表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転移って本当にあるんですね   作者: 玲琉
2年目 花の月
404/664

361

花の月、第5の土の日。今日はちょっと曇ってるかな?室内に射し込む光は日に日に長くなってきていて、季節の移り変わりを感じさせる。


目覚めて鎧戸が開いているのを見て、クローゼットに行く前に外を覗いてみた。今日は大和さんもトゥリアンダ様も見えなかった。ちょっと安心してクローゼットに入って着替えを始める。


コンコンコン。


着替え終わってクローゼットを出ようとしたら、窓が叩かれた。窓を見ると、大和さんが居た。さっきは居なかったよね?


「おはよう、咲楽」


「おはようございます。大和さん、ちゃんと玄関から入ってきてください」


「クローゼットに咲楽が居ると感知出来たから、つい」


「感知出来た?索敵を使っていたんですか?」


「領城の中の事は感知しないように制限したよ」


「大和さん、索敵ってどこまで分かるんですか?」


「誰がどこに居るか、何をしているか、位かな?」


「私が着替えをしていることも分かったりとかっ?!」


「さすがにそこまでは分からないよ」


「ですよね」


ちょっと安心した。


「咲楽がクローゼットに移動したから、今から着替えるのかな?って推測はしたけど」


「着替えを覗いていたとか言いませんよね?」


「言わない言わない。そこまでのマナー違反は、ちょっとね」


良かった。


「願望はあるけど」


「大和さん?」


「仕方がないでしょ?心底惚れている女性がここにいて、ちょっと想像しちゃうのは」


「知りませんっ!!もぉ、もぉっ!!朝から何を考えているんですかっ!!」


「剣舞、見る?」


「見ます」


反射的に答えちゃった自分が恨めしい。


喉の奥で笑いながら階段を登る大和さんを、後ろから追いかける。


「薬湯は良いの?」


「いいです。剣舞を見てから煎じます」


4階のいつものソファーに座って膝を抱える。まだ怒ってますよ、のポーズのつもりだ。そんな私を笑って見て、ソファーの正面に座りかけて大和さんが固まった。


「今日は咲楽の隣で瞑想をしよう」


「どうしたんですか?」


答えてくれないまま、大和さんが足を組んで瞑想を始める。ソファーに座る私が、横に手を伸ばせば届きそうな位置で。どうしたんだろう?いつもはソファーの正面で瞑想をするのに。


いつもより長い瞑想の後、大和さんが立ち上がった。舞われたのは見た事の無い舞。

飛び上がったり、ちょっとヒポエステスを思わせる動きが入る。何の舞だろう?景色は見えない。


でも予感はあった。これはもしかして『夏の舞』?


「どう思った?」


舞い終わった大和さんに聞かれた。


「すごく楽しそうでしたけど」


「けど?」


「大和さんが楽しそうに見えなかったのと、景色が見えませんでした」


「俺のイメージを乗せていないからね」


そのまま階段を降りていく大和さんを追いかける。


「イメージを乗せていない?」


「さっきのは型だけ。どうしても駄目なんだよ」


言い置いて、大和さんはシャワーに行った。


何が駄目なんだろう?『夏の舞』が上手く舞えなくなった事は知っている。不思議に思いながら、薬湯を煎じる。


朝食が出来る頃には大和さんもシャワーから出てきて、一緒に朝食を食べ始めた。


「バーナードがあちらの話を聞きたいって言ってきた」


「地球のですか?」


「とりあえず俺だけで話してくるよ」


「いつですか?」


「次の休みの前の日だから、明後日の夜かな?」


「お泊まりでもしてきます?」


「そうなるかな?1人で大丈夫?」


「たぶん大丈夫です。私も闇の日はお休みですし」


「ごめんね」


「良いですよ。飲みに行くなら、飲みすぎないようにしてくださいね」


「分かってるよ。気を付ける」


大和さんはいつもと変わらなく見える。会話もいつもと同じだ。


食後に大和さんが食器を洗ってくれて、その間に出勤用の服に着替える。


「咲楽、準備は出来た?」


「はい」


「じゃあ、出ようか」


塔を出て、出勤する。しばらく歩いて、違和感に気が付いた。大和さんが手を握ってくれない。


「大和さん」


ツンツンと大和さんの服の袖を引っ張った。


「どうしたの?」


「手、繋いでください」


手を差し出すとハッとしたように繋いでくれた。


「ごめん」


「どうかしたんですか?」


「どうもしないけどね。どうにも上手く感情が纏まらなくてね」


「『夏の舞』の事ですか?」


「ん?そうそう。それもあるね」


「大和さん、何を言っているんですか?」


しどろもどろというか、心ここにあらずというか、答えが答えになってない。こんな大和さんは初めてだ。


「そんな心配そうな顔をしなくても大丈夫だよ」


手が離された。代わりに肩を引き寄せられる。


「いや、もう、なんというか、今日は咲楽をポッケに入れて仕事をしたい気分」


「マスコットサイズになれたとしても、大和さんがマスコットを持ってたら、みんなが二度見しそうです」


「それもこんなに可愛いしね」


「ずいぶん季節が進みましたよね」


「露骨に話を逸らせたね」


もう少しで騎士団に着くところで、私達の足が止まった。騎士団本部の前に人集りが出来ていた。


「今日って何もありませんでしたよね?」


「無いはずだけど……。咲楽、急いで。誰か倒れてる」


大和さんが索敵を使って、原因を探った。その人集りは倒れた人を取り囲んでいるらしい。


「失礼します。通してください」


声をかけると一気に通り道が出来た。


「施術師先生、危ないよ。近寄らない方が良い」


「危ない?」


中心で倒れていたのはボロボロの服を着た冒険者さん。


「ハンネス……」


大和さんの口から呻くような言葉が洩れた。ハンネスって、ハンネス・アクチノイダ様?


「分かりますか?大丈夫ですか?」


軽い刺激を与えながら、声をかける。呼吸はあるけど弱い。脈も弱い。どうしてこんな状態になっているの?


「ぅぅ……」


小さな声が洩れた。うっすらと開眼するけど、すぐに閉じてしまう。意識はある。ジャパン()コーマ()スケール()だとⅡー30の状態だ。JCSとは、意識障害の分類で使う医療指数だ。日本で使われているJCSは、覚醒の程度によって分類したもので、分類の仕方から3-3-9度方式とも呼ばれ、数値が大きくなるほど意識障害が重いことを示している。


「誰か2m位の丈夫な棒2本と、毛布を持ってきてください。棒が無ければ毛布だけで構いません」


大和さんの声がする。その間に外傷の有無を調べた。


酷い怪我をしている。左腕に何かに噛みつかれたような傷口。この傷口には見覚えがある。


「大和さんっ、トレープール()の噛み痕です」


トレープール()?」


辺りが騒然となる。


「誰か、団長殿をお呼びしてください。冒険者ギルドの方にも走って情報収集を!!」


魔力判定紙を使う暇がない。トレープール()の魔力を吸い取るイメージで傷口に手を当てる。


「サクラさん」


「アイビーさん、トレープール()の傷です。残滓魔力は吸い取りました。いつものように浄化をかけてから処置をお願いします」


腕の処置をアイビーさんに任せて、私は他の外傷を診る。肩や足、右腕にも噛み痕と裂傷(れっしょう)剥皮創(はくひそう)が至るところに見られる。次々に魔力吸引をしてから施術室に運んで貰った。


「今日の訓練は中止っ!!全員訓練場に集合せよっ!!」


号令が聞こえる。


「アイビーさん、もしトレープール()がいたとして、討伐隊が組まれた場合、私達も救護として行かなければならないと思います。どうしますか?ここで残りますか?」


「サクラさんはどうするんですか?」


「もちろん行きますよ」


「私も行きます。連れていってください」


「分かりました。ここはどうしましょうね?」


「ジョエル先生を呼びましょうか?」


「連絡は行っていると思いますけどね」


休養室に寝かせたハンネス・アクチノイダ様と思われる人物は、まだ目覚めない。


「サクラさん、あの人、知っているんですか?」


「王都に居た頃に王宮騎士として赴任してこられた人だと思います。当時問題を起こして、郷里に帰ったはずなんですけど。貴族様なんですよね」


「貴族様?でも、あの格好って冒険者がよく着ている服装ですよね?」


「そうですよね?何があったんだろう」


話をしながら応急措置の物品を魔空間に入れていく。


ガチャリとドアが開いた。ジョエル先生と2人の男女が立っていた。


「遅くなってごめんね」


「ジョエル先生」


「この子達は施術師だよ。僕の元弟子って所かな。トニオとトリアっていうんだよ。双子でね。どっちも施術師を志した変わり者兄妹だよ」


「ジョエル先生、それを言うと、この場に居る全員が変わり者になっちゃいます。よろしくね、施術師ちゃん達。トニオだよ」


「トリアよ。よろしくね」


「サクラ・シロヤマと申します。よろしくお願いします」


「アイビーです。よろしくお願いします」


「救援要請が来そうなんだよね。シロヤマさんとアイビーちゃんとトニオが現場に行って。現場での指示はシロヤマさんが出してね」


「私が?トニオさんの方が適任だと思います」


「良いから良いから。トニオも良いよね?」


「ボクはそういった事に向いていないからね。よろしくね。シロヤマさん……。サクラさんの方が良い?家名が付いてるってことは、貴族様?」


「違います。貴族じゃありません。呼び名はお好きなようにお呼びください」


「ん~。じゃあ、シロヤマさんで。そうした方が良い気がする」


「天使様でも良いんじゃない?黒髪に緑の瞳。天使様でしょ?」


「天使様は止めていただきたいです」


「普通は誇るんだけどね。ねぇ、ジョエル先生、この子達、気に入っちゃった」


「ダメ。シロヤマさんは来年王都に戻るし、アイビーちゃんは大事な騎士団付きの施術師なんだから」


「じゃあ、シロヤマさんの後に私がここに来る」


「ボクも。って言いたいけどね。ボクも来年、王都の施療院に行くんだよね」


「決まってるんですか?西、東、王立、どこですか?」


「まだ決まってないわよ。一次試験に通っただけ」


「一次試験に通ったなら、人体の基本的構造は大丈夫ですね?浄化はどの範囲まで?」


「浄化?ボクは人、3人分くらいかな」


「分かりました」


トニオさんに聞いていると、ジョエル先生の声がした。ここに残ってくれるらしい。


「シロヤマさん、何か聞いておくことはある?」


「奥に冒険者と思われる人が寝てます。トレープール()によるものと思われる咬傷が5ヵ所ありました。その咬傷は全て治しましたが意識が戻っていません」


「分かったよ。身元は?」


「たぶんなんですけど、ハンネス・アクチノイダ様と仰る貴族様だと思います」


「たぶん?」


「私の知っているハンネス・アクチノイダ様とずいぶん風貌が変わってて。でも、大和さんがその方を見て、アクチノイダ様だと」


「ふぅん」


「服装も冒険者と思われる格好ですし」


「サクラさん、意識が戻ったみたいよ」


様子を見に行っていたトリアさんが私を呼んだ。


「分かりますか?アクチノイダ様ですよね?」


「天、使様?」


「はい」


「ここ、は、王都?」


「ここはターフェイア領の騎士団本部の施術室です」


「ターフェイア領?」


「はい」


「大変だ。トレープール()が群れでいる。ここから北西の方向。村が襲われてっ」


「良いかな?」


「ジョエル先生」


「救援要請だよ。シロヤマさん、行って」


「はい。アクチノイダ様、この方はジョエル先生です。私はしばらく離れます。ジョエル先生の指示に従ってください」


「天使様、私はもう、アクチノイダではないのです。どうぞハンネスと」


「え?」


「サクラさん、馬車の用意が出来ました」


「はい。すぐ行きます」


アクチノイダじゃない?どういう事だろう?


問いを返している時間はない。馬車へ急ぐ。


馬車の中でトニオさんが説明を受けていた。


「シロヤマさん、代わりに聞いておいたよ。討伐対象はトレープール()。冒険者ギルドと騎士団が対処に当たっている。問題は襲われた場所なんだけど、北西のドミィエンヌ村。負傷者が多数居るらしい」


「村ですか。先程休養室にいた方が目覚めました。その方の言っていた情報と一致します」


「確か、貴族だって言っていた男だよね?」


「それが、最後に気になる事を言っていて」


「気になる?」


「自分はもう、アクチノイダではないから、と」


「アクチノイダが家名だよね?」


「はい。最後にお会いしたのは1年前になりますが、その時に『ハンネス・アクチノイダ』と名乗っておられました」


「何か不祥事でも起こして、貴族籍から抜かれたのかな?」


「不祥事ですか?」


あの時確か、王宮騎士として処分は受けていたけど、それだろうか?


「サクラさん、どう動きますか?」


「負傷者の状況にもよります。負傷者が室内に居るなら、まずは室内の浄化を行います。その後、アイビーさんはスキャンをして治療の順番を決めてください。トニオさんは重傷者から施術してください。最重傷者は私が受け持ちます」


「シロヤマさん、魔力は大丈夫?」


「私は魔力量が多いので、大丈夫です」


「差し支えなければ聞かせてくれる?どの位なの?」


「37500ですね」


「さんまんっ!?」


久しぶりだなぁ。この驚かれ方。


「アイビーさんは?」


「12300ですね」


「ボクは13800だよ。良かった。てっきり2人とも20000越えなのかと思ったよ」


「驚きますよねぇ。私なんて知ったのは今年の花馬車の上ですよ。笑顔を崩さないようにするのが大変でした。メルディアさんも絶句してましたよ」


「メルディアさんを絶句させるなんて、やるねぇ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ