フルールの御使者《みつかい》 ②
「お揃いね」
「2人共、似合ってるわ」
「咲楽、似合ってるよ」
「サクラ様、マソン様、お似合いです」
「天使様も妹天使様も綺麗」
メイク室を出たら、ローズさん、ルビーさん、大和さん、カークさん、ユーゴ君が居た。アイビーさんはセント様とデート中らしい。
3の鐘前になって、演出場所に待機する。アレクサンドラさんに聞いていた通り、布は掛けられているけど、これじゃ薄いから後ろに鎮座している灯りの魔道具で照らされたら丸見えになりそう。
合図が来た。後ろから照らされる。色とりどりの光球を浮かばせて、風で飛ばす。
布越しに見える光景は、絢爛の一言だ。闘技場の最上階から観客席やフィールドに光が飛ぶ。人によって光球の大きさが違うのが面白い。夜だったらさぞかし美しいだろう。
「お疲れ様でした。サクラ・シロヤマ様、リディアーヌ・マソン様、こちらへどうぞ。馬車が待っております」
どうやらヘッドドレスは外さないらしい。少し急いで馬車の待機所に行く。
「ありがとうございました。神事の成功をお祈りいたします」
文官さん達に見送られて、馬車で出発した。
「やれやれ、忙しないね。私の頭も何か盛られてると思ったら、2人もかい」
「お久しぶりです、ファティマさん」
「久しぶりだね。ターフェイアはどうだい?」
「皆さん親切にしていただいています」
「あそこにムラードの師匠が居るって話なんだよねぇ。いつか行こうって言ってて実現しないんだよ」
「良いところですよ。初めてムトンを見ましたけど、大きくてビックリしました」
「ムトンのチーズは酒のアテに良いんだよね」
「お酒ですの?」
「でっかいチーズがあるのさ。それを少しずつ削って食べるんだよ。風味が濃厚でね。昔貰ったことがあるんだけど、そうかい。ターフェイアにはあるのかい」
「お待ちしています」
「ズルいですわ。私は行けませんもの」
「リディー様、長期休みは?」
「あ。そうですわね。お父様に頼んでみますわ」
忘れていたらしい。
馬車が神殿に到着した。スティーリア様が待っていてくださっていた。
「本日までのお役目、お疲れ様でした。この神事が終わり次第、お3人様はフルールの御使者様の任を解かれる事となっております」
着替えの為の部屋に案内されながら、スティーリア様の話を聞く。
その部屋にあったのは、ストンとした、でも肩や襟ぐりからたっぷりとギャザーが取られたドレス。リディー様のドレスはウエストマークにふんわりとした大きなリボンが結ばれている。私のドレスはウエストマークに太いリボンがベルトのように縫い付けられている。ファティマさんのドレスはバスト下からの切り替え部分からギャザーが始まっている。色はどれも白。
「今回のはえらく普通っぽいというか、楽そうな衣装だね」
「私はあまり参加出来ませんでしたが、お衣装は毎回違いましたのね」
「いろんな衣装を着ることが出来て楽しかったです」
「最初の海の祈念祭の衣装が1番大変だったよ」
「あれは皆様そう仰います。今回の衣装はあれを簡略化したような物ですわね」
「簡略化?良いのかい?」
「えぇ。これもまた、古代からのデザインだと聞いております。実は海の祈念祭の衣装が本来これだったのです。しかしながらあちらの衣装は着付に時間が掛かりますので、交代になったようです。はっきりとは分かりませんけれど」
スティーリア様の話を聞きながら着替える。
「そういえば、スティーリア様、今回は護衛騎士はおりませんの?」
「おりますわよ?皆様、お待ちになっておられます」
いったんヘッドドレスを外され、髪を梳けずられて、再びセットされる。
「では参りましょうか」
部屋の外に出ると、神殿騎士の白い制服を着た護衛騎士役の大和さん達が居た。エスコートされて、参集所に向かう。今回は絵師さん達の時間は無いらしい。
「咲楽、カークが心配していた。クエイムは掛けなくて良いのかって」
「お守りは持ってますけど」
「人はそこまで多くないから、大丈夫かもね」
「そうなんですか?」
「やっぱりパレードを見に行っちゃうんじゃない?」
参集所に着いた。聞いていたように見物の人はそこまで多くない。まずは主神リーリア様に祈る。次いで、光神様、闇神様、風神様、火神様、地神様、水神様の順に祈る。最後にもう一度主神リーリア様に祈って、神事は終わる。控え室に戻る前に陛下よりお言葉があった。
「1年に渡り、よく勤めてくれた。これにてフルールの御使者の任を解く。この先もこの国がより良くなるように見守っていて欲しい」
礼をして控え室に戻り、着替えを終えた時、「パレードが来たぞぉ!!」という声が聞こえた。みんな見に行くようで、我先に神殿の外に出ていく。王族方も出てきていた。
「咲楽、お疲れ様」
「大和さんもお疲れ様でした」
「気付いてた?ギルベルト殿がいらっしゃってたよ。ずっと何かをスケッチしてた」
「スケッチですか?」
「聞いてみたけどね。咲楽達のスケッチと、その前に描いてた今年のフルールの御使者のスケッチを合わせて何か作品を作るらしい。今から取りかかるって言ってたな」
「何を作るのか、ちょっと怖いんですけど」
花馬車が通り過ぎる。花びらが撒かれ、目の前を舞い落ちていく。優しいフラーの風景。思わずヒラヒラと舞い落ちてきた花弁を両手で受ける。淡い紫と濃い青の花弁が手のひらに収まった。
「それ、どうするの?」
「どうしましょう?」
周りを見ると、白、赤、青、緑、黄、紫の花弁が落ちていた。さすがに金の花は無いらしい。
「さてと、デートでもいかがですか?」
「行きたいです」
街中を歩いた。孤児院や西街のオババ様の所にも行って、本や昔の魔道具を見せてもらった。
「これは?」
「姿を写しとる魔道具さ。姿だけじゃなく風景も写しとる事が出来る」
「へぇぇ」
カメラだよね?
「今はこんな物はないからね。魔道具師が必死に解析しているよ。この前は空飛ぶ魔道具も出来たらしいよ」
「出来たんですか?」
「冒険者の話じゃ、1m位浮かんで10M進んだって言ってたかね」
「浮かんだんですか」
「どこまで本当か分かったもんじゃないがね」
ヒャッヒャッヒャッとまるで魔女のような笑い方をして、オババ様は1冊の本を手渡した。
「それはね遠い異国の本さね。文字はこの辺りと同じだ。どうやら南の海の向こうの国の事が書いてあるようだよ」
「南の海の向こうの国?」
「あたしも見た事はないがね。砂の国や1年中ホアの国、不思議な魔物や動物の事が書いてある。いるかい?」
「欲しいです」
その他にも大和さん用の本を買ったり、何故売られているのか分からない何かの牙を見せてもらったり、楽しい時間を過ごした。
今日は6の鐘までにターフェイアに着かなきゃいけないから、夕食はそれぞれで摂ることにしている。アイビーさんはセント様とデートでどこかに行くと言っていたし、カークさんとユーゴ君と待ち合わせをして、少し早めの夕食を摂るためにジャスミンさんのトラットリアに向かった。
「あら、久しぶりね。どうぞ、入って」
「お久しぶりです」
「シロヤマさん、お魚、食べたくない?」
席に着くとジャスミンさんが、メニューを差し出しながら聞いてきた。
「食べたいです」
「そう言うと思った。この魚の煮込みなんかおすすめよ」
「じゃあ、それを」
大和さんはステーキ、カークさんはすね肉の煮込み、ユーゴ君はハンバーグを頼んでいた。
「副団長はどうしていますか?」
「全身が痛いって言っていたわ。もうすぐ帰ってくるんじゃないかしら」
「筋肉痛ですね。無理もない。あれだけ身体に負担のかかる戦い方をすればそうなります」
「ナザル所長と薬師様に叱られていましたわ。見栄や栄誉も大事だが、健康な身体があっての事だと」
「そうでしょうね」
運ばれてきた料理に舌鼓を打つ。魚の煮込みはアクアパッツァ風の物だった。
「美味しかったです」
「もう帰っちゃうの?」
「はい。明日も仕事なので」
ジャスミンさんに挨拶をして店を出る。
「もうお別れかぁ」
寂しそうにユーゴ君が言う。
「今度はターフェイアに来てくれるんでしょう?」
「絶対に行くよ。今ね、みんなと計画しているんだ。保護者の許可を取らなきゃいけないし、それまでにお金も貯めておきたいし」
「無理はしないでね」
「うん。そこは大丈夫。ちゃんと気を付けてるよ」
王都の北門にはエタンセルを連れたピガールさんと、セント様の馬を連れたオーク族の人が待っていてくれた。
「遅くなりました」
「カマワナイ。ソレヨリ夜ニナルガ大丈夫カ?」
「私ももう一人も夜目は利きます。それに彼女の光球もありますので」
「ソレナラ良イガ。アァ、来タヨウダナ」
セント様とアイビーさんが走ってきた。しっかり手を繋いでる。
「仲の進展があったみたいだな」
「変な気を回すな」
「用意はいいか?出発しようか」
お見送りの為に北門から出てきてくれたカークさんとユーゴ君に手を振って、ターフェイアを目指す。大和さんとセント様によると、暗くなる前には森林地帯を抜けられるらしい。
私は大和さんの前に、アイビーさんはセント様の後ろに乗った。ん?
「乗馬の2人乗りは人それぞれだから。俺は咲楽を抱えていたいから前に乗せたってだけ」
「私もアイビーちゃんを抱えていたいですよ。でもそこまでの乗馬技術が私にはありません」
「乗せれば良いのに」
「こいつに乗るのも3ヶ月ぶりだったんだ。そんな危険な事、出来るわけないだろう?」
馬を走らせながら、器用に会話をする2人。よく舌を噛まないなぁ。
森を抜け、湖を横目にターフェイアへの道を駆け抜けていく。さすがにこの時間に歩いている人は居ない。と思いきや、前にボゥっと黄色い灯りが見えた。
「旅人かな?」
私の怯えを感じ取ったのか、大和さんが言う。
「今からか。咲楽、あの人達の無事を祈っておいてやったら?」
返事が出来ないから頷いて、旅人さんが無事に王都に着けるように祈る。
どうやら休憩無しで駆け抜けるようで、モフィおじさんのいた休憩場所を素通りした。
ターフェイアの南門に着いたのは、6の鐘前。街門兵士さん達が待っていてくれた。
「騎馬したまま宿まで行くつもりなんだが」
「分かっておられるでしょうが、駆けさせないで下さいね」
「分かってるよ」
セント様が兵士さんと会話を交わして、領都に入る。
「アイビー嬢を前に乗せてあげたらどうだ?」
「そうだな。この位なら問題ないか」
私は横向きで抱えられてるけど、アイビーさんは普通に馬に跨がった。
「予想外……」
「意外というか、当然というか」
大和さんとセント様が呟いている。
「乗り方ってこうじゃないの?」
「シロヤマ嬢のように横向きで座るとか、あるだろうに」
「でも、あれって不安定じゃない?」
「俺がしっかり捕まえているつもりだったんだけどね」
「そういう事かぁ」
あはははというアイビーさんの笑い声がした。
どこをどう進んだのかは分からないけど、宿屋に着いたらしい。
「ここですか?」
エタンセルから降ろしてもらって、その建物を見る。中心に家が、そこから斜め奥に伸びる建物が2棟見える。鳥が翼を広げているような建物だ。
「右側が女性用、左側が男性用。男女が話をするならロビーでね。いわゆるB&B、bed and breakfastの形態。朝食はどうする?ここで食べてもいいし、商店で何かを買っても良いよ」
アイビーさんと相談している間に大和さんとセント様がチェックインに行ってくれた。
「朝食も別々ですか?」
「食事は、そうですね。お部屋で摂っていただいても、ロビーで食べて頂いても構いません」
「じゃあ、ロビーで食べます」
「かしこまりました」
大和さんとセント様と別れて部屋に案内される。2つベッドの置かれたバスルーム付きの清潔な部屋。
「気持ちのいい部屋ですね」
「こういう宿って泊まったことがないんですよね」
「そうなんですか?」
「あちらでも旅行なんてしませんでしたから。3度程学校の行事で県外、こっちでいうと領外に出たことがあるだけです」
「学校?」
「教育機関ですね。小学校、中学校、高等学校、大学とありました。私が最終的に学んでいたのは大学です」
「何歳まで学ぶんですか?」
「小学校6年、中学校3年、高等学校3年が主な期間です。大学はだいたい2年~4年、それ以上学びたければ大学院という機関もありましたし、専門の知識や技術を学ぶ専門学校もありました」
「えぇっと6の3の3で12年?」
「高等学校に行かない人も居ましたけどね。国外の教育機関に行く人もいましたよ」
「国外って、確か言葉が違うんでしたよね?」
「私は母国語と少しの単語しか話せませんけどね。大和さんは数か国語話せるそうです」
「凄いんですね」
シャワーを使ってから、しばらくアイビーさんとベッドで話をしていた。お互いに寝てしまうまで。こういうのって友人の家に泊まったとき以来だなぁ。