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「どうやら彼は双剣使いに鬱屈した思いがありそうですね」
あ、プロクスさん。
「リシア様、貴方は模擬戦はしませんの?」
「昨日の朝、付き合わされましたよ」
「戦績は?」
「完敗です」
「あら、リシア様って一昨年3位でしたわよね」
「一昨年3位って何ですか?」
「騎士団内の剣闘技会ですよ。フラーの初め、花の月にあるんです。今年の優勝は団長、去年はアインスタイ副団長でした」
「騎士団員が全員参加ですか?」
「それだと時間がかかりますから、それぞれの成績上位者3名ずつですね。地方騎士団もそれぞれの参加ですから、それでも50名ほどの参加者になりますが」
「3の鐘までの予選で10名に絞られて、お昼の後決勝ね」
「翌日は新年を祝うお祭りだからね」
「あら、終わったわね。トキワ様の全勝?」
「相変わらずですねぇ」
「アインスタイ副団長様!?何故居るんですか?」
「奉納舞の警備の打ち合わせですよ。アラクスが来ないからどうしたのかと、探しに来れば、なんだか楽しそうな事をしてるじゃないですか。私も混ぜて貰いましょうか」
「止めてください。ただでさえ6人との連続です」
「大和さん、お疲れ様です。腕は大丈夫ですか?」
「腕の違和感は無いって言ったでしょ」
「でも心配です」
「大丈夫だよ」
はぁ、と大きなため息が聞こえた。
「貴方は文句でも言いに来たのではなかったのですか?」
大和さんが後ろを見ずに言う。
「言いに来たんだが、天使様との会話でその気がなくなった。腕って何が……西の森のって実際にあったことなのか?」
「吟遊詩人か」
「街門で演ってたから聞いてきた」
「街門でって……修行ってそう言うことなのか?」
大和さんも大きなため息を吐いた。
「団長、シャワーを借りますよ」
「トキワ様、着替えです。衣装部からです」
ミュゲさんがニコニコと服を差し出す。居なくなったと思ったら取りに行ってたの?
「持っていますよ?」
「せっかくの新作です。使ってくださいね。あ、シロヤマ様の分もあるわよ。取りに……持ってきた方が良い?」
服を大和さんに押し付けながらミュゲさんが言う。
「この後、大和さんは衣装部ですよね。一緒に行きます」
「あの、天使様。あ、いや、黒き狼殿とも少し話したいのだが」
「別に構わないが、先にシャワーを使ってきて良いか?」
大和さんはシャワーに行った。
「黒き狼殿には後で名乗るが、私はゴットハルト・ヘリオドール。お見知りおきを、天使様」
「私はエスター・パイロープです」
「サクラ・シロヤマです」
「街門の外で知り合いに会いまして、貴女に助けられたと。入門料を立て替えて、冒険者ギルドにまとめて放り込んできました」
ゴットハルトさんが言う。街門の外でって……
「あの人達ですか?」
「正確に言うとリーダーとされていた男ですね。私の姉の夫の叔母の子と言う、まぁ、親類筋に当たる男です。実りの月始めに家を飛び出して行方不明になってましたが、見つかってよかった。それから改めてお詫びをしたいと言ってましたが、何があったのです?」
「お詫びなんて何も……」
「咲楽ちゃん、とりあえず出た方が良い。貴方方は……」
「ゴットハルト・ヘリオドールです。黒き狼殿」
「私はエスター・パイロープです」
「ヤマト・トキワです。話があると言ってましたが?」
「ちょっと待ってください。許可をとってくる」
ゴットハルトさんが行ってしまった。
「あいつは色々と事情があるようでしてね、私は隣の領なので詳しくはないのですが、何かが吹っ切れたようですね」
「お待たせした。我々は今日は顔見せと説明の予定だったそうだ。どちらも終わっているから帰って良いと」
3の鐘が鳴った。
「あら、お昼ね。食堂でどう?貴方方もご一緒にいかがですか?」
リリアさんが誘ってくれた。
「咲楽ちゃん、食べれそう?」
「スープ位なら」
食堂に移動する。
「天使様、それだけで良いのですか?」
スープだけ貰って飲んでいるとゴットハルトさんに聞かれた。
「元々食べられなくて、今は特に無理なんです」
「黒き狼殿、先程は失礼した」
「トキワかヤマトで頼む。『黒き狼』と呼ばれる度に他人が呼ばれているようだ。しかも来月から同僚でしょう」
「黒き狼は王宮騎士団と聞いていたのだが」
「掛け持ちだ。いつまでかは分からないが。多分団長とアインスタイ副団長が飽きるまでだと思っている」
「飽きる?」
「模擬戦。休みの日に用事で神殿に来たら模擬戦。王宮でいても団長が来たら模擬戦。しかも最低で3人とやらされる」
「戦績は?」
「一応、今のところ全勝させて貰ってる」
「すごいな。さっきは双剣を使っていたが」
「得意なのは双剣だ。ただ、2本なければ戦えないのでは意味がないから、1本でも戦えるようには精進している」
「それを出来ない双剣使いがバカにしてきてね。1本より2本を操る方が難しい。だから自分の方が上だ、と。だから最初に突っかかってしまった。悪かった」
「そういう勘違いをする奴が居るから。双剣と言うのは1本を片手で操る分、両手剣よりパワーが無い。だからテクニックが必要なんだが、そのテクニックが難しいとされている。ただ「使える」のと「振り回せる」の違いが分からない奴が多い」
「ヘリオドール殿、何か話があったのでは?」
「あぁ、そうだ。昨日街の外で知り合いが迷惑をかけたらしい。すまなかった」
「あの男達か?」
「正確に言うとリーダーとされていた男だけだがな。私の姉の夫の叔母の子と言う、関係があるのかどうか、まぁ、縁戚筋に当たる男だ。実りの月始めに家を飛び出して行方不明になってたが、見つかってよかった。その後どうしてたのかは知らないが何名かを助けて一緒に暮らしていたと言っていた。ただ、昨日黒き狼と天使様に迷惑をかけたと言っていて、それが何かは言わない。何があったんだ?」
「彼らが言わないのなら私が言うべき事じゃないと思う」
大和さんはそういったことに厳しいよね。自分の事は自分でって感じ。あの人達のプライドも守ってるのかもしれないけど。
「自分から言い出すまで、か。黒……トキワ殿は優しいな」
「今、黒き狼と言いかけたな?」
「慣れるまで時間がかかるな」
大和さんとゴットハルトさんが笑う。仲良しさんだ。私も嬉しくなる。
「咲楽ちゃん、どうした?」
「2人が仲良しさんだなって思って。そしたら嬉しくなりました」
「天使様は本当に天使様ですね」
「咲楽ちゃんは優しくて素直だから」
「惚気か?」
「本当の事だ」
「そろそろ衣装部に移動したいんですけど?よろしいですか」
リリアさんが男性3人に聞いている。
「私達も、お伺いしてよろしいのでしょうか」
「あら、歓迎いたしますわ」
「お気の毒に。まぁ、頑張ってくれ」
「ん?何があるんだ?トキワ殿」
「あぁリリア嬢、私は採寸がすんだらエタンセルを管理場に戻しますので、失礼します。もちろん咲楽ちゃんも一緒に」
「「えぇぇ!!」」
後ろから2人分のブーイング。
「衣装部に誘ったときからそのつもりだったのに~」
「もう用意もしてあるのに~」
ミュゲさんにコリンさんがいつの間にか後ろに居た。
リリアさんは笑ってる。
「エタンセルとナイオンをいつまでもこちらに置いておくわけにはいかないんですよ。ナイオンはともかく、エタンセルは戻さないと」
「4の鐘まで。お願いします」
「咲楽ちゃん、大丈夫そう?断りきれないんだけど」
「4の鐘までなら良いです」
「今、どのくらい?」
「あ、5割越えました。ほら」
嬉しくて大和さんに国民証を見せる。
「ホントだ。良かったな」
頭を撫でられた。
「ねぇリリア……」
「言わないで。朝からこんな感じよ」
「朝からですか?」
「この調子ですか?」
ゴットハルトさんとエスターさんまでリリアさんに確認してる。
「そう。朝からこの調子。これ以上よ」
「ほら、行かないのか?」
大和さんだけがマイペースだ。
「そうね。行きましょうか。とりあえず4の鐘までね。ちゃんと付き合ってもらいますよ」
「お手柔らかに」
全員で衣装部に移動する。途中でスティーリアさんに会った。
「あらあら、大人数ね。こちらの方は?」
「眠りの月から神殿騎士団に異動になりますゴットハルト・ヘリオドールです」
「エスター・パイロープです」
「「よろしくお願いします」」
「ご丁寧にありがとうございます。この神殿の最高責任者であられるエリアリール様付をしておりますスティーリアと申します」
「スティーリア様、今からですが、どうされます?」
「あら残念。用事があるのよ。でもシロヤマ様も?大丈夫?」
「はい大丈夫です」
「そう。無理させないようにね」
スティーリアさんはそう言うと、行ってしまった。
衣装部に着くと大和さんだけ別室に行く。
「トキワ殿は?」
「採寸です。あぁ、お2人はこちらにどうぞ」
「シロヤマ様は無理させない様にって釘を刺されちゃったしね」
「ねぇ、このワンピース、どう?」
「似合いそうね」
「シロヤマ様、何かリクエストはある?」
「特に……あ、パンツが少なくて、でもちょっとゆったりしたのが良いなって思ってて」
「ゆったりしたパンツ?こういうのは?」
「あ、こんな感じです」
「じゃあ、持って帰ってね」
「そんな、悪いです」
「悪いことはないわよ。これからどうしようかしらね。刺繍でもする?」
「させてください」
お願いして刺繍をさせて貰う。デイジーさんに久しぶりに会った。デイジーさんはなんだか元気がなかった。
「デイジーさん、お久しぶりです。どうしたんですか?」
「ねぇ、シロヤマ様、何か新しい図案って無いかしら」
「新しい図案?」
「ここでする刺繍ってね、お花かイニシャルだけなの。後はラインの縫い取り」
「そうですね。花びらだけっていうのは?」
「花びらだけ?」
「フラーに咲くミモってあるって聞いたんですけど、固まって咲くんでしょ?あえて1輪づつにしてみると面白いかも」
「そうね。そうしてみる、ありがとう、シロヤマ様」
しばらく2人で刺繍をしていると、リリアさんが呼びに来た。
「2人共、こっちにいらっしゃい。3人共とっても素敵よ。トキワ様は背が高いからどんなものでも似合うし、パイロープ様は以外と貴族風のが似合っちゃって、ヘリオドール様はワイルド系が似合うの。トキワ様ってかっちりしたのだけじゃなくて、ああいうのも似合うのね」
「ああいうの?」
「とにかく来てみて!!」
引っ張られて着いていくと、シャツのボタンを3個くらいまで開けてジャケットを片肩に引っかけた大和さんが!!
「大和さん、格好いいです」
「こういう格好は慣れないけどね。チャラい感じだし」
「エスターさんってそういうの、似合いますね」
エスターさんのはフリルがたっぷりのブラウスに貴族風って感じの上着にズボン。
「そうかな?着られてる感が半端ないけど」
「ゴットハルトさん、何て言うか、ワイルドですね」
ゴットハルトさんのは一言で言うとカウボーイ?
「荒野とか草原で馬を駆ってるイメージだな」
「トキワ殿は女の人を手玉にとりそうだ」
「あら、そうね。お嬢様方が貢いじゃいそうな感じ」
「俺は咲楽ちゃんだけ居れば良い。脱ぎますよ」
ちょっと不機嫌そうにそう言って、ボタンを外しながら別室に向かう大和さん。
「大和さん。そのままだと……」
「ん?あぁ。ありがとう」
「例の傷痕?シロヤマさんも見たの?」
声を潜めてリリアさんが聞く。
「見えちゃったんです。すごく気になって……何故リリアさんが知ってるんですか?」
「あぁ、貴女が寝ちゃったときにね、トキワ様のシャツを握っていたから、軽い気持ちで脱いで持たせてあげれば?って言ったのね。そしたら脱ぎたくないって言って、リシア様が傷痕について話されたの。崖から落ちたって言ってたけど」
「私もそう聞きました」
2人でひそひそ話をしていると大和さんが戻ってきた。
「なに話してるんですか?お嬢様方」
「貴方の傷痕についてよ」
「あぁ。見たら咲楽ちゃんが気にするから。気にする咲楽ちゃんを見たくないからね」
「見慣れてしまえば良いんじゃない?」
「ゆっくりで良いんですよ。急がなくても」
「そうね。ゆっくりの方が良いわね」
「何の話ですか?」
「そのままのシロヤマさんが良いって話よ」
そのままの私って?私はなにも知らなくて、大和さんが色々教えてくれている。それでも皆、私に分からない会話をしている時がある。そういう時は心の奥の方がモヤモヤする。仲間外れにされてるみたいな、そんな感じになる。
大切にしてくれてるって言うのは何度も伝えられているけど、こういう会話の時に自分だけ分からなくて、他の人が分かり合っているのを見ると、なんだか淋しい。こういうのって子どもっぽいと思う。でも少しでも大和さんに近付きたくて、大和さんのジャケットを掴んだ。
「大和さん、教えてください。私だけが分からなくて、仲間はずれみたいで嫌です」
大和さんがリリアさんと顔を見合わせている。言わない方が良かったのかな?ちょっとドキドキする。
「えぇっとね、咲楽ちゃん、今じゃなきゃダメかな?」
やっぱり言わない方が良かった?
「私、1人だけが理解できない会話って、淋しいです」
言ってから後悔する。大和さんが困った顔をしたから。
「シロヤマさん、ゆっくり知っていけば良いのよ?」
リリアさんが慌てて言ってくれてるけど、何を「知る」のかが分からない。
「だからゆっくりって何ですか?知るって何を知れば良いの?私だけが分からなくて、皆はたくさん知っていて。聞いても教えてくれなくて。どうして?」
止まらなくなった。しばらく喚いてる状態だったと思う。自分でも何を言ってるのか分からなくなっていた。
「感情爆発か?……少し部屋を貸していただきたい」
大和さんがそう言ってるのが聞こえる。
「シロヤマさん、大丈夫なの?」
「落ち着かせます。2人にしてください」
部屋に2人になると、大和さんは私を椅子に座らせた。
「咲楽ちゃん」
「大和さん、私、変なこと聞いちゃいましたか?どうしてそんなに困った顔をしてるんですか?何を知って何を知らないか、それが分からないんです。聞いても答えてくれないじゃないですか」
「咲楽ちゃん」
「名前だけ呼んでないで教えてください。それとも教えたくない事ですか?教えても意味がないとかですか?」
大和さんの手が伸びてくる。そっと頬に触れたその手が暖かくて少し落ち着いた。
「咲楽ちゃんは優しくて純粋で暖かい。そのままでいて欲しいってことだよ。無理に全てを知らなくて良い。そういうことは俺がゆっくり教えるから」
「だから『そういうこと』って何ですか?」
そう聞いたら両手で頬を挟んでゆっくりとキスされた。
「こういうこと。分かった?」
恥ずかしくなって俯いた。
「あのね、咲楽ちゃんはこういったことに嫌悪感と恐怖心があったでしょ?だからゆっくりで良いと思った。少しずつ知ってけば、俺が少しずつ教えてけば良いと思った。確かに分からない会話は淋しいよね。そこに思い至らなかったのは俺が悪かった。ごめんね」
ゆっくりと頭を撫でられる。
「大和さん」
「ん?どうした?」
「ごめんなさい」
「謝らなくて良いよ。落ち着いた?」
「はい」
「さてと、ずいぶん多くの人たちが聞き耳を立てているみたいだけど、その中を出ていく勇気はある?」
「聞き耳って?」
「ここは神殿の衣装部。その中での出来事だからね。皆、咲楽ちゃんが心配なんだよ。後は俺が何をするかの好奇心かな?」
そういえば衣装部にいたんだった。あの時みんなが聞いてたってこと?
「リリア嬢」
大和さんがドアに呼び掛ける。
「えっと、なにかしら?」
なんだかおずおずと顔を出すリリアさん。
「ドアの外の人たち、散らしてください。そろそろエタンセルを戻しにいかないと」
「そうね、その通りだわ。ほら、解散よ」
「何故リリアが仕切るのよ」
「そうよ。私だってシロヤマ様を心配したいのよ」
「あの状態のトキワ様、怖いのよ。逆らっちゃダメって本能で分かるって言うか」
そぉっとミュゲさんとコリンさんが覗く。
「確かに」
「逆らっちゃダメね」
怖い?大和さんを見上げる。にっこり笑顔の大和さん。安心できるけど?
「行こうか?」
「はい」
外に出るとゴットハルトさんが寄ってきた。
「さすがだな」
「なにがです?」
「なにがって……いや、なんでもない」
「なんでもないなら良い。咲楽ちゃん、行こうか」
「失礼します」
衣装部が妙に静かになってたけど、どうしたのかな?