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アレクさんって言う大きな人が来た。身長は大和さんより低いけど、横が大きい。筋肉でムキムキだ。
職場で転んで手を付いたら、手首が痛くなった。痛くなって4日経つと言う。
でも、スキャンで見ても、悪いところが見当たらない。
「少しお待ちいただけますか?所長を呼んできます」
「貴女がいいんです」
手を捕まれて、撫でられた。背筋がゾワゾワする。
「手を離してください」
「小さな手ですね。僕の手にすっぽり入ってしまう」
「離してください」
泣きそうになった。気持ち悪い。
「その辺にしとけ。アレク」
入ってきたのは緑の制服の騎士様?緑って地方騎士じゃなかったっけ?
ルビーさんとアリスさんとローズさんと所長まで顔を出した。
その間に騎士様は私の手を外してくれた。
「領主様の名誉にも関わることなので、私の名はご容赦ください。コイツはここ以外の2つの施療院でも、さっきのような事をやらかしているのですよ。申し訳ありませんでした。どうやらこいつの好みが天使様らしくて」
そう言って私を見る。
「あなたのように小柄な可愛い感じの方ですね」
アリスさんとローズさんが私を庇うように前に出る。
「犯罪ではないけれど、彼女が不快な思いをしたのは間違いないわ。この先どうするの?」
「コイツを連れて領に帰ります。付き合ってた女性がいたんですが、その女性にフラれたのがきっかけらしいんです。ご迷惑をお掛けしました」
その後、アリスさん達が色々聞き出したのだけれど、アレクさんの相手の女性は詐欺師みたいな人で、アレクさんから金品を巻き上げて手酷くフったらしい。その事以来、アレクさんはちょっとおかしくなってしまったのだとか。
騎士様は何度も頭を下げて、アレクさんを連れて行った。
「皆さん、来てくださったんですね。ありがとうございます」
「さっきの騎士様ね、彼が受付で『こういう女性は居ないか?』って聞いたらしくて、話が回ってきたのよ。それで来てみたらあの状態だったわけ」
「でも酷いわよね。その女も。早く捕まればいいのに」
「サクラちゃん、大丈夫?」
「はい」
そう返事はしたけれど、ゾワゾワ感はまだ残ってる。ただ、受付で配慮してくれたのか、その後は女性ばかりだった。
5の鐘近くにマルクスさんと話す大和さんが見えた。ゴットハルトさんもいる。あれ?検証が長引いたのかな?
5の鐘が鳴った。
みんなの「お疲れ様」の言葉と共に施療院を出る。
「お疲れ様、咲楽ちゃん」
「シロヤマ嬢、お疲れ様です」
「ゴットハルトさんまでどうしたんですか?検証が長引いたんですか?」
「違う違う。こっちは順調に終わった。それで、何かあったの?」
「ちょっとね、変な男性が来てね。一番被害を被ったのがサクラちゃんだったのよ」
「何て言うか、気持ち悪かったわね」
「何があったの?」
「仮病?を使って診察室に来て、手を撫で擦られました」
小声で言うとゴットハルトさんが怒り出した。
「仮病?女性の施術師を狙ったってことですか?卑怯な事を!!」
「女性のって言うかシロヤマさんをって感じだったわよ。好みの女性が『天使様』なんですって」
「どこの誰です?そんなことをするのは!!」
「連れに来たのは地方騎士の制服だったわ。領主に迷惑がかかるからって名乗らなかったわね」
「王都に騎士服で来た?目立つだろうに。咲楽ちゃん、俺のと同じ感じだった?」
「なにか違和感はあったんですけど……」
「そうよね。色は緑だったわよね」
「大和さん、ボタンっていくつでしたっけ?」
「ボタン?7つだね。ゴットハルト、制服って基本的に色が違うだけだよな?」
「地方によってはボタンの数が5つだったりするけど、地方騎士の制服は緑に銀ですよ」
「おかしくない?あのボタン、金ボタンだったわよ」
「ボタンの色が違う?」
大和さんは少し考えていた。
「騎士団詰所に行く。ゴットハルト、付いてきてくれ。咲楽ちゃん、どうする?」
「一緒に行きます」
「私達も行くわよ」
「ルビー」
「私は行けないわね。また教えてね」
ルビーさんとマルクスさんは帰っていった。
王宮騎士団に向かいながら大和さんに聞く。
「どうしたんですか?」
「ボタンの色が違う制服を着た騎士って言うのもおかしいけど、その不審者が何のために王都まで来たのかが気になる。一応の報告だよ」
後ろを見るとローズさんとアリスさんが妙に静かだ。
「どうしたんですか?」
「あなた達の事って、この人は知ってるの?」
アリスさんに小声で聞かれた。
「ゴットハルトさんですか?知ってます。アリスさんもご存じですよね」
「えぇ、貴女の事があったから、筆頭様から聞き出したわ。私より魔力量が多くて私が知らないって言うのも変だったし、魔力の反発もね。あり得ないもの。そしたら筆頭様が違う世界とか言い出して、遂におかしくなったのかと思ったわ」
「ローズさんも知ってますよ」
「貴女の指導に行ったのがローズだったから、それは知ってると思ってたわ」
「私はアリスが知らないと思って黙ってたのよ」
「どちらにしても大声では話せないことよね」
「ご迷惑をおかけします」
「ご迷惑、ねぇ。あの人はそんなこと思ってないんでしょ?」
「大和さんも言えなかった時期に『言ってしまえれば楽だ』って言ってたから、表に出してないだけだと思います」
「私が言いたいのはもっと気楽にって事」
「そうね。ここにいる人達はみんな知ってるんでしょ?後知ってる人は?」
「神殿衣裳部のリリアさん、コリンさん、ミュゲさん。後は王族の方とエリアリール様とスティーリアさんとサファ侯爵様とペリトード団長さん……です」
「神殿騎士のプロクス・リシア、デルソル・ベリーズ、アルフォンス・ダーナも知ってる」
大和さんの補足が入った。
「貴方、ヘリオドール様と話していたのに、どうして聞いてるのよ」
「普通に聞こえたんですが」
「ヤマト、俺には聞こえなかった」
「貴方、どういう耳をしてるのよ」
「普通ですよ」
「ヤマト、それは普通じゃない」
いちいち突っ込みを入れるゴットハルトさんが楽しい。
「ふふふっ」
「やっと笑ったわね」
「あの時から笑わなかったから」
「そうですか?笑えてなかったですか?」
「張り付けた笑顔ってこういうことを言うって感じだったわね」
うまく笑えてると思ったのに……。
王宮騎士団の詰所で大和さんが話をする。制服の補足はゴットハルトさんが入れていた。私達は「こうだった」って言っただけ。
不審な地方騎士の制服を着た人が居たこと。その不審な点。ついでに私が受けた被害まで。
詰所を辞したのは大分遅くなってだった。
「付き合わせてしまいましたね。送っていきましょうか?」
「私は王宮魔術師の宿舎よ。そこに見えているわ。送らなくて結構よ」
「私はあなた達の帰り道の途中だから、そこまで一緒に行くわ」
「俺は……」
「お前には聞いてない」
「ヤマトが冷たい……」
アリスさんと別れて歩き出す。
「ゴットハルトさん、大和さんの事、名前で呼ぶようにしたんですね」
「検証の間中『トキワ殿』と呼んだら訂正が入るんですよ。こうなりますって」
「お疲れ様です」
「ねぇ、検証って何?」
「説明、しにくいですね。簡単に言うとあちらでやってた事をこちらでやったら作用が強くなったので、その検証です。実際に見てもらったら分かりやすいのですが、こればかりは確実に、と言えないのですよ」
「ふぅん。それで結果は出たのね」
「えぇ。結界の所為ですね」
「サクラちゃんに危険は?」
「あったらしていません」
「トキワ様のそこだけは信用できるわね」
「『だけ』ですか」
大和さんが薄く笑う。
「着いたわね。じゃあサクラちゃん、また明日ね」
「はい。お疲れ様でした」
少し歩いた所でゴットハルトさんが聞いた。
「ジェイド商会の娘さんですか?あの人は」
「はい。そうですよ」
「そうだったんですか……」
「咲楽ちゃん、市場寄ってく?」
「もう遅いですよね。あるもので作ってもいいですけど」
「寄っていこう。帰ってからだと余計に遅くなる。咲楽ちゃんも休みたいでしょ?」
「それってヤマトがシロヤマ嬢を構いたいだけだろ」
「何か文句でも?」
「いや?別に?」
「2人共、昔からの友人みたいです」
「そうかな?」
「そうですか?」
息ぴったりに言う2人が羨ましくなった。こういう関係っていいなぁ。
「咲楽ちゃん、要るものは?」
食料庫をざっと思い浮かべる。あ、パンが欲しいかも。
「パンとソーセージ、ですね。野菜はまだ何種類かあったし」
「覚えてるんですか?」
「把握はしておかないと、色々無駄になりますから」
「なるほど」
「本当はパンも焼きたいんですけど」
「それは時間のあるときにね」
「分かってます。パスタも作りたいです」
「シロヤマ嬢はなんでも作れますね」
「作りきれてないです。もっと色々作りたいです。でも、なんでもは作れないです」
「例えば?」
「ケーキとか焼きたいし、調味料の壁がなかったらもっと色々……」
「調味料の壁?」
「ちょっと……」
「独特な物ですか」
「ライの実なら出来ない?」
「あ、パエリアとかできそう。魚介類が欲しいけど無いんですよね。でも無くても出来るし……」
「咲楽ちゃん、とりあえず買い物ね」
「はい」
考えながら歩いてたら、大和さんに軌道修正された。
明日のパンとソーセージとお夕飯の串焼きとかサンドパンとかを買う。
ゴットハルトさんとは市場を出たところで別れた。
大通りに出ると、大和さんが手を差し出してきた。私と手を繋いでコートのポケットに入れる。
「手が冷たい。手袋とか要るんじゃない?」
「大和さんのマフラーを先に編んじゃいますね」
「買うって選択肢はないの?」
「指の長さが合わないんです。絶対に余っちゃうんですよ」
「指の長さなんて考えたことなかったけど」
「身長低いと色々苦労があるんです」
「身長高くてもいろんな苦労はあるよ」
「後10cm、身長が欲しかったです」
「俺は咲楽ちゃんがこの身長で良かったけどね。抱き締めやすいし」
大和さんが笑う。
「私にとっては切実な問題なんです。高い場所とか届かないし」
「俺が取れば問題ないよね」
「自分で取りたい時ってあるんです」
家に着いても、身長についての愚痴が止まらなかった。
「分かった分かった。俺が悪かったって」
最終的には大和さんが折れてくれた。
大和さんが暖炉を入れてくれた。
「炎って綺麗ですよね」
「そうだね。落ち着いて見ると綺麗だね」
「落ち着いて?」
「焚火とかは大抵野外活動の夜営時だったからね。こうして見ると思わなかった。帰国してからは焚火なんてしなかったし」
「お家でしなかったんですか?」
「家は山奥だよ。焚火は怖いね。山火事とか」
「初めて会ったとき『道場の手伝いをしてた』って言ってましたけど、道場って無かったんですか?」
「麓にあったよ。分家が山の麓の街に何件か有って、そこに道場があった。手伝いって言うか指導だった」
「指導?」
「体術と剣術のね。素人さん相手には護身術、弟子相手には本格的な体術、剣術は希望者相手にやってた」
「それをやって自分のも?時間が足りなくなりそうです」
「意外となんとかなるよ。咲楽ちゃんが『手順と時間配分を把握して』って言ってたけど、それを1日単位にすればいいんだよ」
「簡単に言いますね」
「咲楽ちゃんが料理を作るのと一緒だよ」
大和さんはそう言って立ち上がった。
「風呂に行って来る。火があるから、上にあがらないで見ていてくれる?」
そっか、危ないもんね。
「分かりました」
大和さんがお風呂に行ったのを確認して、魔空間から毛糸と編み棒を取り出す。
細めの毛糸だから少しずつでも進めておこう。
まず目を作る。これで幅が決まるから、どのくらいの幅にするか考えないと。
後は編んでいくだけなんだけど、編み方はどうしようかな。名前を編み込みたいからメリヤスかな?でもメリヤス編みって丸まっちゃうからガーター編み?
ダメだ。色々編みたくなってきた。これで太い毛糸だと編みやすいんだけど。大和さんのが終わったら自分のスヌードとか編もうかな。
考えながら編んでいたら、大和さんが見ていた。
「魔法みたいだね」
「そうですか?この位、普通ですよ」
「しない人間からすると、何をやってるのか分からない。気が付いたらマフラーが出来上がっていってるように見える」
「そうですか?あ、お風呂行っちゃいますね」
シャワーを浴びながら作りたい物を考える。マフラーと、スヌードと、手袋はどうしよう。まずは大和さんのマフラーと私のスヌードを仕上げてから考えたらいいか。
お風呂から上がって寝室に行く。
「大和さん、暖炉って、あそこで煮込み料理とかできませんか?」
「それ用の台が要るんじゃなかったかな?」
「じゃあ、無理ですか」
「多分ね。誰かに聞くしかないね」
「北欧なんかのテレビ映像で暖炉で何かを煮込みながら、編み物をしてるっていうのを見て、ちょっと憧れてたんです」
「スローライフ、って感じだしね」
手招きされてベッドに座る。
「不審者に触られた手ってどっち?」
「右手ですけど……」
「貸して」
右手をとられて、手の甲にキスされた。
「気持ち悪かったでしょ」
「何て言うか、ゾワゾワしました」
「手だけで済んで良かったと言うべきか迷うところだね」
「あの人の目的が分からないから怖いです」
「そうだね」
大和さんが私を抱き締めて言う。
その手が暖かくて、抱き締められたまま眠った。
ーーー異世界転移30日目終了ーーー
アレクみたいなのは友人が他の看護師の人から聞いてきた実話です。
こんなのがいるから気を付けて、って警告されたと言ってました。その話を聞いたとき、怖いと言うよりも、気持ち悪かったです。
そしてやっと30日終了です。もうしばらく1日単位にお付き合いください。