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3の鐘が鳴って、エミディオさんと昼食に行く。ターフェイアの神殿にも食堂があった。
「咲楽」
「大和さんも昼食ですか?」
「今から4の鐘半まで自由時間だね。その後は雑踏警備に戻る。そちらは?」
「エミディオ施術師です。エミディオさん、こちらは騎士団のヤマト・トキワ様。私の婚約者です」
「婚約者?うわぁ。騎士が婚約者とか。勝てねぇ……」
「勝てないって、何にですか?」
思わず聞いたら、大和さんとエミディオさんに見られた。その後、2人で顔を見合わせて、何かを頷きあっていた。え?なんなの?
「こんな娘なので。よろしくお願いします」
「誰か守り役を置いといた方が良くね?」
「トニオ先生にある程度は任せました」
「あの人?」
昼食はスープとパンと肉野菜炒め。やっぱり大盛りだと思う。食べられない事を話して、減らしてもらって席に着くと、エミディオさんに心配された。
「保つのかよ」
「はい。大丈夫ですよ」
エミディオさんが無言で大和さんを見る。
「これでも食べられるようになったようですよ」
「ありえねぇ」
「食欲増進の薬湯は飲んでいるんですけどね」
「効果が足りねぇんじゃねぇの?」
「そうなんでしょうか?でもルメディマン先生も、これで良いって言ってましたし」
「ルメディマン先生って、あぁ、あの薬師先生か」
「ご存じなんですか?」
「オレの母ちゃん、あそこに勤めてるから」
「お母様、薬師さんなんですか?」
「そ。薬湯は飲みたかねぇし、材料に結構キツいのがあんだろ?薬師にはならねぇってちっちぇえ時から決めてた。幸いにも光属性があったから、施術師をやれてるけど」
「え?でも、魔物由来の怪我とか、結構な見た目ですけど?」
「げっ!!そっか。そうだよな。って言うか、あんた……シロヤマ先生は平気なのか?」
「はい」
「さっきも出血が多かったけど、平気な顔してたな」
「あの程度でしたら」
「結構な出血があったけど?」
「頭部は出血しやすいので。血流が豊富で血管が多い場所なんですよね」
「シロヤマ先生って見た目に騙されるけど……」
「彼女は見た目ほど弱くありませんよ」
大和さんがフォローしてくれた。
救護室に戻ると、頭部を打った女性が目を覚ましていた。
「お目覚めですか?」
「ここは?」
「神殿の救護室です」
「あぁ、私ったら、足を滑らせたのね。息子に転ぶな、なんて注意をしておいて、自分が転んだなんて、恥ずかしいわ」
「うふふ。その息子さんなら、ほら、そちらにいらっしゃるわよ」
ビビアナ先生の視線の先には、ソワソワと落ち着かない様子の若い男性。女性に近付いて、ビビアナ先生と一緒にお話を始めた。
「シロヤマさん、僕達も昼食に行ってくるよ。少しだけ頼むね」
「はい。いってらっしゃい」
処置の必要な人は居ないみたい。エミディオさんが参集所を覗きに行った。
「さっきの婚約者だって男、どんな奴?」
エミディオさんにいきなり聞かれた。
「大和さんですか?かっこよくて優しい人です」
「ベタぼれじゃん」
「はい。大好きです」
「まぁ確かにカッコいいよな。騎士って言っていたけど、どこで知り合ったんだ?」
「神殿です」
「神殿騎士だったって事?」
「えっと、大和さんは少し特殊な勤務形態で、1ヶ月毎に王宮騎士と神殿騎士を兼任していたんです」
「なんだそれ」
「王都の神殿騎士団長様と王宮騎士副団長様に、模擬戦の相手として気に入られてしまって」
「なんだ、それ」
「それしか理由がないんですよ」
「じゃあ、あの人も強いのか?」
「昨年の騎士団対抗武技魔闘技会の優勝者です」
「めちゃくちゃつえーじゃん。トキワって聞いた事があんだけど、トキワ学校って知ってる?」
「ポリファイの新人さん達をって話ですか?」
「あの人かぁ。西のポリファイに遊び友達が居るんだよ。そいつが言っていた。上には上が居るって。恐ろしい訓練をさせられたって言ってた。しかもそれを教官は涼しい顔でこなしていたって」
「あぁ、そうでしたね」
「そういや、施術室に可愛い施術師が2人居たって……思い出した。1人の施術師に横恋慕して、派手にフラレた奴が居たって」
「派手にというか、派手になったのは相手が強引な手に出たからです」
「そうなんだ」
「言い寄られて困っているから自分が助けないと、とか言われたあげくに、強引に腕を掴んで施術室を出ようとしたんです。嫌がってるにも関わらず」
「災難だったな」
「私じゃなくて、もう1人の人ですよ」
「それでソイツ、どうしたんだ?」
「分かってくれたようです。それからは何もありませんでしたから」
「それなら良いんだけどな。騎士団付きの施術師って何か条件があるのか?」
「どうでしょう?身元の確かさと素行と最低限のマナー位でしょうか」
「最低限のマナーか。例えば?」
「挨拶とか、騎士団付きとしての心構えですね。騎士団付きとなると、自分の外での評価がそのまま騎士団の評価となる場合があります」
「自分の評価が騎士団の評価となるって……」
「騎士様が素行不良だったら、『あの騎士団は』ってなりませんか?」
「なるな。そういう事か」
トニオさんとビビアナ先生が戻ってきた。今からはトニオさんとビビアナ先生がメインとなって動く。星見の祭は夜祭だから、当然今から神殿を訪れる人の方が多い。負傷者も昼からの方が多くなるし、迷子ちゃんも増えてくる。すでに預かった迷子ちゃんが2人居る。2人ともぬいぐるみでおとなしく遊んでくれている。館内放送のような物は無いから、お身内がここに居るということを自分で探し当てないといけない。難易度が高いんじゃないだろうか。
「シロヤマ嬢」
「ハンネスさん」
「こちらのご婦人をお連れした。どうやらお孫様とはぐれられたようだ」
「ありがとうございます。あら?怪我をしてらっしゃいますね」
遊んでいた迷子ちゃんのお身内だったようで、怪我を治した後、お孫さんを連れて帰っていった。何度もお礼を言いながら。
「シロヤマ嬢って言われてんの?」
「あの人は元騎士の方です。今は冒険者をしてらっしゃいますが。呼び方が抜けないんでしょうね。ご婦人と言ってらっしゃいましたし」
「へぇ。アイツ強いの?」
「お強いと思いますよ」
4の鐘になったら参拝者が増えてきた。ハンネスさん達はどうやら道案内や誘導を請け負っているようで、何度か怪我人を連れて、救護室を訪れていた。大きな怪我は無いけれど、転んで擦りむいたとかぶつかられて転倒した等の小さな怪我は発生してしまう。特にぶつかられての転倒の場合、その後ケンカに発展してしまう事が多々ある。今、連れられてきた2人もその類いのようで、治療後も睨み合っている。トニオさんとエミディオさんが、私とビビアナ先生を後ろに庇って前に出てくれた。
「ビビアナ先生、この場合、闇属性で落ち着かせるというのは、アリですか?」
こっそりとビビアナ先生に聞いてみた。
「アリよ。やってみる?」
「はい」
睨み合ってる2人にアマディムを使う。落ち着いて。ケンカしないで。やがて、睨み合っていた2人が、首を傾げて、互いに謝りだした。
「よくやったわ、シロヤマ先生。ケンカの仲裁って面倒なのよね。あら、どうしたの?」
「緊張しました」
ペタンと座り込んだ私を、エミディオさんが立ち上がらせてくれた。
「闇属性だろ?オレも持っているけど、思い付かなかった。オレさぁ、光と闇と地でさ。光以外は役に立たないって言われてたんだよな」
「闇も持っているなら、異空間は?」
「出来ねぇんだよ。出来んのか?」
「はい」
「シロヤマ先生は『温かいもの、冷たいものを、そのまま運べると良いな』らしいよ。なんともシロヤマ先生らしいね」
「だって美味しい物を食べて貰いたかったんです」
「シロヤマ先生のおやつは美味しいからねぇ。ホアのゾルベットとジェラートは美味しかったねぇ」
「ズルいなぁ」
「エミディオ、早く異空間を習得なさい」
「バアちゃん先生、無茶言うなよ」
「バアちゃん先生?おばあ様ですか?」
「違うのよ。でもエミディオはそう呼ぶの。よくケンカして私の施術院に運ばれていたから、エミディオが施術師になりたいって言ってきた時には驚いたわ。言葉遣いは悪いわ、治してやったんだから感謝しろって患者さんに言うわ、大変だったわ」
「バアちゃん先生は黙っててくれ」
赤面したエミディオさんがビビアナ先生に怒鳴った。それを笑って受け流すビビアナ先生。いい関係だなぁ。
5の鐘になって、夜の番の施術師さん達がやって来た。私達の役目は終わり。今からは彼等が担当してくれる。
「シロヤマ先生、ここで待ってたら?」
「お邪魔じゃないでしょうか?」
「大丈夫じゃないかな?」
「参集所で待ちますって」
「寒いよ?」
「大丈夫です」
「トリアに怒られそうなんだよね。ここで待っていよう?お願いだから」
トニオさんが泣き落とししてきた。
「必死ですね」
泣き落としに負けた訳ではないけれど、救護室で待たせてもらう事にした。夜間担当の施術師さん達の許可も貰ったし。
さすがにこの時間になると、迷子ちゃんは居ない。この間に気になっていた掃除だけしてしまう。
「えっと、僕達で掃除するけど?」
「あ、すみません。性分で」
「シロヤマさんはね、清潔第一だからね。浄化も規模も発動速度も普通じゃないし」
「自覚はあるんですよ?」
「自覚はあるけど、自重が出来ないんだよね」
トニオさんに、にっこりしながら弄られた。その通りなんですけどね。
「サクラさん、来ました」
「お待たせ。サクラちゃん」
「行きましょ?サクラさん」
「アイビーさん、ご挨拶は?」
「あ、すみません。お騒がせしました」
「待たせていただいて、ありがとうございました」
「ほら、トニオも行くわよ。義姉さん達も一緒に来たんだから」
「はいはい。お邪魔したね。ありがとう」
救護室を出る。外は雪がうっすらと積もっていた。
「寒いですけど、綺麗ですね」
「今日はジンウとユエトは見られないわね。お話だけになりそうよ」
「サクラさん、トキワ様は?」
「大和さんが終わった頃に待ち合わせして、一緒に帰ります」
「いいわね。でも気を付けてね」
「はい。ありがとうございます」
ご家族と一緒のトニオさんとトリアさんと別れて、アイビーさんと一緒に神殿を廻る。
「咲楽、救護室業務は終わり?」
見回り中の大和さんにバッタリ出会った。
「お疲れ様です。はい。終わりました」
「俺は6の鐘に終わるから、そうしたら一緒に帰ろう」
「分かりました。参集所で待ってますね」
大和さんと別れる。
「あ、神殿長様だ」
「参集所に行きましょうか」
アイビーさんと参集所に入る。一番奥の隅っこの方に座った。
ジンウとユエトの話の後に、氷の月に奉納舞が有る事が神殿長のナタリーさんから発表された。
「これだったんですね」
「えぇ。ごめんなさい。黙ってて」
「でも楽しみです。一緒に見ましょうね」
「ごめんなさい。それは無理そうです」
「え?」
「私が演奏するので」
「あぁ、そういう……。分かりました。協力しますね」
「えっと?」
「お昼休みの演奏会、楽しみです」
「協力ってそういう事?」
どうやら毎日のように演奏することになるらしい。
6の鐘になると、参集所は私以外居なくなった。アイビーさんはセント様が迎えに来て、一緒に帰っていった。
隅っこの方だから良いだろうと判断して、毎年のようにお祈りをする。両手を組んで祈り始めた。
この1年、無事に過ごせたことを感謝します。お陰様で大和さんも私も大きな怪我もなく、大禍無く過ごせました。ありがとうございます。来年の氷の月に奉納舞をさせていただきます。大和さんの舞いは届くでしょうが、私のリュラも7神様に届くよう、精一杯努めさせていただきます。どうかお見守りください。
ふぅ、と息を吐いて、顔を上げる。
「咲楽」
「大和さん、お仕事は終わりましたか?」
「咲楽もお祈りは終わった?」
「はい」
「見物客、数人だね」
「え?」
振り返るとナタリーさんと数名の騎士様が居た。ナタリーさんは泣いている。
「神殿長様、大丈夫ですか?」
「大丈夫でずぅ。あんな清らかな空間は初めて見ました」
「大丈夫じゃなさそうですけど」
ハンカチを差し出した。
「帰ろうか」
「はい」
神殿をお暇して、塔へ帰る。塔へ着いたら、まず大和さんがお風呂へ。私は明日のスープの準備。明日はミネストローネにしよう。
あ、神殿裏の湖を見るの、忘れてた。明日は私も大和さんも休みだから、連れていってもらおうかな?雪が酷くなければの話だよね。それとも、明日は何か作ろうか。
「咲楽、風呂に行っておいで」
「はい」
作るとしたら何を作ろう?スイーツ系はたくさん異空間にあるんだよね。クッキー、パウンドケーキ、シフォンケーキ、ケークサレ。ゾルベットとジェラートも来年のホアの分が有る位作ってある。うーん。手芸品とか?
お風呂から出て、暖炉が消えているのを確認して、寝室に上がる。
「冷えきっていた手が暖まったね」
「手袋はしていたんですけどね」
「今日はどうだった?」
「エミディオさんにいろいろ気を使ってもらいました」
「あれは咲楽に好意を持ったからだと思うよ」
「そんな事、ありませんって」
「結構敵意のこもった目を向けられたよ」
「そうなんですか?」
「気が付いていないのは良かったのか、悪かったのか」
「えっと、ごめんなさい?」
「大丈夫だよ。咲楽はここに居るし」
「はい。もう寝ますか?」
「そうしようか。明日は何をしようね?」
「何をしましょう?」
「明日考えようか。おやすみ、咲楽」
「おやすみなさい、大和さん」