492
「それは宣誓の儀式の時だけだよね。お披露目の会では衣装チェンジをするって聞いたけど」
「お色直しですね」
「天使様は色白だし、濃い色は止めた方がいいね。コリンさん、どう思う?」
「そうねぇ。本来ならトキワ様の色を纏わせたいのだけど、トキワ様もブラウン系統なのよね。オレンジとかかしら」
「師匠から素材は任せてって言われているよ。シルクでも何でも用意するからって。奥様と旦那様から許可はもぎ取ったって言っていたよ」
「父様と母様もサクラちゃんを気に入っているものね」
アレクサンドラさん、もぎ取ったって……。ローズさん、にこやかに言いましたけど、ご両親は私が気に入っているから許可を出したんじゃないと思います。嬉しいですけどね。
3の鐘の少し前に、ローズさんと神殿をおいとました。ダフネさんはジェイド商会に戻ってやることがあるんだって。
「サクラ様」
「カークさん。もしかして例の件ですか?」
「はい。バラの精霊様もご一緒にどうぞと」
「何の話?」
家に帰る途中でカークさんに会った。闘技場の観覧の許可を伝えてくれたんだけど、良いのかな?
「カークさん、特別にって訳じゃないんですよね?」
「はい。演出ではありますが、御使者様の演出ではございませんので」
「それなら良いんですけど」
「ねぇ、何の話?」
ローズさんに背中をツンツンとつつかれた。
「やっ。止めてください。話しますから」
ローズさんにフルールの御使者の演出について話したら、当然のように行きたいと言った。そうでしょうね。
カークさんは王宮に戻っていった。私とローズさんはバザールに向かう。昼食を食べないとね。
神殿地区のバザールの入口で案内の子を頼む。今日の案内人は女の子。メリッサと名乗った。
「よろしくね、お姉さん達」
「こちらこそよろしく」
「屋台広場で良いの?」
「えぇ。おすすめの物も教えて?」
ローズさんがメリッサちゃんと話をしながら歩いていく。メリッサちゃんは物怖じしない子らしくて、ローズさんにも積極的に話しかけている。
屋台広場で昼食にする。メリッサちゃんのおすすめはホブスサンド。薄切りのお肉とたっぷりのお野菜にゆで卵。ちょっとピリ辛のソースがかかっている。
「あら。美味しいわね」
「美味しいでしょ?私はこれが大好きなの」
メリッサちゃんがニパッと笑う。大人びた言動もあるけど、笑うと年相応だと思う。
「サクラちゃん、来週からの事なんだけど」
「はい」
「ルビーのお休みも近くなってきているから、業務とか勤務体制の見直しをするってライル様から聞いたわ。サクラちゃんも何か予定があるなら、先に言っておいた方が良いわ」
「予定ですか?」
「えぇ。騎士団対抗武技魔闘技会では例年通り要請が出されると思うわ。フルールの御使者の方は何も言われていないけど。ターフェイアの人達も来るんでしょう?」
「そう聞いています」
「それならその事も所長達に話しておいた方が良いわ」
「分かりました」
今夜にでも『対の小箱』で連絡してみようかな?施術室宛に送った方が良いかな?
昼食を終えて、メリッサちゃんとバザールの入口で別れて、闘技場に急いだ。
「サクラ様、バラの精霊様、こちらです」
闘技場の入口でカークさんが待っていた。
「カークさん、バラの精霊って呼ばないで?お願い」
「ジェイド様とお呼びいたしましょうか?」
「ローズで良いわよ」
「ではローズ様とお呼びいたします」
「ローズ様……」
「ローズさん、諦めましょう?」
カークさんに案内されて、観覧席に行く。
「なぁに?あれ」
ローズさんが闘技場の真ん中に吊り下げられた球状のくす玉を見て、私に聞いた。
「あれを弓で射るそうです」
「えっ!!難しくない?」
「かなり難しいと思います」
フィールドには誰も居ない。カークさんが案内してくれた席は観覧席でも上の方。矢が逸れても私達の居る所には届かないと思う。観覧席には人はほとんど居ない。ポツリポツリとバラバラに座っている人が見えた。カークさんはどこかに行った。たぶんだけど、大和さんの側に戻ったんだと思う。
その時、観覧席の上の方から一斉に矢が飛んだ。何本かはくす玉に当たったけど、何本かはくす玉に届かずにフィールドに落ちた。方向が逸れた矢もあるけど、大きく逸れる矢はない。
矢の先は変わった形をしていた。あれ?歴史の教科書で見た気がする。えーっと、なんだったかな?あ、鏑矢とかいうのに似ている。矢の先はもっと大きいけど。実際には見た事がないんだよね。那須与一の絵に出てきたのを見ただけだ。
続いて2射目。届かなかった矢は最初より少ない。
「サクラちゃん、どこから射っているか分かる?」
「あの1番上に誰かが居ますけど、あそこからでしょうか?」
「そんな感じね。あっちに4人と後ろにえっと4人。8人でやるのね。トキワ様はどこかしらね?」
「大和さんは……。あ、居た。あそこです。向かいの1番左側」
「どうやって見ているの?」
「目に魔力を少し集めると、遠くの物が見えやすくなります」
「よく知っていたわね」
「大和さんに教えてもらいました。カークさんによると冒険者の斥候さんとか弓使いさんが、こういう使い方をするらしいです」
「目に魔力をね。あ、見えた。でもこれ、疲れるわね」
「すぐに解除してください。魔力を集めすぎです」
「調整が難しいわね」
3射目。2射目と同じ位届かない矢があった。でも、どう見ても矢が10本以上有るんだけど、どうなってるの?くす玉に当たって落ちてる矢も合わせたら、14~15本は有る気がするんだけど。8人しか居ないよね?
大和さんの射た矢は全てくす玉に当たっている。くす玉は偽物なんだろうな。ちっとも割れないもの。くす玉は作ったことがあるけど、紐を引いて左右に分かれるものしか作り方は知らないんだよね。
一斉に矢が飛んでいるという事は、どこかで誰かが合図をしているんだろうと思う。でも音は聞こえないし、どうやって合図をしているのか分かんない。
その内どこからも矢が飛んでこなくなって、騎士様達がフィールドに集まった。王宮騎士団の制服と、神殿騎士団の制服と、地方騎士団の制服が居る。全員で何かを話し合っている。8人だと思っていたけど、それ以上居るなぁ。
「サクラちゃん、私はそろそろ帰るわ。サクラちゃんはカークさんもいるし、トキワ様も居るから大丈夫よね?」
「はい。今日はありがとうございました」
「いいえ。私も楽しかったわ。じゃあ、また明日」
ローズさんが帰っていって、少ししてからカークさんが側に来てくれた。
「サクラ様、お送りいたします」
「ありがとうございます。大和さんは良かったんですか?」
「サクラ様をお送りするようにと厳命されました」
「さっきの弓ってスゴかったです。何人居たんですか?」
「10名ですね。地方騎士団から4名、神殿騎士団から2名、王宮騎士団から4名だそうです」
10人居たんだ。8人は確認できたけど、後2人はどこに居たんだろう?
「矢の数が人数と合わなかったんですけど」
「地方騎士団の騎士様の弓術だそうです。1度に2本矢を射るそうですよ」
「そんな事が出来るんですね。スゴいです」
「そうですね。私も初めて見ました」
カークさんが見た事が無いってけっこうレア?いろいろ知っているカークさんが知らないって、その地方だけの技術とかかな?
家に着くと、カークさんはいったん自分の家に帰っていった。また後でお邪魔します、って言っていた。
家の中をざっと掃除して、夕食のポトフを温める。5の鐘が鳴って、少ししてから大和さんが帰ってきた。
「ただいま、咲楽」
「おかえりなさい、大和さん」
「どうだった?」
「スゴかったです。大和さん、1本も外しませんでしたね」
「一応は計算して射たからね」
「計算?」
「弾道計算だね。先に着替えてくる……。シャワーにしようかな」
「ゆっくり入ってきてください」
大和さんはお風呂に行った。私は何をしよう?何をしようって出来上がっていないレース編みの続きだよね。いい加減に仕上げないと。
カークさんとユーゴ君もお風呂に入っているのか、まだこちらに来ない。魔物の素材の査定とか言っていたなぁ。そういう事もギルド職員には必要なんだね。
「咲楽も今の内に行ってきたら?」
大和さんがお風呂から上がってきて、私に勧めてくれた。
「はい。行ってきます」
あ、そうだ。大和さんにエリアリール様から頂いた紙を見せなくちゃ。結婚かぁ。こっちに来てからしょっちゅう言われて、意識してきたけどいろいろ怖くて、大和さんをずっと待たせてきた。私を気遣いながら待っていてくれた大和さんに甘えて、おかげでなんとか結婚について前向きになれた。筆頭様の術があっての事だけど、なんとかなるよね。
問題はその後だよね。結婚をすると当然家族を持つということになる。つまりは子どもの事なんかも考えなくちゃいけないって訳で……。そっち方面は全く何も知りません。知ってはいるよ?勉強はしたし。でも経験は無い。大和さんに教えてもらう事になる……んだよね?何度か言われた気がする。全部教えるって。つまりは……。
あぁ、ダメダメ。今は考えない。今は結婚式の事だけを考えよう。夜にエリアリール様からの紙を見せて、それからだよね。
私がお風呂から出て、ダイニングに移ってすぐにカークさんとユーゴ君がやってきた。
「いらっしゃい」
「お邪魔します」
大和さんがポトフの鍋を運んでくれて、パンを出して、夕食にする。いつもならユーゴ君がその日に習った事なんかを話してくれる。でも今日は内容的に相応しくないと判断したのか、夕食の時には話さなかった。私達の方は演出については話さない。自然にエリアリール様の話になってしまった。
「それってトキワさんと天使様の結婚式の話だよね?」
「そうですね。いよいよですか」
「トキワさんと天使様の結婚式ってスゴい事になりそう」
「ユーゴ、皆には内緒な?」
「分かってるよ。情報紙とか絶対に書き立てそうだしね」
「私も冒険者仲間にバレないように気を付けます」
3人で話し合って、3人で結束している。私は話に入れなくて、黙ってポトフを食べていた。
夕食を終えて後片付けをしたら、カークさんとユーゴ君は帰っていった。
「咲楽、寝室に行く?」
「はい。明日のスープは作ってありますし、大丈夫です」
大和さんと寝室に上がる。
「これをエリアリール様から預かりました」
「何?あぁ、善い日か。それで?この丸が付いている日は?」
「いろいろな私達の都合を考慮した上で、最も適した日だそうです。エリアリール様のお部屋に入って、すぐにフラーとホアとアウトゥとコルドのどれが良いかって聞かれて、私の好きな季節を答えたら、最有力なのは実りの月ねって」
「それで、実りの月に丸が付いているのか。確かにアウトゥ辺りがちょうど良いかもね」
「ホアだと暑いかもっていうのもあるんです」
「咲楽は暑さに弱いから。夏痩せしそうだしね」
「あの、私は、その、結婚式よりも、その後の方が心配です」
「あぁ、夫婦生活?」
「笑わないでくださいよ。経験なんか無いんですから」
「そこはじっくり教えましょう」
「言い方がヤらしいです」
「他にどう言えと?」
「知りません」
「大丈夫だよ。優しくするから」
「そこは信頼します。そうじゃなくてですね」
「うん。夫婦生活以外は今までと同じで良いんじゃない?今とたいして変わらないでしょ?」
「自信がありません」
「今でも夫婦のような生活なんだし、特に意識しなくて良いと思うよ。問題は呼び名かな?」
「呼び名ですか?」
「ゴットハルトとかね。咲楽の事をなんと呼ぶんだろうね?」
「あぁ、ルビーさんもライルさんに夫人って、言われて本気で嫌がっていましたね」
「ゴットハルトとか、トキワ夫人って言いそう」
「そういう風に呼ばれるのは物凄く恥ずかしいです」
「カークやユーゴは呼び方は変わらないだろうけどね」
「ユーゴ君は私を未だに天使様って呼ぶんですよね」
ため息を吐いて言う。
「訳は聞いたけどね。その資格が無いって言っていたけど」
「はい。私も言われました。自分が許せなくてどうしても呼べないって」
「聞いたの?」
「最初は私の口調の話をしていたんですけど、ずっと気になっていたから、ついでに聞いちゃったんです」
「気にしなくて良いと思うんだけど、こればかりは本人の気持ち次第だしね」
「そうなんですけど、なんだか他人行儀というか、遠慮が見えるというか」
「ユーゴの気持ちも分かるけどね。俺だって未だにあの女の名前は言いたくないし」
「私は呼びたくないっていうよりも、呼べないです。偽名の方を先に思い出しちゃって」
「実際に顔を会わせるまではまだまだ時間があるしね。咲楽も無理することはないよ」
「はい。でも、気にはなっているんですよ」
「咲楽らしいけどね。そろそろ寝よう」
「あ、はい。聞きたかった事もあったんですけど、明日教えてください」
「聞きたかった事?分かった。明日ね」
「はい。おやすみなさい、大和さん」
「おやすみ、咲楽」