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異世界転移って本当にあるんですね   作者: 玲琉
2年目 酷熱の月
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「一緒にって言われました」


「じゃあおめかししなきゃね」


「良いんでしょうか?私も一緒で」


「お付き合いに反対なら、一緒になんて言われてないわよ」


「その辺りはセント様が、きちんとしているだろうしね」


「マナーとか、不安です」


「教えてあげるわよ。今度家にいらっしゃい」


「シロヤマさんも一緒にどう?トキワ様も一緒にね」


「大和さんに相談してみます」


お昼まではそんなに忙しくなかった。書類整理やハーブ(薬草)の整理をする余裕があったくらいだもの。その状況が一変したのは4の鐘前。最初に訪れたのは若手の騎士様。眩暈(めまい)を訴えて来室した。大和さんに行ってこいって言われたんだって。


「水分は摂ってますか?」


「はい。ヤマト隊長にしつこい位言われたので。最後の方は聞き流していましたけど」


「と、言うことは、摂ってないんですね?」


「いやぁ、ミントが苦手で」


ミント無しの経口補水液を差し出して飲んでもらう。


「しばらく休んでいってください」


「そういう訳にはいきません」


「脱水を起こしているんです。このまま屋外に出たら、炎熱病の可能性もあります。休んでいってください」


ほぼ無理矢理のように休養室に追いやる。その後も、だるさ、ふらつき、異常な喉の乾きを訴えて来室する人が続出した。屋外作業の人が多い。騎士様やマイスト(用務員)さん達、食堂のおば様、衣装管理部の人も居る。


「トリアさん、アイビーさん、経口補水液を作ってください。トニオさん、騎士団全体に水分補給の徹底を呼び掛けて。屋外で動いている人達には、強制で良いから水分を摂らせてください。それから屋内に入るように指示を」


「分かった。すぐに行ってくる」


トニオさんが飛び出していった。


経口補水液には氷魔法を掛けて冷やす。脱水ではなく、明らかな炎熱病の症状の人には、ルメディマン先生から預かっていた薬湯を飲ませた。


「シロヤマさん、向かいの会議室を使って良いって許可を貰ってきた。軽症の人はそっちで対処するよ」


「ありがとうございます」


会議室にたくさんの椅子やソファーを運んでもらって、軽症の人はそちらに行ってもらう。会議室の担当はトニオさん。振り分けの担当はトリアさん。アイビーさんはトニオさんの補佐に付いて貰った。


「咲楽、悪い。コイツをお願い」


「分かりました。重症の方は第1隊が多いですね。大和さん、お昼からで何か変わった事は?」


「急に気温が上がったかな?後は特に。第2隊の方にはしつこい位水分補給を言ったし」


「大和さんも飲んでおいてくださいね」


「咲楽もだよ」


なんとか落ち着いたのは、5の鐘少し前。その頃に団長様が施術室に顔を出した。


「今日は大変だったと、報告を受けたのですが」


「炎熱病手前の脱水の方、続出です。一番症状が多かったのが騎士隊第1隊の方、次いでマイスト(用務員)さん達、食堂のおば様、第2隊の騎士様。屋内勤務の方も数名症状が出ているようです。来室されないだけで、脱水になっていた方はまだ居ると思います。喉の乾きが無くても、水分を積極的に摂るように通達してください。特に騎士の方々とマイスト(用務員)さん達。お願いします」


「分かりました。通達しておきましょう。毎年の事ながら、頭の痛い問題です」


「まだ大丈夫って思ってしまうとか、この位ならって思っちゃうんですよね」


「なにやら実感がこもってますね」


「毎年のように食欲が落ちて、何度か水分不足だって叱られましたから」


「確かにシロヤマ嬢は食が細いですね」


「忙しくて、食事を抜いても平気って時もありましたからねぇ」


「施術師なのに?」


「はい。施術師が健康面で迷惑をかけるなって叱られました」


「それは厳しい」


「それでも、正論ではあるんです。施術師が体調不良を起こせば、患者さんは不安になります」


「それは……。そうですね」


5の鐘になって、騎士団を出る。日傘をさしていると、アイビーさんも入ってきた。


「良いなぁ。私も買おうかな?」


「日傘ですか?直射日光が当たらないだけで、暑さが違いますよ?」


「でも、私だとすぐに壊しそう」


「そんな事はないと思いますけど」


「売ってるのって、ジェイド商会でしたっけ?」


「そうですね」


商店街に寄って、夕食の材料を買う。今日は何にしようかな?


「施術師先生、今日は暑いからトマトの冷たいスープはどうだい?」


食材を見ていたら、八百屋の女将さんに話しかけられた。


「トマトの冷たいスープ?」


「完熟トマト、玉ねぎ、コンコンブル(きゅうり)ピメント(ピーマン)ガリック(にんにく)、パンで作るんだ。全部を細かく切ってね、パンを浸して食べるんだよ。旦那が肉が欲しけりゃ、ハムでも食わせときゃ……。騎士様だったね。悪い悪い。塩漬け肉が肉屋で売ってたよ」


「塩漬け肉?」


たぶんガスパチョであろう材料を買って、肉屋さんに行く。


「すみません、塩漬け肉があるって聞いたんですけど」


「あぁ、これとこれ。どっちにする?」


見せられたのはバラ肉部分と、モモ肉部分。これってパンチェッタと生ハム?


「どちらも欲しいです」


「あいよっ。ちょっと味を見てみるかい?旦那さんも」


「良いんですか?」


薄切りの生ハムをいただいた。美味しい。


「咲楽、モモ肉の方、少し多めでお願い」


「飲む気ですね?」


「こんなに旨いのに、旨い酒と合わせたいでしょ?」


「私は飲まないから知りません」


私達の会話を聞いていた肉屋のおじさんに笑われながら、バラ肉部分とモモ肉部分を買う。


塔に帰って、夕食の準備。大和さんはいつものように、瞑想の為に屋上に行った。


夕食をガスパチョに決めて、野菜を刻んでいく。ガスパチョには2種類あって、すべての野菜をミキサーにかけるタイプと、トマト以外を角切りにするタイプがある。私は角切りタイプが好きで、作るのも角切りタイプだ。


ガスパチョを作って、氷魔法で冷やしている間に、生ハムとパンチェッタの使い道を考える。生ハムは大和さんがお酒のツマミに食べるって言っていたし、置いておくとして、パンチェッタはどうしようかな?お肉屋さんには「塩抜きをしないと辛くて食べられないよ」って言われたし、塩抜きだけしておこう。


「大和さん、お夕食が出来ましたよ。手抜きですけど」


屋上で暑い中瞑想していた大和さんを呼ぶ。夜になったら風が出てきて、少しだけ涼しくなった気がする。


「良いんじゃない?手抜きで。お互い働いてるんだし、料理は全部、咲楽に任せっきりだし。手を抜ける所は抜かないとね」


階段を降りながら、大和さんが言ってくれた。


「大和さん、生ハムは食べますか?」


「ちょっとだけ貰おうかな。あ、自分で切るよ。こういうのは得意だから」


そうなんだよね。大和さんは切るのは巧いんだよね。その他が出来ないだけで。まるで職人さんのように、生ハムを薄くスライスしている大和さんを見ながら考えていた。


「今日は暑かったね。隊員達にはしつこい位に水分補給って言っておいたんだけど、結局脱水症状が出たのが居たっていうのがなんとも……」


「最初に施術室にいらした方は『ヤマト隊長にしつこい位に水分を摂れって言われた。最後の方は聞き流していた。そこまで喉が乾いたって感じじゃなかったから、大丈夫だって思った』って言ってました。自己判断が一番怖いですよね」


「知識がある者の自己判断は、ある程度信用出来るんだけどね。知識がない奴の自己判断の大丈夫は信用出来ない」


「そうですけどね。騎士団長様にも言っておきましたし、明日からは大丈夫だと信じたいです」


「そうだね。信じたいね」


「そうだ。大和さん、今度トリアさんのお家に行きませんか?」


「トリアさんの家に?どうしてそんな話に?」


「えっと、アイビーさんが食事のマナーを学びたいって言って、そしたらトリアさんが教えましょうか?って。それで私も誘われました」


「俺も行っていいの?」


「はい。大和さんもって言ってました」


「咲楽は行きたい?」


「テーブルマナーを教えてくれるって言うんですよね。行ってみたいです。テーブルマナーをちゃんと学んだのって、中学校の時と高校での2回ですから」


「それにしては綺麗に食べてるよ?」


「そうですか?嬉しいです」


大和さんに誉められた。


「大和さんはちゃんと習ったんでしたっけ?」


「和食は家でね。西洋のテーブルマナーは傭兵時代に覚えた」


「和食は家でってスゴいですね」


「無駄にそういう事は学ばされたからね」


「無駄にって、役に立ったでしょう?」


「さぁ?」


誤魔化すように笑って、大和さんはその話を打ち切った。


食後、リビングで大和さんの膝に座らせれて、ずっと頭を撫でられていた。


「大和さん、何かあったんですか?」


「なんとなくかな?咲楽をこうして抱き締めたくなったんだよね」


「何もないなら良いんですけど」


「何か心配?」


「大和さんがこうやって膝に座らせるのって、久し振りな気がします」


「あぁ、しばらくしてなかったね。うん。決めた。これからは積極的にイチャイチャしていこう」


「積極的に?」


「積極的に」


「屋外や人前では控えていただけると、嬉しいんですが」


「何故?恥ずかしい以外で答えてね」


恥ずかしいって答えかけたのに、そう言われたら何も言えなくなった。


「大和さん、ズルいです」


恨みがましげに大和さんを見上げると、何故か口許を押さえていた。


「可愛……」


「大和さん?」


「ちょっと待って。落ち着くから」


そう言って深呼吸を何回かして、ぎゅうっと私を抱き締めた。


「咲楽、結婚式は王都が良い?ターフェイアが良い?」


「急になんですか?」


「そういう事も話していこうって言ったでしょ?」


「それはそうですけど」


「咲楽はウェディングドレスは何色が良い?」


「大和さん、どうしたんですか?」


「俺はやっぱり白いウェディングドレスを着て欲しい」


「えっと、大和さん。私も白が良いって思いますけど、どうしたんですか?落ち着いてください」


「ごめん。性急すぎたね。ちょっと落ち着いてくる」


大和さんはそう言うと、お風呂に行ってしまった。


ウェディングドレスかぁ。白が良いって思うのは、日本でウェディングドレスの定番が白だったからだよね。白いウェディングドレスには「あなたの色に染まります」って意味があるんだよね。ウェディングドレスに限らず、白無垢もそうだ。一方でウェディングドレスが黒が流行った時代もある。「あなた以外の色には染まりません」って意味があるって聞いた事がある。喪服もかつては白だったと聞いた事がある。今は黒だよね。


「咲楽、風呂に行っておいで」


「はい」


大和さんが急にウェディングドレスとか、結婚とかの話題を出したって思ったけど、ターフェイアに来てから、そういう事も話していこうって言っていたし、その事については不思議じゃない。不思議なのは唐突に結婚の話題が出た事。あの前は人前では過剰なスキンシップを控えて欲しいって、お願いしてたよね。そうしたら、理由を恥ずかしい以外で答えてって言われて……。その後だ。何で大和さんのスイッチが入ったんだろう?分からないなぁ。


黒色は1度であの色は出せない。色ムラが出やすいから。それを防ぐ為に青や赤等を順々に重ねて染めていく。更には黒は染め直しが利かない。一番難しくて、一番贅沢な色だ。だから喪の色でありながら、祝いの席にも最上級の色として用いられる。何故そんな事を知っているかというと、染色の体験の時に調べたから。手芸の先生には色々教えて貰ったなぁ。


お風呂から出て、寝室に上がる。


「戻りました」


「おかえり」


手招きされて大和さんの腕に納まる。


「さっきは性急に結婚の話題を出したけど、急がなくて良いからね?」


「さっきのってきっかけは何だったんですか?」


「きっかけ?ずっと考えていた事だよ」


「私が何かしちゃって、そっちに結び付いたとかじゃ無いですよね?」


「うん?無意識か」


「なんですか?」


「なんでもない。違うよ。咲楽を抱き締めてたら、言葉が出ちゃっただけ」


「ウェディングドレスの色ですけど、やっぱり白いウェディングドレスは憧れです」


宣誓の儀式(ホッホツァイト)の時には、普通のワンピースだったよね?」


「ルビーさんの時はそうでしたね」


「こっちのウェディング事情を知らなすぎるね。この話はちょっと調べてからの方が良いかな?」


「そうですね。アイビーさんか、アレクサンドラさんに聞いてみましょうか」


「アレクサンドラさんは本職だから、詳しそうだね。こっちのジェイド商会か、休みを取って、王都のジェイド商会に行こうか」


「近いとはいえ、2刻ですもんね。やっぱり休みを取らなきゃ駄目ですよね」


「そこは仕方がないよ。ユーゴの剣舞も見ておきたいし、ナイオンにも会いたいでしょ?」


「絶対に行くって約束しましたからね」


「約束は守らないとね」


「そうですね」


「そろそろ眠い?」


「はい。もう寝ます。おやすみなさい、大和さん」


「おやすみ、咲楽」


眠りに落ちる寸前に、大和さんが呟いたのが聞こえた。


「無意識天然であれとか、天然って怖い」


天然?



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