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本年はお世話になりました
来年もよろしくお願いいたします
よいお年をお迎えください
昼食を終えて屋台に戻ると、屋台の前に行列が出来ていた。タフタさんが急いでケイトさんと交代する。私はウィリーネさんに声をかける。
「ウィリーネさん、お昼、お先に頂きました。代わります」
「ありがとう」
「急にお客さんが増えたみたいですけど、何かあったんですか?」
「それがね。シロヤマ先生とタフタさんがお昼に行ってすぐに、トニオ先生がご家族連れでいらっしゃってね。一番下のお嬢さんがグランシュニーのぬいぐるみを気に入って買ってもらっていたのよ。トニオ先生達が帰って少ししたら急に混み出したの」
「宣伝でもしてくださったんでしょうか?」
「かもしれないわね。お昼休憩はこの行列が落ち着いてからにするわ」
「すみません。ありがとうございます」
ウィリーネさんと一緒に、お客さんを誘導して順番に並んでもらう。
「ちょっと、割り込まないでよ」
「コイツに代わりに並んで貰ってたんだよ。少し位良いじゃないか」
「何を言ってるのさ」
私達が居る少し前で言い争いが聞こえた。横入りをしたオジさんに2人の女性が文句を言っている。
「間に入りますか?」
ウィリーネさんに耳打ちする。
「うーん。問題は無いように見えるけど、行きましょうか」
ウィリーネさんと言い争いしている3人の元に向かう。
「どうかされましたか?」
「この人が割り込んできたのよ」
「私とコイツとは赤の他人よ。なのに身内とか言われちゃって、迷惑しているのよ」
「何を言ってるんだ。長年の隣人を赤の他人とか言うなよ」
「隣人は赤の他人ですよね?」
つい呟いてしまった。ウィリーネさんもうんうんと頷いている。
「隣人は赤の他人じゃねぇよ。お互いに見知ってんだ」
「まぁ、そうですけど。でも代わりに並んで貰っていたんじゃないですよね?」
「隣人を見つけたから一緒に並ぶ。それのどこが悪いんだ?」
「じゃあ、貴方が同じ事を言われて、同じ事をされて、納得して入れてあげるんですね?凄いです。私には真似できません」
「いや、それは……」
「出来るんですよね?」
ニッコリとウィリーネさんと一緒に笑いかける。オジさんがタジタジとなった。
スゴスゴと列に並び直すオジさんを、言い争いをしていた女性が笑って見送っていた。
「ご迷惑をお掛けしました」
ウィリーネさんと頭を下げると、並んでいたお客さんが笑って口々に言ってくれた。
「良いのよ。スッとしたわ」
「ああいうのは迷惑よね」
「施術師先生の笑顔に勝てるのは、黒き狼様くらいだろうね」
「そんな事はありませんよ。彼女にはいつも負けっぱなしです」
背後からいきなり声が聞こえた。私の大好きな大和さんの、ちょっと低めの安心できる声だ。
「大和さん」
「咲楽、昼食は?」
「3の鐘前に、お先に頂きました」
「それなら良いけど」
「大和さんは休憩ですか?」
「うん。昼からは騎馬で、外周の方を回ってくる」
「気を付けて行ってきてください」
「咲楽もね」
「はい」
行列が4~5人になってきたのを確認して、ケイトさんとウィリーネさんがお昼休憩に入った。
「施術師先生だったんだな」
さっきのオジさんに話しかけられた。手にはしっかりと2体のぬいぐるみを抱いている。
「お買い上げ、ありがとうございます。はい。施術師をしています」
「騎士団付きか……」
「はい。そうですね」
「こんなにちっこいのになぁ。妙に逆らえなかったのはその所為だな」
「どういう事ですか?」
「ちっこい可愛い女の子に『凄いです』とか言われて、期待に応えたくない男は居ねぇよ。孫の喜ぶ顔が見たくて、でも、こんな事をして買った物なんて喜ばないよな。って頭が冷えた。それに施術師先生は説得が上手い。説教臭い事を言うんじゃなく、出来るはずって期待されたら、応えたくなっちまう。列に割り込んで悪かったな」
「ご自分でお気付きになられたからですよ。今の貴方でしたら、お孫さんの自慢のお祖父さんになれます」
「自慢の祖父さんか。そうだな。ありがとう」
隣人だと言う女性に頭を下げて、オジさんは帰っていった。
「ただいま。問題は無かった?」
「おかえりなさい、ケイトさん、ウィリーネさん。横入りが1件、順番抜かしが2件ですね」
「やっぱり。でもこの位なら想定内ね」
「行列も10人以内ね。こっちも想定内だわ」
4の鐘になると、屋台はいったん終わり。タフタさんとウィリーネさんは売上げを騎士団内に持っていって、計算を始める。私とケイトさんはポツリポツリとやってくるお客さんの相手だ。他の屋台を楽しんで、騎士団前を通って帰る人達が、屋台を見ていく。たまに買っていく人がいるから、その接客をする。ぬいぐるみは残り10体無い。最初は154体有ったから、ずいぶん売れたなぁ。
人通りが少なくなったのを見て、ケイトさんと撤収作業に入る。車輪止めを外して、屋台をマイストさんの元に運ぶ。マイストさん達が屋台を解体してくれている間に、残りのぬいぐるみを持って、タフタさんとウィリーネさんが居る部屋に入った。
「お疲れ様でした。凄いわよ。売上額が大金貨1枚に届きそうよ。材料費を抜いても小金貨4枚にはなるわ」
「私、ファルカオ様を呼んでくる!!」
「あっ、ケイトっ」
ケイトさんが飛び出していった。屋台の総責任者はファルカオ様になっているから報告しに行ったんだと思うけど、呼んでくるって言ったよね?
「呼びに行かなくても良いのに」
ウィリーネさんとタフタさんが売上げを箱に入れて、魔空間に仕舞う。私はミニキッチンでお湯を沸かしてみんなの分のお茶を淹れる。お茶菓子はシフォンケーキ。緩く泡立てたカイマークを添えた。
「みんな、お疲れ様。僕もお昼頃に様子を見に行ったんだけど、盛況だったね」
「ファルカオ様、お疲れ様です。お茶をしていかれませんか?アルトさんも」
「いえ、私は……」
「良いねぇ。アルトも一緒に食べていきなよ。このケーキはシロヤマ先生が作ったのかな?」
「はい。マンドルのシフォンケーキです。マンドルの果汁とマンドルの皮の砂糖漬けが中に入ってます。添えてあるのはカイマークですね」
「マーニャの言う『フワフワケーキ』だね。マンドルの果汁と皮の砂糖漬けが入っているのか。へぇ。旨いねぇ。マンドルの皮の砂糖漬けが少しほろ苦くて、僕は好きだなぁ」
「美味しいです」
ささやかな打ち上げという名のお茶会を終えて、それぞれの部署に帰る。
「ただいま戻りました」
「おかえり、サクラちゃん。トニオとアイビーちゃんも居るわよ。お疲れ様」
「トニオさん、来てくださったって聞きました。ありがとうございました」
「家の子がさぁ、ぬいぐるみを見せびらかして、『パパのお友達が作ったの』って大声で言っちゃってさぁ。こっちが大変だったって聞いたけど。ごめんね」
「良い宣伝になったようで、売り上げが伸びました。ありがとうございました」
「迷惑だったらどうしようって思って、来ちゃったんだよ。迷惑じゃないようで良かった」
「アイビーさん、デートじゃなかったんですか?」
「セント様が子どもの屋台を脅している人を見つけて、連行してきたんです」
「デートどころじゃ無くなっちゃったのね」
この日、騎士団のカショーは困ったことに盛況だったらしい。ほとんどは反省してすぐに帰されたけど、私に絡んできた酔っ払いやセント様が捕まえた脅迫男のように、お泊まりしていった人も居る。酔っ払いは仲間にお説教されて、涙目になりながら反省文を書かされたし、脅迫男はお身内に「情けない事をするな」って怒鳴られて、土木作業に従事させられたそうだ。土木作業というか、開墾作業?そのお身内の所有する荒地を畑に作り替える事を命じられたらしい。ちなみに脅迫男は地属性を持っていないらしく、全て手作業だそうだ。
「咲楽、帰るよ」
5の鐘を過ぎて、大和さんが迎えに来てくれた。その頃にはみんな先に帰っちゃっていたから、私は1人で待っていた。着替えはしていない。
「その格好で待っていてくれたの?」
「放課後デートの気分を味わおうと思いまして」
「可愛すぎるんだけど」
「着替えた方が良かったですか?」
「いや、是非このままで」
騎士服の大和さんと手を繋いで、商店街で買い物をする。商店街の人達は私と大和さんを見慣れているからか、極々普通に挨拶をしてくれる。商店街で例の某ゲームのキノコと鳥肉を買って、塔に帰った。
塔に帰ると、大和さんは4階に行った。私はお夕食を作る。鳥肉に塩コショウをして皮目を焼いたら、金属製の深鍋に移して、キノコや野菜と一緒にオーブンへ。鳥肉に火が通ったら、切り分けて一緒に焼いた野菜を添える。ホワイトソースをかけて出来上がり。
「大和さん、夕食が出来ました」
「分かった。もうちょっと待って」
4階でロープ登りをしている最中の大和さんに声をかける。待ってって言われたから、ロープ登りをしている大和さんをソファーに座って眺める。凄いなぁ。私には出来ない。大和さんは簡単そうにやってるけど、あれって腕力だけじゃないよね。
「お待たせ。シャワーだけ行っても良い?」
「行ってきてください」
「ごめんね」
「ごゆっくり」
いやいや、汗だくですもん。シャワーは後にして下さいなんて言いたくないですよ。私だって汗だくになったら、シャワー位浴びたいしね。
大和さんがシャワーから出てきてから、夕食にする。
「キノコはこの色さえ気にしなければ、旨いよね」
「私がキノコが好きなので。すみません」
「俺も好きだよ。色に忌避感があるだけ。忘れた方が良いんだろうけどね」
「覚えた事を忘れるのって、難しくないですか?」
「難しいよ。でも、こっちで覚えていると障害になる事なら忘れた方が良い」
「忘れるのって難しいですけど、何か手段があるんですか?」
「経験と感情を上手く切り離せれば、忘れる事が出来る」
「そうなんですね。難しそうですけど」
「……事が多いね」
「途中で文章を切らないで下さいよ」
「いや、ついね。でも本当だよ。後は嫌な思い出なら何度も上書きするとかね」
「上書きですか。嫌な思い出は繰り返したくないですけどね」
「確かにね。その点、俺のは上書きしやすい。咲楽の協力が要るけどね」
「分かりました。協力します」
「咲楽は料理が上手いから、上書きしやすい気がする」
「お褒めいただき、ありがたく存じます」
「存じます……」
「間違ってましたか?」
「いや、合ってる。丁寧だなと思ってね」
「ビジネスマナーの授業で、先生が余談として教えてくれました。一時期『ありがたく存じます』がクラスで流行りましたよ」
「貴族って感じの話し方だね」
「よく中二病とか言いますけど、高校の頃もそんな感じの子が居ましたよ。笑い方がオホホホとかの高笑いになったりするんです。演技ですけど。悪役令嬢ってアダ名を進呈されていました」
「俺の時はそんなのは居なかったな?時代か?」
「ラノベとか出てきてましたからね。でもあの頃に悪役令嬢物ってあったかなぁ?」
夕食後はリビングで話をする。私が屋台の事を話して、大和さんが市中見廻りの事を聞かせてくれた。
「領都の外周の方の屋台は農作物が多かったね。後はオーガ族がアクセサリーを作って売っていた。その場で出来ていくんだよ。魔法のようってこういう事を言うんだろうなって思ったよ」
「見たかったです」
「それでこれを作ってもらった。プレゼントだよ」
貰ったのは、桜の花をモチーフにした可愛い指輪。色はピンクゴールド。
「可愛い。ありがとうございます。嬉しいです」
「昼の休憩の時に教えてもらって、希望者と行ってきた。外周の方の見廻りはソイツ等と一緒だったんだよ」
「業務時間内に買い物をしたんですか?」
「団長様公認だからね。毎年そうなんだって。団長様にお土産を買うのが条件。今年のリクエストは奥様用のブローチだった」
「それってお土産になるんですか?」
「『どんな物を買ってくるか楽しみにしている』って出発前にプレッシャーをかけられたよ」
「どんな物にしたんですか?」
「金と銀でオーロオスマンサスとラルジャオスマンサスの花を固めた感じのブローチ。奥様の好きな花なんだって。同行した文官さんが言ってた」
「文官さんが同行したんですか?」
「俺等は一応見廻り業務があるから。文官さんはオーガ族と話をして、不満とか近況を聞いているんだって」
「そうなんですね」
もうすぐ6の鐘になりそうだったから、急いでお風呂に行く。
オーガ族の地属性のアクセサリーかぁ。ピンクゴールドが可愛い。指輪って貰うと特別って感じがする。以前、ペアリングは貰ったけど、あれは婚約指輪だし、あまり着けていない。でもこれは普段使い出来そうだ。
アクセサリーが増えてきたなぁ。アクセサリーケースが欲しい。作っちゃおうかな。内張りのベルベットは無いけど、フェルトはあるし、作れないかな?
お風呂から上がって、寝室に行く。
「おかえり」
「戻りました」
「疲れた?」
「少し。慣れない事だったから疲れたかもしれません」
「よし。寝かしつけてあげよう」
「頭を撫でて?」
「うん。咲楽はそうするとすぐに寝ちゃうからね」
「大和さんの手は好きです。撫でられていると安心します」
「俺は咲楽の手が好き。咲楽の手は暖かくて優しいんだよね」
「薬湯の効果でしょうか。最近手足が冷えないんです」
「そういう事じゃなくてね。良いから寝ちゃいなさい」
「?おやすみなさい、大和さん」
「おやすみ、咲楽。寝付くまでずっと撫でているからね」
「ふふっ。ありがとうございます」
大和さんの手を感じながら、眠りに落ちた。