなって聞いてしまった。
「香水の女性の事、です」
「無事に強盗犯を全員捕まえたっぽいから、って、酒場に連れてかれた。そこで夕飯を食べたんだけど、女性が寄ってきた。その女性が『酔ったから部屋に連れって』って嘘を吐いてきたから部屋に放り込んで逃げてきた。キツい香水の匂いをさせてたから、その時に付いたんだと思うよ」
「抱き上げて運んだんですか?」
「したくなかったけどね」
「したくなかった?」
驚いて顔をあげる。
「やっと顔をあげてくれたね。咲楽ちゃん以外抱き上げるなんてしたくないよ。緊急時とかなら別だけど。嘘を吐いて男を連れ込む気が満々だったからね。ただ、撓垂れかかってきて鬱陶しかったから運んだ」
「それなら良いです」
「もう遅いし寝ようか」
しばらく黙っていたけど、勇気を出して呟いてみた。
「大和さん、抱き締めててください」
ちゃんと聞こえてたみたい。大和さんの嬉しそうな声が聞こえた。
「喜んで。咲楽ちゃんの気が済むまでね」
「多分そのまま寝ちゃいます」
「うん。おやすみ」
「おやすみなさい」
ーー大和視点ーー
強盗団を供述通り捕まえられた為、祝杯をあげると言って酒場に連れていかれた。場所は西地区。「帰る」と言ったが強引に連れていかれた。既に酒と料理と女性が用意されていた。団員達が喜んでいたからこれが目的だったようだ。熱心に誘ってきていた団員がかなりキツい酒を勧めてきた。酔い潰そうとしてるのか?勿論返り討ちにしてやったが。
隣に座った女性が撓垂れ掛かってきた。甘ったるい香水の匂いが鼻に付く。「酔っちゃったから部屋に連れてって」等と言ってきたが鬱陶しい。そのまま離そうとしたのに離れない。仕方がないから抱き上げて部屋まで運んでベッドに放り投げてきた。
「帰ります」と騎士団員の1人に告げ、幾何かの金を置いて、酒場を出る。
騎士服からあの女の甘ったるい香水の匂いがする。雨が降ってきたがそのまま濡れて帰った。雨が匂いを消してくれるように願いながら。
家に帰って驚いた。咲楽ちゃんがまだ起きていた。当然、香水とタバコの匂いには気が付いたようだ。
風呂を済ますと、匂いは幾分和らいだが、まだ残ってる気がする。ため息を吐きながらリビングに行くと咲楽ちゃんが居た。何かを考え込んでいる。香水の匂いについて聞きたいんだろうな。そう思って声をかける。
「咲楽ちゃん、寝室に行くよ」
「髪の毛、乾かしちゃったんですか?」
「やってもらえばよかったね」
「お酒……」
「ん?」
「飲んだんですか?」
「そんなに飲んでないよ。酔ってないでしょ?」
そう言って咲楽ちゃんの顔を覗き込む。
「何を考えてるの?」
「大和さんから……何でもありません!!」
そう言って寝室に駆け込んでいった。妬いてくれた?その事を喜んでいる自分に、軽い嫌悪感を覚えながら、火の始末を確認し、結界具の設定を変える。
寝室に行くと咲楽ちゃんは俯せで寝転んでいた。
「咲楽ちゃん」
なるべく優しい声で名前を呼ぶ。
「酒場って女の人が居るんですよね」
「居たね」
「大和さんから香水の匂いがしました」
「どんな人が付けていたのか、とか気になる?」
そう聞いたら黙り込んだ。まぁ、気になるよな。自己嫌悪のため息を吐いて、話しかける。
「咲楽ちゃん、聞きたい事には答えるから、こっち向いて?」
首を振る。顔を上げてくれない。怒らせたか?
腕を伸ばして、強引に抱き締める。
「咲楽ちゃん」
耳元で囁く。
「やっ!!」
抵抗された。でも止めてやらない。
「止めてあげないよ。こっち向いて?」
「だって今、酷い顔をしてるもの。見せたくないです」
酷い顔、ね。
「咲楽ちゃんはどんな時でも可愛いから。顔を見せて?」
「可愛くなんて無いです」
「可愛いよ」
額にキスを落とせば予想外の言葉が返ってきた。
「大和さんはいつもキスで誤魔化そうとします」
誤魔化す?そう思ってたか。
「誤魔化す気ならもっと上手くやってる。何が聞きたかったの?」
「香水の女性の事、です」
やっと聞いてくれたから時系列に沿って話した。
「無事に強盗犯を全員捕まえたっぽいから、って、酒場に連れてかれた。そこで夕飯を食べたんだけど、女性が寄ってきた。その女性が『酔ったから部屋に連れって』って嘘を吐いてきたから部屋に放り込んで逃げてきた。キツい香水の匂いをさせてたから、その時に付いたんだと思うよ」
「抱き上げて運んだんですか?」
「したくなかったけどね」
「したくなかった?」
驚いた顔がこっちを見た。
「やっと顔をあげてくれたね。咲楽ちゃん以外抱き上げるなんてしたくないよ。緊急時とかなら別だけど。嘘を吐いて男を連れ込む気が満々だったからね。ただ、撓垂れかかってきて鬱陶しかったから運んだ」
「それなら良いです」
「もう遅いし寝ようか」
しばらく黙っていた彼女の、小さな小さな声が聞こえた。
「大和さん、抱き締めててください」
ずいぶんと可愛い事を言う。不安だったのかな?
「喜んで。咲楽ちゃんの気が済むまでね」
「多分そのまま寝ちゃいます」
「うん。おやすみ」
「おやすみなさい」
抱き締めていると、少しして寝息が聞こえてきた。
咲楽ちゃんといると安らぐ。穏やかになっていくのが分かる。
そろそろ寝よう。明日もダニエル達は居るんだろうか。雨があがってれば良いが。
腕の中の咲楽ちゃんに口付けをして眠りについた。
ーーー異世界転移31日目終了ーーー
大和は明らかに嘘をついて自分に迫ってくるような女性が嫌いです。
傭兵時代に強引に言い寄られた事が何度かあった、と言う裏設定です。
顔が良くて、長身で、所作も洗練されていて、鍛えられていて、と言う「連れて歩いて自慢できる男性」ですので、自分に自信がある女性なら言い寄る人もいるんじゃないか、と言う……妄想です。
こんな人、本当に居るんだろうか……