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異世界転移って本当にあるんですね   作者: 玲琉
3年目 空の月
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空の月、第2の土の日。今週に入ってから、騎士団内がバタバタと慌ただしい。騎士団の入団試験が近付いているからだ。大和さん達は連日会議をしているし、文官さん達も忙しそうにしている。


街中も慌ただしさを感じる。ターフェイア領の受験者も領都内だけでなく、少し離れた所から応募してきていたりするから、宿も賑わっているそうだ。本人だけでなくご家族も一緒に来ていたりするからね。


今日は少し雲が多い。晴れてはいるんだけど、モコモコ羊雲が浮かんでいる。風も少し強い。


起床して、着替えをしたら、キッチンに降りる。薬湯を煎じていると、大和さんが帰ってきた。


「ただいま、咲楽。おはよう」


「おはようございます、大和さん。おかえりなさい」


「屋上に居るね」


「はい。薬湯を煎じたら行きます」


階段を上っていく大和さんを見送って、薬湯に目を落とす。精神的な不安要素が無くなって、薬湯はずいぶんシンプルになった。今はメインが食欲増進で、冷え性の改善がおまけって感じになっている。


煎じた薬湯を魔空間に入れて、屋上に上がる。屋上に行くと、ちょうど大和さんが瞑想を終えて、立ち上がったところだった。


「今からですか?」


「そうだよ。座って息を調えてね」


椅子とサイドテーブルを出して、薬湯をテーブルに置く。それを見て、大和さんが剣を取り出した。持った剣は2本。舞われたのは『秋の舞』。


ゆったりと、でも一切ダレる事の無い動き。静かで穏やかな、でも凛とした空気感。以前弾いた『秋の舞』の曲を思い出す。


『秋の舞』にはナイオンが登場する事が多い。今もゆっくりと黄葉の林を歩いているのが見える。


「大和さん、『春の舞』以外にも伴奏っていりますよね?」


「有った方がやり易いね。でも譜が無いんだよね」


「あ、そっか。宮廷演奏家さんの所でしたね」


「王都に戻る頃には届けられそうだけどね」


「でも譜が出来たら、『舞ってくれ』って言われそうですけど」


「ありうるね」


「そうなったらどうするんですか?」


「そうなったら覚悟を決めるよ」


2階に降りながら話をする。


2階に降りたら、私は朝食作り、大和さんはシャワーに行った。


そろそろスープを作ろうかなぁ?今日は間に合わないけど、そろそろだと思う。そうすると何のスープを作ろうか、悩むんだよね。


朝食を作り終わった頃に、大和さんがシャワーから出てきた。


「さっき言っていた、剣舞を求められるかもってヤツ、もしそう言われたら、伴奏してくれる?」


「私ですか?道連れにしないで下さい」


「仕方がないでしょ?咲楽の伴奏が良いんだから」


「もしかして、シャワーで考えていたんですか?」


「そんな事はないよ」


外方(そっぽ)を向いて言われても、説得力がありません」


「考えていた訳じゃないよ?さっき思い付いた」


「さっき?」


「シャワーから出てきて、咲楽の顔を見たら急にね」


「でも、すぐには弾けませんよ?」


「ちゃんと準備期間は認めさせるよ。俺の準備もあるからね」


「あ、そうですよね」


大和さんが食器を洗ってくれている間に、着替える。途中で大和さんが入ってきて、一緒に着替え始めた。


「さっきの返事、聞いてないんだけど?」


「大和さんの中で、もう決めちゃったんでしょう?だったら、私が嫌って言っても、絶対に説得しようとするんでしょう?」


「まぁ、そうだけど。でも、本当に嫌だって言うなら、カークに頼むとか、宮廷演奏家に頼むとか出来るからね。無理にとは言わないからね」


「フルールの御使者(みつかい)の時に本気で嫌だったのに、大和さんは説得してきたじゃないですか」


「だってね。衣装がウェディングドレスみたいだって聞いちゃったら、見たくなるのは仕方がないでしょ?」


「仕方がないって言われても……」


「好きな女性(ひと)の綺麗な姿を見たいのは、男のというより、人としての(さが)でしょ?」


「そうやっていつも言いくるめるんですから」


「本気でそう思ってるんだよ?言いくるめてないって」


「いいんです。大和さんに勝とうなんて思ってません」


「勝ち負けになってる?」


「なってます。大和さんは負けず嫌いですから」


「咲楽もだよね?」


「私は普通です」


塔を出て、出勤しながら、尚も言い合いを続ける。


「咲楽も結構負けず嫌いだと思うよ?」


「私は普通です」


「認めないねぇ」


「普通ですもん」


「朝から仲が良いな」


2人で言い合っていたら、後ろから声をかけられた。


「ハンネス、今から依頼か?」


「来週まで私は通いでスヴェンの所だ。誰かさんが私の方が適していると言ったからな」


「最低限の礼節も教えてやってくれると嬉しいんだが」


「依頼が多いな。条件次第では受けてやるが」


「条件?」


「シロヤマ嬢の伴奏で、剣舞を見せてくれ」


「何故知っているんだ?」


「ユーゴとか言ったか。あの小僧から聞き出した」


「聞き出した……。将来有望な子どもを脅すなよ」


「脅してない。興奮ぎみに喋っていたぞ。ギルド内で」


「別に口止めするような事じゃないから構わんが」


「あの子は、その、例の……」


「そうだ。だが、母親の罪とユーゴは無関係だ。あの時に唯一天使様を気にかけていた存在らしいから」


「貴女はそれで良いのですか?」


ハンネスさんが私をまっすぐ見て聞いた。


「あの母親(ひと)に会うのはまだ無理です。でも、ユーゴ君は母親を止められなかった事を悔やんでました。だから、ユーゴ君の事は信じられるって思ったんです」


「それなら良いのですが。貴女が無理をしているのではないかと、パーティー内で話していたんです。お優しい天使様が、頼られたから無理をして受け入れているのではないかと、他のメンバーが言い出しまして。私は貴女が優しいだけではないと知っていますから、そうは思わなかったのですが」


「あの時は怒ってましたからね」


大和さんやみんなを見下しているハンネスさんに、かなり怒っていた。


「今では考え方は変わりましたがね。あの考えが異常だと思える位には」


「でも、まだああいった考えを持っている人も居るんですよね?」


「居ますね。かつて友人だと思っていた貴族の中にはわざわざ縁切りの手紙を送ってきた者もいるくらいですから」


「えっ?」


「平民となった者に友人と思われたくないと、書かれていました」


「そりゃ、まぁ、そうだろうな。平民を見下していたなら、付き合いを止める貴族は出てくるだろう。でも、代わりに真の友人に出会えたんじゃないか?」


「冒険者仲間の事か?そうだな。身分で判断せず、完全な人間性のみを見る。そんな仲間に出会えた」


「良かったですね」


「貴女のおかげですよ」


「私は施術師として当然の事をしたまでですよ?」


「その当然の事が難しいと分かっていますか?あの時の私は愚かだった。貴族である私を平民の施術師が施術するなど、そんな事は許されない事だと思ってさえいたんです。だから貴女にもかなり見下した事を言った自覚があります。周りの皆も怒っていたでしょう?フリカーナ様は施術しなくても良いとまで言った。それが普通だと思います。誰だって自分を攻撃している人間を救いたくはない。でも、貴女は険しい顔をしながらも、私の怪我を治してくれた。宿舎に帰ってから、私には時間がありましたから、色々と考えました。最初は天使様が貴族である私を施術するのは当然だと思っていたのです。地位はなくとも『天使様』と呼ばれるほどの高名な施術師なのだから、それが当然だと。その考えが一気に変わったのは、ヤマトの言葉を聞いてからですよ」


「俺の?何か言ったっけ?」


「忘れたのか?謝罪と言えない謝罪をしに行っただろう?その時に『ずっと下に見てきた相手に頭を下げる。それはかなりの心理的苦痛を伴う。ハンネスはそれをやって見せた。謝意じゃないなんて言えないし、反省はしているようだからこれで良い』と言ったんだ。貴族である私が平民に頭を下げることを苦痛だと言った。それを理解して、私を許してくれた。平民だからと全てを見下しても良いのか?と疑問に思ったんだ」


「別に特別な事は言っていないが」


「後は、周りを見ろとも言っていたな。私は周りが自分に合わせるのが普通だと思っていたから、あれを理解するのに時間がかかった」


「戦闘中に連携を取らなくてどうする?各自各々が勝手に攻撃をするよりも、状況に合わせて連携を取った方が効率的だ」


「今なら分かるんだよ。だが、当時は分からなかったんだ」


今のハンネスさんにあの時の傲慢な態度は見られない。口調はまだ貴族っぽさが残っているけれど、言動に傲慢さが見える事はない。


「ところで、何を言い合っていたんだ?」


「咲楽が負けず嫌いだって言っていたんだ。自分は普通だと言い張るから」


「多少はそうだと思いますよ。でも大和さん程じゃないです」


「負けず嫌い?」


「言い合いをしても、絶対に折れないとか」


「それは大和さんじゃないですか」


「無理にはさせないって言っているのに、言いくるめるとか言うし」


「実際にそうですもん」


「手を繋ぎながら、言い合いをするとか、仲が良いのか悪いのか。良いんだろうな」


「ん?手を繋ぎながら?あ、本当だ。いつの間に?」


「最初からだけど?」


「まさか、気が付かなかったんですか?」


「はい……」


「天使様……」


「そんな残念な人を見る目で見ないで下さい」


「いや、お可愛らしいな、と」


「笑いながら言われても……」


「咲楽は可愛いから、仕方がないんだよ」


「大和さん、それ、意味不明です」


騎士団に着いた。


「じゃあ、行ってくる」


「頼んだ。条件の件はもしかしたら王都に戻ってからかもしれんが」


「気長に待つさ。スヴェンの事は任せておけ」


ハンネスさんは後ろ手を振って行ってしまった。


「剣舞、どうするんですか?」


星見の祭(ステラフェスト)がもうすぐだから、それに(かこ)つけてでも良いけどね」


「夜に、って事ですか?」


「するなら昼間だよ。介添人も必要だし」


「カークさんもユーゴ君も居ませんもんね」


「介添人はなんとかなるから大丈夫だけど、本気で舞って、その世界に飲まれないとなると難しいな」


「そうなんですか?」


「咲楽は俺の舞の具現化した世界を見られるけど、飲まれたことは無いね」


意味深に見られた。


「私はほら、伴奏がありますから」


「別に咲楽に介添人もさせようなんて思ってないよ」


慌てて言う私に、大和さんが信用出来ない笑顔で微笑んだ。


施術室にはすでに全員が揃っていた。


「おはようございます。遅くなってすみません」


「おはよう、サクラちゃん。良いのよ。掃除も浄化も終わってるわ」


「今日、ブランク施術師が来るって連絡があったよ」


「そうなんですか?」


「お昼からになるらしいです。あのマニュアル(手引書)についてじゃないですか?数人と一緒だって言っていましたし」


「今までの光属性での施術の更に発展系って感じだからね」


「分かりにくかったでしょうか?」


「分かりにくいんじゃなくて、やり方に戸惑うのよ。こんな事をしても良いのかってね」


「空間浄化も今までは対象物一つ一つに浄化をかけるってやっていたけど、その浄化の対象が分からなかったんだよ。浄化をすれば死亡率や重症化率が下がるのは分かっていたけど、それが何故かは分からなかったんだ」


「あぁ、細菌の概念がありませんもんね」


「またパンのカビの話をしなきゃならないわね」


「僕等みたいにポカンとするんだろうね」


「だってカビの話が一番分かりやすいんですもん」


「もんって、もぅ。サクラちゃんったら、可愛いんだから」


トリアさんの豊満なお胸に抱き締められた。豊満なお胸って時に凶器になるよね。窒息するかと思いました。


「サクラちゃん、お昼からの助手は要らない?手伝うわよ?」


「助手?説明だけですよね?」


「だってね、ほら。見た目で判断するのはどこにでも居るから」


「私は子どもに見られますもんね」


「そういう事を言ってるんじゃないのよ」


「分かってますよ。心配してくださっている事は。ありがとうございます。少し考えます。あ、そうだ。トリアさん、トニオさん。このマニュアル(手引書)の分からない所だけ教えてもらって良いですか?」


「私達だけ?アイビーちゃんは?」


「アイビーさんは予備知識がない所に、私が教えましたから。今までの光属性での施術との違いは、分からないんじゃないかと」


「そうですね。サクラさんの他の施術師って王都の方ばかりですから、違いは分からないですね」


「あぁ、そういう事ね。分かったわ」


トニオさんとトリアさんが色んな疑問点や、それまでの光属性での施術との違いを書き出してくれた。


「そうだ。シロヤマさん、聞かなきゃと思っていたんだ。シロヤマさんって王都の東施療院に配属予定って言っていたよね?」


「はい」


「王都の知りあいに聞いたら、王都東施療院だけ街門併設だって言っていたんだけど」


「はい。それも知っています。一応、施療院長はマクシミリアン先生で、もう1人ルビーさんって女性施術師が私と業務に当たります。後は新規の方ですね」


「もしかしたらシロヤマさんと、一緒に働けるかも知れないって事?」


「はい」


「それは楽しみだなぁ」

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