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異世界転移って本当にあるんですね   作者: 玲琉
2年目 氷の月
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氷の月に入った。


今月に入ってまだ数日だけど、忙しい日が続いている。ターフェイア領への出発の準備だとか、施療院の整理とか、マクシミリアン先生に申し送りの手紙や、各患者さんの病歴、治療の進行度なんかを書き残している。カルテを見れば分かることだけど、それでも治療を始めた原因は知っておいて欲しい。同時進行でやろうとするから、忙しくなるって事は分かっているんだけど、同時進行でやっちゃうんだよね。


今日は氷の月、第1の緑の日。


雪は降る時には、大粒の水分の多い雪が一気に降って、晴れて溶けてを繰り返している。今日は雪が降っている。窓から外を眺めて、着替えてダイニングに降りた。


「おはよう、咲楽ちゃん」


「おはようございます、大和さん。朝から降っているんですか?」


「昨日の夜中からかな?8の鐘には積もってたし」


「地下は終わったんですか?」


「うん。朝からだからそこまで激しい運動はしていないけどね。各舞の型を一通りなぞって、笛を復習(さら)って、後は軽い運動位かな?」


「大和さんの軽い運動って、他の人の結構な運動って感じなんですけど」


「カークみたいなことを言わないでよ。それでなくても化け物級の体力だとか、見習い達に言われてるんだから」


「そんな事を言われているんですか?」


「初日に言われた。チコ達が頷きながら笑ってたから、お仕置きしておいた」


「お仕置き?何をさせたんですか?」


「王都街壁1周タイムトライアルをさせただけ。もちろん俺達教官役も一緒に走ってるよ」


「大和さん、後ろから追いかけてたりとかしてませんよね?」


そっと目を逸らす大和さん。したんですね?


「この前行った時って、見習いさん達って居ませんでしたよね?」


「さすがに見習いの内は闇の日は休みだよ。正式に騎士として任命されたら、不定休になる」


朝食の用意をしながら、大和さんと話をする。こういう風に大和さんと話をするのって、けっこう好きだったりするんだよね。大和さんはずっと頬杖をついて、私を見ている。こういう風に話をするのって好きなんだけど、照れてしまう。


「何照れてんの?」


「じっと見ないで下さい」


「俺は咲楽ちゃんを見ていたい」


「うぅ……」


「照れてる咲楽ちゃんも可愛い」


「や、大和さん、パンをお願いします」


「クックック……。慌ててる咲楽ちゃん、可愛い」


「楽しまないで下さい」


「はいはい。パンね」


まだ笑いながら、パンを暖炉に置いてくれる。


「咲楽ちゃんはどのパンにするの?」


「このバターロールっぽいのにします」


「咲楽ちゃんはリッチ系のパンが好きだよね」


「やっぱりこっちの方が慣れているっていうか」


「でも、これって、バターロールじゃないと思うよ?」


「確かに表面に艶もありませんけど。でもそっくりですよね?」


「たぶんギフラだと思う。デンマーク発祥の食事パンだね」


「そんな種類があったんですね」


朝食を食べたら、出勤準備をする。私はいつものパンツスタイルにワッフル編みのセーター。髪を纏めて、リップを塗ったら完成。コートとスヌードと手袋を持ってダイニングに降りる。


「用意は出来た?行こうか」


「はい」


2人で家を出る。


「咲楽ちゃん、ほら、手を貸して」


「はい。大和さんと手を繋ぐの、好きです」


「火属性で暖かいもんね」


「それだけじゃないですよ?」


「分かってる。咲楽ちゃんは俺が好きなんだよね?」


「すっ……はい」


「ねぇ、咲楽ちゃん、咲楽って呼び捨てにしても良い?」


「良いですよ?」


「あっさり許可が出た」


「でも、大和さんに咲楽ちゃんって呼ばれるのも好きですよ?」


「どっちにしようかな?咲楽って呼び捨ても俺だけって感じだし、咲楽ちゃんって呼ぶのも良いし」


「大和さんのお好きにしてください」


「分かった。今日1日考える」


「考え事をしながらの訓練は止めてくださいね?」


パラレル(並列)思考か。しようと思ったら出来そうな気がする」


パラレル(並列)思考って同時に2つの事を考える事ですよね?」


「まぁね。複数の事を同時に考えると思っておいたら良いよ」


「私は苦手です」


「咲楽ちゃんは料理の時に無意識に行っていると思うけどね」


「そうですか?」


「パスタを茹でながらソースを作ってるじゃない」


「それってちょっと違う気がします」


「同時に別の料理を作ったりとか」


「それは……どうなんでしょうね?」


「料理って1つの作業をしながら、次の行程を考えてるでしょ?それも立派なパラレル(並列)思考だよ」


「それってお料理をする人は、普通に出来ますよ?」


「俺はほら、料理はしないから」


「あぁ……」


「何故だろう?本当の事なのに、納得されてショックを受けている自分が居る」


「でも、大和さんは他にいろんな事が出来るじゃないですか」


「必死のフォロー、ありがとう」


「どういたしまして?」


雪が降っているから、傘は大和さんが持っていてくれている。


相合い傘って手を繋いでいたら持ちにくいと思うんだけど、大和さんは私の手を繋いで、さらに傘も持ってくれている。嬉しいけどなんだか申し訳ない。


「大和さん、傘、持ちにくくないですか?」


「そんな事無いよ。あぁ、手を離して欲しい?」


「嫌です」


「それならそんな事を言わないの。俺は咲楽ちゃんと手を繋ぎたいんだから」


「はい」


「咲楽」


「やっぱり、呼び捨てって照れるんですけど」


「そう言われると、こっちもテレるんだよ?」


「それなら今まで通りで良いじゃないですか」


「やっぱりさ。言いたいんだよ」


「呼び捨ての許可をした事を後悔してます」


「え?後悔しないで?ね、さ・く・ら」


「一音ずつ区切らないで下さい」


「良いじゃない」


「無駄に恥ずかしいです」


「恥ずかしがってる咲楽も可愛い」


「うぅぅ……」


「今夜から、名前を連呼しよう」


「いじわるです」


「慣れるまで、ずっと言い続けようかな」


「慣れるまでって私がですか?」


「そうだよ?」


「早く慣れるようにします……。あれ?でも、慣れても呼ばれるのは変わらないんじゃ?」


「そうだよ?」


「恥ずかしいのは変わり無いじゃないですか」


「今さら何を言ってるの」


「大和さん、私をいじめて楽しいですか?」


「いじめてないよ」


「楽しんではいますよね?」


「ほら、咲楽が可愛いから」


「うぅぅ……」


「そろそろ良いかしら?」


「ローズさん?いつからそこに?」


「少し前からね」


「少し前?」


「トキワ様が慣れるまで言い続けるって辺りから?」


「違うよ。もう少し前、今夜から名前を連呼するって言っていた所からだよ」


「ライルさんも。早く声をかけてくださいよ」


「だってねぇ」


「トキワ殿に止められたからね」


「大和さん?」


「なかなか気が付かなかったから、どうしようかなって思ってた」


「そろそろ施療院に行きましょう?」


「はい。大和さん、いってきます」


「いってらっしゃい」


手を振ってくれる大和さんに見送られて、施療院に向かう。


「サクラちゃん、雪が降ってるけど、マックス様がすぐ近くまでいらしているらしいわよ」


「今日か明日、到着ですか?」


「雪だからね。どうだろうね」


「そうですよね。止んでくれると良いんですけど」


「サクラちゃんも、もうすぐ出発よね?」


「第3週の予定ですね。エタンセルで行くので、時間は掛からないって、大和さんが言っていました」


「2人乗りで行くの?」


「馬車だと馭者の方が居ますよね?よく知らない人は……」


「あぁ、そうね。他に知り合いが一緒に行くなら良いけど」


「カーク君は?馭者は出来るでしょ?」


「ユーゴ君を放ってはおけないので」


「上手くいかないわね」


「そうなんですよね」


雪はまだ降り続いている。


「積もりますよね?」


「あの大雪の日のような事はそうそう無いから、大丈夫だよ」


「でも、南門外の人達は増えているって聞きました」


「対策はしているはずだけどね」


なんとなく言葉少なになって、施療院に着いた。


「おはよう、ローズ、サクラちゃん」


「おはよう、ルビー」


「おはようございます、ルビーさん」


「朝早くから南門外の人達を、街壁の間に入れる処置が始まったみたいよ」


「それならある程度、安心なのかしら?」


「地属性の魔術師達が、簡易的な仕切りを作っているって噂よ。何人も南に向かうのを見たわ」


「屋根がないと、寒いんじゃないの?」


「はい。暖かい空気は昇りますから」


「その辺はどうするのかしら?」


「私達が考えても、仕方がないわよ」


「サクラちゃんはそう思ってなさそうよ」


「サクラちゃん、思い詰めないで?」


「大丈夫ですよ。心配かけてすみません」


「トキワ様が言っていたわ。サクラちゃんの『大丈夫』を真に受けちゃいけないって」


「あぁ、言っていたわね。大丈夫じゃない時ほど大丈夫って言うから、気を付けてくださいって」


「あの時はまた過保護が始まったって思っていたけど」


「そうね。過保護じゃなさそうよね」


診察室に向かいながら、ローズさんとルビーさんに口々に言われた。大和さん、そんな事を言っていたんですね。


待合室の手前で深呼吸。診察室に行く。患者さんは少なそうだ。雪の影響かな?


「3人共、ワシは今から王宮に行ってくる。冒険者ギルドからの情報が入った。詳しい事はライルに聞きなさい」


所長が急いで出ていった。何があったんだろう?


「ライル様、どうしたんですか?」


「さっき、南門外の事を話していたよね?西門に集団が到着したらしくてね。みんなボロボロだって言うんだ。怪我人もいて施術師らしい人が治療して回ってるって情報もあった」


「西門で施術師ってマックス様?」


「たぶんね。受け入れを巡って、協議しているらしい。と、言うのも他国民が多いらしくてね」


「他国民が多い?難民ですか?」


「国を逃げ出してきたなら、そうなるだろうね」


診察が始まった。診察の途中で救援要請があって、ローズさんが帰ってきた所長と施療院を出ていった。


常連さん達の雑談という名の情報合戦が、待合室で繰り広げられているらしい。施療院から動けない私にしてみれば、こういう情報はありがたい。


常連さん達の情報?噂?を纏めると、西門に集まっているのはキレスタール国籍を持つ人が多いらしい。キレスタールってファティマさん達の故郷(ふるさと)だったよね?ファティマさんは『キレスタールは滅びるだろう』って言っていたけど、本当になっちゃったの?


貴族っぽい人と私兵らしき人が集団を纏めていて、大きな混乱はないって事だけど、それ以上の情報は入ってこなくなった。


「天使様、指を切っちまって、それをくっつけるって、出来るものかい?」


「指を切って?って切傷じゃないですよね?」


「指を落とされたって言っていたけど」


「誰がですか?」


「西門に居るキレスタールの兵士」


「止血と切断された指があれば、早い内なら大丈夫ですけど」


「たまげたねぇ。くっつくのかい」


「あくまでも条件が良ければですよ?」


「それでもさ。もうすぐ来るんじゃないかい?」


「誰がですか?」


「西門に居る指を落とされたキレスタールの兵士。あぁ、来たみたいだね。アタシャ、これで失礼するよ」


ファティマさんと魔術師様と、知らない兵士さんが来院した。


「天使様、頼むよ。助けてやっておくれ」


「ファティマさん」


「王都の手前で賊に襲われたらしいんだ。この人は私の恩人なんだよ」


「右手拇指切断ですか。切断された先はありますか?」


「トキワ様に言われて、ハンカチで巻いて、氷に浸けてありますが」


「ありがとうございます」


切断面は綺麗だ。浄化をかけておく。兵士さんには寝てもらって、処置台に手を置いてもらう。


「痛みが酷ければ、闇属性で軽減しますが?」


「いや、このままで。寝てしまう訳にいきません」


「分かりました。右手先だけ、痛みを和らげますね」


苦痛の表情を見せていた兵士さんが驚いたような顔で、何かを言いかけて黙った。


魔術師様とファティマさんが治療の様子をじっと見ている。


拇指の向きを確認して、ハンカチから出した指を接合する。骨、屈筋腱及び伸筋腱、神経、動脈及び静脈を繋げる。申し訳ないけど、静脈は太い物だけしか繋げなかった。だって、細い血管は0.5㎜~1㎜とかで、専門医は手術用顕微鏡を使うんだもん。こういう時、魔法で繋げられるのはありがたいと思う。そうじゃなかったら、知識があっても私には無理だ。皮膚を修復して、普段は使わない包帯を巻いた。


「この包帯、出来るだけ汚さないようにしてください」


「あの、これは何の為ですか?」


「関節部ですから、しばらく動かさないように。こうしておけば、意識するでしょう?」


「はぁ。いつまでですか?」


「そうですね。明日、もう一度診せてください」


「明日ですね」


「分かりました。明日、伺います」


「お待ちください。アル=ワフシュ・イスラフィールさん?」


「あぁ、イスラフィール、もしくはフィールとお呼びください」


「私達の国は分かりにくいからね。フィールさんの場合は、ワフシュ家の息子、イスラフィールという意味さ」


「そうだったんですか」


「私は主の元に戻ります。ありがとうございました」


イスラフィールさんと魔術師様は帰っていった。今から事情聴取らしい。


キレスタールの人達かぁ。亡命ということになるのかな?


3の鐘になって休憩室に行くと、所長とローズさんがぐったりしていた。


「お疲れ様です」


「おぉ、シロヤマさん、すまなかったの」


「いいえ。お役にたてて良かったです」


「ワシ等が治療した人はほぼキレスタール人じゃったの。内戦が起きておるそうじゃ。あの兵士は領主に命ぜられて、他の兵士と共にいくつかの国に分散して逃げてきたと言っておったの」


「この近くで盗賊が出て、騎士団が討伐に向かったそうよ」


「盗賊ですか」

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