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翌朝。いつものように大和さんはいない。ラフな格好に着替えて階下に降りる。あぁ、そうだ。今日はナイオンはいないよね。でも、もしかして来てるかも?
今日の朝食はどうしよう。最近朝も寒いから、スープは欲しいけど、この世界に即席スープはない。今から作ってると時間がかかるよね。
仕方がないから今朝はミルクティーとかにしようかな。大和さんはコーヒーだよね。
この世界はパンはハードタイプが主流だ。本気でパンが焼きたいけど、イースト菌が……。天然酵母でも作っちゃおうかな。今はそんなことを考えてる場合じゃないけど。今日の私のお昼と今朝の朝食の準備。食材を出してから庭に出る。
ナイオンがいた。大和さんとこっちに歩いてくる。
「おはよう、早いね」
「おはようございます。今からですか?」
「そうだね。今日は昨日みたいにはしないから」
いつものバージョン、って事だよね。
「あんた達はいつも仲が良いねぇ」
「レベッカさん、昨日のあの子は様子はどうですか?」
「お陰さまで大人しく怪我の手当てをさせてくれてるよ」
「良かったです」
私達が話している間に大和さんは瞑想を始めていた。ナイオンは大和さんの側で伏せている。
「しばらく見なかったけど相変わらずだね。畏れ多い感じだ」
レベッカさんが言う。
「レベッカさん、大和さんの舞の時って何か変な事とかありますか?」
「舞の時?そうだねぇ。暖かい気持ちになることがあるけどね。後はしばらく動きたくない気持ちになるね」
「何か見たりとか?」
「それは、無いねぇ」
「ありませんか」
「何かあるのかい?」
「私は大和さんの舞って見てると凄く綺麗だと思うんです。いつまでも見ていたくなるんです。でも近寄りがたいって言ってる人もいて」
「ウチのダンナだろ?要らないことを言ったよねぇ。気にしてたのかい?」
「ごめんなさい」
「近寄りがたいって言うか、迂闊に近付いて、その世界を壊したくないって感じだったらしいよ。後で言ってたんだけどね。自分が近付いたら兄さんの世界が壊れるってその時は思ったんだってさ」
「大和さんの世界、ですか」
「ダンナにしちゃ、えらく綺麗なことを言ったもんだよ。あぁ、始まるね」
大和さんはサーベルを手に舞い始める。
「そういや、神殿で奉納舞があるらしいね。兄さんかい?」
「はい」
「私達は行けないんだよねぇ。動物達の世話があるしね。その分朝、見させてもらってるけどね。でもまぁ、黒き狼で、舞の才能もあって、天使様のダンナかい」
「まだ結婚してません」
「兄さんはその気だと思うけどね。お嬢さんは違うのかい?って真っ赤だね。その気はあるみたいだね」
ゆっくりとナイオンが近付いてきて私とレベッカさんの間に座った。
「お嬢さんをいじめてると思ったのかね」
レベッカさんが笑う。やがて大和さんの舞が終わるとナイオンが私を押し出した。
「行けって事?」
小さく鳴くナイオン。
「ちょっと行ってきます」
大和さんに近付いて抱き着く。
「大和さん。スゴく綺麗でした」
「咲楽ちゃん、ありがとう」
「ナイオンが行けって言ったんです」
「そうか」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫。心配かけたかな」
家の側に戻ると、レベッカさんが心配そうに聞いた。
「何かあったのかい?」
「少し深く入り込んでしまったようです」
「よく分からないけど、大丈夫なんだね?」
「えぇ、心配をかけました。あぁ、明日朝からナイオンをお借りしたいのですが」
「構わないよ。レンタル料なんか要らないからね」
「しかしそれでは……」
「ナイオンは多分あんた達以外の言うことは聞かないからね。ウチにいるのもあの鳥を心配してるのと、兄さんに言われたからみたいだしね」
しばらく迷っていた大和さんは深く頭を下げた。
「ご厚意に甘えます」
「毎朝スゴい舞いを見せてもらってる、その礼だと思っておくれ。さぁ、帰るよ」
レベッカさんとナイオンは帰っていった。
「心配掛けたかな」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。咲楽ちゃんが居てくれて良かった」
話しながら家に入る。
「シャワー行ってくるね」
私をぎゅっと抱き締めてからシャワーに行った。大丈夫かな?
朝御飯の準備をする。温野菜サラダとパンと卵とベーコン。私のお昼にはパンに切れ込みをいれて温野菜サラダと卵とチーズを挟む。
紅茶を濃く淹れてミルクティーを作る。
大和さんがキッチンに入ってきた。
「コーヒー、淹れますか?」
「あぁ」
短く返事をしてコーヒーの準備をする大和さん。様子がいつもと違う。心配だけど私には何も出来ない。
コーヒーをキッチンで飲み始める。と、そこで初めて気づいたように大和さんが私を見た。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「それでも心配なんです。なんだかいつもと違う気がして」
「咲楽ちゃんが居てくれたから早く戻ってこれてるんだよ」
コーヒーをキッチンに置いて、私を抱き締める。
「心配かけてごめんね」
耳元で囁かれて、ゾクッとする。
「や、大和さん!!早く食べてしまわないと、時間がっ!!」
「そうだね。ちょっと残念だけど」
笑いながら離れる大和さん。いつもの大和さん?
朝食のプレートをテーブルに運んで私はミルクティー、大和さんはコーヒーを手にテーブルに向かう。
「大和さんが意地悪です」
テーブルについて私が小声で言うと、大和さんは笑った。
「いつもと同じでしょ?」
同じだけど。同じなんだけどっ!!本当に同じ?私が一人で焦ってるだけなの?
「ほら、早く食べちゃわないと、遅れちゃうよ」
「分かってます……」
私だけがドキドキしてる気がする。大和さんってこういうの、慣れてるのかな。食べ終えると大和さんがお皿を洗ってくれた。
久しぶりの出勤なのに、違うことでドキドキして、緊張がなくなっていた。自室で着替える。今日はアリスさんは来るのかな。会えたらお礼を言わないと。あの人ってツンデレって感じ。最初は嫌な感じだったけど。
身だしなみを整えてリビングに行くと大和さんが待っていた。騎士服の上に黒っぽいコートを羽織って、いつもより格好いい気がする。マフラーは黒かなぁ。髪に合わせて茶系統でも良いかも。
「行こうか」
大和さんが結界具を作動させて、家を出る。
「緊張してる?」
「朝からドキドキしたせいで緊張が無くなりました」
ちょっと睨んでそう言ったのに、大和さんに笑われた。
「それなら良かった。緊張しすぎるとロクな事にならないからね」
「今朝のあれって緊張を解してくれようとして、ワザとですか?」
「そうだね。そういう事にしておく」
そういう事にしておくって……。どっち?
王宮への分かれ道でローズさんとライルさんと副団長さんが待っていた。
「サクラちゃん、おはよう。今日からまたよろしくね」
「すっかり元気になったみたいだね」
ローズさんとライルさんに話しかけられる。
「ありがとうございます。また今日からお願いします」
「で?副団長は何故いるんです?」
大和さんが聞くと副団長さんが笑って答えた。
「もちろんシロヤマ嬢の顔を見に来たんですよ。トキワ殿と一緒のシロヤマ嬢は一番愛らしいですからね」
ちょっと引いた。
「アインスタイ副団長様は放っておいて、私達は行きましょ。トキワ様、アインスタイ副団長様をお願いしますね」
「はいはい。咲楽ちゃん、いってらっしゃい」
「いってきます」
大和さんと別れて、施療院に向かう。
しばらく無言だったけど、ローズさんが口を開いた。
「サクラちゃん、トキワ様って何かあったの?」
何かって、今朝の事しかないよね。けど、どう言って良いのか……。
「えっと、何かって……」
「朝から男の色気が出てる感じだったわ」
「男の色気って……」
「言いにくい事?」
「言いにくいというか、どう言えば良いのか分からないというか」
言葉を探していると、前からルビーさんが走ってきた。
「サクラちゃん、おはよう。って何かあったの?」
「あー、うん。昼に話すわ」
「ルビーさん、おはようございます。また今日からお願いします」
「その様子だと魔力量も戻ったのね」
「はい。ご心配をお掛けしました」
施療院に着いた。
更衣室で着替えて待合室に行くと、アリスさんがいた。
「すっかり良くなったみたいね。無理はしないのよ」
そう言ってそのまま帰ろうとする。
「アリスさん、ありがとうございました」
「私は頼まれたから来てただけ。貴女の為じゃないわ」
「いえ、休んでる間の事だけじゃなくて、王宮での事とか……」
「あぁ、あれ。あの人達、前から目障りだったのよ」
「それでもありがとうございました」
そのままアリスさんは帰っていった。
「王宮での事って?」
ローズさんとルビーさんが食いついた。
「もしかして練兵場での黒き狼と天使様の話かい?」
「ライルさん、知ってるんですか?」
「下の兄が聞いてきて、教えてくれた」
「恥ずかしいです。えっと色々違いますからね」
「分かってるよ。ああいう手合いは大袈裟に言うからね。ってシロヤマ嬢も知っているのかい?」
「聞かされました……」
「みんな、おはよう。おや、シロヤマ嬢。もう大丈夫かね?」
「ナザル所長、おはようございます。もうすっかり元気です。また今日からお願いします」
「今日から天使様の復帰じゃな。ここ数日の問い合わせの多かった事」
「天使様って所長まで止めてください。それより問い合わせって?ご迷惑をお掛けしたんでしょうか?」
「吟遊詩人が数名、後は冒険者達が心配してってところじゃな」
ナザル所長は穏やかに笑われると、診察室に歩いていった。
「私たちも行きましょうか」
ローズさんとルビーさんと一緒に診察室に移動する。
「アリスがすっかり片付けていったわ。暖房器具の使い方はここに魔力を流すの。すっかり寒くなってきたから私達も軽く暖房を入れてるわ」
ルビーさんが暖房器具の使い方を説明してくれる。
「サクラちゃん、無理しないでね。あの事、ルビーに話すの?」
ローズさんがこっそりと聞いてくれた。
「話します。けど、どこで話そうかと思っていて……」
「お昼にでもここで話したら?」
「そうします」
「なあに?なんの話?」
「お昼にね、ってお昼の話題が増えるわね」
診察の時間になった。冒険者さんが何人も来て私が元気になったのを喜んでくれた。やっぱり天使様って呼ばれるけど、諦めるしかないんだよね。
数日前に足を痛めたという猫人属の人が来た。
「天使様からティグル様の臭いがする」
「ティグル様?」
「強き獣だよ。黄に黒の模様の入った」
「虎さんの事ですか?」
治療をしながら聞く。これ、捻挫して靭帯が伸びてる。伸びた靭帯は出来るだけ元に戻していく。
「人族だとトラって言うんだね。猫人族ではティグル様って言ってるんだ。魔物の括りにはなるし、襲われることもあるけど、領域さえ侵さなければ守ってくださるからね」
「多分ナイオンの臭いだと思います。今朝も来てたので」
「ナイオン?」
「知り合いの騎獣屋さんがひどい扱いを受けていた虎を引き取ったんです。今では元気になっていますけど」
「ナイオン様はどんな毛色なの?」
「白に黒の縞模様です」
「何だって?!ウチの集落のティグル様も白だったよ。少し前に居なくなられたと聞いたけど。天使様は獣でも癒してくださるのかい」
「癒してもらったのは私の方です」
「お会いしたいね」
「明日は家にいると思います。冒険者のデリックさんはご存じですか?あの方は家を知っていると思います」
「押し掛けはしないよ。天使様が休みの日にでも合わせてもらえないかい?」
「私の休みって闇の日なんですけど」
「私は探索が主だから昼には冒険者ギルドにいる。もしよければ来てくれないだろうか」
「いつと確約できないんですが」
「構わないよ。幾月でも待つよ」
「そんなにお待たせしません。えっとミュリさん?」
「ミュリでいい」
「そういうわけにはいきません」
「ミュリ?どうだ?入っていいか?」
「あれ?ベンさん?」
「これは天使様。メンバーがお世話になってます。お体は良くなったんですか?」
「あの時はご心配をお掛けしました。ミュリさんってベンさんのパーティーメンバーなんですね。ジャンさんは?」
「オレはこいつの付き添い。ジャンは今日は新人指導ですよ。他のメンバーと北の街門の外に行ってます」
「そうですか。ご無理をなさらないでくださいね」
「天使様こそ。騎士の兄さんにもよろしくお伝えください」
「痛くない。歩ける。天使様、ありがとう」
ミュリさんとベンさんは帰っていった。
少し患者さんが途切れた。
「サクラちゃん、どう?大丈夫?」
「ルビーさん。ありがとうございます。大丈夫です」
3の鐘が鳴った。
「サクラちゃん、お昼よ」
「ローズさん、今から話しちゃっていいですか?というか、考えたんですけど、所長やライルさんにも言っておきたいです」
「気になってたの?あぁ、ちょっと待って。それじゃ休憩室に行きましょう」
休憩室に行くと、所長とライルさんとルビーさんに話をする。
「ちょっとお話があるんですけどいいですか?」
「改まって、なんだね?」
「ご存じかもしれませんが、私の事です」
「他の世界から来た、という話なら、筆頭殿から聞いているが」
「自分の口から言いたかったんです。黙っていてすみませんでした」
「まぁなぁ、にわかには信じがたい話ではあったが、浄化の話をしたじゃろう。あれを聞いて確信した。知らないだけで色んな世界があるのじゃな」
「でもシロヤマ嬢って妙に魔法の使い方とか上手いよね」
「元の世界にはここみたいに魔法はありません。でも『こういう世界があったらいいな』っていう小説、物語がいっぱいあって、それで順応できたんだと思います」
「黒き狼殿も?強いって話だけど」
「大和さんは元々あちらで剣や武術をやっていたそうです」
「シロヤマ嬢が外傷の治癒が的確なのは?」
「私はあちらで看護学生、つまり治癒師の方の助手、患者さんのお世話を主な仕事とする職業を学んでいました。人体の構造や怪我の知識がないと、正しいお世話ができませんので、こういったことも勉強してたんです」
「黙っていたのが辛かったのよね。休んでる間に体調を崩した、って聞いたわ」
「元々魔力が多い人は魔力量が減ると体調を崩しやすくはなるが、やっぱり体調を崩したか」
「もしかして練兵場の話って本当はそれもあった?」
「はい」
「そうだったの。それで?今朝の話って何?」
「今朝の……」
「トキワ様がね、今朝お会いしたときに色気が凄かったのよ。何があったの?」
「皆さんは今度神殿で奉納舞をするってご存じですか?」
「えぇ、是非にって神殿側から要請があったって聞いたけど。見に行く予定……まさかトキワ様なの?」
「はい」
「え?トキワ殿って黒き狼だろ?」
「お家が元々神様に舞いを奉納する家系だったみたいです。それで毎朝その練習をしてるんですけど、今日は深く入り込みすぎた、って言ってました。そのときからあんな調子です。だいぶ元には戻ってましたけど」
「なあに?そんなだったの?」
「あれは、ねぇ……」
「男の僕でもドキドキしたからね」
「見たかったわ」
「今日の終業後にみんなで待っていようかの」
「所長まで何をおっしゃるんですか。騎士団の訓練後でしょうから多分収まってると思います」
切実に収まっていて欲しい。
その後は私の休み中の事とかを話した。
大和さん、ちょっと深く入り込みすぎて、理性が外れかけてます。普段なら自制してるんですけどね。




