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3の鐘になったから、昼食の為に食堂に行く。グッタリした分隊長さん達と出会った。あれ?20人位居るけど、分隊長さんってこんなに居たっけ?
「咲楽達も昼食?」
「はい。授業は終わったんですか?」
「今日の分はね。昼からは領城で新人達と交代。新人達は騎士としての礼節、分隊長達は体力作りかな?」
「お疲れ様です」
「俺も領城に行くけど、帰りは迎えに来るからね」
「はい。ありがとうございます」
セント様もアイビーさんを迎えに来る約束をしている。昼食の席は4人で囲んでいるから、2カップルで食べている事になるよね。
「ちょっと気になったんですけど、セント様ってお幾つでしたっけ?」
「25歳ですよ」
「25歳で分隊長って早くないですか?」
「一応貴族でしたからね。その辺も考慮されたのでしょう。私としては一般の新人扱いで構わなかったのですが」
「一応でも貴族だからこそ、一般の新人扱いでは駄目なんだろう。大抵身分が上になればなるほど、上の階級から始める事になるんだし」
「後は有名人も考慮されたりするぞ。黒き狼とか」
「全くもって不本意だ」
大和さんが顔をしかめる。
「でも大和さんがそう呼ばれ出したのって、騎士団に入ってからですよね?」
「そうなんだけどね」
「上層部に気に入られたとか?」
「あぁ、あれか」
「何かあったんですか?」
アイビーさんが聞く。
「咲楽、後で教えてあげて」
「丸投げですか」
「自分では言いたくない」
「アイビーちゃん、帰りに教えてね?」
昼からアイビーさんに言うのは決定なんですね?
昼食を終えて施術室に戻ると、早速アイビーさんに聞かれた。
「それで、どういう事なんですか?」
「こちらに来た時なんですけど、まだ騎士団に所属してなかった時に、神殿騎士団の皆さんと剣で模擬戦をしたらしくて。それを見た神殿騎士団長さんに気に入られたのと、王宮に招かれた時に王宮騎士団の副団長さんに勝っちゃったんです」
「凄いんですか?」
「騎士団対抗武技魔闘技会の3年前の優勝者だったらしいです。去年は大和さんですね」
「その人に勝っちゃったんですか」
「そうなんです。それで、騎士団に入ってからお2人の模擬戦の相手として、気に入られちゃったらしいんです」
「えぇっとセント様にどう説明しよう?」
「騎士団に所属してなかった時に試合をして、団長さんと副団長さんに勝っちゃったからで良いんじゃないですか?」
「それしかないですよね」
「大和さんがセント様に話しちゃえば早いんですけどね」
2人してため息を吐く。
「ねぇ、アイビーさん。お昼に出会った分隊長さん達って、グッタリしてましたけど、分隊長さんってあんなに居ましたっけ?」
「20人位居ましたよね?」
「分隊長って確か10人位だったはずですよね?」
「各ポリファイに2人ずつで、本部に5人でしたっけ?」
「お答えしましょうか?」
突然声が割り込んだ。ビックリして後ろを見ると、無表情のドロシーさんが立っていた。
「ドロシーさん。あぁ、ビックリした」
「あれは今後分隊長として、昇格を打診されている人達も加わっていますね。昇格試験を受ける前に講義に参加していたのですよ」
「そういう事だったんですね」
ハーブティーを淹れながら言う。今日はいつものにロザルゴサとローゼルを追加する。アイビーさんも飲みたそうにしてたしね。
「お茶にしましょう。女性ばかりですから、美肌効果のあるハーブティーにしました」
クッキーも添えて3人でお茶会にする。
「シロヤマ先生、イライラした時に鳩尾辺りが痛むのは何故でしょう?」
「心理的負担を抱えたことによって、引き起こされる胃痛ですね。本当は心理的負担から距離を置くのが最も良いんですけど、そういう訳にいかないのでしょう?」
「私の事ではないのですよ。友人の話です」
「では、そのご友人にお伝えください。心理的な負担を発散させる手段を見つける事を、最優先させてください。何でも良いです。大声を出しても、愚痴を誰かに聞いて貰っても、体を動かしても。何でも良いんです」
「シロヤマ先生はどうされているんですか?」
「私は野菜をひたすら刻んだり、縫い物や刺繍をします。その世界に没頭すると、いつの間にか負担が小さくなっているんです」
「変わってますね」
「別に良いんです。方法は人それぞれです」
ちょっと拗ねたポーズをすると、アイビーさんとドロシーさんに笑われた。
「伝えておきます」
「はい」
ドロシーさんにお昼前のシトリー様の様子を書いた手紙を渡す。
「お預かりします」
ドロシーさんが戻っていった。
5の鐘までにちょっとした、本当にちょっとした打撲で泣きそうになりながら新人さんが来室したりとか、礼節を学んでいた新人さんが居眠りして椅子から落っこちて、施術室に運ばれてきたりした。
「お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
アイビーさんとお互いに挨拶をして、迎えに来てくれた大和さんと家に帰る。雨はすっかり止んでいた。
「昼から領城でセオドア様に会ったよ。改めて礼を言われた」
「痛みは無いようでしたか?」
「うん。大丈夫そうだった」
「良かったです」
「セオドア様って属性が光なんだってさ」
「そうなんですか?」
「『将来は兄の補佐をしながら施術師になるんです』って言って、ジョエル先生と奥様に笑われていた。欲張るとどちらにもなれませんよって言われて落ち込んでいた」
「領主様の補佐をしながらの施術師は大変ですよね」
食堂のおば様にカレーっぽいスパイスたっぷりのスープを教えていただいたから、今日の夕食はそれとなんちゃってチャパティの組み合わせ。教えてくれたおば様はショートパスタを入れるって言っていた。明日の朝のスープも作っておく。こちらは塩コショウの基本的なスープ。いつもより具材を大きくしてみた。
「スープカレー?」
「食堂のおば様に教えて貰ったんです。野菜もたくさん摂れますし、お肉も大きめなので食べ応えがありますよね」
「旨いね。米が欲しくなるけど」
「ライの実はあるんですけどね。ナンとかチャパティの方が合いそうだったので、なんちゃってチャパティです」
「なんちゃってチャパティ?」
「気分の問題です。全粒粉じゃないので」
「そんな細かいことは気にしなくていいんじゃない?」
「全粒粉の方が舌触りが好きなんですもん」
「咲楽なら材料があれば、ナンも作りそう」
「ナンは発酵が要るんですよね。作ったことがないんです」
「タンドールも無いしね」
「あの大きな壺みたいなのですよね」
「そうそう」
食後にリビングのソファーで寛ぐ。
「結局どういう風にアイビー嬢に話したの?」
「気に入られた訳ですか?そのままです」
「模擬戦の相手としてって?」
「それしかないですもん」
「アイビー嬢はバーナードにどう伝えるんだろうね?」
「騎士団入団前に手合わせの機会があって、そこで気に入られたとしか言えませんよね」
「バーナードに話すか」
「切っ掛けでもあったんですか?」
「王都の前はどこに居た?とか、何度か聞かれた。その度に誤魔化したけど」
「疑惑が育っていそうですね」
「そうなんだよな」
しばらく何かを考えていた大和さんが急に立ち上がった。
「風呂に行ってこよう」
「気分転換ですか?」
「そんな感じかな」
笑ってお風呂に行く大和さんを見送って、魔空間から裁縫道具を取り出した。なるべく長い針を1本選ぶ。イメージはフェルティングニードル。刺す時に絡ませて抜く時にはスムーズに抜けて欲しいから、三角定規の半正三角形の方を思い浮かべて、その形に刻みが入るようにイメージする。
出来たかな?針先の方が30度の角度になっている……かな?刻みはランダムに5個出来ている。成功したのかどうかはやってみないと分からない。でも今、羊毛が無い。しまったなぁ。用意しておけば良かった。
「結局作れたんだね」
「ちゃんと作れてるかどうかは、やってみないと分からないんですけどね」
お風呂から出てきた大和さんに、話しかけられた。
「やってみれば?」
「羊毛が無いんです」
「それは残念」
「それにフェルティングニードルだけ作ってもフェルティングマットが無いんです。ウレタンスポンジでも代用できますけど、それも無いし、密なブラシかなぁ」
「色々要るんだね」
「そうなんですよね。せっかく作ったけど、元に戻しておきます」
針を元の形状に戻す。
「風呂に行っておいで」
「はい」
羊毛フェルトなら確か、洗剤と水で作れるよね。この世界の洗剤でも作れるのかな?結局あれって何がどうなっていたんだろう?
この世界にはフェルト性の製品もある。でも手芸に使える物は見た事がない。
明日にでもアイビーさんに聞いてみようかな?フェルト性の帽子を持っていって。
アレクサンドラさんに聞いたら分かるかもしれない。異世界転移してきたって事を話してないから、話さないと。今頃一息吐いているだろうし。
お風呂から出ると、大和さんがリビングで待っていてくれた。
「おかえり」
「戻りました」
「寝室に行こうか」
「はい」
寝室に上がってベッドで話をする。
「何か考えていたけど、何を考えていたの?」
「手芸用のフェルトって無いよね、っていうのと、アレクサンドラさんに私達の事を話していないな、っていう事を考えていました」
「あぁ、アレクサンドラさんにも言うんだっけ」
「急がなくて良いと思うんですけど」
「そうだね。バーナードに話す方が先かな」
「力一杯応援してます」
「うわっ。他人事っぽい」
「セント様に誤魔化し続けたのは大和さんですから」
「そんな良い笑顔にならなくても」
「え?そんなこと無いですよ」
ニコニコして言うと、抱え込まれた。
「言葉と態度が合っていません。悪い娘だね」
「ごめんなさい」
「思ってないでしょ」
「だってセント様に誤魔化し続けたのは大和さんですよね?そこに私は関係ないですもん」
「言い返すようになっちゃって」
「嫌いになっちゃいましたか?」
少し不安になって聞く。
「まさか。自分の意見を言えるようになれたのは嬉しいよ。まぁね。言い負かされる事が増えるのかな?っと思っただけ」
「言い負かす?大和さんを?一生無理な気がします」
「咲楽なら出来る気がする。俺が負けても良いと思えるのは咲楽だけだし」
「負けても良いって、勝てた事がないんですけど」
「いつでも咲楽には負け続けてるよ。咲楽が可愛いから、なんでもしてやりたくなるし、多少無理な事も出来そうな気がする」
「無理な事?させていますか?」
「してないしてない。そうやって上目遣いで見ないの」
「見上げたらこうなっちゃうんです」
「じゃあそのまま上を向いてて」
ゆっくりと大和さんの顔が近付いてくる。ギュっと目を瞑ったら頬にキスされた後、笑われた。
「慣れてくれないね」
「ドキドキしてしまうんです」
「目は伏せるだけにしようか」
「はい」
「力は適度に抜いてね」
「はい……って何の指導をされているんですか?」
「キスに慣れさせる訓練?」
「そんな訓練、要りません」
「他の奴で成果を発表されると困るけどね」
「そんな事は出来ないって知ってるくせに」
軽く睨んだんだけど、効いていないっぽい。
「そういえば、ポリファイの新人が騒いでいたってさ」
「何をですか?」
「施術室に居る施術師が可愛いって」
「新人さんって、軽い打撲で来室した子と後は椅子から落ちた子だけですよ?」
「落ちた方だと思う。『初対面のオレに優しくて、あれはオレに絶対に気がある』って騒いでて、担当の騎士に『どちらの施術師にも相手が居るぞ』って言われて落ち込んでたって」
確かあの時は主にアイビーさんが対応したんだっけ。
「アイビーさん、気に入られちゃったんですか?」
「アイビー嬢が対応したの?」
「頭を打ってるかもしれないって事でしたから、頭部のスキャンは私がしましたけど、他の痛みの部位の対応はアイビーさんです」
「それなら安心かな?」
「安心?」
「相手が居ても関係ないって言ってたらしいから」
「ものすごく迷惑です」
「ストーカー化しない事を祈ろう」
「そうですね」
「立ち直りが早いところは高評価なんだけど」
「私みたいにいつまでもウジウジしてちゃ、騎士は勤まりませんもんね」
「返事に困る自虐だね」
「本当の事です」
「自分の性格の把握が出来ているのは良い事だけどね」
「これでも気にして直そうとしてるんですよ?」
「出会った頃からしたら、ずいぶん前向きになったと思うけど?」
「何かあったらひたすら落ち込みそうだって、自覚がありますからね」
「俺と会う前って、落ち込んだら更に穴を掘ってってタイプだった?」
「更に穴を掘ってって……。でもそうかもしれません。浮上するのに時間がかかる感じですね」
「今は?」
「施術師をしていたら、落ち込んで穴を掘ってってしていたら、次の患者さんが助けられませんから」
「こっち方面でも強化されたね」
「強化って言われると、自分がロボットにでもなった気分になります」
「こんな可愛いロボットなら、外に出さないで、一生愛でているかも」
「監禁発言!?」
「ロボットなら、だよ。咲楽となら積極的に外に出て、見せびらかす方を選ぶね」
「それを聞いて安心しました……。見せびらかす?」
「俺の彼女は可愛いんだぁ~って」
「うわぁ。一気にバカっぽくなりました」
大和さんがおどけて言ったから、わざとらしく引いてみた。
「わざとでも傷付いた」
「だって……」
「抱き枕を要求します」
「寝ようって事ですか?」
「そういう事」
「ふふっ。おやすみなさい、大和さん」
「おやすみ、咲楽」
ぎゅうっと抱き締められて目を閉じた。




