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異世界転移って本当にあるんですね   作者: 玲琉
3年目 霜の月
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霜の月、第4の光の日。


今日はエミディオさんの初出勤と、私の演奏会の日だ。


雪は木の日まで降っていたけど、昨日には止んでいた。闇の日には大和さんとジェイド商会に行って上着を買ってもらった。ついでに白いパンツも。ワンピースの下に履いて防寒にって薦められちゃったんだよね。ターフェイアや北の地域ではそれが普通なんだとか。どうりで王都で同じような事をやっても何も言われなかったわけだ。


あの雪での死者は例年よりは少なかったらしい。それでも少なくない死者が出ている。私が向かったのは東の方の近隣の村だけだけど、当然のように北、西、南方面にも村や集落はある。雪深い地域だから、はじめからその対策はしていると言っても、完全じゃない。地球でだって寒波で死者が出たってニュースが毎年流れる。


晴れているらしい窓の外を見て、ちょっとため息を吐きながらベッドから出て、着替える。着替えたら2階に降りて、暖炉に火を入れてからキッチンで薬湯を煎じる。


「ただいま、咲楽」


「おかえりなさい、大和さん」


「雪がガチガチに凍ってる。火属性持ちと城門までは溶かしてきたけど、足元が悪いから早めに出ようか」


「はい。大和さん、魔力譲渡はしなくて良いですか?」


「ちょっと貰える?」


「じゃあ、手を出してくださ……」


「キスでも良いんだよね?」


「大和さん?朝からやめてください」


「いってらっしゃいのキスを目標にしてるのに」


ブツブツと文句を言いながら手を出してくれた大和さんに、魔力を譲渡する。大和さんの手はゴツゴツしているけど、大きくて温かくて安心できる。


「咲楽、4階に行くよ」


「はい」


なんだか手を離したくなくて、いつまでも大和さんの手を握っていたら、反対側の手で頭をポンポンされた。


薬湯をカップに入れて、4階に行く。大和さんが瞑想をしている間に、薬湯を飲む。今日の大和さんのモヤの色は深紅。『夏の舞』のようだ。緋龍(ひりゅう)の姿も確認出来る。その眼は爛々と黄金に輝いて……。微妙に目を逸らされている気がする。


大和さんが立ち上がって、刀を構える。切り裂かれる空気。熱狂の渦が室内を埋め尽くした。何これ。こんなの知らない。目の前で繰り広げられる命のやり取り。剣を持って戦う複数の人物。その姿に熱狂する周りの人々の歓声。『夏の舞』はヒポエステスのような、ちょっと楽しい感じだったのに。思わず耳を塞いで目をギュっと瞑る。


「咲楽、どうしたの?何を見た?」


優しい大和さんの声が聞こえた。ゆっくりと目を開けると、心配そうな大和さんが私を見ていた。熱狂の渦は消えている。


「『夏の舞』ってヒポエステスのような感じだったんですけど」


「ん?けど?」


「それも短い時間だったんです」


「そう言っていたね」


「でも、今日は闘技場の中で複数人が戦っていて、周りが熱狂していて、その中に放り込まれたような感じでした」


「刀だからかな?」


「分かりません」


2階に降りて、大和さんはシャワーに行った。私は朝食の準備。スープを温めて、パンは暖炉の上に置く。卵とウィンナーを焼いて朝食を仕上げていく。


「咲楽、はい、これ」


シャワーから出てきた大和さんが、暖炉の上のパンを渡してくれた。


「ありがとうございます。朝食にしましょう」


テーブルに着いて、朝食を食べ始める。


「今日は大変そうだね」


「本当ですよ。エミディオさんの初出勤もありますし」


「咲楽の演奏会もあるしね」


「あぁぁ、思い出させないでください」


「プレッシャーを与えちゃいけないから、この辺でやめておこう」


「十分プレッシャーです」


「俺も楽しみなんだよ?」


「分かってます。分かっているんですけど、慣れなくて」


「場数を踏まないと、慣れないだろうね」


「大和さんはプレッシャーって感じないんですか?」


「奉納舞の時?感じる暇が無かったかな」


「暇が無かった?」


「だってね。春の例祭が終わったらすぐに夏の神事の準備の為に動かなきゃいけないし、やる事が多くてさ」


「そういうのって専門の方が居るんじゃないんですか?」


「居るんだけどね。俺達には舞いの修練もあったしね」


「あぁ。そういう事なんですね」


勘を取り戻す必要があるって事だもんね。


「でもさ、団長様の奥様も一緒なんでしょ?心配する事はないんじゃない?」


「エフィー様の演奏って、引っ張ってくれるんです」


「そうなんだ」


朝食を食べ終わって、大和さんが食器を洗ってくれている間に着替える。


いつもの着替えに加えて演奏会用の服も用意する。とは言っても、エフィー様が衣装管理部のみんなとなにやらやっていたから、インナーだけ持ってきて、って言われている。


「どんな衣装なの?」


大和さんが着替えに入ってきて、尋ねられた。


「私も知らないんです。エフィー様が衣装管理部のみんなとなにか話していたのは知っているんですけど」


「可愛い衣装が用意されていたりして」


「あり得るから怖いです」


「どんな衣装だろうね?」


「この施術室の制服で良いんですけどね」


「いやいや、せっかく用意してくれるんだからさ、着てみようよ」


「物によります。シンプルな服なら良いですけど」


「咲楽はシンプルな服が似合うからね」


出勤する。大和さんが言ったように、塔から城門までは氷が融かされているけど、その周りは凍りついている。塔からの道もシャリシャリと凍りかけているような気がする。


「氷点下5℃以下って感じだね」


そう言う大和さんの息が白い。


「寒いっていうのは分かりますけど、何度とかは分かりません。凍っているから、氷点下なんだろうな、というのは分かりますけど」


「俺も細かい温度までは分からないよ。でも、この気温なら-5℃より暖かいって事はないと思う」


「凄いです。そんな事も分かるんですね」


「だから、細かい温度までは分からないって」


「それでも凄いです」


思わず尊敬の目で見てしまう。


「大したことじゃないよ」


大和さんが苦笑する。


「カークから手紙が届いたよ」


「何が書いてあったんですか?」


「氷の月の第1の緑の日にはユーゴと一緒に来るって。精進潔斎についても書かれていた。自分達にも必要か?って。必要は無いって返事は書いたけどね。もし体験したいって言ってきたら、スープを増やしてもらって良い?」


「大丈夫ですよ」


「後は、ユーゴが魔道具に興味を持ち出したらしい」


「魔道具に?」


「母親の採掘した魔石がどう使われるのかを調べて、そこからだそうだよ」


「あぁ……」


ユーゴ君のお母さん。テイラーさん……じゃなくて、アイリーンさん。彼女は今、魔石鉱脈で刑に服している。あの人の事を思い出すのは怖いし辛い。男性に対する恐怖は封じてもらったけど、誘拐事件の事を忘れた訳じゃない。


「俺はあの女の事は許せない。俺の大切な女性(ひと)を傷付けた。絶対に許さない。だから、あの女がどうなろうと構わない。でも、咲楽は違うでしょ?あの女の事を心配して、何かあったらって考えてしまう。それは止めないし、俺のあの女に対する憎しみや怒りを理解してくれなくても良い」


「でも、あの人はユーゴ君のお母さんです。あの人に何かあればユーゴ君が悲しみます」


「ユーゴには頼りになる仲間や大人が付いている。俺はね、あの女に何かあっても、それは自業自得だと思う。咲楽が感じた痛みや苦しみを、同程度以上で味わえば良いと思ってる」


「大和さん……」


激しい怒りが伝わってくる。大和さんの言っている事は本心だと思う。大和さんがあの人(アイリーンさん)に感じているのは、怒りや憎しみだ。私があの人(アイリーンさん)に感じているのは恐怖。そこに私と大和さんの違いがあると思う。


なんとなく、2人とも黙ったまま、騎士団に着いた。


「おはようございますっ」


「おはようございます、エミディオさん。今日からですね。よろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


緊張からか妙にぎこちない動きのエミディオさんが、騎士団の入口に立っていた。


「まずは施術室に行きましょうか。制服も届いていますし」


「はいっ。ありがとうございますっ」


エミディオさんを連れて、施術室へ行く。


「エミディオさん、緊張してますか?」


「はいっ」


「大丈夫ですよ。いつも通りでお願いします」


「いや、だって、トキワ学校……」


何故かトキワ学校に放り込まれると思っているらしいエミディオさんに、ため息を吐きながら言う。


「ポリファイの方達にどういう指導をしたかって、私も見ていましたけどね。大和さん1人で指導していたわけでもないし、礼節や言葉遣いは貴族階級出身の騎士様達が受け持っていました。それに、私達は施術師です。騎士様のような訓練を受けるわけではありません」


「オレはトキワ学校に入れられない?」


「いったい何を脅されたんですか……」


施術室に着いて、エミディオさんを招き入れる。


「こちらがエミディオさんの制服です。隣が休養室になっていますので、そちらで着替えてください」


「分かった。着替えたら何をすれば良い?」


「お掃除です。まずは着替えてください」


エミディオさんが休養室に消えて、すぐにアイビーさんとトリアさんとトニオさんが出勤してきた。


「おはようございます」


「おはよう、サクラちゃん。エミディオは?」


「今、着替えてもらってます」


「掃除は?エミディオ君が出てきてからの方が良い?」


「掃除の仕方をいちいち指導するわけではありませんし、先にやっちゃいましょうか」


「サクラさん、今日も換気はするんですか?」


「当然です」


換気をしたからって、埃が全て外に出ていく訳ではないけどね。


「えぇぇぇぇ。寒いじゃない」


「そうよ。今日はやめておきましょ?」


「分かりました。では浄化をしっかり掛けてください」


一晩経った空気を入れ換えたかったんだけど、仕方がない。5分くらいなんだから、我慢して欲しい。


「シロヤマ先生、着替えたよ……。わぁぁっ。トリア姐。居たの?」


「あら、失礼ね。居たわよ。私も施術室の一員ですからね」


「ようこそ、騎士団施術室へ。ここは緊急要請さえなければ、案外のんびり出来るよ。やる事は意外とあるけどね」


「アイビーです。よろしくお願いします」


「アイビー……。ってこの人?ポリファイの騎士に横恋慕されて困ってた人って」


「エミディオ?人を指差さないのよ」


「わぁぁっ。誰から聞いたんですかっ」


アイビーさんが狼狽した感じで大声を出した。


「オレ、西のポリファイに友人が居るから。『可愛い施術師は居るけど、絶対に手を出そうなんて考えるなよ』って言われた」


「的確なアドバイスね」


トニオさんが1人で黙々と施術室内の浄化をしていた。


「トニオさん、休養室の掃除と浄化はエミディオさんと行ってください」


「部屋の浄化?」


「あぁ、教えるよ」


不思議そうなエミディオさんを連れて、トニオさんが休養室に入っていった。トニオさんは理論的に教える事に長けている。だから、トニオさんが教えるのは正解だと思っていた。


「大丈夫かしらね?」


「どういう意味ですか?」


「エミディオも私と同じなのよ。こんな感じかな?っておぼろげでもイメージ出来れば出来るんだけど、トニオみたいに理詰めで来られると逃げ出したくなっちゃう時があるのよね」


「もしかして、合わないんじゃ?」


アイビーさんと顔を見合わせる。


「合わないでしょうね」


そぅっと休養室のドアを開けると、エミディオさんが頭を抱えていた。


「なんで分からないんだ?」


「分かんねぇよ。目に見えない(モン)があるから、それを消し去るイメージでとか」


「ここでは浄化は基本だぞ?出来なくてどうする」


「ばあちゃん先生の所ではやってなかった」


「さっきも言ったがここでは基本だ」


「トニオさん」


私の声にトニオさんが振り返る。


「シロヤマさん、ごめん」


「私と交代してください」


「はい」


ショボンとしながらトニオさんが出ていった。


「エミディオさん、大丈夫ですか?」


「大丈夫じゃない」


「いきなりは無理ですよね。私のミスです。ごめんなさい」


「シロヤマ先生の所為(せい)じゃない。オレが理解出来なくて」


「伝えるべき事が伝わらないのは、伝える側の責任が大きいんです。私はトニオさんに頼みました。トニオさんは理論的に説明が出来るから、任せてしまったんです。つまりは私のミスです」


「いや、でもさ……。まぁ良いや。シロヤマ先生が教えてくれるの?」


「はい。見えない物があるって言われても、ピンと来ませんよね」


パンのカビの話をすると、イメージが出来たようで、弱いながらも浄化に成功していた。やっぱりエミディオさんはトリアさん型だ。


「成功した?」


「はい。弱いですけど出来ています」


エミディオさんの空間浄化だけでは、範囲が狭いし弱かったから、残りは引き受ける。一気に休養室を浄化して部屋を出る。


「おかえり」


「成功したみたいだね」


浄化は成功すると白っぽい光が見える。だからみんなにも分かったみたいだ。












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