表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転移って本当にあるんですね   作者: 玲琉
3年目 霜の月
504/664

471

ジャクリーンさんとエミディオさんは、昼食を食べて帰っていった。ジャクリーンさんは薬湯を4回分置いていった。今日は必ず飲むようにって何度も念を押して、エミディオさんに「しつこい!!」って止められていた。


「さて、今からは何をしようか?」


「大和さんは何かしたい事はないんですか?」


「『対の小箱』の改造?」


「私はリュラ(竪琴)の練習をしちゃいます」


「来週だしね」


「はい。練習して少しでも自信を付けたいんです」


「一緒に居て良い?」


「はい。ここでやっても良いですか?」


「良いよ」


リビングの暖炉の前で『春の舞』を弾く。


「咲楽、奉納舞の時のスープなんだけど」


「はい」


「浄化を掛けてくれる?」


「浄化、ですか?」


「うん。それからやっぱり水垢離はしようと思う。正式に籠れないからね」


「分かりました」


水垢離って冷水を浴びるんだっけ。大丈夫かな?


「当日はすぐに温まってくださいね」


「すぐには無理だよ」


「どこでやるんですか?」


「水垢離?屋上かな?」


「時間は?」


「日の出までには終わらせたいから、1の鐘の前にするよ。当日はトレーニングルームで1人で寝るから」


「1人で……」


「ごめんね」


「謝らないでください」


この時期に水垢離なんて、心配ではある。前日から離れなきゃいけないのも不安だ。でも、奉納舞である以上、大和さんの中で譲れない儀式なんだと思う。大和さんの剣舞は、神々に捧げるモノであって、私達はそのおこぼれを見せていただいているに過ぎない。


「でも、毎年やっている気がする」


「奉納舞ですか?毎年ですね」


こちらに初めて来た年の空の月、次の年の実りの月、そして今年の氷の月。実際には1年空いてるけどね。


「あの時のエリアリール様の、要望通りになっている気がするのが悔しい」


「偶然が重なっちゃいましたからね」


「カークも巻き込んでやろうか」


「カークさんは喜びそうです」


2人とも完全にやっていた事から、手も思考も離してしまっている。


「このままだと常磐流(じょうばんりゅう)がこっちの世界で舞えるのが俺だけなんだよね」


「ユーゴ君は?」


「この先、『四季の舞』まで覚えてくれるかどうかだね」


「『秋の舞』は覚えたそうでしたけど」


「覚えたそうだった?」


「アインスタイ領から帰ってきて、少し経った頃に言っていたんです。アインスタイ領の舞いも覚えたいけど、今やっているのを中途半端に出来ないって。だから、大和さんから合格を貰って、それからアインスタイ領の舞いを覚えたいって」


「他のは何か言ってた?」


「ん~、『冬の舞』はずっと『あれは無理』って言ってました」


「避けては通れないんだけどね。『夏の舞』はまだ見せてないし、王都に帰ってからかな?」


「ユーゴ君の場合、周りの雰囲気を敏感に感じ取っちゃうから、大和さんの雰囲気が変わるのが、怖いって感情になっちゃうんじゃないでしょうか?」


「雰囲気か」


「春は普段接している感じだし、秋は少し厳しく感じるけど、冬は少しどころじゃなく厳しいんです。雰囲気だけですけど」


「そんなになる?」


「はい。私がたまに、『冬の舞』の時に寒さを感じちゃうのと同じだと思います。私は体感温度が下がるって感じますけど、ユーゴ君は心理的に感じちゃうのかも」


「なるほどね。それはあるかもね。日本で居た時も、『冬の舞』の時は逃げ出すのがいたし」


「逃げ出す?」


「そぉーっと離れていくんだよ。諒平がソイツ等を後で叱ってた。そんな事で側仕えなんて出来るかって」


「諒平さんは変わらなかったんですか?」


「最初に俺の『冬の舞』を見た時にはひきつっていた」


「中学生でしたっけ?」


「そうだね」


「それは仕方がない気がします」


「仕方がない?どういう意味かな?」


「諒平さんがどういう人かは知りません。でも、大和さんの『冬の舞』ってブリザードだったから、あれを中学生で感じ取ったなら、ひきつっちゃうと思いますよ」


「そっか。最初はブリザードだったっけ?」


「今はそうじゃないですけどね」


「やっぱり大切な女性(ひと)が居るからかな?」


「そこは分かりません」


「照れてるねぇ」


「面と向かって、大切な女性(ひと)ってまっすぐ見つめられたら、照れない方が難しいです」


「照れてる咲楽も可愛い」


ソファーを移動して、私の頭を撫でてくれる。私はリュラ(竪琴)を演奏する為に椅子に座っているから、抱き寄せようとして途中で止めたのが分かった。


「ソファーに移っても良いですか?」


「駄目。ソファーじゃなくてここにおいで?」


示されたのは大和さんの膝。乗っけられるならともかく、自分で座れと?いやいや、それはまだハードルが高すぎますって。


「来ないの?」


「大和さんの膝にですか?」


「そうだよ?」


「そうだよって……」


「ほら、おいで?」


「うぅぅ……」


「どうしたの?」


にっこり笑ってそう言いますけど、分かって言ってますね?


「失礼します」


そう言って大和さんの隣に座ったら、くっくっくっと喉の奥で笑われた。


「膝はハードルが高かった?」


「自分からは、ちょっと……」


「仕方がないね」


よっと私の膝下に手を入れて、膝に乗っけてくれた。もちろん腰の辺りでがっちりホールドされている。


リュラ(竪琴)の練習は良かったの?」


「しておきたいです。けど」


「けど?」


「それには降ろしてもらって、移動しないといけません」


「またここに戻ってくるなら、良いよ?」


「自主的に?」


「自主的に」


「自分から?」


「咲楽から俺の膝に座るんだよ?もちろん」


「隣じゃダメですか?」


「駄目です」


「えぇぇ……」


「どうする?ずっとここにいる?1回離れて戻ってくる?」


「と、隣に座るっていうのは?」


「却下」


「えっと、えぇっと……」


「もう無い?」


「『対の小箱』の改造は良いんですか?」


「必死だね。そんなに嫌なのかな?」


「大和さんの膝に座るのは、恥ずかしいですけど慣れてきました。でも、自分からは無理です」


「あぁ、ほら。真っ赤になってるよ。ベッドで休む?」


「誰の所為(せい)ですか。誰の?」


「誰だろうねぇ?」


「惚けないでください。大和さんです」


「何故だろう?」


「大和さんっ」


「まぁ落ち着いて」


そう言いながら、さりげなくキスされた。


「どさくさ紛れにキスしないでください」


「可愛い咲楽にキスしたかったんだよ」


いろいろと弄ばれている気がする。


「人を(もてあそ)ばないでください」


(もてあそ)ぶなんて人聞きの悪い。可愛い咲楽を愛でているだけなのに」


「私の反応を楽しんでいましたよね?」


「そんな事無いよ」


「そんな事、ありましたよ」


「無いって。リュラ(竪琴)の練習は良いの?」


「します」


「俺もしようかな?」


「何を?」


「剣舞。咲楽に合わせたい」


「4階に行きますか?」


「行こうか」


大和さんと4階に上がる。


「そういえば、エミディオさんと何をしていたんですか?」


「トレーニング。ここにある器具の使い方を教えていた」


手早く剣舞が出来る空間を作りながら、大和さんが教えてくれた。


「トレーニングって、エミディオさんは出来たんですか?と、いうか、付いていけたんですか?」


「なかなかの根性は見せたよ」


リュラ(竪琴)をセットして、大和さんの準備を待つ。


「良いかな?」


「はい」


「口上から行くから」


「本番の時ってタイミングは?」


「いつもと同じで良いよ。構えをとってから、3拍位してから」


「分かりました」


大和さんが足を組んで、魔空間からサーベルを出して捧げ持つ。深く一礼して口上を述べる。


『只今より、常磐流(じょうばんりゅう)第28代が2子、常磐(ときわ)大和(やまと)、神々に舞を(たてまつ)る。どうぞ御照覧(ごしょうらん)あれ』


サーベルをすらりと抜いて、鞘を魔空間に仕舞う。構えを取って、3拍置いてリュラ(竪琴)を弾き始める。脳裏に浮かぶ枝垂桜の大木と1面の色とりどりの鮮やかな花畑。フッと視線を上げれば舞い散る花弁。


「合わせてみてどうだった?」


「いつもより鮮やかというか、はっきりした風景というか。途中で視線を上げたら、花弁が舞ってて慌てて視線を下げました」


「いずれは視線を上げたままに出来ると良いね」


「はい」


「もう一差し、行っとく?」


「お願いします」


「良い心がけだね」


もう一度大和さんが口上から始める。それに合わせてリュラ(竪琴)を弾く。


「うん。良いね。舞いやすい」


「大和さん、私のリュラ(竪琴)は舞いやすいって言ってくれますけど、カークさんのトラヴェルゾ()はどうなんですか?」


「カークかぁ、カークはなぁ。なんというか、思い入れが強すぎて合わせやすいんだけど、舞いにくい」


「合わせやすいけど舞いにくい?」


「主張しすぎる時があるんだよ」


「そうなんですか」


私が聞いている時はそう感じないんだけど。2人だと違うのかな?


もう1回合わせたら、お夕飯の支度をする。大和さんはお風呂に行った。


今日のお夕飯は買ってあった牛肉を、叩いて伸ばして広げて重ねて厚みを出したカツレツ。これもミルフィーユカツと言えるよね。


「咲楽、行っておいで」


「はい」


「湯冷めしないようにね」


「はい」


湯冷めかぁ。こちらは魔道具でセントラルヒーティングのように家中暖かい。1つの暖炉で家中暖かいって凄いよね。


後1週間で奉納舞の日だ。緊張なんて言っていられないけど、緊張するのは許して欲しい。大和さんと一緒だから、まだ心強い。これで1人でって言われたら、絶対に逃げている。逃げても良い事はないし、事態が悪化する方が多いけど、たぶん、確実に逃げ出している。後ろ向きな考えだけどね。


お風呂から出て、キッチンに行く。


「おかえり。キッチンに出してあったパン。温めておいたよ」


「ありがとうございます」


牛カツを切って盛り付けて、テーブルに運ぶ。


「さすがだね。旨そうだ」


「ソースをウスターソースにしようか、トマトソースにしようか迷ったんですよね。トマトソースにして良かったです。ウスターソースをかける余地も残っていますから、お好きにどうぞ」


「じゃあ、この余白部分にウスターソースをかけよう」


「今回のウスターソースは自信作です。スパイスの配合も上手くいきました」


「配合の割合は記録してあるの?」


「はい。後はコンソラットゥ・テーレとかトラットリア・アペティートで試してもらいます」


「権利はどうするの?」


「レシピ登録ですよね?話し合って決めます」


「それが賢明だね」


「たぶん受け入れられるとは思いますけど、こちらの方の口に合うかが心配です」


「大丈夫じゃない?黒餡白餡も受け入れられたんだし」


「あれは甘味じゃないですか」


「あ、そっか。今まで登録したのは甘味ばかりだね」


「お食事系はトマレガパスタ位なんですよね」


「旨けりゃ受け入れられるでしょ。大丈夫だって」


「そうでしょうか。見た目も心配です」


「それは気にしても仕方がないよ」


「ココアパウダーの黒褐色も最初「何が入ってるの?」とか「炭でも入れたの?」とか言われたんですよ?」


「1度食べれば分かってくれると思うけどね」


夕食を終えて、2人で食器を片付ける。明日のスープの用意は済んでいるし、後は寝るだけで良いかな?


寝室に上がって、ベッドで話をする。


「大和さん、『対の小箱』改造計画はどこで頓挫しているんですか?」


「不特定多数に送れるかって所だね」


「携帯電話のようにナンバー付けしちゃダメなんですか?」


「あぁ、1~10とかナンバリングしてって事?」


「はい」


「問題はどこにその文字を入れるかなんだよね」


「文章をぶった切っちゃいけませんもんね」


「そういう事」


「魔道具って奥が深いですね」


「そうなんだよ。正しい術式にしないと意味をなさない処か、誤作動を起こすんだよ」


「誤作動は怖いですね」


「俺は一斉送信の方だから、まだそんな大事(おおごと)になっていないけど、複製の方の魔道具は怪文書を作成しだしたりしていた」


「怪文書?」


「見せてあげようか?持っているから」


見せられた紙には『ぢjybdfら死きおwrんfsw死qpむ』のように、意味をなさない文章が縦横斜め関係なく書かれていた。


「死だけ主張してませんか?」


「怖いでしょ?」


「怖いですね。元の文章って何だったんですか?」


「恐ろしい事にね、『abcdefghijk』ってこちらのアルファベットだったんだよ」


「それがこうなったと?」


「女性は悲鳴をあげるし、一気にchaosになったね」


「でしょうね。何かの呪いかと思いますもん」


「この怪文書以来、複製の魔道具は開発をストップしてる」


「ほとぼりが冷めるまでは、手を付けたくないですよね」


「お陰で着信の工夫の方に人員が流れた」


「あらら」


「そっちの方が急務かな?って思うんだよね」


「緊急時に困りますもんね」


「そういう事。ところで、薬湯は飲んだ?」


「飲みましたよ?食後に」


「後は明朝に上がらない事を祈るだけだね」


「お祈りしておこうかな?」


「しておきなさい。後は冷やさないようにしないとね」


そう言って、毛布を掛けてくれる。


「そろそろ寝ますね。おやすみなさい、大和さん」


「おやすみ、咲楽」














評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ