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異世界転移って本当にあるんですね   作者: 玲琉
2年目 氷の月
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氷の月、第2の木の日。


キレスタールの人達はまだ難民と認定されたわけではないらしい。今、王宮で閣僚とキレスタール側の貴族の人との会合が連日開かれていると聞く。会合というよりはどちらかというと、コラダーム側の尋問に近いだろうと、ライルさんが言っていた。


アル=ワフシュ・イスラフィールさんの指は、なんとかくっついていて、ホッとした。やはり動かしにくさはあるようで、これから指のリハビリをしていくと笑っていた。


キレスタールの人達の居るピサンリには、施療院の施術師が月に1度健康相談に行くことになったらしい。王宮の、というよりも、コラダーム国として「難民を希望して来ても、等閑(なおざり)にはしませんよ」というアピールの意味もあると、所長が言っていた。


今日は晴れている。でも冷え込みは強そうで、庭の影になっている所が白い。霜が降りているみたいだ。


着替えてダイニングに降りる。暖炉に火を入れて、ディアオズの水量を確かめて、暖炉の火を眺める。


「ただいま、咲楽」


「ただいま戻りました、サクラ様」


「ただいま、天使様」


「おかえりなさい、大和さん、カークさん、ユーゴ君」


「天使様、庭がザクザクだよ」


「庭がザクザク?」


「咲楽は知らないかな?霜柱って」


「知っていますよ。あれって綺麗ですよね」


「ザクザクしてて気持ちいい」


「ん?」


「んん?」


「同じ物を話しているのに、咲楽とユーゴで感じ取り方が違うのは面白いな」


「そうですね」


3人は今から地下でそれぞれの鍛練らしい。私は朝食の準備。


大和さんに『咲楽』って呼ばれるのはかなり慣れてきた。最初は私よりもカークさんとユーゴ君が戸惑っていたと思う。えっ?って表情をしていたもの。大和さんに『咲楽』って呼ばれるのはまだ恥ずかしいんだけど、赤面することは減ってきたと思う。


「朝食の用意が出来ました」


「分かった。上がるよ」


伝声管で大和さん達を呼ぶ。少しして、大和さん達が地下から上がってきた。


「咲楽、どうしたの?」


「何がですか?」


「妙に顔が赤い」


「え?」


「熱は無いようだけど」


コツンと私に額を合わせて熱を測る。


「大和さん、近いです」


「ますます赤くなったね。最初に何故赤かったのかは謎だけど」


「し、シャワー、行かないんですか?」


「はいはい。行ってくるよ」


大和さん達はシャワーに行った。


顔が赤いってどうしたんだろう?大和さんの『咲楽』呼びを思い出していたくらいなんだけど、まさかそれでじゃないよね?


パンを暖炉の上段に置いて温めてオムレツを仕上げる。


「咲楽、調子は?」


「普段と変わり無いですよ」


「まだ赤いかな?」


「サクラ様、ご無理はなされていませんよね?」


「していません」


「天使様、何か考えていたりとかは?」


「考えて?大和さんの……」


「あ、また赤くなった」


「あぁ、なるほど」


「仕方がありませんね」


「なんですか?」


3人は納得したけど、なんなの?


「今日は昼まで王宮だから、一緒に行くからね」


「お昼からは神殿ですか?」


「トキワさんも忙しそうだね」


「勤務が二重になってるからな。それも今日までだ」


「明日は休み?」


「明日は早番で神殿だな」


「大変だね」


朝食を食べ終わったら、ユーゴ君は学門所に行く。お昼を渡して見送った。


「いってきます」


「いってらっしゃい。気を付けてね」


ダイニングに戻ると、カークさんが食器を洗ってくれていた。


「サクラ様、まだ慣れませんか?」


「えっと?」


「トキワ様の呼び方の件です」


「慣れてきたと思うんですけど」


「慣れておられないから、そのように赤面なさるのでは?」


「まだ、赤いですか?」


「はい」


「慣れたと思ったんです」


「無意識下で意識してしまっていたと」


「みたいです」


恥ずかしくなって小声になる。顔も熱い。


「咲楽、着替えておいで」


「はい」


意識しちゃダメ。意識しちゃダメ。意識しちゃダメって思うと、余計に意識しちゃうのは何故だろう?


出勤用の服に着替えて、髪を纏めてリップを塗る。


「お待たせしました」


「じゃあ、行こうか」


3人で家を出る。


「咲楽……。おぉ、赤くなった」


「トキワ様……」


「可愛くて、つい」


「遊ばないでください」


「サクラ様が変な(やから)に目を付けられたら、どうするのです。王都内の雑用依頼をこなしていると、たまに聞かれるのですよ?天使様に会うにはどこに行けば良いか、と」


「もうそんなヤツが居るのか?」


「これから増えると思います。冒険者連中は教えないでしょうし、バザール(市場)の者も同様でしょう。しかし、王都民全員がそうという訳ではないのです」


「そうか。フルールの御使者(みつかい)も近いからな」


「そうですよ。去年のような事はないでしょうが、用心に越した事はありません」


「去年のような事って私の?」


「カーク」


静かだけど低い、怒りを含んだ大和さんの声がした。


「失礼いたしました」


「聞かせてください。私が知らなければ用心も出来ません」


「連中が動き出したのは、この時期位からだそうだ」


しぶしぶといった体で大和さんが話してくれた。


「こんなに早くから?」


「咲楽の行動パターン、俺の勤務状況、王都内の人通りなんかをあの女は1人で調べていた。俺の勤務状況はカークからさりげなく聞き出していたらしい」


「申し訳ありません」


「他の光神派の連中は、陽動に使われたらしい。施療院にも何度も行ったって調書にあったけど」


「はい。あの人達でしょうか?白い法衣を着た人を、オスカーさんや常連さんが何回か見たって言っていました」


「たぶんそいつ等だね。白い法衣の連中が危険と思わせて、そうじゃない自分が王都の外に連れ出す。最初はそういう計画だったらしい。でも、咲楽の不在が予想より早くバレた。騎士団が咲楽の不在を知って、東西南北の街門に飛んだからね。出門者の検問はかなり徹底的にやってくれた。だから王都内に咲楽が隠されていると予想が付けられた。副団長と団長がそこを素早く手配してくれたから、俺は王都内に咲楽がいると確信できた」


「そんな事があったんですか」


他人事(ひとごと)だね」


「違いますよ。あそこで監禁されていた時、1日に何回か暴力を振るわれましたけど、本当に時間を決めてって感じだったんです。だから何故だろう?って思っていて、今、分かりました。その他の時間は様子を見に行っていたんですね。暴力を振るってきた人も2パターンあって、嗜虐的な人達と、やらされている的な人達と居たんです。いつかは助けに来てくれると思って耐えていましたけど、やらされている的な人達が途中で『バレる前に逃げなきゃいけないけど、外には出られない』って言ったような気がしたんです。その時は頭が働かなかったんですけど、騎士団が動いてくれていたからなんですね」


「トキワ様、私も思いは一緒ですから、ここでは止めてくださいね」


「分かってる」


「大和さん?」


「壁か何かを壊したい気分」


「私の話の所為(せい)ですね。すみません」


「咲楽の所為(せい)じゃないよ。悪い、カーク」


「王宮騎士団に壁でも用意してもらいましょうか?」


「古い街壁を破壊する方にする」


「副団長様に伝えてきます」


カークさんが走っていったけど。何を伝えに行ったの?


「大和さん、カークさんは何を?」


「壁の手配」


「壊したいって言っていましたけど、騎士団を巻き込んでいるんですか?」


「魔力操作の訓練も兼ねて、ストレス発散にね。評判は良いんだよ」


「怪我はしないようにしてくださいね」


「善処します」


大和さんは笑ってそう言ったけど、大丈夫かな?


「八つ当たりは人にはしないよ。こっちに来て魔力を纏わせることを覚えたから、破壊力も上がってるし、対人で使ったらヤバいでしょ」


「ヤバいですね」


破壊力が上がってて、それを人にって、殺人も出来ちゃうって事ですよね。


「元々使わないって決めてたから、それを反故にするような事はしないよ。それに地属性を足に纏わせると、それだけで破壊力が上がる」


「それって危なくないですか?」


「この件に関しては防御の為としか公表してないよ。魔術師達もそう言っていた。彼等はmadなだけじゃないんだなって見直したね」


「ちょっと前の魔術特報に書いてありましたね。ソーリュスト(地鎧)でしたっけ?」


「そうそう。鎧って付いているから、防御力を上げるって思うだろうし、説明にも防御力って書いたから大丈夫だろうって言ってた。それでも知ってる人はいるし、その人達には口止めするって話だったけど」


「そういうのも必要なんですね」


王宮への分かれ道には、ライルさんとローズさんと副団長さんとカークさんが待っていた。


「トキワ殿、何かありましたか?」


「まぁ。見習いを付き合わせる訳にもいきませんから」


「あの方法は、見習いには好評なんですが」


「それでも、見習いには見せたくないのですよ。というか、誰にも見せたくありません」


「カーク君は?」


「カークは分かってくれていますから」


大和さんと副団長さんの様子を見て、ローズさんとライルさんが聞いてきた。


「おはよう、サクラちゃん。ねぇ、トキワ様、どうしたの?」


「えっと、私の事件の時を思い出して、キレかけてるっていうか」


「あの時ね。分からないでもないけど」


「私は分からないんですけど、そんなにでしたか?」


「シロヤマさんが見つかるまではピリピリしてたし、見つかってからはギリギリで持ちこたえているって感じだったね」


「余裕はなかったわね。私達と話をしていても、何をしていても、意識がサクラちゃんに向いているって感じで」


「カーク君もそんな感じだったね」


私が意識がなかった時の事は聞いた事がなかった。大和さんもカークさんも話してくれなかったし、私がその時は余裕がなくて、聞けなかったから。


「シロヤマさんが目覚めてからは、過保護が増したっていうか」


「何かあったらサクラちゃんを抱えるしね」


「……」


「サクラちゃん、黙らないで。虐めている気分になってくるわ」


「施療院に行こうか。トキワ殿達も話し合いが終わったみたいだし」


「じゃあ、咲楽。いってくる」


「いってらっしゃい。怪我をしないようにしてくださいね」


「善処します」


にっこり微笑んで言ったけど、善処するって「気を付けます」って意味じゃないんだよね。今の場合は良いように聞くと「怪我しないように気を付ける」だけど、大和さんは「バレなきゃ良いってことでしょ」って感じで言ったと思う。


「サクラちゃん、何を考えてるの?」


「さっき、大和さんが『善処します』って言いましたよね」


「えぇ。『怪我をしないように気を付ける』って言ったんでしょ?」


「たぶん、『怪我をしてもバレなきゃ良いよね』の意味だと思います」


「そうなの?」


「善処って、適切に処理しますって意味ですから。大和さんのあのニッコリはそういう意味だと思います」


「トキワ殿……」


「大和さんは自分の行動を人に決められるのは嫌いですから。自分で責任を取れる範囲であれば、行動は自分で決めます」


「え?ちょっと待って。自分の行動を人に決められるのは嫌いって、騎士団に居るのは?」


「騎士団所属は自分の意思です。異動なんかもそれは自分の負う義務だと思っていそうですし、そこに異を唱えることはないですよ。騎士に関することで文句を言っていたのは、騎士爵を賜った時だけです」


「騎士爵って名誉なのに?」


「自分の道を決められたと感じたようです。納得はしたけど、って感じでした」


「組織に属するのは自分の意思、それに伴う義務も受け入れるけど、無理にトキワ様を動かすのは駄目って事?」


「たぶん自分の意思に反して動くのは、シロヤマさんに関する事だけだろうね」


「だから私は大和さんの足枷にはなりたくないんです」


「目立ちたくないっていうのもそれ?」


「それは完全に自分のワガママです」


「ワガママなら、目立ちたいって思うものよ?」


「足枷になりたくないなら、僕達に相談してね」


「そうそう。相談には乗れるわよ?」


「自分1人で悩むと、考えが固まるらしいから」


「迷惑じゃないか、とか考えているわね?」


「兄として、姉として、相談もしてくれないのは、寂しいよ」


「はい」


この言葉で、日本にいた頃の家族について話してみようと思った。でも今じゃない。昼休みはフォスさんも居るし、どうしよう。


施療院に着いて、更衣室に入ると、ルビーさんが先にいた。


「おはよう、ローズ、サクラちゃん」


「おはよう、ルビー」


「おはようございます、ルビーさん」


「ルビー、サクラちゃん、例のカップ出来上がってきたわよ」


「サクラちゃんの出発に間に合ったわね」


「あ、そうだ。サクラちゃん、明日は時間はある?」


「はい。大丈夫です」


本格的な引っ越し準備は光の日にする予定だし、明日は時間はある。


「もう一度、あのお店に行かない?リディアーヌ様の分も欲しいし、所長達の分も要るわよ」


「もしかして、私はマーク描き要員でしょうか?」


「うふふ。違うわよ。それもあるけど」


「あるんですね」


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