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異世界転移って本当にあるんですね   作者: 玲琉
2年目 実りの月
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明けましておめでとうございます

本年もよろしくお願いいたします

実りの月、第5の木の日。今日は雨が降っているらしく、塔の中が少し暗い。雨の日は、大和さんが寝起きドッキリを仕掛けてくる危険があるから警戒しながら恐る恐る目を開けた。大和さんは居ない。起き上がって室内を見渡しても居ない。寝起きドッキリは警戒するのに、大和さんが居ないとなんだか淋しい。ベッドから抜け出して、クローゼットで着替える。キッチンに降りると、大和さんがシャワーから出てきた。


「咲楽、起きたの?もうそんな時間?」


「いつもより早めですね。おはようございます、大和さん」


「おはよう、咲楽。今から剣舞だよ」


「はい。薬湯を煎じたら行きます。4階ですよね?」


「うん」


大和さんが先に4階に上がっていった。薬湯を煎じてから、私も4階に行く。


私が4階に入ると、大和さんは瞑想を終えたところだった。今日は瞑想の色を見ていないから、どの舞を舞うか分からない。大和さんが手にしたのは刀。『春の舞』かな?


ところが舞われたのは『夏の舞』だった。刃は潰してあると言っていたけど、迫力が違う。張りつめた緊張感。大和さんの余裕の無い表情。見える景色は闘技場。剣を持った2人が戦っているのが見える。


「大和さん、『夏の舞』で刀を使ったって事は、感覚が戻ったって事ですか?」


「あと少しって感じかな。それより、どうだった?」


「闘技場で2人が剣で戦っていました」


「あぁ、やっぱりそうなったか」


渡した経口補水液を飲みながら、大和さんが言う。


「やっぱり?」


「これは紛れもない真剣だからね。刃は潰してあるとは言っても、斬るための道具だ。上手く言えないけど、その考えが舞に結び付いているんだと思う。サーベルの時は感じなかったからね」


「そういうものですか。すみません。いまいち理解が出来ません」


「こういうのは実際に感じないと分からないからね。気にしないで」


「はい」


2階に降りて、私は朝食を作る。大和さんはシャワーに行った。あれ?私が起きてきた時にも浴室から出てきたよね?


朝食プレートが出来る頃、大和さんがシャワーから出てきた。


「大和さん、雨っていつから降ってるんですか?」


「1/3刻位前から。旧練兵場に居たら降りだしてきた。塔に帰ってくるまでにベタベタに濡れたから先にシャワーを浴びて、寝起きドッキリをしようと思ったら、咲楽が起きていてビックリした」


「そうだったんですか。それならビックリした顔をして下さいよ」


「棒読みになりそう」


「私ばかりが驚いている気がします」


「そんな事はないよ。咲楽はたまに行動が読めないから、俺も予測がつけられない」


「貶されたような気がします」


朝食を食べ終えて、大和さんが食器を洗ってくれる。その間にクローゼットで着替える。


「今日は昼から入団試験に向けての話し合いをするから、5の鐘になったら、少し施術室で待ってて」


「領城で話し合うんですか?」


「騎士団内だよ。体力測定の方法と、質疑応答の内容決めだから、いつも時間がかかるって言っていた」


「誰がですか?」


「騎士団長様」


「分かりました。質疑応答って志望理由とか、自分の長所短所とかでしょうか?」


「たぶんね。志望理由は作文で聞くかな?」


「本当に高校受験みたいです」


塔を出て出勤する。


「咲楽ならどういう質問をする?」


「自分の考える騎士像を聞いてみたいです」


「自分の考える騎士像?」


「理想とする騎士像と、言い換えても良いかもしれません」


「なるほど。ちなみに咲楽の考える騎士像は?」


「強くて優しい人です」


「正しさは求めないんだ?」


「正しさを持っているなら、それは行動に現れます。道に反する事をすれば、それも行動に現れます。心が強ければ簡単には流されないでしょうし、道に反する事も無いんじゃないかな?って思ったんです」


「だから強くて優しい人か」


「自分自身が弱いから、そういう人に憧れます」


「自分の弱さを認めるのも強さだと思うよ」


「そうですか?そうかもしれませんね」


「分かってないね?咲楽は心が強いって言ったんだよ」


「私はみんなに支えられて立っている存在ですよ?」


「楽な方に流されないでしょ?」


「楽な方に流されたら、後々苦労するのは自分だと思ってますから」


「それを知っている人は強いよ」


「大和さんも強いです」


「そうだね。力と体力はあるね」


「そうじゃなくて、痛みを知っているから。人の痛みを我が事のように受け止めてくれるから、強いって言ったんです」


「たぶん、それは咲楽限定だよ。言ったでしょ?他人に関心が持てないって」


「言いましたね。でも、受け入れた人はとことん面倒を見ようとするじゃないですか。ユーゴ君もそうですし、オーブリーさんもマルタンさんも、そうですよね?」


「そんな事はないよ」


「ふふふ。照れてますね?」


「照れてない。咲楽にからかわれる日が来るなんて、思ってもみなかった」


「いつものお返しです」


「言ったね?後で覚えておいてね」


ヒェっ。ふっふっふと笑う大和さんに不穏な物を感じます。


「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。咲楽の事を愛でて愛でて、愛でるだけだから」


「何をする気ですか?」


「ん?普通にハグしたり、キスしたりするだけ」


「普通に、ですか?」


「俺基準でね」


大和さん基準って何だろう?


騎士団手前でうろうろと落ち着きの無い人を見つけた。騎士団本部の入口を行ったり来たりしている。


「あれ?グリザーリテのグランテ施術師の、従甥(いとこおい)だ」


従甥(いとこおい)?」


「俺が刀を振った後、男性だけで話していたでしょ?その時に紹介された。イグナシオ君。グランテ施術師の従姉妹の子どもだよ」


「へぇ。何をしているんでしょうね?」


「聞いてみようか。イグナシオ君、おはよう。何をしているんだ?」


大和さんの声にパッと弾かれたようにこちらを見て、クシャリと顔を歪ませるイグナシオ君。


「トキワ様……」


「どうした?」


「僕は、居ない方が、良かったので、しょうか?」


「ん?」


「僕が居るから、伯父はキタール施術師から、嫌われて、グリザーリテの、中でも孤立して、いるんでしょうか?」


「待て待て。いったん落ち着こう。中に入るか?」


受付の人に許可を貰って、泣き出しそうなイグナシオ君を、応接室に連れていく。


「話を聞いてみる。咲楽の方が適任かもしれないけどね」


「はい。施術室に居ます。必要な時にお声掛けください」


イグナシオ君を案内した応接室は休養室の隣だ。気にはなるけど、施術室の掃除だけしてしまわないとね。


「おはよう、シロヤマさん」


「おはようございます、トニオさん」


「入口でウロウロしている若い男性、居なかった?」


「居ました。大和さんが知り合いらしくて、今、話を聞いています」


「トキワ様の?」


「グリザーリテのグランテ施術師の、従甥(いとこおい)だって言ってましたけど」


「グリザーリテの?何だろうね?こんな時間にここに居るって事は、昨夜からか、今朝からターフェイアに来たんだろうけど、今朝からだったら余計に気になるね。昨夜からターフェイアに入っていたら、この時間からウロウロすることはないだろうし」


「自分が居なければ、グランテ施術師は孤立していなかったって、言っていましたけど」


「あの子とグランテ施術師の孤立に何の関係が?」


「さぁ?」


アイビーさんも出勤してきて、業務が始まる。


「シロヤマ施術師、すみません。応接室にお越し願えますか?」


文官さんが呼びに来た。応接室?イグナシオ君に何かあった?


「はい。今行きます」


応接室に急ぐ。応接室の中には苦り切った表情(かお)の大和さんと悄然としたイグナシオ君が居た。


「失礼します。何があったんですか?」


「イグナシオ君の話が重かっただけ。キタール施術師の勘違いの理由も分かったよ」


「それで、何をすれば良いですか?」


「彼に付いていてあげてくれる?グリザーリテに連絡してくる。家出状態らしいから」


「家出!?」


私の声に、ビクッとイグナシオ君の身体が跳ねた。その間に大和さんが部屋を出ていく。


「おはようございます、はじめまして……でもないですね。サクラ・シロヤマといいます」


「イグナシオ・スズキです」


「イグナシオ君はおいくつですか?」


「19歳です」


ん?19歳?イグナシオ君はグランテ先生の従甥(いとこおい)だって言っていたよね。


「グリザーリテを出たのは?」


「昨夜の6の鐘過ぎに領門にたどり着いて、門が閉まってたから、そこで夜明かしして、朝一番にターフェイアに入りました」


「夜明かしって、屋外じゃ無いですよね?」


「領門の兵士さんが部屋に入れてくれて、そこで寝ました」


「それなら良かったです。朝食は食べましたか?」


黙って首を振る。食べてないのね。


キッチンで紅茶を入れて、ケークサレと一緒に差し出す。


「お腹が空いていては何も出来ません。これを食べて、お腹を落ち着かせましょう」


「ありがとう、ございます」


戸惑ったように私を見て、ケークサレに目を落とす。


「ケークサレっていって、甘くないケーキです。美味しいですよ」


「いただきます」


最初はゆっくりと、徐々に貪るようにイグナシオ君は食べ出した。ケークサレと紅茶を飲み終えて少しすると、イグナシオ君の身体から力が抜けた。眠ってしまったようだ。


「咲楽、入るよ」


大和さんと文官さんが応接室に入ってきて、イグナシオ君を見て、目を丸くした。


「何をしたの?」


「お食事をしていただいただけです。朝食を食べてないって言ったし、昨夜は眠れていないようでしたから、お腹が満ちて睡魔に襲われたんでしょう」


「昨夜、眠れていない?そんな事は言っていなかったけど」


「目の下にクマがありましたし、何かを考えていて眠れなかったようです。昨夜はグリザーリテの領門の兵士さんに室内に入れて貰って、そこで夜を明かしたそうです」


「睡眠不足と空腹が重なって、空腹が満たされれば、そりゃあ、眠くなるね。ここでは可哀想だから、休養室を使っていい?」


「はい。お身内に連絡は?」


「グリザーリテの騎士団経由でして貰ってる」


大和さんがイグナシオ君を担ぎ上げて、休養室のベッドに寝かせた。


「どういう事か聞いてもいいですか?」


「他言無用で頼むね」


「もちろんです」


「20年前、イグナシオ君を身ごもったのがグランテ施術師の従姉妹(いとこ)。相手の男性は分からない。頑なに言わなかったらしい。仕方がないから、グランテ施術師が産院に付き添った。そこをキタール施術師が目撃した。キタール施術師に事情を聞かれたグランテ施術師は、従姉妹(いとこ)の名誉の為に何も語らなかった。それがキタール施術師とグランテ施術師の、今に繋がっている」


「イグナシオ君は何故知ったんでしょうか?」


「キタール施術師が昨夜、グランテ施術師の家に来て、問い詰めたらしい。それを聞いてしまったと言っていた」


「グランテ先生は口下手ですからねぇ。妙な意地を張るし」


「おまけにキタール施術師は思い込みが強い。拗れるよね」


「それでどうするんですか?」


「連絡を受けて引き取りに来るのが誰かによる。彼の母親、もしくはグランテ施術師なら、口を出すけど、それ以外なら静観するしかないね」


イグナシオ君を寝かせておいて、大和さんと私は通常業務に戻った。


「何だったんですか?」


施術室に戻ると、アイビーさんに聞かれた。


「拗らせた男女の仲の、原因と犠牲者というところでしょうか」


「はぁ?」


「他人の名誉と複雑な事情が重なってきますので、私には言えないんです」


「拗らせた男女の仲、ねぇ。事情は分からないけど、それは口を出せないよね。当人同士の問題だし。でも原因と犠牲者?」


「聞いた感じでは、ってだけですよ?」


「それで?」


「家出状態らしいので、グリザーリテの騎士団経由で連絡をしてもらっています」


「家出、ねぇ。僕が偉そうに言える立場じゃないけど、話し合った方がいいよね。誤解からって事もあるんだし」


「トニオさんって、まだ家出の状態なんですか?」


「僕は家出しての駆け落ちだよ。この間実家には顔を出したから、そこは解決しているよ。殴られたけど、僕も殴り返しちゃったよ。アハハ」


アハハ、じゃ、ありません。大人の身勝手の犠牲者はいつの時代も子どもだ。大人はそれで良いかもしれないけど、振り回される子どもは堪ったもんじゃない。この国は孤児院があって、親が居ない、もしくは育てられない子は、そこで育つ事が多い。中には孤児院にすら入れない子もいる。


「悲しい」「手を差し伸べたい」と思っても、個人の力には限度がある。最初の頃に、大和さんに言われた事を思い出す。私の手はそこまで大きくない、無理に救おうとすれば、必ず零れ落ちる。誰かに手助けしてもらわなければ、結局誰も救えない。そうなったら本末転倒だ。


3の鐘を過ぎても、イグナシオ君は目覚めなかった。アイビーさんとトニオさんに先にお昼に行ってもらう。


「咲楽、イグナシオ君は?」


「まだ寝てます。もうそろそろ起きそうかな?」




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