騎士団対抗武技魔闘技会 2日目 ①
翌日。いつものように1の鐘前に起きる。今日も良く晴れている。着替えてダイニングへ降りる。暖炉は必要ないかな。そのまま庭に出た。
庭に水撒きをしているとバラに花芽が出ている事に気付いた。見渡すとドリュアスの木が成長している。フラワーポットに余裕はあるから、このままで大丈夫かな?
この子も、ターフェイアに連れていった方が良いんだろうか?悩みながら水やりをしていると、裏口が開いた。
「サクラさん、おはよーございましゅ」
あ、かんだ。
「おはようございます、アイビーさん。まだ眠いですか?」
「サクラさんは眠くないんですか?」
「慣れちゃいましたね」
「その木、何ですか?葉が真っ白と黄緑?こんな木、有りましたっけ?」
「昨年、ドリュアスから貰った木です。最初に面白がって光属性入りの水と、地属性入りの水をあげたらこうなっちゃって。カークさんが調べてくれたんですけど、ドリュアスの木って葉が薬効成分があるらしくて、それぞれの属性の水をあげると薬効が特化するんだそうです。この木も薬師さんから予約が入ってます」
「ドリュアスですか。会った事はないなぁ」
「冒険者ギルドで場所は把握しているらしいですけど、秘匿事項だそうです」
「えっ?どうして?」
「ドリュアスは賑やかなのは好きですけど、騒がしいのは嫌うんですって。騒がしくして攻撃されるより、秘匿して大人しくしていて貰おうって事みたいです」
「公開して、騒ぐなってやっちゃ駄目なんでしょうか?」
「全員がそれを守れば良いんですけどね」
「あぁ、絶対にバカなのが出ますね」
話していると、大和さん達が帰ってきた。
「ただいま、咲楽、アイビー嬢」
「ただいま帰りました、サクラ様、アイビー嬢」
「ただいま、天使様、アイビーさん」
「おかえりなさい、大和さん、カークさん、ユーゴ君」
「おかえりなさい、トキワ様、カークさん、ユーゴ君。どうしてユーゴ君は、サクラさんをずっと天使様って呼ぶの?」
「僕の母親が天使様に迷惑を掛けたから。天使様は名前で呼んで欲しいって言ったけど、僕がそれを納得出来てないんだ。だから、天使様って呼んでる」
「ユーゴ君が責任を感じることは無いって、いくら言っても聞いてくれなくて。それなら自分が納得出来るようになるまで、天使様で良いかって思ったんです」
「な、何だか複雑?」
「単純ですよ。ユーゴ君に無理強いしてないってだけです」
「僕が甘えてるだけだよ。本当ならここに居るのも間違ってるんじゃないかって思うんだ。でも、まだ未成年だからって許されてる」
「急いで大人にならないで下さいね。今の時間は今しか過ごせません。子どもと呼ばれる時期は短いんです」
「こんな事を言ってくれちゃうんだよ」
「ユーゴ君って幾つ?」
「15歳」
「しっかりしてるなぁ。私、負けてる気がする」
大和さんが瞑想を解いた。今日は何の舞いかな?手にした剣は2本。『冬の舞』?
「あれ?昨日は剣が1本じゃなかったっけ?」
「今日は昨日とは別の舞ですね」
舞われたのは予想通り『冬の舞』。
煌めく雪原。黒く見える梢の冠雪。抜けるような蒼穹。見た事がないはずなのに、何故か懐かしい光景。
舞い終わった大和さんにカークさんがタオルを渡す。
「咲楽?どうした?」
「見た事がないはずなのに、何故か懐かしい光景で。あれはどこなんでしょう?」
「ん?」
「サクラ様?」
「上手く言えません」
カークさんが家に入った。ユーゴ君とアイビーさんはとっくに家に入ってる。
「咲楽、おいで」
大和さんに身を寄せる。ぎゅっと抱き締められた。
「どんな風景が見えたの?」
「煌めく雪原に黒く見える梢に雪が積もっていて、その上は青空で。見た事は無いはずなんですけど、何故か懐かしくて」
「北海道とか、シベリア辺りかな?」
「どうでしょう?本気で分かりません」
「でも、雪原って見たい気がするね。どこかにないかな?その辺りも聞いておこう」
「雪の妖精ってやってみたいです」
「雪の妖精?」
「雪原にバタンって倒れて手足を動かすんです。雪にスタンプされた跡が妖精に見えるって聞きました」
「なるほど。俺は雪原っていうと、ムースとかカリブって思う」
「ムース?カリブ?」
「ヘラジカとトナカイ」
「トナカイさんの方が、似合います」
「サンタクロースのトナカイ?」
「そのイメージです」
「咲楽は考え方も可愛い」
あごを掬い上げられて、キスをされた。
大和さんがシャワーに行っている間に朝食の準備。みんなが手伝ってくれて、大和さんが戻ってくる頃には、朝食がテーブルに並んでいた。
「先に食べてて。コーヒーを淹れるから」
「昨日も飲んでいましたけど、美味しいんですか?」
アイビーさんに聞かれた。
「苦味があります。その苦味が良いって言う1人が大和さんです」
「人を珍獣みたいに言わないでくれる?」
コーヒーを淹れながら、大和さんが文句を言う。
「アイビー嬢、飲んでみる?」
「一口だけ貰います」
大和さんが少しカップに注いで、アイビーさんに渡した。一口飲んだアイビーさんがなんとも言えない顔をした。
「苦いしちょっと酸味もあるし、これが美味しいんですか?」
「俺は美味しいと思えるんだが、コーヒー仲間が増えないんだよ」
「私は飲めますけど、紅茶の方が好きなんです」
「今日って、トキワさんは出るの?」
「俺は監督。アドバイスはするが、出場はしない」
「あ、そうなんだ」
「最初から出ないつもりだったからな。騎士団対抗武技魔闘技会というのは、その領の騎士団が、1年の研鑽の結果を見せるものだ。対抗という形で競わせているから、勝敗が目的になっているが、本来はその領に1年居た騎士達だけでやるものだと思っている。たかだか1~2ヶ月在籍しただけの俺が出場するのは間違ってると思う」
「見たい人って多そうだけど?」
「俺だけが目立ってどうする?」
「トキワさんもサクラさんも目立ちたくない人?」
「私は注目されたくないです」
「俺は慣れているが、騎士は単独で動くものじゃない」
「トキワさんは慣れてる?」
疑問顔のアイビーさんに対して、王都組は納得顔だ。奉納舞を見れば分かることなんだけど、大和さんにその気はない。
「サクラさん、闘技場の救護室はどうなってるでしょうね?」
朝食後、アイビーさんが思い出したように言った。あの仕様は変えさせると魔術師さん達は言っていたけど、確かにどうなったんだろう?
大和さんが着替えて降りてきた。入れ替わりに私達が上がる。着替えを済ませて、ダイニングに降りる。アイビーさんも降りてきた。一緒に家を出る。
ユーゴ君は先に出ている。闘技場への道は沿道沿いに屋台が出ていた。明日のフルールの御使者用であろう精巧な造花のお店もある。
「道が変わったな」
大和さんが呟く。
「はい。少し前から整備が進められました。氷の月の第5週からの作業でしたから、御存じなかったかと」
確かに凸凹が少なくなっている……気がする。
「サクラ様、道がまっすぐになったのですよ」
カークさんに正解を頂きました。
闘技場の入口に兜抜きのフルアーマーを身に付けた人が居た。
「ゴットハルト?何をしているんだ?」
「ヤマトか。案内だよ」
「プラカードを持っている時点でそれは分かったが、どうしてフルアーマー?」
「雰囲気が出るだろうと言う団長の思い付きだ」
「異動していて良かったと、今、真剣に思った」
「全く。なんたってこんなに重いんだ。動きにくいったらありゃしない」
「その位の厚みでないと槍や矢が貫通するからな」
「そうなのか?」
「あちらではそうだった」
「明日の朝、時間は取れるか?」
「兄君の件か?」
「あぁ。どうしてもフルールの御使者前に渡したいらしい」
「咲楽、それで良い?」
「はい」
「じゃあ、明朝ここで」
ゴットハルトさんと別れて闘技場の中に入る。
「じゃあ、咲楽。俺達はあっちだから」
「はい。勝利をお祈りしています」
「サクラちゃ~ん」
「ジェイド嬢だね。アイビー嬢、咲楽をよろしくね」
「はい。あの、セント様に頑張ってくださいって伝えてください」
「分かった。バーナードにアイビー嬢が頑張ってって言ってたって伝えておく」
カークさんがペコリと頭を下げて、大和さんに付いていった。
「昨日ぶりね。サクラちゃん、アイビーさん」
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。救護室が大変な事になってたって聞いたけど?」
「公開救護室みたいになってました」
「まさかそのままじゃないわよね?」
「もちろんじゃ。施術をなんじゃと思っておるんじゃ」
怒った所長とライルさんが歩いてきた。
「救護室は2つに分けさせたよ。出場者用と観客用だね。出場者用はちょっと危険だから男性施術師の担当。観客用は女性施術師の担当。魔術師は昨日と同じって聞いてる。シロヤマさんは所長にクエイムをかけてもらって」
「はい」
「シロヤマさん、闇属性の事じゃが、昼休憩と終業後に教えようと思う。今日中に終わらなければ、明日のお役目後じゃな」
「はい。頑張ります」
「そんなに気合いを入れなくても良いぞ。気楽にな」
「はい」
「それじゃあ、行こうか」
「はい」
所長とライルさんはフィールドの方へ、私達は観客席の方へ案内された。
「今日はこちらは使いませんので、こちらを救護室とさせていただきました」
ここVIPルーム?貴賓室だよね?
ふかふかのソファー、フィールドが見渡せる大きな窓、奥には施術用ベッドが3台置いてある。
「場所に文句は言わないわ。でも極端すぎるのよ」
「はい。申し訳ありません」
この人は案内を任されただけかな?ローズさんの勢いにオロオロしている。
「ローズさん、用意をしちゃいましょう」
「そうね。この人に文句を言ってもね」
魔空間から支柱を出して、布を掛けて、パーティションを作る。
「サクラちゃん、当たり前に樹魔法を使ってるわよ?」
「アイビーさんには話しましたし、多属性の事も知っています」
「あぁ。心中お察しするわ」
「驚きましたけど、どこかで納得しました」
「もうね、魔法の発想が違うのよ。便利だよね。で色々やっちゃうの。そのくせ、攻撃魔法は覚えないって言うんだもの」
「攻撃魔法は基本じゃないんですか?」
「基本なのよ。でも、あちらの知識があるものだから、その基本を無視して発動出来ちゃうのよ」
「そういう事なんですね」
「浄化もね、私達と発想が違うの。私達は『身体に害なす物を消し去る』ってイメージでしょ?」
「あ、サクラさんに教えてもらいました。微生物って目に見えない物が居るからそれを消し去るイメージでって。いきなりパンのカビの話をするから、戸惑いました」
フィールドでは知らない領同士の熱戦が繰り広げられている。ターフェイアは次が出番だ。
「あのぉ……」
「はい」
「救護室ってここで良かったですか?」
「はい。どうなさいました?」
室内に招き入れて、ソファーに座って貰う。足を引きずっているから捻挫かな?
「階段を踏み外して、その、一段だけだったんですが」
「アイビーさん、やってみてください。大丈夫ですよ。いつも通りで良いですから」
「はい」
緊張した面持ちでアイビーさんがスキャンを始める。
その様子を見守る私達と患者さん。患者さんは私とローズさんの事を知っているし、アイビーさんを施術師見習いと判断したようだ。もし、アイビーさんが失敗しても、私達がフォローする。それが分かっているから、アイビーさんに任せてくれている。
「右足首の捻挫です」
「はい」
アイビーさんの言葉を書き取っていく。この救護室での治療費は必要ない。この記録は施療院のカルテ庫に納められて治療記録として保管される。
「えっと、筋肉の炎症を取って、靭帯は伸びてない。神経も大丈夫。終わりました」
ブツブツ言っていたアイビーさんが顔をあげた。すかさずローズさんがチェックに入る。
「うん。完璧。気を付けてくださいね」
「ありがとう。お嬢さん、良い施術師になれるよ」
「ありがとうございます」
アイビーさんにお水を差し出す。
「お疲れさまでした。緊張してましたね」
「はい。ホッとしました」
「でも、術の発動も早いし、治癒術も完璧よ。これでどうして見習いなの?」
「引き抜きがありまして」
「騎士団付きなんでしょ?それなのに引き抜き?」
「ちょっと訳アリの施術院らしくて、今調査中なんです。見習いを外してしまうと『まだ見習いなので』と守れなくなるのでって上の判断です」
「そんな所があるのね。訳アリって?」
「規定以上の料金を取ったり、薬湯を飲んで体調を崩したりって」
「そこって、薬師さんも居るって評判なんですけどね」
「それってサクラちゃんが理想とする施療院よね?外傷を施術師が担当して、病気は薬師が担当してって」
「そうですね。外傷由来の病気もあるので。病気に見える怪我もありますから」
内臓損傷とか、見た目では判断しにくいしね。外傷には鈍的外傷と穿通的外傷があって、鈍的外傷は、直接的な打撃を受ける(蹴られる等)、物に衝突する、などにより生じる。鈍的外傷では、実質臓器(例えば、肝臓)や管腔臓器(小腸など)の中に血液が溜まることがある。このような血液の溜まりを血腫と呼ぶ。腹腔(臓器の周りの空間)に血液が漏れ出すことは、腹腔内出血と呼ばれる。こうした大きい出血じゃなくても、小さい出血が持続する場合もある。
外傷由来の病気は敗血症が代表格だ。傷口から感染を起こし、全身症状に至る場合もある。