360
騎士様達の試合も終わって、今からは子ども達が主役のヒポエステス。マーニャちゃんも参加するらしい。大丈夫かなぁ。3歳だと年長の子達に敵わないよね。もちろん転倒者が多い予想だから、私達も準備はしている。それに子ども達のヒポエステスは3部に分けられる。5歳までの子達と6歳から10歳までの子達、それ以上だ。「子ども達のヒポエステス」という名だから出られるのは15歳まで。内容はシッポ取り。
競技が始まった。まず行われたのは5歳まで部門。保育園児や幼稚園児の感じかな。周りの声援が凄い。祖父母に連れられて来ている子達が多いから、お祖父さんお祖母さんの声援がね。「○○ちゃん、ほら、目の前の紐を引っ張るのよ」「あらぁ、今取ったのがうちの孫よぉ」「しっかり走らんか。あぁ、小さい子にワザと取らせなくて良いから」等々。賑やかだ。見知った子の応援をする姿も見られるし、ヒポエステスそっちのけで座り込んで、地面にお絵描きしてる子なんかも居る。お絵描きしてる隙にシッポを取られちゃって、でもそれに気付かない子なんかも居たりする。放っておくと危ないから、騎士団の若手達が訓練場の危なくない所に連れ出すんだけど、その時に意外とぬいぐるみが役に立った。女の子も男の子もぬいぐるみを見せるとそのまま付いてきてくれるんだもん。
何人かの転んじゃった子の治癒をしながら、施術室の窓からハラハラしながら見ていたら、いつの間にか入ってきたジョエル先生に笑われた。
「我が子を見守る若いママって感じだね」
「ジョエル先生、いらっしゃいませ」
「気にしなくて良いよ」
負傷者の治癒が終わってから、紅茶を淹れてお出しする。お茶漬けはブランデー漬けナッツとドライフルーツのパウンドケーキ。
「美味しそうだね」
「美味しいと言ってもらえましたよ」
「誰に?トキワ君?」
「大和さんもですけど、領城の料理人さん達に」
「料理人達?」
「お料理のレシピを教えていただいたりしたので、そのお礼に持っていきました」
「へぇ。良いなぁ」
「同じものですよ?」
「分かってるけどさ。ハーブの勉強もしているんだって?」
「はい。ルメディマン先生のお弟子さんから教えていただいています」
「ケネスの弟子で、ハーブに詳しいっていったらジャクリーンちゃんかな?」
「はい。そうです。女性の薬師さんって少ないと聞いていたので、驚きました」
ちなみに「ジャクリーンちゃん」なんてジョエル先生は呼んでいるけど、ジャクリーンさんは40歳台だ。娘さんがもうすぐ結婚するらしい。
「ジャクリーンさんにも薬師への勧誘をされたんですけど、薬師さんって少ないんですか?」
「少ないね。施術師は光属性を持っていたらなれるけど、薬師は樹魔法も持っていた方が良いって言われてるらしいから」
「樹魔法ですか?」
「水属性で水分を抜いたり、樹魔法で薬草を成長させて必要な分だけ採取したりね。樹魔法があった方が良いでしょ?」
「あぁ、確かに」
「シロヤマさんなら出来るでしょ?」
「はい」
「簡単に認めたね」
「だってジョエル先生、私の魔法属性を知ってますよね?」
「知ってるけどね。誤魔化す気は?」
「ここではありません。アイビーさんも知ってますし」
「まぁ、属性が多くて損をするのは、使いこなせない事と」
ズゥーン……。自覚はあります。
「不本意な目立ち方をするって事だね」
ズズゥーン……。あ、駄目。落ち込んできた。
「ジョエル先生、それってサクラさんが嫌がってる事の代表みたいなものですよ」
「アハハハハ。仕方ないよね。目立ちたくないって言いながら、目立つ事をしてるんだから」
穴に入ってどころか、穴を探して、無ければ掘って落ち込みそうになってたら、アイビーさんに慰められた。
「サクラさん、そのお陰でいろんな事が出来るんでしょう?大丈夫ですって」
訓練場では10歳までの子のヒポエステスが始まっている。私達施術師が1番警戒している年齢だ。分別は付いているけど、夢中になると周りが見えなくなる子が多いから。
ほら、喧嘩が始まった。結構大きい男の子同士の喧嘩だ。下手に仲裁に入るとプライドが傷ついちゃったりするんだよね。こういうのは難しい。
若手の騎士様達も周りの子を避難させて、手を出しあぐねてる。その内掴み合いになって手や足が出だした。ギース君が見かねてそこに割り込む。殴られそうになったりは上手く避けているけど、掴みかかられたら避けられない。
他の若手騎士様達も両方を止めに入っていた。それでも殴られたり蹴られたりしていたギース君が施術室に連れられてきた。
「名誉の負傷だね」
ジョエル先生が笑う。笑い事じゃありません。
幸いにも、ギース君の怪我は軽い打撲だけ。
「良かったですよ。なんともなくて」
「俺、夢中で。あのままじゃどっちかが怪我をするって思ったから」
「あの2人は今頃親にお目玉もらってるだろうね」
ジョエル先生がのんびりと言う。
遅れて喧嘩をしていた2人が施術室に入ってきた。どうやら親御さんに叱られて、ギース君に謝りに来たらしい。2人とも顔や腕に引っ掻き傷がある。
「「ごめんなさい」」
「大丈夫、大丈夫。2人とも怪我をしているけど、治してもらった方が良いよ」
妙にお兄さんぶるギース君が微笑ましい。
喧嘩の一件以外は特に大きなハプニングもなく、ヒポエステス大会は無事に終了した。一連の後始末を終えて、騎士団本部を出たのは5の鐘過ぎ頃。19時位かな?遅くなっちゃった。
「咲楽、お疲れ様」
「大和さんもお疲れ様でした」
「食べて帰ろうか」
「はい」
遅くなっちゃったから、どこかで食べて帰ろうということになったんだけど、商店街を通るとあちらこちらで引き留められた。
「騎士様、今日はありがとうね」
「これ、持っていきな」
「楽しかったよ」
「施術師先生もお疲れ様だったねぇ」
「あの喧嘩にゃまいったけどね。若い騎士様が止めてくれて良かったよ」
「あの騎士様は大丈夫だったかい?」
声と共に野菜やお総菜が渡される。断りきれなくてたくさん頂いてしまった。
「これじゃどこかに食べに行かなくても、十分事足りるね」
「はい。ありがたいです」
野菜を買おうとしても、パンを買おうとしても、オマケと言って何かしら追加してくれるし、王都とは違った地域密着型の騎士団なんだな、という事を再確認した。
結局、どこにも食べに行かずに塔に戻る。
「たくさん頂いたね」
「はい。今日の分だけじゃなくて、明日の分もありそうです」
夕食を食べながら話をする。
「大和さん、あの2人の喧嘩の時に大和さん達が出ていかなかったのは何故ですか?」
「俺達が出ていけばすぐに収まったと思うよ。でも、それじゃ若手の経験が積めない。騎士団の仕事には喧嘩の仲裁もあるからね。今日のギース達は50点。掴み合いになる前に2人の間に入るとか、方法はいくらでもあったんだよ。まぁ、結果的に大きな怪我もなく止められたから、良かったけどね」
「もしかして、事前に言ってあったりしましたか?」
「救護、仲裁、警備。全て騎士としての今後に活かせるからね。今日は騎士の基本的な動きの確認もするように、各自で考えて動けって指示してたから」
「そうだったんですね」
「それに俺達には通常業務もあったし」
「巡回とかしていたんですか?」
「していたよ?当たり前でしょ?」
「そうですよね。通常業務を疎かに出来ませんもんね」
もう遅いから、急いで夕食を済ませた。少しだけ食休みをしたら、大和さんに先にお風呂に入ってもらう。
私はその間に明日のスープを……。どうしよう。作っておこうかな。お野菜もたくさん頂いたし。野菜を切ってウィンナーと共に炒める。
スープが出来たら、リビングでリュラを取り出した。エチュードの後、Frühlingを弾く。このところリュラに触れない日が続いていて、指がスムーズに動かなくなっているのが分かる。
「Frühling?」
「大和さん、お風呂から出たんですか?」
「出たらリュラが聞こえたから、しばらく聞いてた。咲楽の演奏姿って綺麗だね」
「綺麗って?」
「背筋が伸びて真剣で、綺麗だなって思った」
「そんな事ないですよ。お風呂、行ってきます」
「あ、逃げた」
逃げるよ。恥ずかしいもん。
今日は見ているだけでも楽しかった。ヒポエステスって見ているだけでも楽しい。去年の熱の月の時のあの不安な感じは消えているし、大和さんが楽しそうにしているのは、見ていて嬉しくなる。子ども達のヒポエステスも可愛かったし、大きな怪我がなくて安心した。あの喧嘩にはビックリしちゃったけど。
お風呂から上がると、大和さんが居なかった。先に寝室に行ったのかな?
寝室に上がったけど、そこにも大和さんが居ない。どこに行ったんだろう?もしかして、と思って4階に上がってみる。4階にも居ない。屋上かな?
屋上まで上がってみた。まだまだ夜は冷えるなぁ。魔空間に入れてあった上着を羽織る。
「大和さん」
「咲楽、探した?ごめんね」
「どうしたんですか?」
「星が見たくなってね」
「星ですか?」
夜空を見上げる。知っている星座はないけど、そろそろ見慣れてきた煌めく夜空が視界を占める。
「いつ見ても綺麗ですね」
「そうだね。あぁ、あれかな?あの赤い星がアグニらしい」
「どれですか?」
大和さんの指差す方を見る。
「えぇっと、あの高い木のてっぺん辺りに見える星ですか?」
「そう。今の時期になるとあの辺りに見えるらしい。その隣に寄り添うようにある青っぽい星がマイム」
「綺麗です。調べたんですか?」
「トゥリアンダ様に教えていただいた」
「いつの間に……」
しばらく黙って星空を見ていた。私は大和さんの大きなコートの中に入れられている。背後から抱き締められている状態だ。
「バーナードに話した」
「私達の事ですか?」
「拒否される事はなかったけど、一晩考えさせてくれって言われた」
「考えさせてくれ?何を話したんですか?」
「傭兵をしていた事は言っていない。でも何かを感じ取ったのかもしれない」
「だから星空を見に来たんですか?」
「うん。探させてごめんね」
「大和さん、どうして1人で抱え込んじゃうんですか?私は頼りないかもしれませんけど、側に居ることは出来ます。どうして話してくれなかったんですか?」
「咲楽の前ではカッコつけたいじゃない。頼りになる大人な男で居たいんだよ」
「大和さんはどんな時でも格好よくて、頼りになります。前に言いましたよね?私はメンタルの弱さがすぐに体調に現れるけど、大和さんは分かりにくいって。本当は大和さんのちょっとした変化とか気付きたいけど、私はまだそこまで出来ません。だから話してください」
「うん。ありがとう」
私を抱き締める腕に力が入った。大和さんは強いから、1人で何でも出来てしまう。でもそれは悩まないって事とイコールじゃない。誰にだって悩みはあるし迷いもする。そんな時、誰かが側にいれば心強いと思う。アドバイスをしなくても、話を聞くだけでも良い。
傾聴ボランティアという活動がある。ボランティアと付いているから、金銭の授受は生じない。傾聴ボランティアとは「相手の話を聴く」というボランティア活動だ。話を丁寧に熱心に「聴く」事で、相手の心が軽くなったり、気持ちの整理ができたりなど、ただ話して楽しかったというだけではない効果がある。溜め込んだ心の内を吐き出してもらう。それにより気持ちの整理がついたり、自分で解決に動くことが出来たりする。聴いている側には聴いたことを洩らさない義務が生じるけど、特別な資格は要らない。相手の話を否定しない、肯定・共感しながら聴く事が大切だ。これって結構大変だったりする。どうしても「それはどうなの?」って思う事も出てくるから。
どんなに完璧に見える人も、誰だって見えない所で努力している。それを表からは見えないから、もしくは見せないから、「努力せずに何でも出来る人」という立ち位置に居る人が出来上がってしまう。大和さんはそういった立ち位置の人だと思う。
「咲楽、寒くない?中に入ろうか」
「はい。私は大和さんに抱き締められてぬくぬくですけどね」
「俺も咲楽を抱き締めてるから暖かいけどね」
寝室に戻ってからも、大和さんは私を離してくれなかった。
「悩んでる所なんか見せたら、頼りないって思われそうで、言えなかった」
「思いませんよ」
「咲楽を抱き締める事で、活を入れていた部分もあるんだよ」
「私が少しでも役に立てていたなら、良かったです」
「咲楽を抱き締めているとよく眠れるし」
「抱き枕ですもんね」
「咲楽を見てると可愛くてキスしたくなるし」
「……。寝ましょうか」
「咲楽を離したくなくなって、たまに困るけど」
「大和さん、寝ましょう?」
「照れてる咲楽は可愛いし」
「おやすみなさい」
「慌てる咲楽も可愛い」
「…………」
「寝ちゃった?おやすみ、咲楽」
起きてるけど、顔を合わせられません。きっと真っ赤だから。
黙っていたら額にキスされて、ぎゅうっと抱き締められて、そのまま眠りについた。
作中に書いた「傾聴ボランティア」ですが、東日本の震災で知名度が上がりましたが、それでも知らない人も居ます。
私は「傾聴ボランティアに向いている」と言われたことがあります。相づちを打ちながら、聴いていることで、その人が前向きになってくれたから、と。
違います。私はトロくて「私はこう思うけどなぁ」なんて考えて、口に出す前に話が進んでいるだけです。タイミングが悪くて言えなかっただけですよ。学生の時に聞き役だったのもその所為です。今だにそうなので、近所のオバチャンには(オジサンにも?)好かれてしまっています……。