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熱の月、第5の緑の日。今日は平日だけど、大和さんも私も休日だ。もう時期は過ぎているかもしれないけど、ベリー狩りにやって来た。
乗り合いの馬車に揺られる事、30分程。着いた所はターフェイア領都の隣のメオハ村。通常のフルーツの栽培が盛んな所だ。
ベリーの時期は少し過ぎていたけど、残っているブルーベリーを摘ませてもらって、カンタロープやパスティローネやアナナスを使ったジュレッタやゾルベット、自家製のシロップを使ったかき氷を食べられる喫茶店のようなお店があった。サンドイッチ等の軽食も置いてある。
この季節だから、日差しがキツい。去年使っていた大きなブリムのストローハットを被って、ロシャのカーディガンを羽織っている。
「失礼いたします。お客様は恋人同士でいらっしゃいますか?」
施設の従業員さんに、いきなり話しかけられた。
「はい。そうですが。よくお分かりになりましたね」
「実はご来場された時から、従業員で話し合っておりました。その中に天使様と黒き狼様だと思い至った者がおりまして」
「それで、何か?」
「恋人同士でご来場された方に、フラワーポットの花をプレゼントしているのですが、いかがですか?」
「フラワーポットの花?」
「はい。ムタビリスです」
「ムタビリス?」
「白やピンクの花を咲かせます。今なら色が選べますよ」
「へぇ。咲楽、どうする?」
「花を見せてもらって良いですか?」
「もちろんですとも。こちらへどうぞ」
案内された先にあったのは、白や濃いピンクの大きな花を付けたフラワーポット。タチアオイのような花が付いている。
「あれ?これって川沿いに咲いてるのを見ました。ムタビリスっていうんですね」
「そうなんです。ホアに咲くんですよ。綺麗でしょう?」
「これって王都でも育ちますか?」
「育ちますよ。もし地植えにするのなら、芽生えの月から風の月くらいに日当たりと水はけのよい場所に植え替えてください」
「大きくなりますか?」
「手入れをしないと4m位になってしまいます。コルドに剪定すればさほど大きくなりません」
「へぇぇ」
「欲しそうだね。貰っていく?」
「はい。ベリーって売っていないですか?」
「売っていますよ。こちらです」
ブラックベリー、ブルーベリー、グリーンベリー、オレンジベリー、ラズベリーが売っていた。レッドベリーは売っていなかった。少し遅かったらしい。冷凍食品とか無いもんね。
一通りのベリーとジャムを買って、異空間に入れる。ムタビリスは大和さんが魔空間に入れていた。
「これで何か作るの?」
「ヴァレリエは作ります。後は考えます」
「楽しみにしてる」
「天使様、黒き狼様、お飲み物はいかがですか?」
差し出されたのはグラスに入った赤い液体。ベリー類や切ったマンドルが入っているのが見える。
「サングリア?」
「黒き狼様はご存じでしたか。本来はワインで作るものですが、ここではブドウジュースで作っております」
「一切アルコールは入っていないのですか?」
「はい。ここにはお子さまもいらっしゃいますから。嗜まれる方用に本来のワインで作ったサングリアもございます」
いただいて飲んでみた。少し甘くて美味しい。
「販売用もございますよ」
試飲販売だったらしい。大和さんが購入していた。
メオハ村は様々な農作物を作っていて、観光農園のような施設がたくさんある。魔物対策にそれぞれの施設を3m位の土壁で囲っている。村全体も壁で囲ってある。壁の外側には鋭いトゲの植物が植えてあって、魔物が近寄らないようにしている。たまにウルージュのような大型の魔物は出るけれど、壁が崩されたことはないらしい。地属性で毎年補強していると言っていた。
「この時期ですと、ライの実農家さんなんか、見頃ですよ。実りの月の終わり頃に収穫するのですが、今は花が咲いてる頃ですね。サラザンも今は花の時期かな?」
「サラザンですか?」
「香りが良い実なんですが、手間が掛かるんですよ。薄くパンケーキのように焼いて野菜や卵と食べます」
「パンケーキじゃないんですよね?」
「違うんですよ。食べれば分かりますが、小麦と違った風味で旨いんです」
力説された。
紹介されたライの実農家さんとサラザン農家さんのところに行ってみることにした。
「サラザンって何でしょうね?」
「思い当たるのはひとつあるよ」
「あるんですか?」
「たぶんだけどね」
「何ですか?」
「ソバだと思う。フランス語でそば粉をfarine desarrasinって言うんだよ」
「じゃあ、薄いパンケーキのように焼いて野菜や卵と食べるって、ガレット?」
「だと思う」
「ガレット、好きなんです」
「じゃあ、昼食はそこにする?」
「そこに食べられる所があれば、ですね」
「蕎麦は無いよね?」
「無いと思いますけど。好きなんですか?」
「大好物って訳じゃないけどね。好きだよ」
「そば粉ってお蕎麦かガレット位しか、使い道が思い付きません」
「クッキーも食べたことがあるよ」
「そば粉のクッキー?」
「幼い頃に爺さんがよく蕎麦ボーロっていうのをくれた。ザクザクした食感で旨かったな。爺さんは蕎麦ボーロを茶と一緒に食べてたよ」
「美味しそうです」
「一斗缶入りで買ってたのを覚えてる」
「一斗缶?」
「約18リットル入る直方体のブリキ缶だね。18リットル缶って呼ばれてる。戦後は5ガロン缶って呼ばれていたらしいよ」
「ガロンって重さでしたっけ?容量でしたっけ?」
「液体の量、液量だよ。国や用途によって各種のガロンの定義があって、3.7リットルから4.6リットルの範囲内にある。日本国内で使用できるのは、米国液量ガロンのみだね」
「各国で違うんですか?」
「違うんだよ。ややこしいことにね。日本で使われる米国液量ガロンは正確に3.785 412リットル」
「……細かすぎませんか?小数点以下6桁とか」
「細かいよね。説明するとさらに細かいことになるけど、聞く?」
「いいです。聞いただけで理解出来るとは思いませんから」
「俺も1度読んだだけでは理解出来なかった。どうしてアメリカとイギリスで違ってくるのか、とかね」
「話そうとしてますね?」
「バレた?」
イタズラっぽく笑って、大和さんが言った。分からない訳が無いと思う。
話をしながらのんびり歩いていくと、ライの実農家さんらしき場所が見えてきた。
「ここ、でしょうか?」
「そうじゃない?見た目、サトウキビ畑だけど」
「この大きいのが稲って事になるんでしょうか?」
「小人になった気分だね」
「周りの塀と同じ位の高さですね」
「3mはあるよね。でもまだ青いけど、ライの実らしき物が実ってるよ」
「本当だ」
サトウキビを実際には見た事がないけれど、3m位のススキのような植物の先端に、まだ青いライの実がたくさん付いている。
「ご見学ですか?」
上から声が掛けられた。
「はい。お願いできますか?」
大和さんが言う。声を掛けてきた人は、竹馬みたいなのに乗っていた。海外の手に持たないタイプの物だ。
「付いてきてもらっていいですか?スティルトを脱いでしまいますから」
「はい」
やがて高さが3m位の、木で組んだ台が見えてきた。そこに座ってベルトを外していく。
「お待たせしました」
はしごで降りてきた人が挨拶してくれた。
「珍しいですね。この時期にウチに来られる人は」
「ベリー摘みの所で紹介されました。2人ともライの実が好きですので、是非見てみたいと思いまして。大きいんですね」
「ライの実だけを知っている方は驚きますね。これでも作りやすくはなったんですよ」
「そうなんですか?」
「昔はもっと高さがあったそうです。水の中で育っていまして、収穫するのに大変だったと伝えられています」
「水の中ですか?」
陸稲とか水稲って習った気がする。その事かな?
「最近、従来のライの実とは違う性質のライの実を見つけましてね。今、増やしているんですよ」
「従来のライの実とは違う性質のライの実ですか?」
「粘りがあるんです。甘みも強いんです。小粒にはなりますけどね」
「それは楽しみですね。是非食べてみたいです」
「空の月に来てくだされば、ご馳走しますよ」
「楽しみにしています」
「ジャンを使ったスープも美味しいですよ」
「ジャン?」
「黄豆を使った調味料です。溶かして使います。馴染みが無いかもしれませんが。もっと流行らせたいのですがね。塩辛いといって敬遠されがちなのですよ」
「見せてもらっても?」
大和さんが勢い込んで言った。私と同じ事を考えたんだと思う。黄豆を使った調味料。黄豆は大豆に似ている。味噌の可能性があるよね。
見せてもらった茶色いペースト。お味噌だ。ペーストとはいっても粒が残っているから、黄豆の風味が口内に残る。香りも良い。
「美味しいですね。ライの実と合わせて食べてみたいです」
「そうなんですけどね。スープにするしか思い付かないんですよ」
「彼女はそういうのを考えるのが得意ですよ。少し頂けませんか?」
大和さんが巧く話を持っていってくれた。
「どうぞどうぞ。毎年余っちゃうんですよ」
お味噌を手に入れて、ライの実の栽培方法の説明を受ける。この辺りは湿地帯で、かつては池の底だったらしい。
「あのライの実も、舟で収穫していたんです。でも、舟だと、量が積み込めないし、不安定でしょう?だから水を抜いていったんですよ。昔は倍くらいの高さだったらしいです。環境に合わせたのか、ライの実も低くなってくれましたし」
「ライの実の収穫って、どうやってするんですか?あのスティルトに乗って?」
「いえいえ。全て根本から切り倒します。その後、実を外すんですよ」
「大変そうですね」
「冒険者の皆さんが、良い訓練になると、喜んでやってくれています。こういった大きな鎌を使うんですけど」
死神の持っているような鎌を見せてもらった。
「デスサイズか」
「グロースズィッヒェルといいます。かなり重いんですよ。持ってみます?」
重いと言われたグロースズィッヒェルを片手で持ち上げる大和さん。農家さんが呆れていた。
「収穫時期になったら、いらっしゃいますか?」
「そうですね。見てみたいです」
「ではお知らせします。えっと、どちらにご連絡を?」
「領城か騎士団本部に知らせていただければ」
「領城?騎士団本部?騎士様でしたか」
「一応は」
「こりゃあ、驚いた。騎士様とは知らず。失礼しました」
「いえいえ。親切に教えていただきました。ありがとうございました」
親切なライの実農家さんにお礼を言って、次はサラザン農家さんの所を目指す。サラザンの農家さんはライの実農家さんから500m位先の小高い丘の上だった。白い可愛い花がたくさん咲いている。
「ここみたいだね。蕎麦の花が咲いてる」
「この花がそうですか。可愛い花ですね。あ、ミエルピナエが飛んでる」
「なにか用?」
ユーゴ君位の男の子に声を掛けられた。
「サラザン農家ってここで合ってるか?」
「そうだけど?」
「話を聞かせて欲しいんだ」
「あぁ、お客さん?こっちの道から来るって珍しいね」
付いてきて、と言いながら、先に立って歩き出す男の子を追いかける。
「ライの実農家から来たからな。この道はそこで教えてもらった」
「ふぅん」
「君はこの家の子どもか?」
「そうだよ、今はね。成人したら騎士になって、王都に行くんだ」
「騎士を目指しているのか?」
「農家なんて良い事がないよ。毎日汗水垂らして、馬鹿みたい」
「食は全ての基本ですよ。生活の基本を支えてくれる農家さんを尊敬します」
「じゃあ、農家に嫁に来れば?」
「今のままじゃ無理だね、咲楽」
「もう少し体力が要りますね」
「農家の仕事は体力が付くけどね。全身鍛えられるし」
「鍛えれば筋肉も付くでしょうか?」
「無理じゃない?」
「念じれば通じるかもね」
2人共に否定された。
「母ちゃん、お客さん」
「客?あれまぁ。こちらからは珍しいですね」
母ちゃんといわれたおば様が目を丸くする。
「ライの実農家に先に行っていましたので。道も教えていただきました」
「まぁまぁ。お疲れになりましたでしょ?こちらへどうぞ」
「ありがとうございます。お邪魔いたします」
案内された先は食堂になっていた。良い匂いがする。
「お食事でもいかがですか?田舎料理ですけど」
「もうすぐ3の鐘ですね。いただきます」
蕎麦の実のいろんなお料理があった。お饅頭は中が野菜を炒めたものが入っていたし、柔らかい団子のような物も出てきた。黄豆の炒った粉とはちみつをかけて食べるらしい。
「蕎麦がきかな?」
「美味しいですね」
5cm角位に切って、茹でたものは、お塩で食べた。これって細くしたらお蕎麦だよね。
最後に出てきたのがガレット。こちらでもガレットというらしい。卵とチーズとベーコンとシュピナートが入っている。もちもちしていて美味しい。