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花の月、第4の闇の日。今週はちょっと天候が崩れたりしたけど、今日はよく晴れている。闇の日だけど、私も大和さんも騎士団本部に出勤だ。何故なら今日は、急遽決まった領都民参加のヒポエステスの体験が、騎士団本部で開かれるからだ。
元々、毎年この時期に騎士団の内部公開が行われていたらしい。いつもなら、騎士団の内部を適当に見て回って、お仕事紹介みたいに質疑応答が行われていただけだったんだけど、年々見学に訪れる人が減っていて、食堂のおば様達から意見が出されたらしい。「ハチマキを取り合っていた、あれが見ていて楽しかった。あれをやってみたら?」って。先週に大和さんから「ヒポエステスの大会でも開催しますか?」って一言があったから、そこからは一気に決まったらしい。騎士はハチマキを、一般の人はズボンに挟んでのシッポ取り状態での勝負を行う。もちろん自信がある人は本来のハチマキ取りに参加しても良い。私とアイビーさんは救護班。本来の役目なんだけどね。
騎士団本部に到着すると、すでにご近所さんが集まっていた。
「騎士様と施術師さん、仲良くご出勤?」
「いつも仲が良いわねぇ」
「お似合いだこと」
「2人で何かするのかい?」
ご近所さんがワイワイ話している時に、アイビーさんとセント様が一緒に来ちゃったから、もう、大騒ぎになっていた。
2人をつけてきたのかギース君達4人がその後ろに居る。立派なストーカー行為です。
「皆様、もう少しお待ちください。もう少ししたら、開場いたします」
文官さんが必死で呼び掛けているけど、騒ぎは収まっていない。
「咲楽、アイビー嬢、中に入ってて」
「ギース、アイビーちゃん達を頼んだ」
「大和さん達は?」
「ちょっとね」
「施術師先生、アイビー……さん、中へどうぞ」
ギース君はアイビーさんに対して、ぎこちないながらも過度に馴れ馴れしくすることもなく、紳士的に接している。
文官さんと大和さん達が騒ぎを収めてくれている間に、施術室に入る。ギース君達はそのまま戻っていった。
「大丈夫でしょうか?」
「大和さん達ですか?大丈夫だと思いますけどね」
「どうしてあそこまで大騒ぎになったんでしょう?」
「どうしてって、私と大和さんが一緒に居る所に、アイビーさんとセント様が一緒に来ちゃったからですよ。私と大和さんはカップルで婚約者だってみんな知ってますけど、アイビーさんとセント様は商店街の皆さんしか知りませんでしたし」
「ちょっと待ってください。商店街の皆さんってどうして知っているんですか?」
「どうしてってお付き合いが始まるまで、応援しつつ見守ってましたから」
「え?」
「夕方に商店街に行った時にみんなで」
「えぇ?」
「一緒に商店街を通って帰っていたでしょう?」
「帰っていましたけど、え?見守って?」
「はい」
真っ赤になっちゃって動かなくなったアイビーさんを放っておいて、掃除を始める。
「バレてた?」
掃除が終わった頃に再起動したアイビーさんが、呟いて私を見た。
「バレバレでしたよ。みんなで『あれはセント様から言わないと』、『アイビーちゃんも態度に出ているのにね』、『ああいった時間も良いもんだけどねぇ』って、いつカップルになるか賭けまで始めそうでしたもん」
「言ってくださいよぉ」
「何をどうやってですか?」
「噂されているよ、とか、あるじゃないですか」
「そんな事を言ったら、よけいに意識して、ギクシャクしませんか?」
「するかも?」
赤くなりながらもアイビーさんが救護の準備をする。そうはいっても休養室のベッドを増やしたりする程度だ。緊急時以外は、私達は出ていかない。怪我をした人達は騎士様が連れてきてくれる。
訓練場では挨拶とルール説明が行われていた。
「それでは今から、騎士達による模範競技を行います。えー、3人vs20人ですが、そこは気にしないように。あの3人、捕まらないんですよ」
笑い声が起きる。
「特に黒いハチマキをしている騎士、彼がですね……。え?あぁはいはい。始めましょうか。良いですね?魔法は使っても良いですけど、くれぐれも目標を見誤らないで下さいね。私は目標じゃないですよ。では、はじめっ!!」
ドォンと太鼓が鳴らされた。騎士様達が走り出す。
ちなみに大和さんとセント様とコラット様が3人のチーム。コラット様はゴットハルトさんとご友人だったらしく、ゴットハルトさんの話題で大和さんと話していて、楽しそうにしていた。コラット様は平民だけど、裕福なご家庭だったらしく、幼い頃から勉強や剣の家庭教師が付いていたと言っていた。
20人が3人を追いかける。コラット様が最初にハチマキを取られた。
「俺の方ばかり来るなよっ!!」
「コラットが一番取りやすそうだったんだよ」
その会話に笑い声が起きる。
「すみません」
「はい。どうされました?」
3歳位の女の子が騎士様に連れられてやって来た。
「この子、迷子らしくって、泣いてて名前も言わないし、どうしたものかと」
「迷子ちゃん?分かりました。お預かりします」
お預かりした女の子はソファーに座らせる。泣き止まないと何も聞けないから静かに背中を撫でて落ち着かせていた。
少しして泣き止んできた子に薄くした紅茶を飲ませる。本当は麦茶とか飲ませたいところだけど、探せてないんだよね。
「お名前は言える?」
「マーニャ」
「マーニャちゃん?誰と一緒に来たの?」
「じぃじ」
「お祖父さんと一緒に来たのね。お祖父さんがお迎えに来るまでここにいようか」
マーニャちゃんにミエルピナエのぬいぐるみを見せると、目が釘付けになった。
「それ、どうしたんですか?」
「食堂のおば様達と作りました。ターフェイアの女王蜂は赤い被毛ですけど、他領からお嫁にいらした方々のミエルピナエの被毛の色が色々で楽しかったです」
「へぇ。本当だ。赤、黄、白、灰色。緑っぽいのも居るし、縞模様まで」
「私は王都とここの女王様しか知らないから、驚きました」
マーニャちゃんはピンクっぽいミエルピナエがお気に入りのようだ。ずっと抱えて離さなくなっていた。
訓練場では模範競技が終わったらしい。大和さん達が引き上げた。次に出てきたのはギース君達15人と商店街の若者達20人。騎士団若手vs商店街若手のようだ。
「はじめっ!!」
ドォンと太鼓が鳴らされる。みんなが一斉に駆け出した。やはり優勢なのは騎士団若手チーム。商店街若手チームはシッポ取り状態だから、なかなか取るのは難しそうだけど、順調に人数を減らしていく。
「あのぉ~」
「はい」
「あ、マーニャ様。ここに居たのですか。大旦那様が探していましたよ」
「貴方は?」
「ここ、騎士団の文官長をしていらっしゃいますファルカオ様の従僕、アルトといいます」
「この子を探していらした?」
「はい。ご無事で良かったです」
「そうですか。少しお茶をしていきませんか?」
マーニャちゃんをすぐに引き渡さなかったのには訳がある。マーニャちゃんが反応しなかった事、ファルカオ様の名は知られている事、ファルカオ様にお孫さんが居ることも知られている事。なによりファルカオ様はお孫さんは生まれたばかりと言っていた。マーニャちゃんがその生まれたばかりのお孫さんの姉ということも考えられるけど、確認した方が良いと思ったのだ。
「そんな暇は無いのですが」
「そんなに慌てなくても良いじゃないですか。ファルカオ様もすぐにいらっしゃいますよ。なによりマーニャちゃんは寝てしまってますし」
「いや、しかし……」
「よろしいではありませんか。ハーブティーをお淹れします」
いつものマンサニージャのハーブティーを淹れる。悪い事を考えてたら、眠っちゃったりしないかな?
そんなに都合よくいく訳はなくて、アルトさんは普通にマーニャちゃんと接している。その内に若手チーム同士のヒポエステスが終わったようだ。ポリファイの新人さんがもう1人を連れてきた。
「施術師先生、コイツ、怪我しちゃった」
「あらあら。転んじゃいましたか?」
水で洗い流して治癒術をかける。
「彼は?」
「アルトさんとおっしゃいます。隣がマーニャちゃん。ファルカオ様のお身内らしいんですけど」
「ファルカオ様の?」
「はい。ファルカオ様の従僕をしております」
「ファルカオ様の所にこんな人、居たっけ?」
アルトさんが動いた。といっても、マーニャちゃんに何かしようとした訳じゃない。ガックリと膝を付いたのだ。
「え?どうされたんですか?」
「もう5年はこちらに居ますのに。知られてないって……」
「あ、3の鐘」
空気を読まないポリファイの新人さんの声がした。それと同時にドタドタという音がして、施術室のドアがバァンと開けられた。
「マーニャちゃぁぁぁん!!」
「ファルカオ様、お静かに願います。マーニャちゃんはおやすみ中です」
「えぇぇぇぇ!!せっかくジィジが来たのにぃ」
「ファルカオ様のお孫さんって、去年お産まれになったって仰られていませんでしたっけ?」
「そうだよ。マーニャの弟がね」
「そうだったんですね」
「施術師さんはアルトと初対面だったね」
「はい」
「アルトだよ。見知っておいてね」
ファルカオ様がマーニャちゃんを膝に乗せてデレデレになりながら、軽く言う。
「ファルカオ様、ちゃんと紹介してください」
「アルトもしつこいねぇ。僕の従僕をしてもらってるアルト。従僕歴は5年だけど、その前から身の回りの世話を焼いてくれているんだよ。施術師さんは……。えっと?」
「サクラ・シロヤマです。よろしくお願いします」
「彼女は王都で居たんだけど、こちらにアイビーさんの指導として来てもらってる。腕は確かだよ。ジョエル先生も認めているしね。ちなみに婚約者がいるよ」
「ファルカオ様、その情報、要りますか?」
「要らなかったかな?」
アルトさんにもファルカオ様のお宅で働いている奥様が居るらしい。確かに要らない情報だよね。
施術室で昼食を食べながら、ファルカオ様と話をしていた。大勢の人が入っていて、食堂だけだと席が足りないから、今日は空いている部屋を増やしている。訓練場の観客席で食べている人達も居る。
マーニャちゃんが起きたんだけど、ファルカオ様の食べさせ方が危なっかしい。何でも食べさせようとして盛大にこぼしている。アルトさんに「私がしますから」と言われて、マーニャちゃんを取られてショボンとしている。好き嫌いはないそうで、ピメントやニンジンなどもパクパク食べていて、ピメントが嫌いらしいポリファイの新人さんが尊敬の目で見ていた。
お昼からは騎士達による剣の試合が行われる。大和さんとセント様の試合が始まった。でも何か、違和感がある。両方、本気を出していない?
「軽く打ち合ってるだけだからね。本気を出したら一瞬で勝負が着いちゃうんじゃない?」
昼食後も何故か施術室にいるファルカオ様が、解説してくださった。
「さすがに一瞬では無いと思いますが」
「そうかなぁ。僕もね、一応剣は扱えるんだよ。文官だから身を守れる位だけどね。剣の先生に『目は良いが、身体が付いていけてない』って言われて、それでもなんとかやっていたんだよ。今じゃマーニャと遊ぶだけで息が切れるけどね」
「小さなお子様は力一杯遊んで、力尽きるとパタッと寝ちゃいますもんね」
「そうなんだよ。マーニャは預かってるだけだけど、息子の子どもが今、5歳でさ、もう大変」
「男の子ですか?」
「男女の双子だったんだよ」
「大変そうですけど、楽しそうですね」
「大変だけどね。書斎にも入ってくるから、大変だけどね。家中駆けずりまわってるよ。でも、可愛いんだよね」
「そうでしょうね」
「マーニャが持っているミエルピナエの人形ってどうしたの?」
「食堂のおば様達と私の手作りです。お子さんを連れてくる人も多いと思いまして、作っておきました」
「マーニャがすごく気に入ってるんだけど」
「お持ちいただいてもいいですよ。まだたくさんありますし」
そう言って魔空間からぬいぐるみを取り出す。ミエルピナエだけじゃなくクルーラパンの物もあるし、ムトンの物もある。おば様達からは「好きにして、子ども達に持って帰ってもらっても良いから」と許可を得ていた。
「たくさんあるねぇ。余ったらどうするの?」
「騎士団有志からということで、孤児院に寄付しようかと」
「それ、ちょっと待ってくれる?孤児院に寄付じゃなくて、もっと良い事に有効活用しよう」
「有効活用ですか?」
「この後、子ども達のヒポエステスがあるでしょ?その賞品とかさ」
「不公平感がありませんか?多いといっても20個無いんですよ?」
「アウトゥのミエティトゥーラプレエールで売り出すとか?」
「ファルカオ様にお任せします」
「ファルカオ様、仕事が増えましたね」
アルトさんににっこり笑われて、ファルカオ様はガクッと肩を落としていた。