46
お昼の後もいつも通り。光の日にしては患者さんが少なかった。
4の鐘が鳴ってしばらくして、王宮魔術師筆頭様が見えた。
「天使様、魔力量は戻ったかな?」
「はい。戻りました。ご心配をお掛けしました。それと、普通に呼んでください」
「魔力が反発したことについて話しに来たんだけど良いかな?」
「4日目に大和さんに魔力譲渡を少しして貰ったら反発しませんでした」
「貴女方が異邦人ということが関係していたということか」
「多分そうだと思います」
「試して良いかな?今、私は少し魔力を減らしてきていてね。少し流してくれるかな?」
どうしよう……。
「筆頭殿、出来ればトキワ殿がいるときにお願いできませんかな?」
ナザル所長が言ってくれた。
「私が苦手?」
ローズさんを見る。
「彼女は男の方が苦手なんです。仕事となると大丈夫そうですが。だから魔法指導の時、私が行きましたよね」
「黒き狼殿はシロヤマ嬢にとって特別か。分かった。待とう」
「すみません。ご迷惑をお掛けします」
「こっちが押し掛けたからね。迷惑なんかじゃないよ」
5の鐘近くにマルクスさんがルビーさんを迎えに来たので中に入ってもらう。
5の鐘が鳴って、大和さんが迎えに来てくれた。
「大和さん」
「咲楽ちゃん、お疲れ様。みんな集まってるけど、何かあったの?」
「それについては私から説明させて貰うよ。王宮魔術師筆頭をしているミシェル・エレスタッドだ。よろしく頼む、黒き狼殿」
「こちらこそ。ヤマト・トキワです」
「シロヤマ嬢の魔力について少し試させていただきたくてね。まぁ、貴方でもいいのだが。シロヤマ嬢の方が私の魔力量に近いからね」
「彼女が納得しているのなら構いませんが。咲楽ちゃん、どうしたの?」
「手に触れてっていうので、あの……」
「怖くなった?」
「そんな意図がないことは分かってるんですけど。治療じゃないって思ってしまうと……」
「筆頭殿、私が側についていてもよろしいでしょうか?」
「もちろんだよ」
「ワシの診察室を使いなされ」
所長の診察室をお借りして筆頭様と向き合う。手に触れればいいんだよね。でも手が出ない。
「咲楽ちゃん、大丈夫」
恐る恐る手を伸ばす。あの時私が手を伸ばしたら手首を捕まえられた。大丈夫。この人はそんなことをしない。
筆頭様の手に触れて魔力を流す。あれ?押し戻される。
「もういい。かなりの熱さだね」
「すみません」
「魔力を流せって言ったのはこっちだからね。気にしないで。治療はちゃんとできてるんだよね」
「きちんと以上ですな。砕けた骨を元に戻すなんて芸当は誰にもできませんからな」
「なるほど。ならいいか。しかし、シロヤマ嬢の男性恐怖症とでもいうのかな。ずいぶん深刻そうだけど」
「申し訳ない。それについては、今は……」
大和さんが言ってくれる。
「しつこく聞く気はないけどね。王宮の練兵場で倒れたって聞いて王妃殿下がずいぶん心配なされてね。様子を見てこいとご命令されたんだよ。『いつでも気軽にいらっしゃいと言ったのに来てくれない』と泣きつかれてね。ずいぶん気に入られたようだ」
「いつでも気軽に、って無理です!!ファーストレディですよ!!」
「ファーストレディ?」
「えっと総理大臣とかの奥さんとか……」
「国家元首の奥方をこちらの国では『ファーストレディ』と言ってたんです。その国の第1位の女性、という意味ですね。決して第1夫人という意味ではありません。本来は王妃殿下には使わなかったのですが、いつの頃からか使われだしましたね」
大和さんが助け船を出してくれた。
「そういう意味か。なるほど。その国のトップの女性ね。王の伴侶というならその通りだね」
「筆頭殿、そろそろ遅いので帰らせてもよろしいですかな」
「遅くならせて悪かったね」
そう言われてそれぞれ帰路につく。
「ローズさん、商会に寄っていってもいいですか?」
「いいわよ。何が欲しいの?」
「毛糸が欲しくて」
「何か作るの?」
「大和さんのマフラーを編みたくて」
「騎士団の?良いわね。あ、でも今日はサンドラが居るけど、トキワ様、大丈夫?まだちょっと収まってなさそうだけど」
「確かに。あの人が見たら飛び付きそうだ」
ライルさんまで知ってるんだ。
「今は表に出ないようにしてるけど、以前は服をオーダーするとデザインはあの人だったから。悪い人じゃないけど、慣れるまでちょっとね」
「ああいうおネエさまって優しい人が多いんですけど」
「まぁ、一概には言えないけど」
「大和さん?」
「迫られたりっていうのはあったから。アレクサンドラさんはその辺、理性的そうだったけど」
「そうなのね。なんというか納得ができてしまう自分が嫌になるわ。トキワ様、貴方、今朝から色気が駄々漏れよ」
「今朝は男の僕でもドキドキしたからね」
「サンドラの前に出ない方がいいんじゃない?」
困った顔をする大和さん。
「完全に戻ってるはずなんだが」
「サクラちゃんは私が案内するから店内で待っててください。サクラちゃん、行くわよ」
「え?ローズさん、待ってください!!」
急に走り出さないで!!
その後、アレクサンドラさんも一緒になって大和さんに似合う色を探す。
結局明るめの茶色、ライトブラウンにした。編み棒も買って、作るのが楽しみ。
「買えた?」
「お待たせしました」
待って貰ってた大和さんと合流して、家に帰る途中で市場に寄る。
「大和さん、何か食べたいものはありますか?」
「食べたいものねぇ。何でもいいは困るんだよね」
「一番困ります」
「ちょっと寒いからスープとかは、この頃結構出てるね」
「真剣にお醤油が欲しいです。そうしたら色々できるのに」
「今日は何か買ってく?」
「何か作りたい気もしますけど」
「あの、ポトフだっけ。あれ、美味しかった」
「あ、じゃあ明日それにします」
じゃあベーコンとウィンナーと後は野菜かな。でもそれを買ったらお昼用の買い物はいいかな。私のだけだし。
今日のお夕食は屋台で買った串焼きとかホットドッグとかになった。
「パンが作りたいです」
「パン?」
「天然酵母でも仕込もうかなって」
「俺には何を言ってるのか分からない」
「でも成形とか楽しいですよ」
「それをしている咲楽ちゃんは見ていたいけどね。楽しそうだし」
お肉と野菜とパンを買って家に帰る。
キッチンを見て気がついた。カレーが作れるって買ったスパイス、使ってない。
カレーって匂いがキツいんだよね。と自分に言い訳をしながら、明日の仕込み。キャベツを切って、ジャガイモは大きめに。ニンジンも大きめにする。玉ねぎはどうしようかな。1/4位にしておく。水を入れて弱火にして煮込んでおく。
明日の私のお昼はパンに卵とチーズと野菜を挟もう。あ、明日の朝のスープも仕込んでおこう。玉ねぎはみじん切り。ニンジン、キャベツもみじん切り。炒めて塩胡椒したら水を入れて煮込んで……ってもしかして野菜の切り方が違うだけじゃない?
「何してるの?」
キッチンで座って落ち込んでたら、お風呂から出てきた大和さんに声をかけられた。
「ちょっと自分の料理に自信を無くしかけてました」
「あんなに美味しい料理が作れるのに?」
「レパートリーの無さ、って言うか」
「咲楽ちゃんにそんなこと言われたら、俺なんてどうすれば良いの」
「さっきスープを作ってたんですけど、夕食のポトフも、朝食に出そうと思ったスープも、材料がほぼ一緒ってことに気がついたんです」
立ち上がりながら答える。
「お風呂行ってきます」
「今日も髪の毛、乾かそうか?」
「大和さんのを乾かしたいです」
「いっつも忘れるんだよね」
「私も後で気付くんですけどね」
そう言いながら2階に上がって着替えを取ってくる。
シャワーを浴びながら考える。ローズさんが言ってた「男の色気」ってまだ収まってない気がする。まともに大和さんを見られない。
明日ってゴットハルトさんが来るんだよね。2人で舞の検証かぁ。あ、ナイオンも居るのにお昼は市場に行くの?
なんだか色々考えすぎて、考えがまとまらない。
お風呂から出て髪の毛を軽く乾かす。
寝室に入ると大和さんに足の間に座らされる。髪の毛を乾かしてもらいながら聞いてみた。
「大和さん、マフラーに大和さんの名前を入れて良いですか?」
「名前?隅の方なら良いよ」
「漢字で入れたいんです」
「名字は無理じゃない?画数多いよ?」
「書いてください」
「どうしたの?懐かしくなった?」
「このまま漢字とか忘れていくのかなって思ったら、淋しくなりました」
「そっか」
後ろから抱き締められる。
「俺は剣舞とか、元の世界のをやってるから気付かなかった」
「葵ちゃんに会いたくなったりもしますけど、元の世界に戻りたいっていうのは無いんです。けど、今まで当たり前にあった『日本』を忘れちゃうのかなって思って」
「淋しくなった?」
頷いたら余計に淋しくなった。
「こっち向いて」
大和さんに言われて振り向く。けど大和さんの顔を見られない。
「俺の部屋に来て。ここじゃ書けないしね」
小さく息を吐いた大和さんに言われて、大和さんの部屋に移動する。
「大和さんの部屋って初めて入った気がします」
「かもね。結構武器とかあるし、危ない部屋だね」
そう言って笑いながら机に向かって紙を取り出す。
『常磐 大和』
縦書きで書かれた名前は凄く綺麗な字だった。
「大和さんって綺麗な字を書くんですね」
「あぁ、字はね、色々書かされたから」
「書かされた?」
「高校生の頃から剣舞の稽古の合間に奉納舞の時の口上とか、神々への挨拶とかね、もちろん口頭でも言うんだけど、紙に書いてお供えするんだ。奉納舞の度にね。親父が面倒くさがってやらないもんだから、俺がやってた。字が汚いと神々に失礼だからって小さい頃から硬筆毛筆、どっちも習わされた」
「お兄さんはやらなかったんですか?」
「兄貴が高校の時は兄貴がやってた。俺が高校の頃には兄貴は海外だったから」
「納得です」
そういえばお兄さんも傭兵さんをしてたんだっけ。
「咲楽ちゃんも書いてくれる?」
「私は字が下手ですよ」
「いいから書いて?咲楽ちゃんの名前を持っていたい」
大和さんと入れ替わりに椅子に座って名前を書く。大和さんは机に片手をついて後ろから覗き込んできた。
『白山 咲楽』
「咲楽ちゃんってこう書くんだね、桜の花の『桜』かと思った」
「父方の祖父が付けたみたいです。私は覚えてないんですけど。物心ついた頃には亡くなってましたし」
「大切にする」
大和さんは本当に大切そうにその紙を仕舞った。
寝室に移動して大和さんの字を見る。
「珍しい名字でもないでしょ?」
私の後ろに座った大和さんが、私の後ろから覗き込んで言う。
「トキワってこっちなんですね」
「あぁ、常緑の常盤だと思った?こっちの常磐は永久不変な岩の事だね。永久不変な全般の事も指すから、常緑の意味もあるけどね」
「永久不変ですか?」
「どうしてこういう名字になったか、伝えられているのはあるけどね」
「どんなのですか?」
ちょっと遠い目をして大和さんが話し始める。
「神々に舞を奉納し続けるには、進化はすれど決して退化してはいけない。その舞の根底に永久に不変な物が無ければならない。故に『常磐』である」
宙を見ていたその視線を私に戻して、大和さんが言う。
「昔の事だから本当かは分からないけどね」
「それでもそう伝えられてるって事は、大きく間違ってないんじゃないですか?」
「咲楽ちゃんは優しいね。俺なんか半分創作かもしれない、って思ったりしたけどね」
そう言って大和さんが笑う。
「大和さんのお家の事、もっと知りたいです」
「たいして面白くないよ。それに長くなる」
「また今度でもいいです。聞かせてください」
「でもねぇ……」
「ダメですか」
下から見上げてみる。
「咲楽ちゃん、それは反則だよ。それで俺が拒否できる訳無いでしょ」
後ろから抱き締められる。頬にキスされた。
「大和さん、ローズさん達が『男の色気』って言ってましたけど、ドキドキしちゃいます」
「それねぇ、俺にも分かんない」
「今日はまともに大和さんの顔を見られないです」
「あぁ、なるほどね」
そうして耳元で囁かれる。
「もっとドキドキしてみる?」
「や、大和さんっ!!もう寝ないとですっ!!」
「残念。仕方がないな。寝ようか」
笑いながら大和さんは言うけど、私はドキドキして落ち着かない。
横になることを躊躇してると大和さんが言った。
「ちょっとからかいすぎたな。落ち着かないようだから俺は客室で寝ようか?」
真面目な顔でそう言われて、思わず大和さんの服を掴んだ。
「一緒でいいです」
「寝不足にならない?」
「一緒がいいです」
そう言うと大和さんは私の頭を撫でて微笑んだ。
「分かった。一緒に居る」
そう言って横になる。
「おやすみ」
そう言って目を閉じた大和さんをしばらく見ていると、目を閉じたままの大和さんに言われた。
「何見てるの?寝ないの?」
「目を瞑ってるのに、なぜ分かるんですか」
横になりながら言ってみる。
「そんな感じがしただけ」
大和さんはそう言ってこちら向きになると、私を抱き枕みたいに抱え込んだ。
言わなきゃいけないことがもっとあったような気がしたんだけど、言えずに忘れちゃった気がする。
ーーー異世界転移29日目終了ーーー
今さらお互いの漢字を知るとか、遅すぎですね。
出すタイミングがなかったんです。
まぁ、この世界では基本的に片仮名ですからねぇ。
いや、ずっと疑問だったんですよ。良くある異世界転移モノって、日本の事とか全く思い出さなくなるのと、だらだらと日本のモノを使い続けるのとありますけど、情報遮断されてる状態でだんだん忘れたりしないのかな?って。
なので咲楽に淋しんぼさせてみました。