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翌朝も同じように起床する。窓を開けるとやっぱり常磐さんは鍛練をしていて、その後、騎士さんと手合わせをしていた。
終わったらこっちを見て挨拶するまで昨日と一緒。今日の騎士さんはデルソルさんでもプロクスさんでもなかった。赤毛って言うのかな。赤っぽい髪に目は茶色の真面目そうな人だ。
「おはようございます。初めましてですね。私はアルフォンス・ダーナと申します。よろしくお見知りおきを、可愛いお嬢さん。どうぞ私の事は『アル』とお呼びください。いやー。こんな可愛い人が居たことに今朝まで気が付かなかったとは、損をしちゃいましたよ。トキワ殿、何故もっと早く教えてくれなかったのですか」
うん。とってもチャラそうな挨拶をされました。
常磐さんが笑いながらアルフォンスさんに教えている。
「初対面の相手にその挨拶はないだろう。そういう挨拶をするヤツは『チャラい』って言うんだ。女の子にしょっちゅう声をかけて、遊び歩いてるヤツの事だな」
アルフォンスさんは何か言っていたけど、常磐さんと笑いながら汗を流しに行った。
多分アルフォンスさんは今日が初対面か、それに近い感じよね?前からの友達みたいに話していたけど、常磐さんって友達を作るのが上手いのかな。そういう人、居るよね。
私は初対面の人とはうまく話せない。何を言って良いのか分からなくなっちゃう。身構えちゃうから相手も少し話をすると離れていっちゃって、顔見知り以上友達未満の人はたくさん居るけど、あんな風に話せる友達は少ない。
そう言えば最初に常磐さんに会ったとき、触られると怖かったけど、普通に話せてた。
そんなことを考えていると常磐さんとアルフォンスさんが戻ってきて、朝食を食べに一緒に食堂へ行った。食堂の人も顔を覚えてくれていて、他の人より少ない食事を渡してくれた。それを見たアルフォンスさんが言う。
「少なすぎない?もっとちゃんと食べないと体が持たないよ」
自分は元々少食で、みんなと同じ量を食べられない事、残すのも悪いので最初から少なくしてもらっている事を言うと、納得はしてもらえたみたいだけど、気にはなるみたい。アルフォンスさんはぐいぐい距離を詰めてくる感じの人で、ちょっと怖かった。常磐さんを見ると、あれ?ちょっと怒ってる?なんだか不機嫌だった。
朝食後に部屋に戻ると清掃部のリアさんがいて、お掃除をしてくれた。
リアさんたちのお掃除を待っている間、常磐さんがちょっと不機嫌そうに言う。
「悪かったな。アルフォンスがあんなヤツだと思わなかった。気を悪くしなかったか?チャラい男が好みなら別だけどな」
「いえ、チャラい人は苦手です。でももしかしたら私が不慣れだから気を使ってくれたとか……無いでしょうか」
「無いと思うけどなぁ。まあ、プロクスやデルソルに聞いてみるか。ところで、白山さんって言いにくいんだけど、咲楽ちゃんって呼んでいいか?なんなら俺も大和で良いから」
まぁ、そのくらいなら……。
「分かりました。私の呼び名は咲楽でいいですよ。でも、常磐さんの呼び名は常磐さんで勘弁してください。男の人を下の名前で呼ぶのは、ハードルが高くて……」
常磐さんは苦笑いしながら頷いてくれた。
「じゃあ今日はいつもの授業と、午後からは別行動かな。俺は神殿騎士団の訓練に混ぜてもらえることになったし。咲楽ちゃんは刺繍?根を詰めすぎないようにな」
「騎士団の訓練に混ぜてもらうって、常磐さんも無理しないでくださいね」
話をしていると授業の時間になった。
スティーリアさんが入ってきて、今日はこの国の貴族制度について話してくれた。
貴族には上から公爵、侯爵、辺境伯、伯爵、子爵、男爵、騎士爵がある。
辺境伯は侯爵と同等程度の権力がある。
騎士爵は一代限りの爵位である。まれに2代3代と続いている家系もあるが、そういう家になると男爵に陞爵されることが多い。
貴族には必ず王家の暗部が付いていて、領地の経営状況、不正の有無、領主への不満等を絶えず監視しているが、それがどういう人物で、どういう風に調査しているのか知っているのは王と、宰相など上層部に限られる。
王都の住民で何か訴えたい事があったり、地方の領民から何か訴えを聞いたりした場合、神殿や各街の騎士団詰所にある御意見箱に書状で訴えることが出来る。
「騎士団詰所にって言うのは、騎士団長とかその辺の人物が調査をすると言うことかな?」
常磐さんが聞く。
「そうですね。実際には重要な案件は王宮に届けられます。中には『騎士の○○さんを紹介してください』なんていうラブレターが混ざっていますし。調査は専任の者が行いますね」
ラブレター、混ざっているんだ。
「でもそれって騎士団の上役が握りつぶしたり出来るんじゃない?」
常磐さんが意地悪く聞く。
「そう思われる方もおられますが、騎士団長以下上部役員は36の月で交代になり、その後60の月が過ぎるまでは、それまでいた騎士団の別の街の騎士団に移動になります。投函された意見の数と、ラブレターの数、訴えのあった数は全て王宮に届けられます。万が一握り潰しなんかあったら、上級職には2度とつけません。その件は全国民に知られる事となります。この国ならではのこのシステムは、3代前の陛下が定められ、厳格に施行されております。そう言えばお二方の前の異邦人の方はその時代に現れた、と記録にございましたね」
それって絶対日本人だよね。でも来たとき『日本と言う国は聞いたことがない』って言ってたけど……。
「その異邦人は同郷では無かったのか?」
「記録によりますと『ヤポン』と言う国からいらした、とありました」
日本人だ!!
話に集中しすぎたのか、その時3の鐘が鳴った。
「お昼ご飯ですね、食堂に移動しましょうか」
食堂に移動しながら常磐さんがスティーリアさんに話しかけた。
「そう言えば今朝からアルフォンスと言う騎士と一緒になったんだが、どういう人物だ?」
「アルフォンス様、と言うとダーナ様でしょうか。あの方は気さくだと評判は良い方ですよ。少し女性に馴れ馴れしいところが玉に瑕でしょうか。どうかなさいましたか?」
「初対面のさ……白山さんにかなり馴れ馴れしくてな。注意が必要かな、と、思って」
「あらあら、そうですか。トキワ様も恋人を守らなければなりませんものね」
スティーリアさん、それ誤解ですってば!!
スティーリアさんはニコニコしながら行ってしまった。
常磐さんと二人で残されて、とりあえず昼食を食べ、午後から常磐さんは騎士団との訓練に、私は昨日のデザイン画を元に下絵を描き、刺繍していく。桜の木は濃い茶色と薄い茶色がいるし、花は濃いピンクと薄いピンクがいる。木は色がはっきり別れていても良いけど、花ははっきり分けすぎると可愛くなっちゃうから気を付けないといけない。
常磐さんに可愛いは似合わないよね。常磐さんはどっちかと言うと、日本男子、って感じだし。可愛いよりカッコいい。
あ、龍虎とかも良かったかも。……迫力がありすぎるかな。
そんなことを考えながら刺繍していく。静かな中で集中している、この瞬間が好きだなぁ。
4の鐘が鳴って体感的に2時間位経ったら、少し暗くなってきたから、刺繍道具を片付けた。
5の鐘が鳴る少し前に常磐さんが帰ってきた。疲れた顔はしているけど、満足そうだ。
「お帰りなさい。どうでしたか?」
「久しぶりだったからね。疲れたけど満足だよ」
少年のような笑顔を見せて常磐さんが言う。
「で?咲楽ちゃんの刺繍はどこまで進んだ?」
聞かれたけどさすがにこれは見せられないよね。常磐さんの肩マントの裏地ってバレる訳にいかないし。
「ん~。そこそこですね。幹の色合いが難しいです」
5の鐘が鳴ったから、食堂に移動。夕食はガッツリお肉が多いんだけど、今日もステーキみたいなお肉だった。
食べていると入り口が騒がしくなった。常磐さんがチラっと見て顔をしかめると、
「咲楽ちゃん、ちょっと急いで。厄介なのが来た」
誰?正体は直ぐに分かった。アルフォンスさんだ。
彼は真っ直ぐこちらに向かってくると、常磐さんをスルーして、私に向かって言った。
「シロヤマ嬢も夕食ですか?ご一緒させていただいても?」
もうすぐ食べ終わるのに。困って常磐さんを見る。
「どうぞ。もうすぐここのテーブルは空きますので、ご自由に」
常磐さんが言って、立ち上がる。アルフォンスさんは笑顔を張り付かせてそれに返した。
「トキワ殿は先にお戻りください。シロヤマ嬢は責任をもってお送りしますから」
それは有難迷惑だ。
「それには及ばない。白山さんは俺が責任をもって送るよ」
少し急いでご飯を食べていると、常磐さんとアルフォンスさんが睨み合っていた。
「アルフォンス、ちょっと向こうで話し合おう。悪い、咲楽ちゃん、ちょっと席をはずすよ」
二人で食堂を出ていってしまった。直ぐに側にミュゲさんが来てくれる。
「あらー、ちょっと厄介な状況ね。ダーナ様は女に手が早いって噂だし、トキワ様もシロヤマ様に手を出されるのを黙って見ている気は無いでしょうし」
ミュゲさんが笑う。
「どうしたら良いんでしょうか?」
「ダーナ様が無理ならはっきり言った方がいいわよ。今までと同じならあっさり諦めるでしょうし。けど、あんなダーナ様、初めて見たなぁ」
食事を終えて常磐さんたちを探す。ミュゲさんが付いてきてくれた。途中でデルソルさんにも声をかけて一緒に探す。
「デルソルさん、すみません。付いてきていただいて」
謝ると、デルソルさんは生真面目に言った。
「いいえ。騎士団の者がこんな騒ぎを起こしたとなりますと……おや?あれは……」
ここは何処だろう?ミュゲさんに聞くと「騎士団の練兵場よ」と、答えてくれた。
そこに二人が立っていた。お互いに剣を構えて。
何?!いったいどうしてこういう事態になってるの?
声がでない。空気が重い。一歩も動けない。
違う。空気が重いと言うより張り詰めてるんだ。
怖い。だって二人共真剣な顔をしてる。多分持っている剣も真剣だ。
私は剣の事なんて分からない。けどこんな私にも分かることがある。お互いに剣でやり合ったらどちらか、もしくは二人共がケガをする。
どうしたら良いの?どうしたら二人共、剣を納めてくれるんだろう。
ぐるぐる考えていると、デルソルさんが動いた。
「二人共、こんな時間にこんなところで何をやってる!?」
そのままスタスタと二人に近付いていく。
「騎士ダーナ、貴方は何をしているのか分かっているのか。騎士団の人間でない者に剣を向けるなど。トキワ殿も剣を納めてくれ。女性が怖がっている」
そう言ってこちらを見る。
常磐さんとアルフォンスさんもこちらを見た。その場の空気から刺々しさが消えた。私がよほど情けない顔をしていたんだろう。常磐さんが戸惑ったような顔になる。そのままこっちに歩いてこようとして……
「はい、ストップ。シロヤマ様は私が送ります。お二人はキチンと話し合ってくださいね。ベリーズ様、あとはお任せしても?」
「はい、任されました。シロヤマ様をお願いします。二人共、少し話をしましょうか」
ミュゲさんに連れられて部屋に戻る。大丈夫なんだろうか。
「大丈夫よ。二人共、頭に血が昇ってるだけだと思うし。ベリーズ様を交えて話し合いをしたら、収まるわよ」
部屋に戻ってきて刺繍の続きをして時間を潰してたけど、常磐さんは戻ってこない。6の鐘が鳴っても、常磐さんは戻ってきてないようだった。
刺繍をしていても落ち着かない。
もうすぐ7の鐘が鳴るという時、隣の部屋に誰かが入ってきた。常磐さんが帰ってきたのかな?
「常磐さん?帰ったんですか?」
声をかけたけど返事がない。ドアをノックしてみた。
「常磐さん?開けますよ」
ドアを開けると、デルソルさんがいた。
「あぁ、シロヤマ様、お騒がせして申し訳ありません。トキワ殿は今夜は別室で休んでいただきます。トキワ殿から、伝言です。『悪いけど今夜はそっちに戻らない。白山さんはゆっくり休んで』とのことでした」
デルソルさんは、常磐さんの部屋から着替えを持って行ってしまった。
ーー異世界転移4日目終了ーー