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異世界転移って本当にあるんですね   作者: 玲琉
3年目 氷の月
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3の鐘になって、食堂に移動する。


「咲楽、さっきはありがとう」


「大和さんなら脱臼の整復方法は知っていたんじゃないですか?」


「知ってるけど、人のはやったことはないよ。自分では何度か填めたけど」


「脱臼癖、付いていませんか?」


「そこはちゃんと医者に診てもらったよ。綺麗に整復されていますってお墨付きも貰った」


「それなら安心ですけど。気を付けて下さいね」


「分かってるよ。咲楽が悲しむ事はしないから」


「その言葉を信じます」


「今日も休憩時間の演奏はするの?」


「はい」


「楽しみにしてる」


「リクエストはありますか?」


私が言ったとたん、あちこちから声が飛んだ。


「バージニーリルア」


Frühling(フリューリング)


「フェイドラージ」


Ah()! vous() dirai-je(ディレ-ジュ), maman(マモン)


Maison(メゾン) heureuse(ウールー)


ベルスーズ(子守唄)以外」


「演奏会で弾いたのがほぼ出てきたわよ?」


ベルスーズ(子守唄)以外って?」


「サクラちゃんのベルスーズ(子守唄)って本当に眠くなっちゃうのよ。だからじゃない?」


「お昼からの業務に差し支えますもんね」


「オレ、あの演奏会で寝ちゃった」


「エミディオは寝てたわね」


「緊張してたからって思っていたけど、違ったんだ」


「緊張していたら、寝ないんじゃないですか?」


アイビーさんが不思議そうに言って、エミディオさんが項垂れた。


「とにかく寝ない曲」


「寝ない曲ですね。分かりました」


バージニーリルアとFrühling(フリューリング)Ah()! vous() dirai-je(ディレ-ジュ), maman(マモン)かな。


「サクラちゃん、Frühling(フリューリング)はお願いね。私、あの曲、好きなのよ」


「分かりました」


施術室に戻る途中で、トリアさんにこっそり言われた。


施術室に着いて、リュラ(竪琴)をセットする。みんながワクワクした顔になった。


「オレも一緒に弾いて良いですか?」


「あら、エミディオ、やる気になったの?」


「演奏会の日から、なーんか弾きたくなっちゃって、昔のを引っ張り出して毎晩弾いているんだよ」


「エミディオさんは何を弾くんですか?」


「これです」


「これってコンツェルティーナですか?」


見せられたのは、螺鈿のような装飾のある6角形の蛇腹楽器。オスカーさんが1度見せてくれたことがある。


「隣の友達(ダチ)が習っててさ、一緒にやらないかって誘われて習ってたんだ」


「そうだったんですね」


Ah()! vous() dirai-je(ディレ-ジュ), maman(マモン)なら弾けるよ」


「じゃあ、一緒に弾いてみますか?」


「お願いします」


エミディオさんとAh()! vous() dirai-je(ディレ-ジュ), maman(マモン)を弾く。エミディオさんの演奏は奔放に見えて、気遣ってくれていると感じる、そんな音だった。


「エミディオさん、スゴいです」


「エミディオ、よくやったわね。おねーさん、誉めちゃう」


「わっ。やめてよ、トリア姐。頭を撫でないで」


「じゃあ、僕が代わりに撫でてあげよう」


「わぁぁ~。シロヤマ先生、アイビーさん、助けて」


助けてと言いながらも楽しそうだなぁ。アイビーさんと微笑ましく見てしまった。


その後、バージニーリルアとFrühling(フリューリング)を弾いて、今日の演奏は終わりにした。


「サクラさん、あの奉納舞の時って、何を考えて弾いていたんですか?」


「ミスしないように、リズムを崩さないように、ですね。その他は、フラーの曲だから、フルールの御使者(みつかい)の花馬車を思い浮かべていました」


「サクラさん、花馬車に乗りましたもんね」


「お恥ずかしい」


「シロヤマ先生、花馬車に乗ったの?」


「エミディオ、知らなかったの?サクラちゃんは2年前の王都のフルールの御使者(みつかい)の1番馬車よ」


「えっ!!知らないよ。王都には行ってねーもん」


「あの頃はグリザーリテ領の娘に夢中だったもんね」


「トニオさん、なんで知ってんの?」


「グリザーリテの友人に聞いた。なんだっけ?天上の花を守る花騎士団だったっけ?」


「うわぁぁぁ。止めて~。めっちゃ恥ずかしいんだけど」


エミディオさんが顔を真っ赤にして(うずくま)った。なにやら黒歴史っぽいのがあるらしい。


「エミディオさんってそういう人だったんですね」


「アイビーさん、お願い。可哀想な人を見る眼はやめて下さい」


土下座ってこの世界にもあるのね。正座して綺麗な土下座を見せられた。


「騎士団って事は何人かお仲間さんが居たんですか?」


「えっとね、聞いた話だと5人のグループだったみたいだよ。エミディオ君が光の騎士だっけ?」


アイビーさんとトニオさんが、エミディオさんの傷口にせっせと塩を塗り込んでる。もう止めてあげましょうよ。


「アイビーさん、トニオさん、お仕事に戻りましょうか」


「えぇぇぇぇ」


「えぇぇじゃあ、ありません。人を(いじ)るのは、一歩間違えるとイジメと同じです」


「そうよぉ。2人共、ダメよぉ」


「トリアさんも面白がってましたよね?」


「あら、ホホホ。そんな事はないわよ」


トリアさんが物凄く良い笑顔なんですが。エミディオさんはちょっと涙目になっていた。


お昼までのジャスパー様の事で何かを思ったのか、全員が骨格図を複写(トレース)しだした。


「こうやって写していると、今まで意識せずに施術出来ていたのが不思議になってくるわ」


「そうだよね。元の状態にって感じで施術していたしね」


「そんな感じだったんですね」


「オレもビビアナ施術院でそう習ったよ。元に戻れって念じながら光属性を使うって」


「それが今までのやり方だよ。シロヤマさんのやり方が広まれば、今まで切断せざるを得なかった怪我も治せるようになるよ」


「切断せざるを得なかった怪我って?」


「例えば重い物を落として、潰れてしまったような骨折とかね。今までは、シカトリーゼ(治癒)をかけながら切断するしかなかったんだよ。足首から先の切断の現場に立ち合ったことがあるけど、もう二度とやりたくないね。施術師って何だろう?ってかなり落ち込んだよ」


「あの時ね。私も話を聞いて悩んだわ。サクラちゃんのやり方をあの時知っていたら、って思ったもの」


「仕方がないって言ったらそこまでだけどね」


5の鐘までに来室した患者さん達が、みんなで机に向かっているのを見て、一様にビックリしていた。


5の鐘になって、大和さんとセント様が迎えに来てくれた。


「何かありましたか?」


大和さんが訝しげに聞く。


「何か?って何?」


「空気が重いですよ」


「ちょっとね。考えちゃったのよ。サクラちゃんのやり方をもっと以前に知る事が出来ていたら、ってね」


「たら、れば、は言っても仕方がありませんよ。大切なのはこの先知り得たことをどう活かしていくかです」


「そうだね。分かってるんだけどさ」


トニオさんが苦笑して言った。


騎士団を出て、塔に帰る。今日は夕食を仕込んであるから、楽で良い。


「結局なんだったの?」


「施術室の雰囲気ですか?切断するしかなかった患者さんの話を聞いて、考え込んじゃいました。施術師って何だろう?って思ったってトニオさんとトリアさんが言っていて」


「そういう事ね」


「光属性があって治癒術を使えるのに、贅沢な悩みかもしれませんけど」


「持たない者にしてみれば、贅沢な悩みだね」


「分かっていますよ」


「分かってないよ。その場で助けられない命が消えていく、それを見ているしか出来ない俺達の気持ちは、その場を体験した者にしか分からない」


「大和さんが言いたい事は分かりますよ。でも、治癒させる力を持ちながら、それを施行出来ない施術師の無力感も分かって欲しいです」


「そうだね。ごめん」


大和さんが気まずそうに言う。私も言い過ぎたかも。でも、救える力があるのに救えない、そんな場面もある。自分はこの力をどうして与えられたんだろう?って考えてしまう。


光属性を持たない人には、それでも何人かを救えるじゃないか、と言われると思う。でも、救えたはずの救えない命を見るのは、やっぱり辛い。


シチューを温めて、味を調えながら、考えていた。光属性って何だろう?小説のようにすべてを治せたり欠損した部位を再生させたり出来れば良いのに。


「咲楽、風呂に行っておいで」


「はい」


大和さんが気を使ってくれているのが分かる。大和さんは現場で消えていく命をいくつも見てきたに違いない。その場からは離脱できても、その命を救えない。それは無念だろうし、無力感を感じると思う。


どちらが良いという訳ではない。どちらが上という訳でもない。私は光属性を持っているけどその現場には行けない。大和さんは現場に行けても光属性を持っていない。


上手くいかないなぁ。大和さんの機動性と私の治癒術を両方持てれば良いのに。それでもどちらも持ってない人に比べれば、贅沢な悩みなんだろうと思う。


お風呂から出てキッチンに行く。


「お待たせしました」


「ゆっくりで良いよ」


そう言いながらも、食器を出したりパンを温めたり、いろいろ手伝ってくれる。


「大和さん、光属性ってなんでしょう?」


「難しい問題だね。光属性か。闇属性も謎だよね」


「どちらも人を救えるけど、人を害する事も出来るんですよね」


「光にはエネルギーがあるからね。でも、闇にも圧力があるよ」


「闇に圧力ですか?」


「完全な闇夜は息苦しいんだよ。空気が粘度を持っているんじゃないかって思う。実際にはそんな事はないけど、ずっと光に曝されていると休めなくて消耗するし、ずっと闇の中に居ると活力が奪われる」


「昼と夜があるって、奇跡ですよね」


「そうだね。極夜とか白夜も1度は体験したいけどね」


「体験だけで良いですけどね」


「高緯度の地域は憧れもあるよね」


「はい。オーロラとか見たいです」


「知ってた?木星と土星のオーロラはピンク色なんだって」


「ピンクのオーロラ?」


「木星と土星の大気は水素が主成分だから、オーロラはピンク色になるらしい」


「水素だからですか。地球以外にオーロラがあるって知りませんでした」


「オーロラが起きる条件は、太陽風、磁場、大気だからね。火星と金星には磁場がないから極地のオーロラは発生しないし、水星には大気がないからオーロラは見られない」


「知らなかったです」


「知らなくても良い知識だからね。それにここじゃ役に立たない」


「この世界にもオーロラってあるんでしょうか?」


「どうだろうね」


「あると良いですよね。見てみたいです」


「その時は一緒に見ようね」


「はい」


食後はそのまま寝室に上がる。


「大和さん、フルオラ文具店って元々王都にもあったって知ってましたか?」


「うん。フォーダイトの被害者だよ。初期の頃のね。フォーダイトから土地自体は奪還したんだけど、戻りたくないらしくて、土地の受け取りも拒否された。そういう家や商家は多いよ」


「今更ですけど、フォーダイトってロクな事してなかったんですね」


「そうだね」


ちょっと笑って大和さんが言った。


「今はその土地ってどうなってるんですか?」


「国が買い取ったって聞いたけど、そこからは知らない」


「ですよね」


「フォーダイトか」


「何ですか?」


「地球にはフォーダイトっていう人工鉱石があるんだよ」


「人工鉱石?作られたって事ですか?」


「意図して作られた物じゃないけどね。自動車の塗装に用いられていたエナメル塗料が層を成し、固まって出来た人工鉱石なんだよ。アメリカのデトロイトの自動車工場の塗料のエナメル層が重なって出来たんだ。20世紀当初、車の塗装は手作業で行われていたから、床や壁に飛び散ったエナメル塗料が、そのままの状態で次の塗装作業が行われて、何層にも積み重ねられていったんだよ。積み重なりすぎたものを剥がして磨いたら、綺麗な層になっていた。それがフォーダイト」


「地球のは歴史の層で、こちらのは悪事の層だった訳ですね?」


「上手い事を言うね」


「悪事じゃなくて、善行が層になっていれば良かったのに。綺麗なんですよね?」


「磨かれたフォーダイトを綺麗だという人もいるし、受け付けないって人もいる。年輪に色が着いている状態だから、好き嫌いは分かれるよ」


年輪に色が着いている?グラデーションとかなら綺麗だと思えるけど、そうじゃないなら、ちょっと無理かも。


「大和さんはどうでした?綺麗だって思いましたか?」


「正直に言って、受け付けなかった。仲間は『これぞ芸術』とかって絶賛してたけど」


「芸術ですか」


「psychedelic(サイケデリック)な色合いだからね」


「私はああいうのは苦手です」


「どんな物でも好き嫌いはあるからね」


「フルオラ文具店の染め紙は好きです」


「あの染め紙で作ったノート、どうするの?たくさん有るけど」


「施術室のみんなにプレゼントします。希望者だけですけど。男性でも支える色目にはしてありますけど、希望もあるでしょうし」


「トニオさんは欲しがりそう。魔道具とかのアイデアとか、書けるものが欲しいって言っていたから」


「そうなんですか?」


「前にね。言っていたんだよ」


「明日は晴れるでしょうか?」


「ん?どうしたの?」


「なんでもないです」


「眠そうだね。おやすみ、咲楽」


「おやすみなさい、大和さん」



申し訳ありませんが、毎日投稿が難しくなりました。

病院とか、仕事とか、リハビリとか、その他諸々……。

1日置きには投稿したいと思いますので、これからもよろしくお願いします。

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