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実りの月、第3の木の日。ミエティトゥーラプレエールの前になったからか、商店街には野菜やキノコ、木の実などの山の恵み(?)が並び出した。キノコは赤や黄色で見た目には毒キノコのようだけど、これが美味しいのは確認済みだ。だから躊躇無く買えるんだけど、青白く光るツキヨダケっぽいのとか、真っ白なドクツルタケみたいなキノコや、紅色のカエンタケみたいなのも売られていて、大和さんが珍しく顔をひきつらせていた。どれも猛毒キノコで地球では何人も中毒死しているらしい。こちらでは無毒らしいけど、やっぱり形や色が気になるらしくて、私が料理する時には必ずトキスィカシオンを掛けて欲しいと言われた。私自身は地球でツキヨダケやドクツルタケやカエンタケを見た事がないから、言われるままにトキスィカシオンを掛けてから料理している。乾燥させて椎茸出汁のようにしたり、バター炒めにしたり、大和さんが気にならない物でアウトゥの恵みを楽しんでいる。
ちなみにドングリも売られている。ドングリは子どものお手軽な小遣い稼ぎの手段になっている。庭に植えられているから、採ればそのまま売れる。ミエルピナエの森にも良質なドングリがあるらしい。ミエルピナエの森の入り口で、ミエルピナエに頼むんだって。ミエルピナエの森は深いから、ターフェイアでは、大人でも絶対に1人では入らない。入れば確実に迷う。でも、年に4~5人程が勝手に入って、捜索隊が出されるらしい。冒険者ギルドにしっかりと注意書が貼り出されているにも拘らずだ。
今日は雲は多いけど、晴れている。ひつじ雲がモコモコと浮かんでいる。起きて着替えてキッチンへ降りる。薬湯を飲んでいると、大和さんが帰ってきた。
「ただいま、咲楽」
「おかえりなさい、大和さん。おはようございます」
「おはよう。屋上に行こうか」
「はい」
大和さんと屋上に上がる。屋上で私は椅子をセットして、大和さんはタープの下に足を組んで座った。
大和さんを赤いモヤが包む。今日のモヤは深紅だ。緋龍も金の瞳を開けて巻き付いている。爛々としたその瞳に魅入られたように緋龍から目が離せない。緋龍はチラリとこちらを見ると、すぐに消えていった。大和さんが目を開ける。
「咲楽?どうしたの?ボ~っとして」
答えられない。大和さんの顔は見えるんだけど、フィルター越しのようにはっきりしないしはっきり聞こえない。
「仕方がないな」
軽くキスをされて我に返る。
「大和さんっ」
「戻ってきたね。何か見た?」
「緋龍が見えて、金の瞳が開いていて、目が離せなくて」
「魅入られちゃったの?」
「はい」
「これからはそっちにも注意が必要だね」
大和さんはそう言って、私が出しておいた水を飲むと離れた。
『夏の舞』が始まる。燃え上がるような大和さんと、剣を持って対峙する2人の人物。闘技場のような場所だ。周りにたくさんの人が居る。
今日の『夏の舞』は少し長く映像が見えた。舞い終わった大和さんに話しかける。
「大和さん、今日の『夏の舞』は少し長く映像が見えました。闘技場のような場所で、剣を持った2人が対峙していました」
経口補水液を手渡すと、それを飲みながら椅子に座る。
「やっぱり戦いのイメージか」
「でもなんだか楽しそうでしたよ?観客も入っていそうでしたし」
「何かの大会みたいな感じ?」
「感覚的には、それが1番近い気がします」
「ちょっとずつ戻ってきたかな?」
そう言って大和さんは階段を降りていった。椅子を片付けて、私も後を追う。
大和さんがシャワーに行っている間に朝食を作る。ホアやアウトゥは美味しい物がたくさんあって嬉しい。保存食も作れるしね。
今日のジュースはセンテニア。ワインのような色合いになった。
「朝からワイン?」
「センテニアのジュースです。知ってるくせに」
「言ってみただけだって。咲楽も分かってるよね?」
「去年も言ってましたもんね」
「カークが好きだからって、何度も買ってきてたしね」
「アウトゥは美味しい物がいっぱいだけど、キノコは慣れないんだよね。見た目に頭の中で警告音が鳴る気がする」
「毒キノコに似てるんですよね。できるだけ買わないようにしていますけど、赤に白いドットのキノコと緑色に白いドットのキノコが有るのに驚きました」
「某有名ゲームのキノコね」
「美味しいですけどね。薬師さんが使うキノコもあるんですよ。ジャクリーンさんが言ってました」
「やっぱりあるんだ」
「マジックキノコっていうそうです」
「名前がヤバイね」
「見た目もでしたよ。細い茎に茶色い傘で、写真で見た事のあるマジックマッシュルームそっくりでした」
「そんなのが自然に生えてるの?」
「詳しくは教えてもらいませんでしたけど、薬師協会の所有する土地で育てているらしいです」
「栽培してるんだ」
「やる気が出ないとか、不眠だとかの精神的な病気に効くそうです」
「鬱病?」
「そんな感じですよね。ルメディマン先生が私に使うかかなり迷ったそうです。結局使わずにボロンカにしたって教えてもらいました」
朝食を終えて大和さんが食器を洗ってくれている間に、私は着替える。
「さっき言っていたマジックキノコだけど、何に使うの?」
「えっと、体力を回復させる薬湯に入るそうです。魔力も少し回復するんですって。後はさっき言ったような、精神的な病気だと診断された時だそうです」
「体力を回復させる薬湯?あぁ、今年の騎士団対抗武技魔闘技会の決勝の後で、副団長が飲まされていた薬湯か」
「それです」
「ゲームでいうHP回復ポーションとMP回復ポーションだね」
「即効性はあるけど、常用出来る物じゃないらしくて、あの時も数日間は2度目の服用を禁じられたはずです」
「そんな裏事情があったんだ」
「あの後、副団長さん達がお説教されていましたけど、その時に薬師さんが言っていました」
大和さんと出勤する。
「そういえば、今月初めから騎士の登用試験の受付が始まってるんだけど、昨日、スヴェンが応募してた」
「ご両親を説得出来たんですね」
「だろうね。ただ、書類選考をして、その後実技試験だ。スヴェンは剣術をまともに習っていない。それがどう影響するかは分からないね」
「農家出身者が居るって言ったのは?」
「完全にまっさらな状態で、つまり剣術をまともに習っていない状態でっていうのは何人か居るよ。この先の可能性を買ったって事だね」
「今回は大和さんは選考に関わってないんですか?」
「関わってるよ。でも、先入観は持っちゃいけないからね。あえて会ったことを忘れるように心がけてる」
「大変ですね」
「しみじみと言うねぇ」
苦笑いされた。
「他にどんな人が居るんですか?」
「詳しくは言えないけど、グリザーリテからも何人か応募が来ている」
「グリザーリテから?」
「うん」
「グリザーリテの騎士団には、応募していないんでしょうか?」
「そこは分からないね。ターフェイアだけの専願かもしれないし、グリザーリテとの併願かもしれないし」
「受験みたいですね」
「就職活動だよ。就職先が騎士団って訳だね」
「そっか。そうですね」
この世界の学校って、学門所と学園だけなのかな?薬師さんは勉強する所があるって聞いた気がする。そこで免許というか、資格を取るって。施術師は師弟性が多いらしい。高名な施術師の弟子になると、それだけで信用が増すんだって。私もナザル所長の弟子という形になっている。「実際には違うけどね」ってライルさんに言われたけど、自分的には私は王都施療院の施術師全員の弟子だと思っている。
騎士団に近付くと、何人かが入口付近に並んでるのが見えた。
「咲楽、あっちから回るよ」
「どうしたんですか?」
「大人も並んでたでしょ?この時期に大人が並ぶっていうのは、賄賂を渡す目的が多いらしい。騎士っていうのは、1種のエリートだと思われているからね」
「不正で騎士団に入ろうとするんですか?」
「そういう人も居るってこと。9割はまともな人だよ」
「兵士さんは?」
「兵士も同じだろうね。王都でもそうだったし」
「知らなかったです」
「咲楽が知る必要はないよ。あぁ、ここから入るよ」
マイストさん達が出入りする裏口から入れてもらう。
「おはようございます。サクラさんもここからだったんですね」
「アイビーさん、おはようございます。正面入口で待ってる人がいたので、大和さんがこっちに回ってくれました」
「バーナード様に聞きましたけど、5年落ち続けている人がさっきの中に居るらしいです。一昨年から賄賂を渡そうと必死らしくて」
「そんな人がいるんですね」
アイビーさんと施術室に向かう。
「おはよう、アイビーちゃん、サクラちゃん」
「おはようございます、トリアさん」
「ごめんね。トニオが急に休みの申請を出しちゃって」
「仕方がないですよ。お子さんの事なんでしょう?」
「そうなのよ。貴族籍は離れているけど、一応祖父母は貴族だからね。その話し合い。具体的には学園に入れるか入れないか、ね。我が家も再来年だわ。今から話し合っておかないと」
「難しいんですね」
「こだわってるのはお互いの父だけよ。トニオも貴族学園は入れなくても良いって考えだけど、サムエル君が興味を示しちゃってるのよ」
「行きたいって言ってるんですか?」
「トニオに似たのね。研究とか好きなのよね」
大和さんにも似ている気がする。サムエル君はトニオさんの次男さんだ。トニオさんには3人お子さんがいて、長男のセレン君と長女のソラちゃんは学園に興味が無かったらしい。
トリアさんのお子さんは2人。どちらも女の子で、長女のダリアちゃんはお世話好きで、将来は孤児院で働きたいと言っているらしい。
「シロヤマ先生、ぬいぐるみを預かりますよ」
クエルさんが来てくれた。
「ちょっと量が多いから、持っていきますよ?」
「いえいえ。これに入れていきますんで」
サンタさんの袋みたいな大きな袋を見せられた。その中に私が預かっているぬいぐるみをどんどん入れていく。
「クエルさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫。たぶん」
「不安だなぁ」
結局、アイビーさんがクエルさんに付いていった。付いていったというか、魔空間にぬいぐるみ達を入れて、持っていった。アイビーさんも魔力量が多いもんね。
やがて帰ってきたアイビーさんが興奮して話し出した。
「ぬいぐるみの屋台、すごく可愛かったです」
「可愛い?」
「ぬいぐるみに囲まれる感じです。前にも後ろにもぬいぐるみを置いておく台があって、その台が階段状になってて、柱にもぬいぐるみが置けるようになってるんです」
イメージは何となく分かる。
「サクラちゃん、ぬいぐるみってどの位あるの?」
「たぶん100個近くあると思います」
「値段とかどうするの?」
「タフタさんに一任しています。ご自分でもお店をやっていたから、その辺りは任せて、って言ってました」
「あの人なら信頼してお任せできるわね」
「息子さんご夫婦には、渋い顔をされたらしいですけど」
「あら、なぁぜ?」
「手伝いのはずの騎士団で仕事をするなら、店を手伝ってくれって」
「アハハ。言いたくなるでしょうね。本業だし」
「それで?誰が店番をするの?」
「なかなか決まらないんですよね」
「決まらない?」
「衣装管理部の方がみんな、私を推すんです」
「サクラさんはそれに抵抗してるんですね?」
「分かりますか?」
「分からない訳がないですよ」
「何が嫌なの?」
「ぬいぐるみをいっぱい付けた衣装を作るって言うんですよ?頭にミエルピナエを乗っけた帽子を、見せられました」
「あぁ、あの時の。サクラさんの頭にミエルピナエが乗ってたの、可愛かったですもんね。あの時はそのまま歩いてたじゃないですか」
「あの時はミエルピナエがしがみついて、離れなかったんです」
「なに?サクラちゃん、ミエルピナエを頭に乗っけて歩いてたの?見たかったわぁ」
「見なくて良いです」
「可愛いじゃない。ねぇ、サクラちゃん。見たいわぁ」
「トリアさんもかぶるなら良いですよ」
「私が似合う訳ないじゃない。そういうのは可愛い子がかぶるから可愛いのよ。それを見るのは好きだけどね」
「それなら私の嫌だって気持ちも分かってくれますよね?」
「サクラちゃん、チャレンジは大切よ。どんなものにでも挑戦してこそ後に活きるのよ」
「トリアさんにその言葉をそっくりお返しします」
「やってみたに決まってるじゃない。成人した頃だったかしら。結婚式で可愛いドレスも試したのよ。まぁ、似合わないったら。主人も吹き出しかけていたわ」
「トリアさん、大人っぽいですもんね」
「可愛いのを着てみたかったのよ。今は諦めたわ」
ツキヨダケ、ドクツルタケ、カエンタケはいずれも猛毒持ちです。絶対に手を出さないようにしましょう。手を出す人もいないでしょうけど。
キノコは区別が難しいんですよね。