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美味しい昼食を頂いて、徒歩でジェイド商会へ向かう。アレクサンドラさんは今週の火の日からターフェイアに滞在していて、伝言は土の日に受け取った。
「手を繋いだら、ちょっとは楽になる?」
「はい。横に停まらなければ大丈夫だと思います」
最初は普通に並んで歩いていたんだけど、横を通る馬車にびくびくしている私を見かねて、大和さんが手を繋いでくれた。
「ターフェイアではあまり日中に手を繋ぐ事がないから、機会を窺ってたんだよね」
「そういえば?出勤時と帰宅時くらいですね」
「それで?アレクサンドラさんに何の用?」
「私達の事を話そうと思って。ダフネさんに手紙を渡してもらいましたけど、やっぱり直接言いたくて」
「お世話になってるしね。話しておいた方が良いね」
「手紙を渡してもらって、改めて話そうとしたら、呼び出されちゃいました」
「手紙になんて書いたの?」
「私には未知の知識があります。その訳についてお話ししたいと思いますって」
「それさ、不思議に思ってて、知りたいのを我慢してた人からすれば、絶好の機会って思うんじゃない?わざわざ来てくれるんだもん。手ぐすねを引いて待ってる気がする。ダフネから渡したってことは、ダフネは問い詰められていそうだし」
「悪いことをしちゃいました」
言われてみれば、その通りだよね。
「咲楽が問い詰められて、たじたじになってる姿が目に浮かぶ」
「大和さん、助けてくださいね?」
「どこまでやれるか、見ていようかな?」
「意地悪です」
「You asked for it」
「ん?」
「当然の報いだよねって言ったの」
「うぅ……。その通りです」
ジェイド商会に着いて、アレクサンドラさんが居るか確めると、アレクサンドラさんが飛んできた。
「待ってたわよ、シロヤマちゃん。じっくり聞かせてもらうわ」
「アレクサンドラさん、怖いです」
「トキワちゃんもね」
「私はどうしてもってなるまで助けませんよ」
大和さんににっこり微笑まれて、アレクサンドラさんに腕を引っ張られながら、ズリズリと1室に連れ込まれた。大和さんも後から付いてきてくれる。
「それで?どういう訳なの?」
アレクサンドラさんが正面に座って、まるで私が容疑者のような状態で尋問が始まった。大和さんは私の後ろで腕を組んで壁に凭れて立っている。絶対に笑顔な気がする。
「私に未知の知識があるっていうのは、知ってらっしゃいますよね?」
「えぇ。トキワちゃんの奉納舞の衣装も、シロヤマちゃんのアイデアなんでしょ?コリンちゃん達は絶対に教えてくれなかったけど、神殿にあんなアイデアを出せる人が居なかったっていうのは分かっていたわ。あれも未知の知識なんでしょ?」
「はい」
「後はハカマとか?あの時は聞けなかったけどね」
「それは大和さんですよね?」
「そう。私ですね」
「2人は元の世界でも知り合いだったの?」
「全く知りませんでした」
「すれ違った位はあったかもしれませんが」
「無いと思いますよ?私は背が低いから、背の高い人って目が行っちゃうんですよね」
「ねぇ、シロヤマちゃん。貴女ってスカートは嫌いじゃないのよね?」
「はい」
「ミニスカートになっちゃうとダメなのは何故?何かあったの?」
「あの、ちょっと……男性に……」
後ろから肩に手を置かれた。
「去年と同じような事の経験があるのですよ」
大和さんが答えてくれた。
「そう。ごめんなさいね。思い出させてしまったかしら」
「いいえ」
その後は地球の事を話したり、新作だと言うドレスとワンピースの中間のような洋服を見せてもらった。大和さんは地球の民族衣装を思い出せる限り描いて渡していたし、私もアニメの衣装だとか話をしていた。アレクサンドラさんは着物を再現したいとずっと言っていた。スルステルで気軽に外出できるような湯着を依頼されて、ずっと考えていたんだって。浴衣とか甚平を教えたら喜んでいた。
「アレンジしなきゃね。そのままだとなんだか悪い気がするし」って言われちゃったけど、たぶん今現在で地球の物だと知っているのは私達2人だけだろうし、良いんじゃないかなぁ。
他にもこっちの民族衣装が、地球の民族衣装と似ているって事にはしみじみしていた。
「そんなに昔からチキュウって所からこの世界に来ていたのね」
「そうですね。それも世界各地からということになりそうです」
「タオルなんてどうやって考え付いたんだろうって思っていたのよ。あの織り方は普通では思い付かないもの」
「ロシャの方が驚きましたけどね」
「あれね、軽くて涼しい生地をって考えて作ったらしいわ。恐ろしく手間が掛かるから、まだまだ流通させられないけど。あぁ、シロヤマちゃんにあげたのは別よ。織り手の子が『天使様に使ってもらえるなんて』って感激していたもの」
「隣の領の方ですよね?」
「そうよ。会いに行ってみる?」
「馬車ですよね?」
「そうねぇ。荷馬車になっちゃうわね」
「荷馬車って、馬が牽くのじゃない物ですか?」
「オトリュットラングが牽く方よ。布とか載せるから、オトリュットラングでないとへばっちゃうのよ」
「あぁ、布って意外と重いですもんね」
ホアに隣の領に行く予定にしているらしく、その時に一緒に行かないかと誘われた。
「トキワちゃん、私は一応男なんだけど、どうする?シロヤマちゃんだけで行っても良い?それとも2人きりは許せないかしら?」
「信頼に値する方だとは思いますよ。そういう事を考えないだろうとも思います」
「じゃあ、トキワちゃんも一緒に行きましょう」
あれよあれよと言う間に、計画が纏まってきた。アレクサンドラさんってこういう所がスゴいと思う。
他にもミシンについては大和さんが色々質問されていた。私には上糸と下糸を絡ませる原理が分からない。そんな事は気にした事が無かったし、こういう物だとしか思ってなかった。
ジェイド商会を出る頃には4の鐘を過ぎていた。買い物に商店街に出掛けたら、マリオさん達と会った。
「買い物ですか?」
「拠点を持とうということになりまして、家を見に行っていました。やっぱり中心部は高いですね」
「冒険者ギルドに近い方が良いんじゃないか?冒険者ギルドも中心部だが」
「郊外でも良いんですが、冒険者稼業は朝が早いですからね」
「なるほど」
大和さん達が話をしている間に買い物を済ませてしまおう。お魚のムニエルにしようかな。昼食が肉だったしね。
「施術師先生、ノパールとかどうだい?」
「これってどうやって食べるんですか?」
「トゲを抜いて、薄く表面を剥いで、そのまま食べても良いし、加熱しても美味しいよ」
ノパールと言って勧められたのは、サボテンだった。ウチワサボテンっていうのかな?サボテンって暑い所で育つ印象なんだけど。
「南方諸島の商人から仕入れたのさ。今頃は王都で居ると思うよ」
「珍しいですよね?買ってみます」
「施術師先生って天使様だよね?これを預かったよ」
紙袋を渡された。中に入っていたのはカカバクラの粉末。
「カカバクラだ」
「茶色い粉だけど、どうするんだい?」
袋を開けて中身を確認していたら、八百屋の女将さんに聞かれた。
「お湯やミルクに溶かして飲みます。そのままだとかなり苦いので、砂糖は入れますけど。後はクッキーやケーキに入れたりします」
「こんな物がねぇ」
「美味しいんですよ?」
「へぇ」
いまいち信用していない様子の女将さんと別れて、大和さん達の所に戻る。
「買い物は済んだ?」
「はい。お話は済みましたか?」
「うん。騎士団の訓練を見学したいって依頼された。許可を取って一緒に行くことにしたよ」
「そうなんですか」
マリオさん達と別れて塔に帰る。塔に着いたら、思わず座り込んでしまった。
「大丈夫?かなり緊張していたね」
「はい。大丈夫って思っていてもダメでした。大和さんが居てくれたから、普通にしていられましたけど」
「やっぱり休暇を取ったら?」
「休暇ですか」
迷いがどうしても出てくるんだよね。アイビーさんに迷惑をかけちゃうっていうのがもっとも大きい。アイビーさんなら任せられるけど、やっぱり経験も少ないし、負担になるんじゃないかって思う。
「第2の木の日から第3の光の日まで、トリアさんの申し出を受けてみるとか」
「一番酷いであろう日ですよね」
なるべく事務的に答える。考えちゃダメだ。考えちゃうと押さえていた恐怖心が顔を出す。
キッチンに上がって夕食を作るついでに、カカバクラのマーブルケーキを焼いた。ミツロウを染み込ませたパラフィン紙のような紙で包んで八百屋の女将さんに渡そう。
私が夕食を作ってる間に、大和さんはお風呂に行っていたらしい。姿が見えないから、瞑想だと思っていた。
「咲楽、夕食までもう少し時間があるよね?」
「はい」
「瞑想、してきて良い?」
「あれ?さっきは?」
「風呂に入ってた」
「本当だ。服が変わってる」
大和さんが4階に上がっていって、私はノパールと格闘していた。生で味をみてみる。ちょっと酸っぱい。このままサラダでも良さそうだなぁ。スナップエンドウやサヤエンドウやグリーンピースもたくさん買ったし、リーフ類と合わせてのグリーンサラダも良さそう。
「大和さん、お食事が出来ましたよ」
「ありがとう。降りようか」
ダイニングに戻って夕食にする。グリーンサラダに大和さんの目が止まった。
「リーフにエンドウにこれってcactus?」
「カクタス……。はいサボテンです。こっちではノパールと言うそうです」
「へぇ。ん?ノパール?じゃあ、アガヴェもあるのかな?」
「アガベ?」
「竜舌蘭の事。テキーラの原材料だね」
「テキーラってサボテンのお酒ですよね?度数の高い」
「サボテンと竜舌蘭は違うよ。竜舌蘭は見た目は大きなアロエだね。その中心のピニャから作られるのがテキーラ」
「ピニャ?ピニャータっていうのを知ってるんですけど」
「中南米で使われるお菓子やおもちゃなんかを詰めた、紙製のくす玉人形だよね?棒で叩き壊すのを見たよ」
「中南米で?」
「分家の道場で。門下生の子ども達の進級入学祝だったかな?それで女子衆が張り切って作ってた」
「楽しそうです」
「やったら?ここで」
「ここで?」
「魔物をモチーフにしてさ、それを子どもに叩き壊させるの」
「子どもを集めるのが問題ですよね?」
「他にも問題はあるけどね。It is easer to do something than worry about it.って言うでしょ?案ずるより産むが易しだよ」
「いちいち英語で言わなくても良いじゃないですか」
「言いたくなった」
笑顔で言い切る大和さんに脱力する。
「竜舌蘭から取れる繊維ってね、面白いんだよ」
「何かあるんですか?」
「水を吸うと収縮するんだ。ミステリーなんかで使われていたよ。その繊維で縄を作って、あるいはリボン状に織って、首にぴったり巻いて、降雨予想の外に放置するっていうトリック」
「竜舌蘭って怖いんですね」
「繊維が取れるのはリュウゼツラン属の数種類だけらしいし、トリックは穴が多いけどね」
夕食を食べた後、少し寛いで、私だけお風呂に行く。大和さんは先に行ったから、寝室に行ってるって言ってた。
精神的に疲れたのは緊張していたからだろうな。馬車の音が怖いんだよね。ガラガラガラっていう音。馬車の音が平気になったら、今度は冒険者さんだろうか?今でも体格の良い冒険者さんは怖い。騎士様達にも体格の良い人は居る。でもそこまで怖くない。何故だろう?服装?騎士服だと怖くない?
違う気もするけど、他に思い付かない。お風呂から出て寝室に上がる。
「おかえり」
「戻りました」
「今日は疲れたでしょ?」
「はい。精神的に疲れました」
「でも、良く頑張りました。誉めてあげよう」
頭ナデナデからのキスを頂きました。
「仔狼達、レーヴァとクラウが少し大きくなっていましたね」
「成長期なんじゃない?」
「エタンセルを一生懸命追いかけていましたね」
「何かを追いかけるのがマイブームなんだってさ。冒険者達が言ってた」
「何かを?」
「訪れた子どもだったり、馬達だったり。たまに冒険者達が追いかけられるって言ってた」
「子どもって追いかけられて、大丈夫なんでしょうか?」
「転倒したらその場でピタッと止まって、保護者を待つんだって。しかもスピードも子どもに合わせるらしいよ」
「お利口さんですね」
「騎士団に居る時から、頭が良かったんだよね。言うことは聞くし、StayもSitもDownも覚えたし。houseはもうちょっとだったんだけど」
「何を教えてるんですか」
「基本的な事をね」
「犬じゃないんですから」
「大切なことだよ」
「分かってますよ」
ずっと頭を撫でられているから、眠くなってきた。
「咲楽、あれ?寝ちゃった?」
そんな大和さんの声が聞こえて、ゆっくりと横にされた。
「おやすみ、咲楽」




