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異世界転移って本当にあるんですね   作者: 玲琉
3年目 星の月
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翌日。目が覚めると室内が暗かった。クローゼットの方は少し明るい。と、言うことは、クローゼットの鎧戸は開いているのかな?寝室の鎧戸を開ける。外はまだ薄暗い。


「うぅ~ん」


冷気が入り込んだからか、アイビーさんが身動(みじろ)ぎした。クスリと笑ってクローゼットで着替える。


キッチンに降りて、暖炉に火を入れたら、薬湯を煎じつつお湯を沸かす。昨日はスパイススープだったから、まだダイニングにカレーっぽい匂いがする。気になったから浄化を使った。消臭剤をイメージしたんだけど、匂いは消えたかな?


「ただいま、咲楽」


「おはようございます、シロヤマ嬢」


「おはよう、シロヤマさん」


「おかえりなさい、大和さん。おはようございます、セント様、トニオさん」


「アイビーちゃんは?」


セント様が聞いた。


「まだ寝ているようですね。今日は休日ですから、ゆっくり寝かせてあげませんか?」


「アイビーさんは剣舞は見ないのかな?」


「起きてきてからで良いのでは?咲楽も薬湯を飲んでいますし」


「何の薬湯だっけ?」


「食欲増進と末端冷え症の改善ですね」


薬湯を飲み終わった頃、アイビーさんが起きてきた。どうやら階段を駆け降りてきたらしい。


「おはようございますっ」


「アイビーさん、おはようございます」


「降りてきたアイビー嬢には悪いけど、4階に上がろうか」


「4階に?サクラさん、何があるの?」


「大和さんの剣舞です」


みんなで4階に上がる。アイビーさん達をソファーに案内して、私はリュラ(竪琴)を台にセットする。大和さんはその間に瞑想していた。


「そっか。サクラさんも演奏するんだ」


「合わせなきゃいけませんから。ちょっと緊張します」


「あの時の男の子は?」


「あの時の男の子?」


「前に訓練場でトキワ殿の前に舞ってたじゃない。彼はトキワ殿の弟子なんでしょ?」


「あぁ。ユーゴ君ですね。弟子、になるのかな?」


「弟子だって認めてあげてよ」


「私にはその辺りはよく分からなくて」


「ユーゴは俺の弟子で合ってるよ。咲楽、指慣らしは?」


大和さんが瞑想を解きながら、笑って言った。


「少々お待ちください」


エチュード《練習曲》を弾いて指慣らしをする。


「大丈夫です」


その声に大和さんがサーベルを持った。構えを取ったのを見てから演奏を始める。


煌めく陽光に映える枝垂桜。周囲に広がる鮮やかな花園。麗らかな春の日。


私は大和さんの剣舞を見ていない。いつものようにリュラ(竪琴)を弾いていた。なのに脳裏に浮かぶ光景があった。見えている訳じゃないのに見える、不思議な感覚。


曲が終わると、脳裏の光景も消えた。


「凄い……」


誰かの呟きが聞こえた。


「咲楽、大丈夫?」


「あの?」


「ぼぅっとしてたから。どうしたの?」


「『春の舞』って大和さんの剣舞は見られないんです。でも、なんだか春の光景が脳裏に浮かんで」


「今までそういう事は?」


「無かったです」


ふわりと抱き締められる。


「咲楽のリュラ(竪琴)がその域に達してきたのかな?」


「ご冗談を」


「でも、咲楽のリュラ(竪琴)は、素直な音で舞いやすいんだよね」


「誉められるのは嬉しいんですけどね」


「お~い、お2人さん。戻ってきて~」


トニオさんの間延びした声が響いた。


ハッと気が付いて大和さんの胸を押し返す。動かないけどね。


「良いところで邪魔をしなくても」


恨めしそうな大和さんの声が聞こえる。腕の中だから声しか聞こえない。


「シロヤマさん、大丈夫~?」


半分笑ったトニオさんの声が聞こえた。


「大丈夫ですけど、助けてください」


助けを求めると、大和さんに低く笑われた。


「咲楽、良いの?」


「朝食も作らなきゃだし、こんなの、公開処刑並の恥ずかしさです」


「恥ずかしがらなくて良いのに」


笑いながら腕から解放してくれた。


「いやぁ、激甘空間だね」


トニオさんはからかってくるし、セント様とアイビーさんはニヤニヤ笑っていた。


赤くなった顔を隠して、キッチンに駆け込む。朝食を作らなきゃ。そう思いながら座り込む。


「サクラさん、手伝います。大丈夫ですか?」


「アイビーさぁん」


「トキワ様ってサクラさんにべたべたに甘いですよね。今朝のは私達に見せつける為だったぽいですけど」


「え?」


「セント様とトニオさんに平然と『羨ましいか?』ってニヤッとしながら言ってました。私はその隙に降りてきました」


「大和さんったら」


アイビーさんと話していたら、落ち着いてきた。2人で朝食を作る。いつも通り卵とスープ、ウィンナーの朝食。いつもなら朝食の用意が出来る頃には、大和さんはシャワーを浴びている。でも今日は降りてこない。


「降りてきませんね」


「何をやってるんでしょうか?」


アイビーさんと4階に上がる。


「皆さん、朝食が出来ましたよ」


「分かった。すぐに降りるよ」


「……何をやってたんですか?」


「ロープ登り」


「見れば分かりますけどね」


セント様が一生懸命ロープを登ってるんだもの。一目瞭然だ。トニオさんは床で転がっている。


「トニオさん、大丈夫ですか?」


「あの2人、体力の化け物だね」


「失礼な」


セント様と大和さんが傷ついた顔をする。


「騎士と施術師の体力は比べちゃいけませんよ」


「分かってるよ」


そう言って床に座ったトニオさんは、私が差し出したお水をグイッと飲み干した。セント様にはアイビーさんがお水を渡している。


「俺にもちょうだい」


「はい」


大和さんにもお水を渡す。


「どうされますか?朝食を持ってきましょうか?」


「魅力的な提案だけどね、降りた方がいいかな?トニオさんが降りれるようなら」


「ちょっと休んでから降りるよ。先に行ってて」


そう言われても、お客様を1人にしておくわけにもいかない。大和さん達には先に朝食を始めてもらうように言って、私はトニオさんの側に残る。


「悪いね」


「いいえ。朝からも走っていたのでしょう?無茶しすぎです」


「面目無い」


「昨日はちゃんと眠れたんですか?」


「気が付いたら、ベッドの中だったよ。トキワ殿は強いね」


「結構強いお酒でも大丈夫だって、言っていましたからね」


「ヨーヘイだっけ。その話も聞いた」


「あぁ……」


「ああいう体験はキツいね。魔物と戦うのとは訳が違うし」


「対魔物でも命の危険は同じですよ。どちらがより危険だというのはありません」


「シロヤマさんはそういった現場は知らないんだよね?」


「私は平和ボケとまで言われた国に居ましたから」


「平和ボケね。コラダームもそんな感じだね」


よっこいしょ、と立ち上がって、トニオさんは部屋を出た。私も後に続く。


ダイニングでは、みんなが朝食を食べていた。


「サクラさんのオムレツ、美味しいですよ。トニオさんも食べてください」


「あぁ、ありがとう。トリアが拗ねそうだね」


みんなで朝食を食べる。その中で今日の予定を決めた。


「予定と言っても、特に予定はないんですよね。雪も積もってるし」


「トリアは今日は施術室の当番だしね」


「トニオさんは帰らなくて良いんですか?」


「朝食を頂いたら帰るよ。奥さんが怒っていそうだし」


「同行して説明しましょうか?」


「悪いよ、それは。家の子も『ぬいぐるみのお姉ちゃん』が来たら嬉しいだろうけど」


「ぬいぐるみのお姉ちゃん?」


「シロヤマさんの事だよ。直接会えなかったってあの後大変だったんだよ」


ヘルプスト(屋台祭り)の時の事かな?


「お送りしましょう。アイビー嬢はバーナードが居れば大丈夫でしょうし」


「そうかい?悪いね」


「いいえ」


朝食後、私と大和さんは少し休んでから、トニオさんのお宅へ向かう事になった。


汗をかいた男性陣はシャワーを浴びるらしいから、私とアイビーさんで食器を洗う。


「結婚したら、毎日こんな感じなのかな?」


「アイビーさん?」


「朝はダンナさんと一緒で、自分の作った朝食を2人で食べて、片付けるのも自分でダンナさんは好きなことをしていてって」


「今日は変則的な感じでしたけど、いつもなら朝食の前に大和さんはシャワーに行くんです。片付けはほぼ大和さんですね」


「トキワ様が食器洗いを?」


「はい。朝食時も夕食時もです。悪いからするって言うのに、サッサと洗っちゃうから、私は隣で食器を拭いています」


「楽しいですか?」


「私は楽しいと思いますよ」


「バーナード様と付き合って、結婚の文字がちらつきだしたら、なんだか不安になっちゃって。母ちゃんみたいに出来るのかな?とか色々と」


「最初からすべて上手くやろうなんて、考えちゃダメですよ」


「でも、サクラさんは最初から出来てたんですよね?」


「私はあちらでも食事を作っていましたから、慣れているだけですよ」


「え?」


「料理とかの時間配分は慣れです。最初は時間がかかっても良いんです。慣れていけば動きながら次の手順に繋げられるようになります」


「それって難しいですよね?」


「治癒術と同じですけどね」


「同じですか?」


「まず傷を洗い流して、浄化が必要なら浄化する。その後、傷の修復。これを意識せずにやっているでしょう?」


「は……い……」


「最初は1人の処置に時間がかかりましたよね?」


「はい」


「今は?」


「前よりも早くなってます」


「慣れてきて、次どうするかを順序だてて出来ているんですよ。だから早くなっているんです」


「そうなんですね」


「お母様という素敵な見本が側に居るんです。その手伝いをしても、感覚は身に付くと思いますよ」


「手伝いでもいいんだ」


「無理はしないように、注意は必要ですけどね。後、一番大切なのが、やらされているという感覚を持たない事」


「持っちゃったらどうするんですか?」


「いったん離れます。それから、やって良かったな、って思うことを出来るだけ思い出します。そうすれば、またやろうって思えますから」


「何?何?新婚の心得?」


「トニオさん」


「人と比べないっていうのも大切だと思うよ。自分は自分。出来ないって放り出さずに出来る事をやる。それが大切だよ」


「さすが妻帯者。素晴らしいアドバイスですね」


セント様と大和さんに誉められて、トニオさんが照れた。


「時間ですか?」


「そうだね。そろそろ出ようか」


「雪はどんな感じですか?」


「結構降ってる」


「また積もりますね」


全員で塔を出る。途中まではみんなで歩いた。男性陣の話し合いによって、まずはセント様のお屋敷に行って、馬車を借りてアイビーさんを送った後、トニオさんのお家へ行く事になった。アイビーさんは盛大にズルいと騒いでいたけど、セント様に宥められていた。


「こうしてみると、2組とも年の差カップルだね」


トニオさんが馬車に揺られながら言った。


「珍しくはありませんでしょう?」


大和さんが言う。


「私と咲楽は10歳離れていますが、私の事を支えてくれるのは、咲楽だけだと思っていますよ」


「トキワ殿、昨夜のように、俺って言ってくれて良いんだよ?」


「目上の人に対して、それは……」


「お家の教育かな?」


「家の……そうかもしれません。国としての教育はそこまででもなかったですから」


「シロヤマさんも丁寧な言葉を使うよね」


「私の場合は、教育というか環境というか」


「環境?上流階級だったの?」


「いいえ。普通の家ですよ?」


あれは普通で良いんだろうか?という疑問は浮かぶけど。


「目指していた職業柄、こちらの口調が身に付いちゃって」


「そういう事なんだね。みんなにはバレているから言っちゃうけど、奥さんの話し方もシロヤマさんと同じ感じだからね。トリアは口調もすぐに慣れちゃったけど、奥さんは慣れなくてね」


「私は1人だけ庶民って感じですね」


アイビーさんが拗ねたように言った。


「アイビーさんも丁寧に話すじゃない。使い分けが出来ているんだから、大丈夫だよ。貴族も気取っている時には丁寧だけど、どんな口調のも居るからね」


アイビーさんのお家に着いた。


「あらあら、まぁまぁ。わざわざ送っていただいて。ありがとうございます」


「こちらこそ、大切な娘さんにご無理を言いまして。お陰で彼女が寂しい思いをせずにすみました」


大和さんがにこやかに言う。何かを言おうとしていたアイビーさんのお父様が口をつぐんだ。


「アイビーさん、ゆっくり休んでくださいね」


「はい。サクラさんもゆっくり休んでください」


私とアイビーさんとお母様が話をしている間に、大和さんとセント様とトニオさんはお父様と何かを話していた。


「あ、父ちゃんったら、ハンマーを持って出てきたの?」


「心配だったんじゃないですか?」


「サクラさんもまた泊まりに来てやってくださいね。たいしたもてなしは出来ませんけど」


「ありがとうございます」


「サクラさんっておいくつでしたっけ?」


「23歳です」


「しっかりしているねぇ。アイビーはいつまでもお転婆で」


「私はいつもアイビーさんに元気を貰っていますよ」


「お役に立てていますかねぇ?」


「えぇ。とっても。仕事面でも丁寧な仕事ですし、優しくて明るいから、人気者なんですよ」


「もぉっ。サクラさん、誉めすぎです」


「本当の事ですから」


アイビーさんのお家を辞して、トニオさんの家に向かう。









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