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「ところで、『異常事態に関する行動は叩き込まれていた』ってなんだ?」


「そこに引っ掛かるかよ」


大和さんが嫌そうに言う。


「これは説明が難しいんだ。同郷の咲楽ちゃんでも、話したらなんとなく理解出来るって話だしなぁ」


「説明が難しい?」


「要するにこっちの職業が把握しきれてないから、適当な説明がしにくい」


「なるほど。質問してくれたら答えるが」


大和さんは1つため息をついてから話し出した。


「傭兵って分かるか?」


「聞いたことはあるが。正規軍に所属していない兵士だろう?」


「その傭兵団に放り込まれていた」


「は?だって当主の息子だったんだろ?」


「家の方針だな。『中枢を担う男子は18になったら実戦を経験させよ』って言う。その頃は実戦って言っても国自体は争いなんてなかった。だから国外の傭兵団に入れられた。期限は5年、のはずだったんだが、10年に延びたな。そこで異常事態に関する行動は叩き込まれた。そうしなきゃ命の危険があるからな」


「参考までに聞きたいんだが、異常事態ってどんなことだ?」


「寝泊まりしているキャンプ地を強襲された、意識を奪われて監禁された、仲間と離されて独りで敵地に取り残された、後は……」


「もういい。分かった」


「何がだ?」


「トキワ殿が異常事態って言うことは、1回死んでもおかしくないくらいの事だって分かったんだよ」


「ご理解いただけて何よりだ」


「シロヤマ嬢、トキワ殿と一緒だと安心だな。どんなことでも対処してもらえるぞ」


「はい。安心できます」


私がそう答えるとゴットハルトさんは手で顔を覆った。


「天使様はどこまで行っても天使様か。ただなぁ、もうちょっと警戒心を持つようにしないと、色々と危険だ」


「襲ったらどうする?とか言ってくれた事ですか?」


「それだけじゃない。貴女は人を信じすぎる」


「信じちゃダメですか?」


「ダメだとは言ってない。どうすりゃいいんだ?」


「咲楽ちゃんは咲楽ちゃんのままでいい」


「少しは考えを変えようとか」


「そう言ったことは俺が教えればいいことだろ?」


「そうだがそうじゃない、と言いたいのに言えないのは何故だろうな」


「言ってるじゃないか」


「ねぇ、衝撃的な話を聞いて忘れてたけど、もう5の鐘はとっくに鳴ってたのよね。私、帰らなきゃ」


「送りますよ」


「アルフォンス、ちゃんと送れよ?」


笑いを含ませて大和さんが言う。


「どういう意味だ?」


「言葉通りだ」


「大和さん、どういう意味ですか?」


「送っていく途中で手を出すなよ、って事」


「手を出す?」


「キスしたりとかね」


「分かりました……?」


「分かってないね」


そう言って頭を撫でられる。


「僕の時とずいぶん態度が違う」


アルフォンスさんがブツブツ言ってる。


「遅くまでお邪魔してごめんなさいね」


ミュゲさんとアルフォンスさんは帰っていった。


「悪い。衝撃からちょっと立ち直れてない」


「ゴットハルトさん、大丈夫ですか?」


「貴女達の受けた衝撃的な事態からしたらまだ小さいんでしょうけどね」


ゴットハルトさんはそう言って力なく笑う。


「トキワ殿、色々としつこく聞いて悪かった」


「まぁ、あまり話したくないこともあったけどな。知りたかったんだろ?」


「剣舞……か。見ることはできないのか?」


「2週後の闇の日に神殿で奉納舞をするが?」


「それは一般公開されるのか?」


「されるはずだ。舞台を練兵場に作ると言っていたし」


「そうか」


「そういえば、ゴットハルトはどこに泊まってるんだ?」


「王都の宿にダニエル達と滞在している。エスターも違う宿に居る」


「泊まっていくか?」


「邪魔はしたくないから辞めておく」


そう言ってゴットハルトさんは立ち上がる。


「お暇するよ。頭を整理しないと」


「気を付けて帰れよ」


ゴットハルトさんも帰って2人だけになる。


「咲楽ちゃん、大丈夫?」


「大丈夫ですよ。話を聞いたミュゲさん達の方が心配です」


「それでも受け入れてもらうしかない。咲楽ちゃんは他に知って欲しい人は居ないの?」


「リリアさんは一応知っているけどちゃんと話しておきたいし、コリンさんにも話しておきたいです」


「あの2人ね。施療院の人には?」


「ローズさんは転移してきたって知ってるんでしょうか?」


「知ってるんじゃないかな?咲楽ちゃんの先生だったわけだし。団長も知ってる風だったし」


「後はルビーさん、かな?」


「話したいと思ったら話していいからね」


「大和さん、こう言うのって大変だったんじゃないんですか?」


「そこまでじゃないよ。咲楽ちゃんこそ少しは楽になった?」


そう言ってくれた大和さんは、心配そうに私を見ている。


「大丈夫です」


「咲楽ちゃんの『大丈夫』は信用できないんだけどね」


そう笑って私を引き寄せる。


「魔力量は?」


「あ、7割を越えました」


「そうか。良かった」


「お夕飯、用意しますね」


「今日は何?」


「クリームシチューです。食材を差し入れしていただいたって、今日初めて知りました」


「言うの忘れてた」


「えぇぇ!?忘れてたって。大和さんってそういうの、忘れないって思ってました」


「俺だって忘れることはあるよ。でも食材に関しては、自分が料理をしないからって言うのが、本当の理由だろうな」


キッチンに移動してシチューを温める。私の分はシチューだけでいいけど、大和さんの分はパンもいるよね。


「今日は1日、何してたの?」


「刺繍のデザインを考えていたらミュゲさんとアルフォンスさんが来て、お喋りしてました。アルフォンスさんはお昼で帰りましたけど。お昼からも刺繍とお喋りです。途中でシチューを作って、そしたらアルフォンスさんとゴットハルトさんが来て、家に入ってもらおうとしたら……」


「ゴットハルトに窘められた、か」


「お家の外で待ってるのは寒いと思ったんです。ダメでしたか?」


「咲楽ちゃんはそうしたいって思ったんだよね。でもゴットハルトの言うことも正解なんだ。いい人って感じで入ってきて、話をしていたら襲われた、とかあるからね」


「でも、ナイオンがいます」


「悪い奴を撃退するのは、ナイオンで十分だ。でもね、1人ならともかく、それが2人以上だったら?ナイオンは一頭だ。1人を相手しているうちに他の奴がナイオンを傷つける可能性のが高い。虎は肉食獣だと言うのはこの世界でも同じだから。そんなの嫌でしょ?」


「はい」


「今は俺が居るからいいけどね。昼間は用心して」


「はい」


「この近所の人の事もよく知らないからね」


「でも、ここってずいぶん広いですよね」


「敷地とかね」


「大和さんのお家も広かったんですか?」


「一応本家だから家も敷地も広かったな。敷地って言ってもほとんどは山だったけど。俺が小さい頃は、家の中を俺より小さいのが走り回って、よく怒られてた」


「大和さんは走り回らなかったんですか?」


「あの頃は、剣舞の方が楽しかった覚えがある」


「側仕えって言ってた人達とは遊んだりしなかったんですか?」


シチューを食べながら聞く。大和さんの事、ちゃんと聞くのは初めてだと思う。


「諒平の事?どうだったかな?同い年だったけど、やたらと誘ってきたり……気を使われていたのか?」


「気を使われていた?」


「俺は本家の息子だ。諒平にとっては主家筋。そんな意識はなかったけど。剣舞の修練をしてると必ず側にいて、一区切りつくと必ず引っ張り出されて連れ回された。あれはもっと遊べとかそう言うのだったんだろうか?」


「分かってなかったんですか?」


「その頃は剣舞が一番楽しい事で、その他の事は諒平に付き合ってるだけって感覚だったから」


「なんだか諒平さんがお気の毒です」


「異世界でこんな可愛い()と一緒に暮らしてるから?」


「誤魔化さないで下さい」


「誤魔化してないよ。でもね、何が楽しいかなんて個人によって違うからね。小学生の俺にとっては剣舞が一番楽しかった。それだけだよ」


大和さんはそう言うと食べ終わったお皿を片付け始める。


「このシチュー、カボチャみたいなのが入ってたけど?」


「ペポの実って言うらしいんです。味も完全にカボチャですよね。でも外の色が赤と紫の縦縞でした。ミュゲさんに言われて皮は剥きましたけど」


「この世界って野菜とかって日本と同じ名前が多いよね」


「全然違うのもありますけどね」


大和さんはお皿を片付けてソファーに座る。ナイオンがその足元に座った。


「どうした?ナイオン」


何かを待っている?


「ナイオンのご飯はあげたし、撫でて欲しいとか?」


「撫でて……誉めて欲しいのか?咲楽ちゃんを守ったって」


ナイオンはじっと大和さんを見つめている。


「そうだな。ナイオン、良くやった。よく咲楽ちゃんを守ったな。偉いぞ」


そう言ってナイオンを撫でる。ナイオンは気持ち良さそうに尻尾を揺らしていた。


それを見ながら、私はハンカチを取り出して刺繍を解き始めた。


「それ、何をしてるの?」


「ちょっと気に入らなくて。やり直します」


「綺麗だと思うけど」


「駄目です。針目が揃ってないし、こんなのは人にあげられません」


「まぁ、無理しないならいいけど」


しばらく静かな時間が過ぎた。私は刺繍をして、大和さんは何かを考えてる?


「大和さん、何か考えてるんですか?」


「ゴットハルトの奴、何故あそこまで俺の事を聞きたがったのかと思って」


「大和さんの事を好きだからじゃないんですか?」


「好き、ねぇ……それならまだいいんだけどね。どこかで見た目をしてたな、と思って」


「どこかで見た目?」


「思い出せないな。まぁいい。敵意があるって訳じゃなさそうだし」


大和さんはそう言って立ち上がる。


「風呂に行ってくるね」


私はもうすぐ出来る刺繍に集中する。今回はいい感じにできてる。


花の虹も綺麗に刺せた。当然のように虹を7色にしちゃったけど良かったかな。後はこれを箱に入れて完成。なんだけど。ちょっと物足りない。


でも、これはプレゼントでパーシヴァルさんから預かったものだし、余計なことはしちゃいけないよね。


「出来たの?」


声をかけられてびっくりする。


「大和さん!?」


「何か考え込んでたけど、どうしたの?」


「えっと、刺繍はできたんです。けどこれを箱に入れて完成ってちょっと物足りないなって思って」


「とりあえずお風呂行っておいで。暖まってきた方がいい」


「はい、行ってきます」


まず着替えを取りに自室へ行く。それからお風呂へ。


シャワーを浴びながら、考える。何が足りないのかな?プレゼントだって分かるようにしたい。カードとかどうかな。ガラスの花をカードに描いて、そこに感謝の言葉を入れるとか。良いかも!!


早くそのアイデアを形にしたくて、髪を乾かすのも早めに切り上げて、部屋に戻った。


夢中になってガラスの花を描いて、その下にこっちの言葉で「いつもありがとう」と入れる。少しレタリングをしてみた。


部屋に戻ったのに寝室に来ない私を心配したんだろう。ノックの後、大和さんの声がした。


「咲楽ちゃん、入って良い?」


「あ、どうぞ。入ってください」


ドアから覗いた大和さんの顔は心配そうで。


「何かあったの?寝室に来ないから心配した」


「ごめんなさい。これを描いてました」


そう言ってカードを見せる。


「綺麗だね。ん?咲楽ちゃん、髪はちゃんと乾かそう。風邪を引くよ」


「ちょっと待ってください」


そう言ってカードを箱に入れてリボンをかける。


「出来ました。これ、明日パーシヴァルさんに渡してください」


「分かった。預かる」


そう言って大和さんは箱を魔空間にしまう。


「じゃあ髪を乾かそうか。寝室においで」


あれ?逆らえない雰囲気?


「はい」


大和さんは笑顔だ。いつもの安心できる笑顔。


「大和さん?怒ってます?」


寝室に入って聞いてみた。


「怒ってはいないよ。ここに座って」


ベッドの端、大和さんの足の間に座らされた。そのまま髪を乾かされる。


大和さんの手が気持ちいい。時々首筋に指先が当たってゾクッとするけど。


「はい、終わり」


「ありがとうございます」


「それで?作るって言ってたのは全部出来たの?」


「ランチョンマットがまだです。狼ってどんなのだっけ?って思ってしまって。魔物の本に載ってたのは怖い感じだったし。大和さんの優しい感じも出したいんです」


「優しい狼?」


「大和さんはいつも優しくて、でも格好よくて、舞ってるときは綺麗だから」


「舞ってるときは綺麗って言うのは初めて聞いたな」


「ホントです。すごく綺麗で怖くなります」


「恐い?」


「そのまま手が届かなくなりそうで……」


「戻ってくるのに時間のかかるときはあるよ」


「そうなんですか?」


「朝はナイオンが飛び付いてきてそれで戻ってこれる。咲楽ちゃんを見たら戻ってこれるけどね。舞ってる時ってトランス状態に入ってることが多いから。だから奉納舞の時は咲楽ちゃんに側にいて欲しい」


「側に居たら良いんですか?」


「方角とか確認したら個人練習場がすぐ裏手だった。奉納舞が終わったらそこに戻るから来て欲しい。それと前日はその個人練習場に泊まるから。この前団長に許可は貰った」


「大和さん、居ないんですか?」


「奉納舞となると、精進潔斎しておきたい。一晩で良いから世俗の物を絶っておきたいんだ。ここに居たら咲楽ちゃんに甘えてしまうからね」


「ここに1人ですか?」


心細くなってきた。多分その頃にはナイオンは居ないよね。


「だったら神殿に泊めて貰う?頼んでみるけど。それがダメなら誰かに泊まって貰うかかな?」


「ちょっと考えます」


「ごめんね。これは俺の我儘だ。日本で居たときと同じようにしようとしている。神々への奉納となると、一晩だけでも精進潔斎をしないと」


「季節毎に奉納してたんですか?」


「春と秋は例祭として公開していたよ。夏と冬は秘事、つまり非公開だった。ただ単に夏と冬は一般の人たちが来るのが大変って事だったんだけどね」


「あれ?じゃあ、四季の舞って言ってたのはいつ舞ってたんですか?」


「あれは一族の祝事、言祝(ことほぎ)の時に舞う、らしい」


「らしい?」


「永らく舞える人がいなくて『幻の舞』と言われていたから」


「じゃあ、それを舞えるのって大和さんだけだったんですか?」


「体力と気力が保てば誰にでも舞えるよ」


「『幻の舞』って言われてるってことは、相当難しいんじゃないんですか?」


「難しいのは体力と精神を引っ張られない気力だから」


「それは『誰にでも舞える』じゃないと思います……」


「高校生の俺に舞えたんだよ?誰にでも舞えるって」


黙って大和さんを見る。


「そろそろ寝よう。ね。そんな見つめても嘘は言ってないよ。咲楽ちゃん、魔力回復はどのくらい?」


「はぐらかしましたね。魔力回復はえっと……」


国民証を見る。もうすぐ8割……あれ?


「大和さん、私って魔力量37000でしたよね?」


「確かそうだったけど?」


「分母が総魔力量でしたよね?」


「うん。どうしたの?」


「増えてます。37100になってます」


「微増だね」


「これ以上増えたら、また魔力切れになったらどうしよう。全回復までに余計に時間がかかっちゃう」


「その時はその時。また休んでゆっくりしたら良いよ」


「またみんなに迷惑かけちゃいます」


「だからね、気にしなくて良いんだよ。気にしてたら何も出来ない。気分転換でも何でも付き合うから」


そう言って抱き締められる。


「少し魔力を流してみて良い?」


「でも、大和さんまで魔力切れになっちゃったら……」


「俺は魔力量が咲楽ちゃんより少ないから一晩で戻るよ」


「それにまた魔力が反発したらって考えると、恐いんです」


「それもやってみないと分からないよね」


「……分かりました」


「そんな悲壮な覚悟をしなくても」


大和さんが優しく笑う。


「接触してってことだから、このままで良い?」


「え?」


頭に手を回されて胸に抱え込まれる。暖かい魔力が流れ込んできた。


「熱くない」


「良かった。もしかして魔力反発って異世界人だったからかなと思ってね」


「そうかもしれません。あのそろそろ……」


「魔力譲渡はやめるね。でも、このままで良いかな?」


そのまま抱き締められたまま眠った



ーーー異世界転移26日目終了ーーー

大和はゴットハルトに傭兵時代の詳しいことは話しません。信用できるか今の時点で分からないからです。ですから突っ込んで聞かれることを嫌がります。


と言うか、傭兵時代の事は楽しいことばかりじゃないので、人に話したくありません。

咲楽に話していないのもその為です。

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