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異世界転移って本当にあるんですね   作者: 玲琉
3年目 眠りの月
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3の鐘になって、少し休んでスッキリしたらしいアイビーさん達と食堂に移動する。


「咲楽」


「大和さん、どうしたんですか?」


「彼が話がしたいそうだよ」


大和さんに示されたのは、第1隊隊長アンスガー・クンツゥエホルツ様。大和さんの第2隊は今年新設された隊だけど、クンツゥエホルツ様の第1隊はずっとターフェイア領を守ってきた。クンツゥエホルツ様はターフェイア領の騎士団一筋でなんと勤続28年。アンゲルス・ルブライト騎士団長よりも長く騎士団に居て、騎士団の生き字引のような扱いをされている。だってクンツゥエホルツ様より長く勤務している人が居ないんだもの。


「クンツゥエホルツ様、どうかなさいましたか?」


「今朝は我が隊の未熟者共がご迷惑をおかけした」


いきなり頭を下げられた。


「頭をお上げ下さい、クンツゥエホルツ様。私達は当然の事をしたまでです」


「しかし、施術師が出勤した直後に押し掛けるなど」


「施術師はそれが仕事です。お気になさらないで下さい」


クンツゥエホルツ様の後ろでアイビーさんがこっちを見ている。おそらく最も今朝の出来事で消耗したのはアイビーさんだ。


「それでは気が済みません」


「でしたら彼女にはお礼をして上げてください。出勤直後に対処したのは彼女です」


アイビーさんを指し示す。


「アイビー嬢、ありがとうございました」


「いっ!!あのっ、私もそれが仕事でしたから。お礼なんてとんでもないです」


アイビーさんがワタワタしている。


「クンツゥエホルツ殿、彼女達も困っているようですよ」


大和さんが助け船を出してくれた。


クンツゥエホルツ様と大和さんが去って、アイビーさんに噛みつかれた。


「サクラさん、ヒドいです。あそこで私に振らなくても良いじゃないですか」


「だって、一番今朝の出来事で消耗したのはアイビーさんですよね?」


「だからって……」


「まぁまぁ、アイビーちゃん、貴女にお礼を言わなかったら、まだクンツゥエホルツ様は粘ってたわよ」


「そうかもしれないけど……」


「さ、早くお昼を食べてしまいましょ」


「納得出来ないですぅ」


「納得するしかないね」


「トニオさぁん」


「はいはい。アイビーさん、後ろ後ろ。抱きつくなら僕じゃないでしょ?」


その声にアイビーさんが振り返って、セント様に抱き付いた。


「世話が焼けるわねぇ」


「ま、年長者の役割って事で」


「トニオさん、トリアさん、ありがとうございました」


「あら、良いのよ」


「ああいうのは、決着が難しいんだよね」


「2人とも経験があるんですか?」


「あるわよ」


「大変だったよね」


「お礼はもう良いって言ってるのに、聞いてくれなくてね」


「施術院まで押し掛けてこられてね」


「施術院で施術したんじゃないんですか?」


「出先だったのよ」


「あの人はしつこかったね。最終的に領兵に捕まっていたよ」


「悪い事はしていないって言っても、迷惑はかかっていたしね」


「押し付けがましい感謝って困りますね」


お昼休憩が終わって、施術室に戻る。アイビーさんは愚痴をセント様に聞いてもらってスッキリしていた。


お昼からはいつも通り、私はハーブの整理とハーブティー(薬草茶)の分量をトリアさんに教えていた。アイビーさんはトニオさんと身体の構造や骨格図を簡易トレース板で写している。


「これ、便利ですよね。簡単に同じ絵が描けるんですもん」


「これもあちらの知識?」


「トレース板ですか?そうですね。そういう物があるのは知っていました。それはこちらで再現して作った物です」


「この板ってスライム液なんでしょ?」


「はい。スライム液は乾燥すると固まるって教えてくれた人が居て、それで作ってみました」


教えてくれた人というのはカークさんだ。「役に立たない事ですが」と教えてくれた。プラスチックのような感じだけど、透明度は高くない。少し白濁しているから、確かに窓ガラスの代わりには出来ないし、役に立たない。着色出来たらステンドグラスのように出来ないかな?と考えている。


スライム自体よく分かっていなくて、分かっているのはなんでも溶かして吸収してしまう事と、エサがあれば無害だということ。雑食というか、入浴後のお湯なんかも始末してくれる。そしてこの世界のスライムは弱くない。今各家庭に居るスライムは魔物研究所で増えたスライム達だ。


魔物研究所って何をしているか、どこにあるのか、それは知らないけれど、行ってみたい気がする。探究系とかは私は苦手だけど。


そうだ。トニオさんなら知っているかも。


「トニオさん、魔物研究所ってどこにあるんですか?」


「魔物研究所?王都の西のコボルト族の里の向こうだよ。簡単には行けないよ。許可が要るしね」


「許可?」


「魔物を飼育している状態だからね。厳重に管理されている。魔物が逃げ出したら大変だからね」


「王都の近くに有るんですね」


「近いって言っても、馬車なら3日はかかるよ。コボルト族の里を迂回しなきゃいけないし」


「迂回するんですか?」


「馬車が通れないんだよ。狭くてね。コボルト族って小さいでしょ?」


「あぁ、なるほど」


「行ってみたかったら、サファ侯爵様に頼んでみたら?」


「興味はありますけどね」


「サクラちゃん、お茶にしない?シャテーニュ()の蜜煮があるのよ。約束だったでしょ?」


「わっ。嬉しいです」


「コンソラットゥ・テーレの料理人が張り切って作ってたらしくって。天使様に渡してくれって預かったわ」


「え?」


壺に入ったシャテーニュ()の蜜煮を渡された。


「良いんでしょうか?」


「良いわよ。彼等も喜ぶわ」


「嬉しいです。お礼を言っておいてください」


「サクラさん、紅茶で良いですか?」


「はい」


アイビーさんが紅茶を淹れてくれた。


「本当に美味しそうに食べるわねぇ」


「これは料理人達も喜ぶね」


シャテーニュ()自体が好きなんです。でもあまり食べられなかったから」


「それは元の世界で?」


「はい。茹でてさぁ食べよう、って見たら全部食べられてたりするんですよ?」


「……泥棒?」


「違いますよ。兄です」


あれは嫌がらせの一環だったんだと思う。栗ご飯を作れって母に言われたから、栗を買ってきて、でも、私の口には入らなくて、それでも食べたくて、なんとか手に入れた栗を取り上げられて。生意気だって家から閉め出された。


「事情は分からないけど、好きなら好きなだけ食べれば良いよ。コンソラットゥ・テーレには行くだけでお礼になると思うよ」


「行くだけで?」


「天使様と黒き狼様よ?」


「あぁ、宣伝になるんですね」


「それもあるけど、単純に来て欲しいのよ、彼等が。美味しいって言ってくれて、嬉しかったって言っていたわ」


5の鐘になって、大和さんと帰る。


「へぇ。シャテーニュ()の蜜煮をね。また、コンソラットゥ・テーレにも行かなきゃね」


「はい」


「今から行く?」


大和さんが悪戯っぽく笑った。


「今日は行きません。また連れていってください」


「そうだね。また今度、時間のある時にだね」


今日のお夕食はミルフィーユ焼きカツ。付け合わせはポテトサラダ。そう決めて、商店街で買い物をした後、塔へ帰った。


大和さんはいつもなら、この時間は4階に行く。瞑想をしたり、剣舞を復習した(さらった)りしている。でも今日はリビングに居てくれた。今朝の事を心配してくれているみたい。言わない方が良かったかな?


薄切り肉を重ねて、バッター液にくぐらせて、パン粉を付けて揚げ焼きにする。ポテトサラダはマヨネーズから手作りした。


「出来ましたよ」


「今日も旨そう」


ウスターソースをかけて食べ始める。


「クンツゥエホルツ殿がすまなかったって言っておいてくれって」


「はい?」


「部下が施術師の出勤直後に押し掛けたって、それをいろんな人から聞いて、気持ちを押し付けてしまったんだそうだ。怪我の大小もどうやら歪曲して伝えられたようでね。あの人は結構辛辣な事も言うけど、正論で相手を怯ませる事が多いから、案外敵が多いんだよ。慕っている人も多いけどね。そんな人達に施術師に迷惑をかけたって吹き込まれたらしくてね」


「そうだったんですね」


「フォローはしておいたし、今回の件は団長様の耳にも入ってる。こんな事はもう無いと願いたいけどね」


「何でもないような事でも、妬心を燃やす人は居ますからね」


「そうなんだよね。妬み嫉み(ねたみそねみ)はどうにも出来ないんだよね」


「それを向上心に変換出来る人は上に行けますけど、そうじゃない人は堕ちる方が早いって事も有り得ますからね」


「人の嫉妬は怖いね」


「なんだか実感が籠ってますね」


「まぁ、実家で色々あったしね」


才能がある。それだけで嫉妬の対象になる。その人がどれだけの努力を重ねてきたかも知らずに、批判を口にする人はどこにでも居る。大和さんはそういった感情に曝されてきたのかもしれない。


「咲楽も気を付けて」


「はい」


私の魔法属性と魔力量の多さは、この世界に来て授かったものだ。加えて私達の後見人はサファ侯爵様。それらも見る人によっては嫉妬の対象となる。


正直に言って、理不尽だと思う。でも、考えて備えなきゃいけないことでもある。この世界に来てから、私の周りは優しくて理解のある人ばかりだった。悪意を持った人は……まぁ、居たけど、守られていると実感できた。


大和さんが居てくれて、カークさんが居てくれて、施療院のみんな、神殿の人達、王宮でも気にかけてくれる人が居る。その事に感謝しなければならない。ううん。しなければならないんじゃない。感謝したいんだ。決して感謝を強要された訳じゃないんだから。


「咲楽を困らせちゃったかな?」


気が付いたら、空になった食器を大和さんが下げてくれていた。


「あ、ごめんなさい」


「良いよ。リビングで待ってて」


リビングで膝を抱えていると、大和さんがやって来て、膝に乗っけられた。


「今朝の夢の話だけどね、この国は平和だ。でも、少し離れた友好国とその隣国がキナ臭い」


「戦争ですか?」


「すぐにはそうならないだろうけどね。情報が遅いのがもどかしいね」


「情報の遅さはなんともなりませんよね」


私にはどうしようもない。


「一方は友好国だけど、離れているから、この国が巻き込まれる事はないと思うよ」


「はい。分かっているんですけど」


「こればかりはね。不安だよね」


そう言って頭を撫でてくれる。大和さんの手が気持ちよくて、大和さんの胸にポスンと頭を預ける。


「あ、こら」


「気持ち良かったんです」


「ちょうど良い位置に有ったのに。仕方がないね」


「大和さん、大好きです」


「急にどうしたの?嬉しいけど」


「言いたかったんです」


「俺も咲楽が好きだよ。愛してる」


「幸せです」


「そうだね。俺も幸せだよ」


そうしてしばらく大和さんに凭れていたけど、お風呂に行くからって膝から降ろされた。


「続きは寝室でね」


不満を隠さなかったら、大和さんに笑ってキスされた。


明日のスープを作っておこう。何にしようかな。明日の朝は具だくさんのスープにしよう。余っている野菜達をどんどん切って、お鍋に投入していく。食料庫のソーセージも切って炒める。水を入れて味を整えたら出来上がり。


「咲楽」


急に後ろから囁かれた。


「わっ。びっくりしたぁ」


「風呂、空いたよ。行っておいで」


「はい」


イタズラ成功!!って感じの大和さんにちょっとムッとしながらお風呂に行く。


戦争かぁ。私は戦争を知らない。体験した事もないし、教科書で歴史として習っただけだ。祖父母もその頃には居なかったから、話を聞いた事もない。そもそも祖父母は戦後の生まれだったはず。あれ?戦中だったかな?覚えてないや。


とにかく戦争というものは、どこか遠い国で行われている、自分には関係のないものだった。


でも大和さんは知っているんだよね。紛争地帯に居たって言ったりするし。紛争と戦争の違いは何?大和ペディアに頼ろうかな?よし、そうしよう。


お風呂から出て、リビングに行く。リビングに大和さんは居なかった。寝室かな?


「おかえり」


「戻りました」


ベッドに上がって、大和さんの隣に座る。


「大和さん、紛争と戦争の違いって何ですか?」


「紛争と戦争の違い?戦争も紛争の1つだけど、戦争は国家間の対立によって起こる軍事力を用いた戦闘行為、及びその状態を言うんだ。紛争は、争い事・揉め事など対立する者同士が争う状態を広く意味する言葉だね。使い分けする際は、比較的小規模な武力衝突を紛争、侵略を伴ったり大規模な武力衝突を戦争というんだよ」


「規模の差ですか?」


「そうなるね」


「勉強になります」


「いきなりどうしたの?」


「私は戦争を知らないんです。歴史として習っただけです。大和さんが紛争地帯と言っていたのを思い出したんですけど、その時に疑問に思ったんです」


「それで、俺に聞こうと思ったの?」


「大和ペディアに頼ろうと思ったんです」


「なるほどね。頼られるのは嬉しいよ。嬉しいけどね」


「ごめんなさい?」


「ほら、謝罪は態度でね?」


「キスですか?」


「そう」


「うぅぅ……」


ぎゅっと眼を瞑って大和さんにキスをする。


「そんな眼を瞑らなくても」


「だって……。恥ずかしいんです」


「可愛いねぇ」


頭をナデナデされた。


「良い()良い()。もう寝ようね」


「子ども扱いされました」


「おやすみ、咲楽」


「おやすみなさい、大和さん」











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