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異世界転移って本当にあるんですね   作者: 玲琉
3年目 芽生えの月
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芽生えの月、第4の光の日。


先週の白い法衣の人(光神派)の訪問で、狙われているのがカークさんだと分かった。冒険者ギルドとしても放っておく訳にいかないと、王都の冒険者ギルドに特別依頼が出されたらしい。内容は『ギューダ領の光神派の本拠地(ホームグラウンド)への潜入』。ユーゴ君情報じゃないよ。施療院に来た冒険者さん情報。ギューダ領近辺の出身の冒険者さんが何名か依頼を受けて旅立ったらしい。その他にも光神派と思われる人と接触したら、その情報を共有すると決められたらしい。


今日はとても良い天気だ。朝起きて、着替えをしたらパンの成形と二次発酵に移る。クリームパンが冒険者ギルドのお姉さま方に人気だったらしくて、ユーゴ君が一昨日魔空間から卵と牛乳と砂糖と小麦粉を出してきた。いつもパンを渡すお姉さま方から預かったんだって。ヴァネッサさんにはレシピを渡してあるんだけど、「それは天使様のレシピでしょ?天使様が登録したら使わせてもらうよ」って言われてしまって、街のパン屋さんではまだ売っていない。材料は教えて欲しいって言われたから教えたけど、これは私に作れって事だよね?無理だよ。これで商売をしているんじゃないんだから。


昨日、リンゼさんと仲間の女性冒険者さんが来てくれて、一連のクリームパン騒動について「私達できっちり叱っておいたからね」って言ってくれた。お礼にミニフレイズ(いちご)フリュイ(ジャム)パンをあげたら、ものすごく喜んで、その後お説教された。「天使様のはどれも美味しいんだから、そんなにホイホイ渡さないの」って。一緒に居たユーゴ君に大笑いされた。


パンを焼いていると、大和さん達が帰ってきた。


「ただいま、咲楽」


「ただいま帰りました、サクラ様」


「天使様、ただいま」


「おかえりなさい、大和さん、カークさん、ユーゴ君。パンが焼き上がったら庭に出ますね」


焼き上がったパンをケーキクーラーに移して庭に出る。瞑想を終えた大和さんが立ち上がって舞台に向かった。


『秋の舞』を舞う大和さんをユーゴ君が真剣な眼で見ている。まだ振りを教えて貰っていないらしいから、見て覚えようとしているんだと思う。大和さんもそのつもりらしく、ここのところ毎朝舞われるのは『秋の舞』だ。


ユーゴ君の『秋の舞』はどんな風景を見せてくれるんだろう。今から楽しみだ。


舞い終わった大和さんが舞台を降りる。カークさんとユーゴ君が家に入った。


「咲楽、良い匂いがする」


抱き締められて、スンっと音がしたんだけど、もしかして匂いを嗅いだの?


「パンを焼いていましたからね。その匂いじゃないですか?」


「そうかもね。咲楽は甘い匂いがするね」


「変態チックな言い方をしないでください」


「でも、実際に良い匂いだし」


「行動も変態さんでした……」


「変態じゃないからね?誤解しないで?」


「どうでしょう?」


「呆れられた!?」


大袈裟に嘆いてみせる大和さんをギュってしてから一緒に家に入る。


「トキワ様、ご機嫌ですね」


「良い事があったからな」


大和さんがシャワーに行った後、カークさんとユーゴ君に一斉に見られた。


「何があったの?」


「おそらくサクラ様関連でしょうけど、何をなさったんですか?」


「何がって……。何も?」


「サクラ様から何かをなさったとか?」


「私から?あ、えっと……」


最後のギュってしたアレかな?


「何をなさったのです?」


「秘密です」


「教えてよ、天使様」


「内緒です。はい。スープと朝食プレートです」


「サクラ様、パンはこれですか?」


「はい。お願いします」


大和さんがシャワーから出てきて、朝食にする。


「トキワ様、今日はいったん冒険者ギルドに行ってまいります」


「脅威は無くなったと思うが十分気を付けろよ」


「はい」


「トキワさん、ちょっと相談があるんだけど」


「相談?構わないが」


「夜でも良い?」


「良いぞ」


ユーゴ君の相談って何だろう?こういう時、私に相談が出来ない事なんだろうな、ってちょっと寂しい。男性の相談は私は役に立たないし。男性の相談だけじゃないけどね。


「あっ、そろそろ行かなきゃ」


「ユーゴも気を付けるんだぞ」


「はぁい。いってきます」


「いってらっしゃい」


お昼を渡して見送る。


戻ってくると、カークさんが食器を洗ってくれていた。大和さんは居ない。


「トキワ様は着替えに行かれました」


「はい。いつもすみません」


「サクラ様も積極的になられましたね」


「えっ」


「トキワ様が嬉しそうに仰っておられました。『咲楽から抱き付いてくれた』と」


「大和さん、バラしたの!?」


「私が聞き出したのですよ」


「でも、大和さんは言いたくなければ絶対に言いませんよ?」


「それはそうなのですが」


「咲楽、着替えておいで」


なんともタイミングよく声をかけた大和さんをちょっと睨んで、着替えに上がる。大和さんの手のひらの上で転がされている感が拭えない。


出勤の為に着替えて、髪を纏めてリップを塗ったら出勤準備は完了。


「お待たせしました」


なんだか雰囲気が重い?


「大和さん、カークさん。お待たせしました」


「準備は出来た?行こうか」


「はい」


3人で家を出る。


「後程王宮騎士団に伺います」


「あぁ、気を付けてな」


カークさんは別の方向に歩いていった。


「さっき、何かあったんですか?」


「もうすぐ花の月だからね」


「はい。そうですね」


「去年というか、前の花の月の末頃にユーゴは母親に会いに行ったんだよ」


ちょっと辛そうに大和さんが言う。私に聞かせたくなかったんだと思う。


「今年も行くんですか?」


「そのつもりだと、カークが相談を受けたと言っていた。今朝言っていた相談もその件だと思う。咲楽には知られたくなかっただろうけどね」


「ユーゴ君は私に対して、要らない罪悪感を持ってくれているんですよね」


「それは仕方がないでしょ」


「分かるんですけど」


「あの事件の傷は封じられているけど、あの女に対する恐怖とかは消えてないでしょ?」


「はい」


あの人に対する恐怖は消える事はあるのかな?消えるにはきっと長い時間が必要だ。繋いでいた手を離されて、頭を引き寄せられた。


「俺もカークも、この話題には慣れることが出来ないんだよ。だけど避けられないからね。話しているとどうしてもあんな雰囲気になる。子が親に会いたいと思うのは、自然な感情だと思うしね」


「そう、ですね」


私には分からないけど。私の親に会いたいとは思わない。特に母親。彼女は私にとって悲しさと痛みしか与えてくれなかった人だから。父親には何の感情も浮かばない。体面を気にする人だったから、お金だけは出してくれた。そこは感謝している。そうじゃなければ看護学部に通わせてもらえなかっただろう。


「相変わらず仲が良いわね」


その声に振り向こうと思って、失敗した。だって大和さんが手を離してくれないんだもん。


「おはようございます、アリスさん」


仕方がないからそのまま挨拶したら、笑いを含んだ声で返された。


「おはよう。トキワ様、離してあげたら?苦しそうよ?」


「何をしているんだ?こんな所で」


「昨日実家に行っていたから、今日は実家からの出勤なのよ。ねぇ、シロヤマさん、ルビーはどう?」


「もうすぐだという話は聞いています。ただ、この頃お休みばかりで」


「2人以上居るかもって聞いたわよ」


「はい。私もそう聞きました」


「たぶんね、何かあったらルビーの家に呼ばれると思うわ。ルビーはシロヤマさんを信頼していたし。モルガさんもね」


「アリスさんはモルガさんを前から知っていたんですか?」


「母が仲が良いのよ。子どもが産まれるっていうのはおめでたい事だから、そこまで口をつぐむ必要はないしね。無いわよね?」


「本人が黙っていて欲しいという要望がなければ、ですね。見て分かってしまうことでもありますし」


「2人以上って、普通だったらそうかもって分かった時点で魔力を探れる魔術師に依頼が来るんだけど、来ていないのよね」


「ナリヤさんが、自信が無さそうに、2人以上居る気がするって言っていました」


「あぁ、あの子ね。困ったわね。押し掛けるわけにいかないし」


王宮への分かれ道にはライルさんとローズさんが居た。


「あら、アリス。おはよう。珍しいわね」


「実家からの帰りよ。いい加減に結婚しろって言われちゃったわ。好い人は居ないのか?って。無視していたんだけど、昨日家に帰ったら、お見合いの姿絵を見せられたわ」


「アリスはモテていたんだから、もっと真剣に探せば良かったのに」


「仕方がないじゃない。そんな事は考えてなかったんだから」


ツンっとそっぽを向いて、そのままアリスさんは行ってしまった。


「相変わらずね。おはよう、サクラちゃん」


「おはようございます、ローズさん」


「今日も送ってくださるの?トキワ様」


「いえ。お2人にお任せします。よろしくお願いします」


「ふふっ。分かりましたわ。任されます」


「じゃあね、咲楽。行ってくる」


「はい。いってらっしゃい。お気を付けて」


私の頭をポンポンとしてから、大和さんが王宮へ歩いていくのを見送る。


「あれ?今日はカーク君は居ないの?」


「おはようございます、ライルさん。カークさんは冒険者ギルドに寄ってから騎士団に行くそうです」


「へぇ」


「ねぇ、サクラちゃん。ルビーの子どもが生まれたら、お祝いを一緒にしない?」


「良いですね。これって定番があったりするんですか?」


「そうね。食器を贈る事が多いかしら」


「貴族は護り石だね」


「護り石?」


「その家に伝えられている身を守ってくれる宝石(いし)だよ。フリカーナだったらフリュオリンヌだね」


「フリュオリンヌですか?」


「僕のは僕の眼のような色の宝石(いし)だよ。いろんな色があるって言われている。僕のは青だけど、姉上のは緑だった」


「へぇ。いろんな色があるんですね」


「ウチのような新興貴族には無いのよ。でもお祖父様が緑色の綺麗な石の置物を大切にしていらしたわね」


「もしかして、ジェイドってその石から取ったんでしょうか?」


「なぁに?何かあるの?」


「向こうではジェイドって翡翠って宝石(いし)だったと思うんです」


「翡翠?」


「緑色の不透明な宝石(いし)です。一概にそうとは言えませんけど。ネフライト(軟玉)ジェダイト(硬玉)の二種類があって、置物になっていたというならネフライト(軟玉)でしょうか?」


「そうなのね」


「お祝いなら僕も交ぜて欲しいんだけどね。所長もマックス様もそう言うと思うよ」


「あの狐人族さんのお店はどうですか?」


「狐人族さんのお店って、ヴィクセンの事?そうね。あそこならいろんな食器が揃っているわね」


施療院に着いた。着替える為にライルさんと別れる。


「ねぇ、ルビーって何か意味があったりする?」


「ルビーは赤い宝石です」


「赤なの?」


「はい。ピション・ブラッド(鳩の血色)が最高級と言われていたと思います」


「えっ?血の色?」


「はい」


「そうなの……」


何故か考え込んでしまったローズさんを置いといて、着替えを済ませる。


「ローズさん、行きましょう?」


「待って。サクラちゃん、早いわね」


「何を考えていたんですか?」


「ライル様が護り石の話をしていらしたじゃない?ヴェルーリャ家の宝石(いし)は何だったかな?って思い出していたのよ。婚約を結んだ頃に聞いた気もするんだけど」


更衣室を出て、診察室に向かう。


「ヴェルーリャ様に聞いてみるしかないのでは?」


「そうね。お聞きしてみようかしら」


「ローズ様、天使様、ごきげんようですの」


「「リディアーヌ様?」」


「はい。所長様に来なさいと言っていただきましたの。フルールの御使者(みつかい)が終わったら戻ります」


「期間限定ね。よろしくね」


待合室がザワッとした。何人かが外に飛び出していった。大丈夫なんだろうか?怪我をしていない人だよね?


リディー様は私が使わせてもらっているルビーさんの診察室に、ニコニコとして座っている。今日は見学なんだそうだ。フォスさんはマックス先生に泣きついていた。「フルールの御使者(みつかい)ばかりだとは知っていたけど、未成年の部の1番馬車まで揃っちゃったじゃないですかぁ!!シロヤマさんが戻ってきたのにもようやく慣れてきたのに」だそうだ。プチパニック?そんな事を言われてもねぇ。


3の鐘少し前、11時頃に待合室で大声が聞こえた。マルクスさんのお家の木工職人さんが飛び込んできたらしい。


「助けてください。若奥さんがっ!!」


「何があったのじゃ」


所長の声が聞こえる。


「モッ、モルガさんとっ、ナリヤさんがっ、施療院に行ってっ、誰かを呼んできてくれって」


「僕が行きます。シロヤマさん、一緒にお願い出来る?」


「はい」


マックス先生が急いで用意をする。私も往診のために立ち上がった。この世界ではドクターバッグなんて要らないから、手軽でいいね。


「天使様、行ってしまわれますの?」


「はい。行ってきます。何かあったのは間違いなさそうですから、ルビーさんも赤ちゃんも無事であるように祈っていてください」


ルビーさんは多胎児かもしれないと言っていた。花の月が予定だと言っていたけど、早くなったのは多胎児なら有りうるよね?しかも初産だし。


木工職人さんに案内されて、マックス先生と一緒にマルクスさんのお家に着いた。







ネフライト(軟玉)ジェダイト(硬玉)は組成的にはなんら関係のないものですが、見た目が似ていることからどちらも翡翠と称されています。


一般的には軟玉は半貴石に分類されます。中国で翡翠として称されて販売されるものは現在でも軟玉が多いようです。「翡翠の置物」として売られているものは、ほぼネフライト(軟玉)らしいです。中国では軟玉しか産しなかったこともあり軟玉も宝石とみなされています。


日本は比較的宝石の産出しにくい国ですが、翡翠、瑪瑙、琥珀、水晶等は日本で採掘できます。簡単に見つけられる物ではありませんが。

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