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寝不足ではないんだけど、何となくスッキリしない朝を迎える。


スッキリしないのは昨夜の事があるから。


今日は大和さんはお休みだったよね。そんなことを考えながら、ラフな服に着替えてキッチンへ。


スープは温めるだけになってる。味見をするといい感じだったから、温めておいて私は食料庫へ。


パンと自分用のお昼用に野菜、チーズを出す。ウィンナーとかスープに入れようかな。そう思い付いて食料庫から出してキッチンに戻る。


火を落として庭に出るとナイオンが居た。レベッカさんもマイクさんもいない。


「咲楽ちゃん、おはよう」


「おはようございます」


大和さんに挨拶をされて咄嗟に返事を返した。あ、今朝は大丈夫っぽい。


「今からですか?」


「そう。ゴットハルトが瞑想中に来たら、中に入れてあげてくれる?」


「入ってくれるでしょうか……」


「その心配もあるか。まぁ、その時はその時で」


そう言って大和さんは瞑想を始めた。少ししてゴットハルトさんが現れた。


「おはようございます。今結界具を解除しますね」


「ですから……、分かりました。入らせてもらいます」


結界具を解除し、ゴットハルトさんに入ってもらう。


「トキワ殿は何をしているのですか?」


微妙な距離を保ちながら、ゴットハルトさんが聞く。


「瞑想です。舞の前の精神統一だと言っていました」


「トキワ殿の周りが揺れているように見えますね」


ゴットハルトさんが目を擦りながら言う。私以外に見えるのかな、あの靄。


「私には炎のような靄が大和さんを包んでいるように見えます」


「なんだか神秘的ですね。近寄り難い」


「そんなこと言わないであげてください」


「あちらでも言われていたとかですか?」


「そう聞いてます」


瞑想を解いた大和さんが舞台に上がる。そのまま舞始めたのをゴットハルトさんが不思議そうに見ていた。


「確か、舞の前に、何か、言いませんでしたっけ」


「ゴットハルトさん、リラックスしてください。力を抜いて。怖くないです。大丈夫。私にも見えています」


ゴットハルトさんが少し力を抜いた。


「貴女はあの現象が怖くないのですか?」


「怖がらなくてもいいと思います。綺麗なものは綺麗。そう思った方が楽ですから」


大和さんの舞を見ながら言う。私に見えるのは枝垂桜の元で舞う大和さん。最近は花畑まで見えてる気になってしまう。


「貴女の瞳は彼だけしか写さないのでしょうか」


「ちゃんと見えてますよ。ゴットハルトさんもナイオンも」


「そういう意味ではないのですけどね」


「どういう意味ですか?」


吹き出す声が聞こえた。舞が終わってる。気が付かなかった。


「悪い。聞こえたのが漫才だった」


「マンザイってなんだ?」


「こっちにあるのかな?コミカルな会話劇だ。演技を交えることなく会話のみで笑わせる」


大和さんがナイオンにじゃれつかれながらこちらに来る。


「ゴットハルト、朝食は?」


「一旦戻って食べる」


「ゴットハルトさんの分もありますよ?」


「それは流石に……」


「簡単なものですけど、食べていってください」


ゴットハルトさんは私と大和さんを交互に見て諦めたように言った。


「ごちそうになります」


家に入ろうとすると、ナイオンは四阿(あずまや)に行って寝転んだ。


「ナイオン、そこに居るのか?」


大和さんが聞くと、ナイオンは大きく欠伸をした。そのまま目を閉じる。


「まぁいいか」


「あの虎、良いのか?」


「好きにさせとくさ。咲楽ちゃんが独りで居るなら、無理にでも中に入れるが」


3人で家に入る。あ、ゴットハルトさん、裏口から上げちゃった。


「あの、ゴットハルトさん、玄関からどうぞ。こちらからでは失礼ですので」


「あー、咲楽ちゃんってそういうの、気にするよね」


「私は気にしませんが……」


「お客様を裏口から上げるのは、その方に失礼に当たります。表から入れる価値がないと言っているのと同じですので。お願いします。玄関から入ってください」


大和さんとゴットハルトさんは顔を見合わせて玄関に回ってくれた。


「咲楽ちゃん、ちょっと頼んでいい?ゴットハルト、少し待っててくれ」


大和さんはいつものように、シャワーに行く。


「ゴットハルトさん、紅茶飲みますか?」


そう聞くと「いただきます」と返事が返ってきた。


パンとスープを温めて、卵とハムを焼いて朝食プレートを作る。紅茶を同時進行で淹れて、お出しする。


「ありがとうございます。さっきのって気にしなくてもいいのでは?」


「お客様は玄関から、って事ですか?祖母に厳しく言われて、もう染み付いちゃってるんです」


「貴女を手に入れる男性が羨ましいですね。それはトキワ殿なのでしょうが」


ゴットハルトさんは、時々こう言って眩しそうに見つめてくるからドキドキする。


「ゴットハルト、咲楽ちゃんを口説くなって」


「いつから聞いてた?」


「『貴女を手に入れる男性が羨ましい』ってところから。まぁ、俺がいるって分かってくれているからまだいいが」


「だから、黙って聞いていないでくれ」


「いや、だって楽しいから」


笑いながら言う大和さんにゴットハルトさんが抗議する。


「面白がるなよ」


なんだか昔からの友人同士のような会話をする2人を置いて、キッチンに戻る。


朝食プレートを完成させてテーブルに運んでから、2人を呼びに行く。


「朝食の用意が出来ました」


「咲楽ちゃん、ありがとう」


「ごちそうになります」


スープを一口飲んでゴットハルトさんが固まった。あれ?美味しくなかった?


「トキワ殿はいつもこれを食べているのか」


「そうだが?」


「お口に合いませんでしたか?」


「旨い。いや、美味しいですね。トキワ殿、もっと感謝しろよ」


「してるよ。俺は料理はできないから、咲楽ちゃんに頼りっぱなしだ」


「お口に合ったようで良かったです。大和さん、本当にお昼はいいんですか?」


市場(バザール)に行くっていってるのに。心配性だね」


「ナイオンもいるし」


「ナイオンの意思に任せる。市場(バザール)までついてくるならそれでいいし、ここに居るならそれでいい。雨避けもあるしね」


「あの虎の意思か」


「何か変か?」


「騎獣とかの意思を尊重する方が少なかったりするからな。獣でもちゃんと考えてたりするんだな、と思ってな」


「ナイオンは賢いぞ。ちゃんと考えて行動してくれている」


「あ、それで思い出しました。昨日猫人族の方が見えて、ナイオンの話題になって会いたいって言っていました」


「今日来るかもしれないって事?」


「何ヵ月でも待つから冒険者ギルドに来てほしいと」


「じゃあまた2人の休みが会うときにいこうか」


「それでトキワ殿、今日はどうするんだ?」


「呼び捨てでいいぞ。俺だけ名前を呼び捨てにしてるしな。最近では『トキワドノ』という名前かと思うようになってきた」


大和さんが笑って言う。


「今日な、まずは咲楽ちゃんを施療院に送っていく。帰ってきてから結界を張らずに1番、休憩して結界を張って1番、かな」


大和さん達が話をしている間にお皿を下げる。


「咲楽ちゃん、置いといてね。洗うから」


その言葉に甘えて、自室に戻る。出勤の服装に着替えようとして棚に置いたままの練り香水が目に入った。少し手に取り、広げる。ふわっとスッキリした甘い香りがした。


髪を纏めて階下に降りる。


「お待たせしました」


「咲楽ちゃん、いい匂いがする」


「匂い?」


大和さんはすぐに気がついた。ゴットハルトは気が付かなかったみたい。


市場(バザール)で以前買った練り香水です。気になりますか?」


「このくらいなら大丈夫。咲楽ちゃんに合ってる」


「ありがとうございます」


大和さんに誉められると嬉しい。


庭のナイオンに出勤前の挨拶。


「ナイオン、行ってくるね」


ナイオンはむくりと起き上がると私に体を擦り付けた。


「匂い、気にならない?大丈夫?」


「猫科の動物は柑橘の匂いを嫌がるって言われているけど、ナイオンは大丈夫みたいだね。咲楽ちゃん、そろそろ行こう」


「はい。ナイオン、行ってきます」


大和さんが結界具を作動させて、家を出る。いつもは大和さんは騎士服だけど、今日は私服だし、ゴットハルトさんもいて、いつもと違う雰囲気がある。


「なんと言うか、シロヤマ嬢はもっと可愛らしい服装が似合う気がするのですが」


「可愛い、甘い感じのって苦手なんです。スッキリシンプルが好きなんです」


「あぁ、甘い感じですと男が寄ってくるかもしれませんね。そのくらいでちょうど良いのでしょうか」


「咲楽ちゃんは青や緑を好むね。赤とかの暖色系は着ないの?」


「貰った中にありますけど、自分では着ないですね。挑戦した方が良いでしょうか?」


「いつも着ないような色ってなかなか着にくいですよね。あぁでもトキワ殿は黒や白が似合いますね」


「ゴットハルトもピンクやオレンジなんかを着てみたらどうだ?」


「トキワ殿こそ着てみてください」


ピンクを着た大和さん……似合うかも?


「咲楽ちゃん?着ないからね?」


「どうして人の考えを読むんですか」


「咲楽ちゃんはわりと顔に出るから分かりやすい」


楽しそうに大和さんが言う。


王宮への分かれ道でローズさんが待っていた。あれ?ライルさんは?


「サクラちゃん、おはよう。なぁに?いい男を2人も連れちゃって」


からかうように言われる。


「ジェイド嬢、おはようございます。咲楽ちゃんをあまりからかわないであげてください」


「分かってますわよ。それでこちらは?」


「初めまして。ゴットハルト・ヘリオドールと申します。眠りの月から神殿騎士団に配属となります」


「あら。来月から神殿騎士団に配属?華やかさが増えそうね。あぁ、私はローズ・ジェイドです。施術師をしています。サクラちゃんの同僚ね」


「彼女はこっちの事情を知っている人だな。あぁ、もう一人来た」


「サクラちゃん、ローズ、何を話してるの?あら、こちらの方は?」


「初めまして。ゴットハルト・ヘリオドールと申します。眠りの月から神殿騎士団に配属となります」


「初めまして。ルビーと申します。平民なので家名はありません」


「彼女も事情を知ってる」


「事情って、ヘリオドール様は?」


「ゴットハルトがきっかけですから」


「へぇ、貴方がねぇ。ちょっとよろしいかしら」


ローズさんとルビーさんがゴットハルトさんをつれて反対側の道の端に行っちゃった。


「お2人共、時間はいいのですか?」


少ししたら、大和さんが助け船を出した。


「あらいけない。サクラちゃん、行きましょ。トキワ様、ヘリオドール様、失礼します」


大和さん、ゴットハルトさんと別れて施療院に向かう。


「そういえばライルさんはどうしたんですか?」


「あぁ、今日はおうちの都合でお休みね。3番目のお兄様が帰ってこられるんですって」


「帰ってこられる?」


「お小さい頃から興味を持っていたのが魔道具作りだったらしくてね。修行に出てらしたのよ。確か、5年前だったかしら」


「あの時はフリカーナ婦人が大変だったわね。心配されて食は細くなるし。ライル様が付き添って修行先にこっそり見に行ったりね」


「その3男様、クリストフ様と仰るのだけど、帰ってみえるらしいのよ。まだ修行期間はあるはずなのに、ってライル様が言ってらしたわ」


「修行の途中で帰ってくるんですか?」


それはおかしな話だよね。修行って私は分からないけど、途中でって何かあったのかな?


施療院に着いて、着替えて診察室へ。


3人で話していたらナザル所長が入ってきた。あれ?アリスさん?


「今日はヘルプよ。施療院の人が休むと私に話が来るんだから嫌になるわ」


と、嬉しそうに言う。


「ずいぶん嬉しそうねぇ」


「いいんじゃない?いつもながら素直じゃないんだし」


「ローズ、ルビー、聞こえてるわよ」


「聞こえるように言ってるんですぅ」


「だって嬉しいんでしょ?」


「なにも言わないのはシロヤマさんだけね。良いわ。シロヤマさん、仲良くしましょ」


圧倒されて声が出なかっただけです。


「ちょっと、サクラちゃんを取らないでよ」


「賑やかじゃのう。そろそろ診察じゃ。その辺にしておきなさい」


「「「はーい」」」


「アリスはライルの診察室を使いなさい」


「分かりました」


そうして診察が始まる。


患者さんの中には、ライルさんがいないことをしつこく聞いてくる人もいたけど、「お(うち)の都合」で押し通した。だってそれしか言えないし。


3の鐘が鳴った。朝の診察はこれで終わりかな?


「サクラちゃん、お昼に行きましょ」


ローズさんとルビーさんが誘いに来てくれた。アリスさんも後ろから来てくれている。


休憩室に行ってお昼を食べる。


「サクラちゃん、今朝会った人、ヘリオドール様だったっけ。どんな人なの?」


「来月から神殿騎士団に配属される人です。子爵家だって言ってました」


「ヘリオドール家のご子息様の事?結構な人気よ。あの人と違ったタイプでしょ。神殿騎士団に来られるのね。これは来月の集計が楽しみね」


「あぁ、あれね」


「今月はトキワ様じゃない?」


「そうでもないのよ。あの人にシロヤマさんがいることは、王宮内では有名だし、アインスタイ副団長様のお相手じゃないかって噂されたりね」


「なんの話ですか?」


「ラブレターの数のランキングよ。月1回、情報紙で集計されて発表されるの」


「ところでアリス?どうしてトキワ様を『あの人』なんて呼んでるの?」


「最初を思い出してちょっと苦手なのよ。別にいいじゃない」


ツンっとそっぽを向くアリスさん。ちょっと可愛い。


「ねぇ、それよりアインスタイ副団長様のお相手って?」


「最近ね、アインスタイ副団長様に男色の噂が立っていてね。よく一緒にいるのがあの人だから」


「出勤時に待ち伏せされてますから」


私の言葉にルビーさんとアリスさんが食いついた。


「それで朝、一緒に出勤されているのね」


「待ち伏せされてるの?トキワ様」


「王宮騎士団に配属されてから毎日です」


「ふぅん。珍しいわね」


「珍しい?」


「アインスタイ副団長様ってね、騎士団員と一緒にいることはあまり無かったのよ。どっちかと言うと一歩引いて眺めてる感じだったのね。そこが人気だったんだけど」


「さすがに詳しいわね」


「王宮に居ると詳しくなるのよ」


「アインスタイ副団長さんのそういう噂っていつからですか?」


「今月入って1週過ぎた位からかしらね。なぁに?気になるの?」


アリスさんが私を覗き込む。


「急に噂が立つって不自然な気がします」


「そういえばそうね。言われてみれば不自然だわ。あの人の配属と同じくらいだから、そう感じなかったけど」


そう言って立ち上がるアリスさん。


「調べてみるわ。あの人のファンって王宮内に結構いるのよ。貴女が倒れた時、あの令嬢達の処分が早かったのは、それもあるのよ」


「サクラちゃんが倒れたって?」


「あー、ちょっと……」


「あれはあの人が悪いのよ。よりにもよってあの人を狙ってた令嬢のいる前で、シロヤマさんに上着を渡すんだもの。シロヤマさんが詰め寄られてて、それで気付けたんだけど。その後は派手な事したけどね。練兵場の壁を飛び越えるだなんて」


「ちょっとトキワ様とお話が必要かしらね」


「そうね」


「あの時は私も意地を張っちゃったし、大和さんが悪いわけじゃありません。大和さんを責めないでください」


「泣きそうな顔しないでよ」


「大丈夫。話を聞くだけよ」


「責めることはしないから」


3人にそれぞれ言われて、でも心配なのは治まらない。


お昼からの診察が始まった。



お客様を裏口から上げるのは、その方に失礼に当たります。表から入れる価値がないと言っているのと同じですので。


上記の言葉はよく祖母に言われてた言葉です。祖母の実家も田舎の百姓だったし、祖母の姉弟もそんなこと言ってなかったのに、何故か祖母だけが言っていました。


こう言う事って大事ですけどね。

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