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霜の月、第3の火の日。
昨日、エミディオさんが騎士団にやって来た。お母様のジャクリーンさん経由で話が行ったようで、即座に衣装管理部に連れていかれていた。採寸をされて、施術室に来て、訓練場のかまくらとSnow manに目をパチクリさせていた。施術室の中を、トリアさんに案内してもらってから帰っていったけど、帰りに宿題として骨格図を渡して把握しておくようにって言ったら項垂れていた。
エミディオさんはきっちりと挨拶をしてくれた。ビビアナ施術院の先輩から叩き込まれたらしくて、事情を知っているトニオさんが笑っていた。「今のままの話し方だとトキワ学校に叩き込まれるぞ」って言われたらしい。大和さんが躾の脅し文句にされてるとか……。本人には絶対に聞かせられないよね。実際に言葉遣い等を指導したのは貴族出身の騎士様達なんだけどなぁ。
起床して窓の外を見たら、暗いにも関わらず雪が降っているのが見えた。あの大雪の時のようではないけれど、かなりの勢いだ。風は無いけど、大きな雪片が降っている。
「咲楽、今日は剣舞は無し。急いで支度して」
「はい。緊急ですか?」
「緊急性は無いけど、領主様の予想だと、近隣の村から避難民が来るかもしれないって。騎士団員に召集を掛けるから、準備をしておいてくれって。咲楽もっていうのは、負傷者がいるかもしれないからだね」
話をしながら着替える。
「朝食は領城の料理人が作るから」
「はい」
朝食を食べずに塔を出る。城門には人が集まっていた。
「シロヤマさん悪いねぇ」
「ジョエル先生。ライトを出しますか?」
「頼めるかな」
「はい」
少し大きめのライトを出す。城門前が明るくなった。明るくなった事により、雪の異常な降り方が見えるようになる。
「いつも位だね」
ジョエル先生が呟いた。いつも位なの?これで?
「ここは王都より北だしね。毎年こんなものだよ」
「そうなんですか?」
ある程度、集まったところで、騎士団本部へ出発する。私のライトが目印になっているようで、何人かが合流した。
「シロヤマさん、魔力切れには気を付けて……って、多いんだっけ?魔力量」
「はい」
以前大和さんが私のライトはLEDだって言っていたけど、国民証を見ても、魔力の数値は変わらない。省エネタイプ?
「なんだか色が違う気がするんだけど?」
「雪の中でも見えるように、黄色っぽくしてみました」
大和さんから聞いていたからなんだけどね。イエローカラーは、波長が長い分、反射する力が強いから、少し黄色っぽくしてくれって。
騎士団本部に着くと、私も騎士様達と一緒にホールに集められた。ジョエル先生も一緒だ。宿舎にいる騎士様達も集まってきた。領城の料理人さん達は食堂に走っていった。
騎士団長様がみんなの前に立って言う。
「皆、朝早くにすまない。見ての通りの天候だ。領都に避難してくるであろう民達の受け入れ準備をする。それと同時に近隣の村の救援に向かう。ジョエル先生、シロヤマ先生は出勤してくる施術師と協力して負傷者の施術をお願いします」
「分かったよ。こちらは気にしないで、みんなも無理と無茶はしない事。そんな事をしたら、シロヤマ先生が泣くからね。そうしたらどうなるか、分かってるよねぇ?」
ジョエル先生がそう言って笑う。ジョエル先生、私が泣いたらどうなるんですかっ?
パンとスープの簡単な食事が待機組に配られた。騎士団本部から出て行く騎士様達にはお弁当としてサンドイッチが配られたらしい。騎士様達は領都外に出て行く救援組と各門に向かう受け入れ準備組、領都内の対応をする待機組に分けられている。大和さんは救援組に入れられていた。というか、志願していた。
「ジョエル先生、今まではどうしていたんですか?」
「そうだねぇ。今までは僕1人だったから、領都内の施術院に協力してもらっていたね。たぶん、何人か駆けつけてくれると思うよ」
「それまでは情報を集めながら待機ですか?」
「そうなるね」
「落ち着かないですね」
「僕なんかはのんびりと待っていたいけどね」
ジョエル先生と頂いた朝食を食べる。
「シロヤマさんは、もうすぐ王都に戻るんだよね?」
「はい」
「東の施療院だっけ?」
「はい。王都に行ってから立ち上げですね」
「誰が一緒って決まってるの?」
「決まっているでしょうけど、詳しくは知りません」
「だよねぇ」
領都外の集落の第1群の人達が到着したらしい。その中にヨナーシュさんとティーナさんが居た。
「ティーナさん、ヨナーシュさん」
「あら、シロヤマさん。私達に怪我人は……。ん~、2人かしら?」
「ティーナ……」
ヨナーシュさんが呆れた顔をする。ぺちんとティーナさんの頭が叩かれた。
「いったぁい!!アルおじさん、ヒドい」
「酷くない。先生、この2人を診てやってくれ。こちらに来る際に足を滑らせた」
「こっちに入ってね」
ジョエル先生ののんびりとした声に、ガタイの良い2人の男性が私の側を通りすぎた。封じられているはずの恐怖がチラリと顔を出した。
「シロヤマさん、こっちの人を頼むよ」
「はい」
急いで施術室に入って施術する。施術が終わってヨナーシュさん達が戻っていくと、ジョエル先生に気遣わしげに見られた。
「いろんな症状は治ったって聞いたけど?」
「封じてもらっているはずなんですけど。何故だか分からないんですけど、恐怖感が有ったというか」
「うーん。僕も詳しくはないんだよね」
「何かを悟られるような態度でしたか?私」
「注意深く見ていたら分かったって感じかな」
「あの人達には知られていませんよね?」
「大丈夫じゃないかな」
2の鐘近くになって、トリアさんとトニオさんが飛び込んできた。
「サクラちゃん、遅くなってごめんなさい」
「怪我人とか……。ジョエル先生?」
「おはよう、お2人さん」
「ジョエル先生がどうして?」
「この雪でしょ?領城に居たら、叩き起こされちゃったよ。シロヤマさん1人に負担を掛ける訳にもいかないしね」
「それで、状況は?」
ジョエル先生に促されて、私が集まっている状況の報告をする。
「近隣の集落の避難民は後2ヶ所を除いて完了しているそうです。その2ヶ所は騎士様達の救援組が確認に行っています。近隣の村の情報はまだ入って来ていません」
「1番避難してきているのが多いのが北門だっけ?僕はそちらに向かうよ。現地で負傷者が居るかもしれないし」
「お願いします。トリアさんは西門に向かってくれますか?」
「任せておいて」
「ジョエル先生、私は東門へ向かいます。後をお願いしても良いですか?」
「良いよ。アイビーちゃんが来たらどうする?」
「南門へ行ってもらってください。あちらは王都が近いから、そこまで避難民は居ないようですが」
「分かったよ。街の施術院から手伝いが来たら、振り分けるね」
「お願いします」
トリアさん達と騎士団本部を出る。警護の騎士様と一緒に東門へ向かう。橇のような乗り物に乗せてもらった。前方にVの字の金属板が取り付けられている船のような形の橇だ。これで雪をかき分けていくらしい。牽いているのは足の長いオトリュットラングとピヨーリを掛け合わせたピヨットラングという鳥。寒さに強くて雪なんか物ともしないらしい。
東門は人でごった返していた。雪避けの屋根はあるけど、そこに収まらない人がたくさんいる。子どもを先に街門内のスペースに入れているようで、外にいるのは大人だけだ。それも男性が多い。
「シロヤマ先生、こちらに怪我人を集めました」
街門兵士さんに案内してもらって、負傷者が収容されている部屋に行く。10人程が集められていた。打撲と捻挫が多い。話を聞くと、滑って転倒したという返事が多かった。中には玄関から出られなかったから、2階から飛び降りたら捻っちゃったって人も居たけど。雪で冷やしながら、スキーで滑ってきたんだって。室内の浄化をして、施術する。
全員が終わったところで、骨折したという冒険者の男性が運ばれてきた。救援にとの依頼で出ていて、吹き溜まりで埋もれた段差から転落したらしい。
「シロヤマ先生」
施術しようとした所で、声がかけられた。
「エミディオさん、ビビアナ先生」
「その人の施術、エミディオにやらせてやってもらえないかしら?」
「構いませんが」
エミディオさんと場所を代わる。
「ごめんなさいね。騎士団の施術室で骨格図を覚えろって言われたから、今、必死に覚えてるわ。だから骨折なんかはエミディオに施術させているの」
「骨格図を覚えろっていうか、頭にいれておいて欲しいってだけなんですが。あれを完璧に覚えるには半年はかかると思いますよ」
「そうよね。なんだかね、アイビーさん?って子が施術しているのを見て、ショックを受けたみたいよ」
「ショックですか?」
「自分と同い年なはずなのに、自分よりいろんな事が出来ているって」
「アイビーさんは施術院のような段階を踏んでいませんから。いきなり現場に放り込まれていましたからね」
「知ってるわ。ジョエル先生でしょう?」
「確認をお願いします」
エミディオさんに呼ばれた。骨折は治っているけど、周りの組織も治しましょうよ。筋肉部が傷付いているのにそのままって……。
「エミディオさん、骨折だけ治しても意味はないですよ。開放骨折でしたから、傷の修復もしないと。大丈夫ですか?」
出血を見た所為か顔色が悪い。
「兄ちゃん、大丈夫かい?」
患者さんにまで心配されている。闇属性で精神を安定させた。
「あ、あれ?」
「大丈夫ですよ。大きく息を吐いて、吸ってください。大丈夫です」
「闇属性?」
「はい」
「こんな事も出来んだな」
感心したように、エミディオさんが言う。アマディムを使っただけなんだけど。
「アマディムです。精神を安定させただけですよ」
「闇属性って何も知らなくて。アマディム?」
「はい。精神を安定させたり落ち着かせたりします」
「シロヤマ先生は星見の祭の時にも使っていたわね」
「そうですね。あの場で喧嘩をされると余計に怪我が増えそうでしたから」
「そっか。精神に作用するってこんな感じで使うのか」
「誰も教えてくれなかったんですか?」
「教えてくれなかったんじゃなくて、エミディオが逃げてたのよ。闇属性なんてカッコ悪いって」
「ばあちゃん先生!!」
「本当の事でしょう?教えてくれる人はいたのに、話も聞かずに居なくなっちゃうんだもの。その後ケンカして運び込まれるまでがセットね」
「エミディオさん……」
「闇属性って役に立つってイメージが無かったんだよ。あ、無かったんです」
「言い直すなんて、成長したわねぇ」
ヨヨヨ、とビビアナ先生が泣き真似をした。
その後も負傷者は運ばれてきたけど、ほとんどをエミディオさんに任せた。私とビビアナ先生はエミディオさんの施術後の確認と、避難民達の対応に当たる。
11時頃、5人を乗せた橇が着いた。
「私も手伝うわ。エミディオは休んでなさい」
エミディオさんは魔力切れを起こしそうになっていたらしく、部屋の隅でへたり込んだ。ビビアナ先生と運び込まれた5人の施術をして行く。
「施術師先生、頼む。ウチの村にも来てくれ。重傷者だけって連れてこられたが、村にはまだ怪我人が居るんだ」
「ビビアナ先生」
「待って、シロヤマ先生。騎士団のジョエル先生に連絡を取りましょう。勝手に離れられないわ」
「これを使ってください」
施術室に置いた物の『対の小箱』を取り出す。
「『対の小箱』?」
「はい。自作しました」
「作っちゃったの?」
「本を借りて、教えてもらいながらです」
事情を書いた手紙を入れる。数分後にジョエル先生から返事が来た。
「そうね。こういう魔道具は、役立てないとね」
返事には、村の救援に行っても良いと書いてあった。東門にはもう何人か来てくれるらしい。
「オレも行く」
エミディオさんが立ち上がった。
「魔力量は?」
「少し回復した」
私の魔力を分けられれば良いんだけど、それには時間がかかる。魔術師筆頭様と大和さんと3人で色々試した結果、私と大和さんがチューニングをしながらなら受け渡しが出来るようになった。私には魔力の色が見えるから、その応用で魔力譲渡をするのだ。相手の魔力の色に合わせてこちらの魔力の色を変える。エミディオさんなら光属性の白。ちょっと灰色っぽい。ビビアナ先生はピンクっぽい白。
「目的の村に着くまでに、魔力を譲渡します。少し勝手が違うと思いますけど、我慢してくださいね」
橇に乗り込みながら、エミディオさんに言う。ビビアナ先生が東門に残って対応してくれることになった。
「手を出してください。私は急速に譲渡をすることが出来ませんから、少し時間がかかります」
エミディオさんの手を両手で包み込む。エミディオさんの魔力に合わせてこちらの魔力を送り込んでいく。
「あったけぇ」
「熱くないですか?」
「大丈夫」
少しずつ魔力を送る。目安は1秒に魔力量が1増える位。それ以上になると、熱くて触れていられなくなる。橇の中で昼食をいただいた。