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「植物の研究者だったはずよ。色々な花を見つけていたはず。もう亡くなったって噂だけど」


「噂?」


「行方不明になったって聞いた気がするわ。もうずいぶん前、私が子どもの頃よ」


「そうなんですか。会ってみたかったです」


「ねぇ、シロヤマさん貴女の好きな花って何?」


「好きな花ですか?私はサクラが好きです」


「サクラって聞いたことなかったのよ。お願いがあるの。貴女の話せないことは今は聞かない。でも話せるようになったら教えて?」


「はい」


「リリアは知ってる風だったけど、その事を話すのにエリアリール様の許可って変な話だもの。話したいのに話せない、それが貴女の負担になってるんでしょ?だから今は聞かない」


「はい」


「あぁ、泣かないで。責めてる訳じゃないの。貴女の力になりたいの」


「すみません。昨日から感情が不安定でおかしいんです」


「思いっきり泣いてみたら?」


「そんなことをしたら迷惑をかけます」


「迷惑?誰にもかからないわよ。独りでないと泣けないのなら、私は外に出ているわよ?気を使わないの」


「居てください」


「居て良いの?こういうのってトキワ様の役目よね。得しちゃったわ」


ミュゲさんはそう言いながら側にいてくれた。少しして気が付いたら庭に通じるドアの方で物音がする。


「きっとあの虎ね。貴女が泣いたから心配になったのね」


ミュゲさんが立っていって庭に通じるドアを開ける。


ナイオンが入ってきた。ミュゲさんを見ながら。


「ナイオン、ミュゲさんは慰めていてくれてたの。ごめんね、心配かけて」


ナイオンは私の足元に座った。


「あらあら、取られちゃったわ。ねぇ、ナイオンだったかしら?シロヤマさんが大切なのは分かるわよ。でもねぇ、私の役得まで取らないでよ」


ナイオンはミュゲさんをチロっと見てあくびをした。


「譲る気はないって?良いわよ。トキワ様に言ってやるから」


ナイオンはやっぱり退かない。


そのやり取りが可笑しくて笑ってしまった。


「笑ったわね」


「ごめんなさい」


「何を謝るの。笑わそうとしてた訳じゃないけど、泣いてるより笑ってる方がいいわ。ナイオン、お手柄よ。誉めてあげる」


ミュゲさんが伸ばした手を避けるナイオン。


「生意気ね。撫でさせなさいよ」


「ミュゲさんはナイオンの事、怖くないんですか?」


「怖かったけどね。シロヤマさんの事を心配したり何だか人間ぽくて。怖いのがなくなったわ」


「すみません。顔を洗ってきます」


顔を洗って戻ろうとしたら聞こえてきたミュゲさんの声。


「ナイオン、ありがとう。私はシロヤマさんが何者でも良いのよ。例えどこかの国のお姫様でトキワ様と逃げてきたんだとしても、それでも構わないの。トキワ様が護ろうとして、シロヤマさんがそれに応えている。それを見ていたいの。シロヤマさんが憂いなく過ごせたら良いの。シロヤマさんを守ってあげてね。トキワ様も一緒に」


動けなくなった。そう思ってくれてることが嬉しくて、黙ってることが苦しくて、その場でしゃがみこんだ。


どのくらいそうしていたのか。ナイオンが迎えに来た。


「ナイオン、ありがとう」


ナイオンは体を擦り付けてこっちを見た。早く来い、って言われてるみたいでリビングに戻る。


「お帰り。大丈夫?」


「大丈夫です」


「お夕食、どうする?リリアから作りたいって言ってたって聞いたんだけど」


「作りたいです。何だか食料庫の食材が増えてる気がしたんですけど」


「足しておいたわよ。食堂のみんなからの差し入れよ。生肉なんかは無かったでしょ?ハムとかの加工品と野菜ね。後は日持ちのする果物。足したのは私じゃなくてコリンね」


「え?」


「買い物に行けないだろうからって」


「ありがとうございます」


「おばちゃん達からの伝言。『しっかり食べて早く良くなりなさい』って」


「ありがとうございます」


「良いって。さぁ何作る?」


「材料を見てから決めます」


2人で食料庫に行く。


バターと小麦粉、ミルクと玉ねぎ、ベーコン、ニンジン……これって?


「ペポの実ね。ねっとりした感じで美味しいわよ」


カボチャ?でもこれだけあったらホワイトシチューが作れる。


「何を作るの?」


「シチューです」


「この材料で?」


「ミルクを使ったホワイトシチューです」


「へぇ。どうやって作るの?」


玉ねぎは大きめの櫛形が一番好き。ペポの実は一口大に。切って分かった。まんまカボチャだ、これ。ニンジンも、ベーコンも一口大。


ホワイトソースを作る。バターで小麦粉を炒めてミルクで少しずつ延ばす。ほかに簡単なやり方もあるけど、私はこれが一番好きなやり方だ。野菜とベーコンを少しの水で茹でて、そこにホワイトソースを投入。塩胡椒で味を整えたら出来上がり。


「このシチューってそうやって作ってたのね。ちょっと味見させて?」


ミュゲさん……。


少しお皿に盛る。


「どうぞ。まだ馴染んでないからあんまりかもしれませんが」


「馴染んでない?美味しいわよ」


「このままホットキルトを被せてしばらく置いておくんです。そうしたら野菜とベーコンの味がホワイトソースに馴染みます」


「そうなのね。美味しかった」


ミュゲさんはお皿を洗ってくれた。


「トキワ様ってお料理ってするの?」


「いえ、出来ないって言ってました。作ったことがあるのは肉を串に刺して焼いただけとか言ってましたけど」


「それじゃ、食べるだけ?」


「後片付けをしてくれます。お皿を洗って片付けてって」


「最高ね」


誰か来た。お客様?大和さんなら誰が来たか分かるんだろうな。


ナイオンが玄関の前に移動する。


「シロヤマ嬢、アルフォンスです。ミュゲ嬢を迎えに来ました」


「お待ちください」


結界具を操作してアルフォンスさんが入れるようにしてドアを開ける。アルフォンスさんだけかと思ったらもう一人居た。ゴットハルトさんだ。


ナイオンが唸り声をあげる。


「シロヤマ嬢一人の所に入る気はないよ。トキワ殿と話がしたいんだ」


「でも、そこだと寒いですよね。上がってください」


「ダメですって。ほら、その虎も警戒してるでしょ?貴女はもっと警戒心を持った方がいい」


「でも……」


「今はダーナ殿ともう一人居ますよね。だから安心かもしれない。でももし、私一人だったら?それでも家に入れますか?」


「どうしたの?」


「貴女からも言ってやってください。昨日会っただけの人を簡単に家に入れるな、と。私がもし襲いかかったらどうするんです?」


「そういう事を言ってくれる人は襲ったりしません」


「そういう事じゃない。もっと警戒心を持て、と言ってるんです」


「その通りよ。簡単に家に入れちゃダメ。もうすぐトキワ様が帰ってくるでしょうからそれまで待ってもらいなさい」


「でも、寒いですよね」


「そうね。でもそれを覚悟で来たのよ。とにかくトキワ様が帰ってくるまで待ってもらいなさい」


「私も外にいますから」


「アルフォンスさん」


甘いのかなぁ。警戒はしているつもりなんだけど。でもナイオンはずっと唸っている。


「ほら中に入ってるわよ」


せっかく来ていただいたのに、外でお待たせするなんて。


5の鐘が鳴った。外で待ってるアルフォンスさんとゴットハルトさんが気になって落ち着かない。


「落ち着かないのなら、刺繍でもしてたら?」


パーシヴァルさんのハンカチの刺繍の続きをしていたら少し落ち着いてきた。


花弁は全部終わり。後は虹の色を入れるだけ。


「やっぱり早いわね。それに綺麗」


ミュゲさんはそう言ってくれたけど、私的には満足できてない。


「全然ダメです」


「どこが?上手よ?」


「針目が乱れてて、こんなのお渡しできません」


「十分だと思うけどねぇ」


外で大和さんの声がした。


「シロヤマ嬢、トキワ殿が帰ってきましたよ」


「咲楽ちゃんただいま」


「おかえりなさい」


「あの2人に入ってもらうね。ナイオン、大丈夫だ」


大和さんがナイオンを撫でると唸り声がやんだ。そのまま私の足元に座る。


「トキワ殿!!彼女に警戒心を持つように言ってくれ!!」


入ってきたゴットハルトさんが、大和さんに言う。


「何があった?」


「昨日の事があったから、外で待っていようとしたら、中に入れと言われた。その虎も警戒して唸っていたのに」


「その件だが王宮で許可をもらってきた。自分の判断で話して良いと。まぁ言い触らさないようにさせてほしいと言われたが」


「言っていいんですか?」


「黙ってるの辛かったでしょ?」


頷くと頭を引き寄せられた。


「ミュゲさんに黙ってるの、辛かったんです。話せるようになるまで待ってるって言ってくれたんですけど。それでも誤魔化さないで言いたかった」


「もう言っていいから」


大和さんの胸に顔を埋めて頷いていると3人の声が聞こえた。


「2人の世界ってああいうことを言うんでしょうね」


「あれがいつもの事だから」


「そういえば昨日の食堂でもそうでしたねぇ」


「何か文句でも?」


「「「何もありません!!」」」


「大和さん、また笑顔ですか?」


「ん?笑ってた方がいいでしょ?」


「大和さんの笑顔が怖いって言うのがよく分からないです」


「うん。俺も分からない」


顔を上げるとにっこり笑ってそう言う大和さん。


「絶対に分かってるだろ」


ボソッと言ったのはゴットハルトさん?


「まぁ、話そうか。アルフォンスには少し話したが聞いてくれるか?」


「まぁ、気になってはいたから」


「俺と咲楽ちゃんは今から25日前、この世界に転移してきた」


「転移してきた?」


「どうしてかは分からない。気が付いたら神殿の祈りの間に横たわっていた」


「あそこは結界が張ってあって外から入るにはエリアリール様が結界を解かないと入れないはずよね」


「それは最初に言われた。『どうやって入ったのか?』と。聞かれても答えられなくてな。おまけにここはどこか尋ねたら、知らない国名だった」


「知らないって……」


「俺達の居た世界に『コラダーム』なんて言う国はない。もちろんすべての国名190以上あったがそれらを覚えてるわけは無い。俺は事情があっていろんな国を回ったが、それでも知らない国名だった。国王がいる国も俺達の世界にはいくつかあるが、それにも当てはまらない。この世界が今まで居た世界と違うと判断するにはそれだけでは足りないが、この世界には魔法があるだろう?」


「ありますね。シロヤマ嬢はもっとも使って居ますよね」


「俺達の世界に『魔法』は無いんだ。俺達が『魔法』に順応できたのはそういったものを題材にした小説、物語のせいだ」


「信じられません」


そう言ったのは誰だろう?


「そりゃそうだ。信じられない。それが当たり前だ。けどな、実際にこの身に起きてしまうと信じるしかなくなる。俺はまだいいんだ。異常事態に関する行動は叩き込まれていたから。ただ、咲楽ちゃんは元の世界で異常事態なんて関係ない学生だった。ストレスを感じて当然だと思う。俺は身体を動かして発散することもできたが、彼女はそれも出来なかった」


「だから彼女を守っていたの?」


「だから、と言うのはちょっと違う。最初はそうだったかもしれないが、今は違う。今では咲楽ちゃん無しでは考えられない」


「盛大な愛の告白だな」


「自分の中では当然の事だからな。次にそれぞれの事を話そうか。ゴットハルト、お前が聞きたがってた話だ。咲楽ちゃんは日本と言う国で学生をしていた。専門的な学校で、看護師を養成する」


「カンゴシ?」


「医者、こっちで言う治癒師の介助や怪我人、病人の看護、お世話をする専門職です。介助やお世話と言っても人体の構造や病気の知識なんかも学びます。そうしないとちゃんとした看護ができません」


「難しいものなのね」


「でだ。俺の方だな。ゴットハルトのお楽しみの話だ」


「楽しみって、そういう意味じゃない」


「知ってる」


笑いながら大和さんが言う。


「この事は咲楽ちゃんにもきちんと話したことはなかったな。俺の家は元は神々に舞を奉納する家系だ。先祖が『剣を使った舞を舞うなら、その剣の使い方も知らなければ』なんて言い出して剣術、体術なんかもやらされたけど。流派としては常磐流(じょうばんりゅう)と言う。俺はそこの第28代当主の第2子、正式な身分を名乗るなら常磐流(じょうばんりゅう)第28代が2子、常磐大和だ」


「だから『若』か」


「あぁ。跡継ぎには兄貴がいたし、俺は好きな舞を舞ってれば良かった。ただなぁ、当主の家系に男子が2人居るとな、やっぱり煩いことを言う奴が居るんだよ。跡継ぎは、次期当主は兄貴にほぼ決まっていたのに、煩いことを言う奴が居て、そこから逃げた」


「逃げたって……」


「舞を一切止めたんだ。剣術と体術、後は体力作りに走ってた」


「なんか想像以上だったな」


「異世界転移なんて言う方が想像しなかったけどな」


「でも、それなら『上に立つ者』じゃないか」


「違うだろ。兄貴だったら『上に立つ者』だが、俺は兄貴に何かあった場合のスペア、もしくは補佐役だ」


「それでもこの国に例えたら宰相だろう」


「国に例えるなよ」


大和さんは笑いながら言うけど、ゴットハルトさんの言う通りだよね。


「やっぱり大和さんって名家、旧家の類いじゃないですか」


「嫌いになった?」


「なってません」


「そりゃ良かった。安心した」


ホッとしたように大和さんが笑う。多分日本に居て出会っていたら、お家の事を知ったら逃げてたと思う。でもここでは大和さんのお家の事は関係がなくて、大和さんはずっと私を好きだって……言って……あれ?


「咲楽ちゃん?どうした?」


「恥ずかしくなってきました」


「今さら?」


だってこんなの知らない。人に好きだって言って貰ったことがないし。葵ちゃんとか友達には言われたことはあるけど、異性に言われたことはない。私が避けてたのもあるけど。


「大和さんは私で良かったんですか?」


「うん」


「即答だな」


「それ以外に何が言える?自分の気持ちに正直に答えたらそうなるだろ?」



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