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3の鐘になって、食堂に移動する。リアム君がヘロヘロになっていた。
「リアム君、大丈夫ですか?」
「集中しすぎてフラフラします」
「トニオさん、どんな訓練をしてるんですか?」
「リアム君は光属性を持っているからね。光球を出すところからだよ。他の属性だと無理だけど、光属性だけはこれが出来るんだ。リアム君の場合はちょっと急ぐからね。普通のやり方じゃなくて、こっちにしてみた」
「魔力量が多いってどの位なんですか?」
「僕と同じ位。リアム君はもうちょっとだと思うんだけどね」
「精神状態に左右される場合もあるからねぇ。焦らない方が良いわよ」
「お昼からは時間を決めてだね。4の鐘になったら、リアム君達は終わりだから、みんなでお茶とか、どうだい?」
「ゾルベットがありますよ。みんなで食べましょう」
「ゾルベット?何の?」
「ネクタリン、ジャボレー、マンドル、キトルスですね。後、ジェラートもありますよ」
「頑張ります」
リアム君が気合いを入れた。イネスちゃんにこっそりと、4の鐘になったらアメリアちゃんと一緒に施術室に来るように伝えて、施術室に戻る。今、アメリアちゃんに言ったら、突撃してきそうだからね。
「サクラちゃん、ジェラートって何があるの?」
「ミルクだけです。レッドベリーがあれば良かったんですけどね。ネクタリンなんかも合いそうです」
「聞いているだけで美味しそうだわ」
「トリアさん、魔力操作ってやり方が色々あるんですね?」
「緊急処置的に出来るのは光属性のみよ?他のは危険だから」
「知らなかったです」
「サクラちゃんは魔力量が多いって聞いたけど、この方法は使わなかったの?」
「使いませんでした。日常生活を送っていたら、いつの間にか、って感じですね」
「あぁ、いつの間にかって感じで出来ちゃったのね?それなら緊急処置は必要なかったんだわ。無意識で動かしていたのね」
「そうなんですか?」
「そう教わったわ。私がそのタイプ。トニオはなかなか動かせなくてね。緊急処置が必要だったの。あのやり方は、トニオが教わったやり方ね。トニオもかなり疲れていたわ。リアム君は7歳だから、魔力操作が出来ていておかしくないんだけど、こればかりはね」
「イネスちゃんは大丈夫なんですか?」
「あの子は無意識で動かしていたみたいね」
「その判断って、どうするんですか?」
「そうねぇ。属性判定の水晶の光り方が特徴的なのよ。属性判定の水晶って触れたら光るじゃない?でもね。緊急処置が必要な子は光らないの。魔力量と属性は表示されるんだけど、全く光らないのよ」
「そんなことがあるんですか?」
「あるのよ。動かせるようになったとたんに、その属性が一気に発現しちゃうのよ」
「あぁ、だから防音と衝撃吸収だったんですね」
「それをお願いして、即座に対応出来ちゃうサクラちゃんもおかしいけどね」
「ひどいです、トリアさん」
「サクラさん、トリアさんにはおやつ抜きでどうですか?」
「そうしちゃいましょうか」
「2人でなんて、ズルいわ」
トリアさんが言ったとき、急に休養室が明るくなった。
「出来たみたいね、魔力操作」
「あれがそうなんですか。確かにあれが他の属性だと危険ですね」
私の魔力全力放出の時よりは落ち着いているけど、かなりの光量だ。中の2人は大丈夫かな?視力ダメージが心配になってくる。
「疲れたぁ」
「疲れました。目がチカチカします」
「お2人共、お疲れさまでした。少し目を閉じて、目を休ませてください。休養室を使っても良いですよ」
結界を解除しながら言う。
「ごめん、休養室を借りるね。リアム君、行くよ」
「すみません。お借りします」
トニオさんとリアム君が休養室に入って来た。カーテンを引いて、少しだけ室内を暗くする。
「目を温めましょうか?」
「目を温める?」
「温かい布で目を覆うんです。リラックスできますよ」
「お願いしようかな?」
「少しお待ちください」
ホットタオルを作って、休養室に入る。
「失礼します」
閉じた目にホットタオルを乗せる。
「気持ちいいね、これ」
「寝てしまいそうです」
「4の鐘になったら起こしますから、眠ってください」
少し様子を見ていると、2人分の寝息が聞こえてきた。疲れたんだろうな。
「あら?寝ちゃったの?」
「目を温めましたからリラックスしたのと、疲れが出たんでしょうね。4の鐘になったら起こしますから、しばらくそっとしておきましょう」
施術室に戻ると、トリアさんとアイビーさんがいそいそと器を用意していた。まだ早いですよ。4の鐘まではもうちょっとありますからね。
4の鐘になって、トニオさんとリアム君を起こす。
「おはようございます。少しはスッキリしましたか?」
「ファァ。ありがとう。楽になったよ」
「リアム君、ゾルベットとジェラート、どっちが良いですか?」
「ジャボレーのゾルベットでお願いします」
「分かりました。用意しますね」
「シロヤマさん、僕には?」
「トニオさんはあちらでお聞きします。イネスちゃんとアメリアちゃんもそろそろ来そうですしね。あ、来たかな?」
賑やかな声が聞こえてきた。
「しつれーします」
「失礼します」
「お邪魔します」
グレタさんとセリナさんもやって来た。
「いらっしゃいませ。ゾルベットはネクタリン、ジャボレー、マンドル、キトルスがあります。後、ジェラートもありますよ。どれにしますか?」
「マンドルが良いです」
イネスちゃんはマンドルのゾルベットね。
「えっとえっと、ネクタリンとジャボレーとマンドルとジェラートと……」
「アメリアちゃん、お腹が痛くなっちゃうよ?」
「全部食べたいのっ」
「少しずつ全部とどれか1つをたくさんとどっちが良い?」
「えっとえっと……」
一生懸命考えているアメリアちゃんが可愛い。ずいぶんワガママが言えるようになってきたなぁ。
グレタさんとセリナさんはキトルスのゾルベットを選んだ。セリナさんはミルクが苦手らしい。お腹が緩くなっちゃうんだって。乳糖不耐症か牛乳アレルギーかな?
乳糖不耐症は、牛乳の中に含まれる乳糖を分解するラクターゼという消化酵素の、小腸での分泌不足が原因で起こる。消化不良、腹部不快感、腹痛やお腹が緩くなるなどの症状が出る。牛乳アレルギーは食物アレルギーの1つだ。腹痛、下痢、じんましん、呼吸困難、アナフィラキシー反応等の、より深刻な病態が引き起こされる。原因物質は、牛乳などの食品に含まれる、カゼインやβラクトグロブリンなどのタンパク質。乳糖は体内で乳糖分解酵素によって分解されて、腸で吸収される。乳糖は母乳にも含まれていて、乳糖分解酵素は赤ちゃんの時に特に働きやすく、卒乳する頃からその働きは低下していく。欧米人と比べ、日本人は乳製品をあまり摂ってこなかった為、3人に2人が乳糖不耐症であると言われている。
結局、アメリアちゃんは「少しずつを全種類」の方を選んだ。幸せそうな顔で食べている。
「リアムは、魔力操作は出来たのでしょうか?」
「えぇ、先程。今日は疲れているでしょうから、ゆっくり休ませてあげてください」
グレタさんがホッとしている。お子さんの事だもんね。イネスちゃんはアメリアちゃんが寝てしまってから、集中して練習しているらしい。理由はアメリアちゃんが「自分も」ってやりたがるから。属性判定を受けないと危険だから、6歳にならないと魔力操作もさせないらしい。
5の鐘になって、商店街に寄ってから帰宅する。今日は1日雨だったなぁ。
「咲楽、屋上に行ってくるね」
「はい」
雨の日には、大和さんは屋上で瞑想をする。雨が地に染み込んでいく事を感じて、自然を自分の中に取り入れることが目的だって言っていた。たまにもっと自然を感じたいからと雨の中で瞑想をししている姿を見るから、ハラハラする。今はホアだからまだ良いけど、その内コルドにも同じ事をしそうだから。
今日の夕食は鳥肉と夏野菜のカレー。付け合わせはククルビタ・ペポとニンジンのラペ。チャパティもどきは一応焼いたけど、私はたぶん食べられないと思う。
「大和さん、夕食が出来ましたよ。あ、また雨の中で瞑想してる」
屋上で瞑想中の大和さんを呼びに行く。どうやら深い瞑想をしているらしく、呼び声に反応しない。深い瞑想中は例のモヤが見えない。ただし、緋龍らしき姿はうっすらと見える。
「緋龍様、夕食が出来たんですけど、大和さん、戻ってきませんね」
別に話しかけた訳じゃない。独り言を呟いただけだ。なのに緋龍が消えて、大和さんが目を開けた。
「あれ?咲楽?」
「夕食が出来ました。大和さんは体を温めてきてください」
「はい」
何かを反論しかけたから、笑顔で大和さんを見ると、素直に頷いて、お風呂に行った。床や階段の水滴を取りながら、キッチンに降りる。
しばらく待っていると、大和さんが戻ってきた。
「カレー?」
「そうですね。付け合わせは、ククルビタ・ペポとニンジンのラペです」
「ククルビタ・ペポ?金糸瓜みたいだね」
「そうめんカボチャって言われているものですよね?」
「そうそう。英語でspaghetti squash、つまりスパゲティー瓜って言うんだよ」
「英語でも麺類なんですね」
「咲楽、チャパティは食べないの?」
「たぶん食べられません」
「まぁ、一時期よりは食欲も戻ってきたけどね」
「あ、そうだ。キトルスのゾルベットと、ミルクジェラートもありますよ」
「デザートにいただこうか」
「どちらが良いですか?」
「キトルスのゾルベット」
「承りました」
「ミルクジェラートでアフォガードも考えたんだけどね」
「アフォガードってアイスにコーヒーを掛けるものですよね」
「そう。エスプレッソを掛けるんだよ。イタリアのデザートだから。エスプレッソをかけることが一般的だけど、他にもコーヒーやお酒などを掛ける事もあるよ。もともとaffogatoはイタリア語で”溺れた”という意味。バニラアイスにエスプレッソを掛ける事でバニラアイスがさも溺れているかのように見える事からアフォガードって呼ばれているんだよ」
「アイスが溺れているんですね。掛かっているのはエスプレッソだったんですか。コーヒーが苦手だったから、食べた事がなかったんです」
食後に大和さんにキトルスのゾルベットを、私はミルクジェラートを食べる。アイスクリームディッシャーが欲しいなぁ。大ぶりのスプーンで盛り付けているんだけど、綺麗に盛れない。
「大和さん、深い瞑想の時って、何かきっかけがあって戻ってくるんですか?」
「どうだろう?そう言われるときっかけって無い気がする。でも今日は、何かに引っ張られて浮上したような?」
リビングで大和さんがタイチロ・スズキさんの書物を解読している時に聞いてみた。
「急にどうしたの?」
「夕食が出来たって、さっき呼びに行ったじゃないですか。深い瞑想の時って、いつものモヤは見えないんですよ。でも緋龍はうっすらと見えるんです。さっきもモヤが見えなくて、緋龍がうっすらと見えたから、独り言で『緋龍様、夕食が出来たんですけど、大和さん、戻ってきませんね』って言ったんです。独り言ですよ?でも、そう言ったら緋龍が消えて、すぐに大和さんが目を開けたんです」
「緋龍が咲楽に応えてくれたのかな?」
「さぁ。分かりませんけど」
「咲楽、風呂に行ってきて。これを早く仕上げたいから」
しばらく真剣に書物を解読していた大和さんが、急に顔をあげて言った。
「急ぐ理由が?」
「解読をしてると、咲楽とイチャイチャ出来ない」
真面目な表情で言うから、脱力してしまった。
イチャイチャですか。急ぐ理由がイチャイチャなんですね。大和さんに甘やかされるのは好きですけどね。大切にされてるって感じられるし。ハグとキスはいまだに恥ずかしい。抵抗する気はないけど、人前では止めて欲しいって思ってしまう。こっちは欧米的な文化なのか、アイビーさんとセント様が帰る前に、ハグやキスをしているのはよく見る。離れていたから、愛情を示したいって言っていた。恥ずかしくないのかアイビーさんに聞いたら、『恥ずかしいけど、嬉しい方が大きい』って言っていた。私は嬉しい気持ちよりも恥ずかしさが勝っている。『これも人によりますよ』ってセント様は言ってくれたけど、感情を素直に出せないんだよね。大和さんには『周りに合わせなくても、咲楽の自由にして。俺もしたいようにするから、無理だったらそう言って』って言われた。
お風呂を出て、リビングに行くと、大和さんが居なかった。先に寝室に行ったみたいだ。私も寝室に行く。
「おかえり」
「戻りました」
「ここまで読み進めて気が付いたんだけど、タイチロ・スズキ氏はタイチロウじゃなくて、ダイジロウだね。漢字では鈴木 大治郎」
「そうなんですか?」
「ここに書いてあるんだよ。鈴木 大治郎って」
いつ見てもミミズがのたくっているようにしか見えません。
「読めないですけど、そう書いてあるんですね?」
「書いてあるんだよ」
書物は残り15ページ程。でも続けちゃうと寝不足になっちゃうから、今日はここまでにして、寝てしまった。




