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常連さんの中にも、何人か火傷の人が居た。でも、低温火傷の人は居ない。朝だから、まだ低温火傷に気が付かないのかな?
「おはよう~。寒いね~」
「おはようございます」
常連さんに交ざって来院したのは狸人族のおじさん。北の湖の管理人さんだ。
「どうされたんですか?」
「携帯暖炉っていうのを買ったのよ~。そしたらヒリヒリしちゃってね~」
「低温火傷でしょうか?もしかして、ずっと1ヶ所に当てていたとか……」
そっと目を逸らす狸人族のおじさん。当てていたんですね?
「携帯暖炉はこういう風になりやすいんです。低温火傷っていうんですけど、こまめに場所を変える等の対策を取ってください」
「それ、去年も言われた気がするよ」
「覚えておいてくださいよ」
若干呆れて言ったけど、聞いていない気がする。
「最近ね、孤児院に行ってるのよ。同族が居るって聞いてね」
「あぁ、パウロ君。狸人族でしたね」
「でもね。あの子は僕の同族じゃなかったよ。僕は普通の狸人族だけどあの子は北狸人族。北の方の子だね」
「珍しかったりしますか?」
「この辺りではね」
「そうですか」
ニコニコ顔で狸人族のおじさんは帰っていった。
パウロ君も珍しい種族だった。グラシアちゃんもタビーちゃんもそうだ。他の子達は?どうなんだろう?
3の鐘になって、休憩室でライルさんに話してみた。
「パウロって狸人族の子だよね?」
「はい」
「あそこに居た年少組の内、1人竜人族の子がいてね。その子は西に領地を持つ貴族に引き取られることになった。しばらくは王都にいるけどね」
「しばらくってどのくらいですか?」
「その貴族が言うには5年程だそうだよ」
「5年ってしばらくっていうのかしら?」
「貴族様に引き取られるって、どういう事ですか?」
「その貴族は竜人族と親交があるんだよ。竜人族の里に近い領の貴族でね」
「それで引き取ってくれるんですか?」
「と、いうよりはずっと行方不明で探していたんだそうだよ。今年で6歳になる赤子の竜人族をね」
「6歳で赤子?」
「竜人族って長命だからね。一般には100歳で人間でいう成人らしいよ」
「100歳で成人?平均寿命ってどの位なんだろう?」
「300歳と聞いたことがあるのぅ」
「300歳……」
「ワシの友人の竜人族は233歳じゃ。それでワシより年下なんじゃと」
「所長より年下って、え?所長ってお幾つでしたっけ?」
「ワシか?ワシは65歳じゃの」
「初めて知ったわ」
「所長、65歳だったの?」
「もう少し若いと思っていました」
ワシって一人称だけど、60歳いってないと思ってた。
「ちなみにマクシミリアンは60歳じゃ」
「マックス様も若いわね」
「衝撃です」
「シロヤマさんの『成人してます』よりは、普通じゃと思うが」
「幾つだと思っていたんですか?」
「最初に会った時は15歳位じゃと思うた」
「あ、僕も。ごめんね」
「良いですよ、別に。そう見られる事には、慣れていますから」
「サクラちゃん、言葉と態度が合ってないわよ」
「慣れてても嫌になるわよね」
「ローズさぁん、ルビーさぁん」
泣き真似をして2人の側に行ったら、ナデナデされた。
「はいはい。こっちに来なさい」
「うふふ。役得役得」
お昼からの診察に、低温火傷の人が3人来院した。
「デリックさん、去年も気を付けてくださいって言いませんでしたっけ?」
「聞いたような、聞いてないような……」
「言いましたよ。カール君に叱られていたじゃないですか」
「寒いのは苦手なんですよ」
「苦手って言っても、限度があります。何枚着ているんですか?」
「肌着3枚と、シャツが2枚でしょ?防寒用の上着が2枚で5枚?」
「7枚です。勝手に減らさないでください。2枚、どこに消えたんですか?」
「魔空間?」
「確かに仕舞えますけど。あぁ、もう。肌着は1枚脱いでください。シャツも1枚脱いで」
「シロヤマ様、大胆ですねぇ」
「私、氷魔法で試したい事があったんですよ。肌着の内側に気付かれずに氷を入れられるか?って実験なんですけど、試していいですか?」
にっこりと笑って言ったら、即座に謝られた。
「すみません。許してください。脱ぎますから」
「ここで脱いで、待合室で着ないでくださいね」
「シロヤマ様が怖い」
ペタッと耳を伏せて、デリックさんは出ていった。怖いって失礼な。必要だと判断したまでです。
5の鐘前には患者さんは居なくなった。終業時間まではもう少しある。パッチワークを取り出して縫い始めた。縫いながら考える。
そういえば南の孤児院の珍しい種族の子達の話はどうなったんだっけ?竜人族の話で終わっちゃったけど、詳しい話はしなかったんだよね。
そういう件に対して、行政がなんとか動いてくれるのを期待するしかない。
「サクラちゃん、帰りましょ」
「もうそんな時間ですか?」
「それって所長が言っていた壁飾り?」
「はい。最終的に大きな四角の布に縫い合わせます」
「これって相当根気がいるんじゃない?」
「そうですね。私はチクチク縫っている時間とか、好きですけど」
「私は耐えられないわ」
話をしながら、施療院を出る。
「サクラちゃん、ターフェイア領に行っている間、あの家はどうするの?」
「カークさんとユーゴ君に管理をお願いしました。管理がてら住んで貰ってもいいって言ったんですけど、それは断られました」
「カークさんの性格だと断りそうね。この家はお2人の家ですとか言って」
「聞いていたんですか?」
「やだ。本当に言ったの?」
「はい」
「彼なら言いそうではあるね。カーク君は付いていかないんだっけ?」
「はい。ユーゴ君が残ると言ったので」
「1人にする訳にいかないわね」
「そうなんです」
「あ、トキワ殿だよ」
「早くない?」
「僕達が遅いんだと思うよ。施療院を出る時に、少し話していたし」
「咲楽ちゃん、お疲れ様。皆さんもお疲れ様です」
「トキワ殿もお疲れ様」
「大和さん、お疲れ様です」
「トキワ様、今日は王宮だったんでしょう?行ったり来たり、大変ね」
「やらなければならない事がありますからね。後で大変になるより、少しずつ片付けた方が良いですから」
「言っている事は分かるわ。それを実行に移せるかは別だけど」
「ローズさん、もしかして、長期休暇の宿題は最後の方に慌ててやっていたタイプですか?」
「何故分かるのよ!!」
「さっきの言葉からです」
「サクラちゃんは最初に終わらせた方よね?」
「はい。その方が余裕が持てますし」
「そうだと思ったわ」
ローズさん、ライルさんと別れて家に帰る。
「大和さん、南の孤児院の事なんですけど、狸人族のパウロ君なんですけど、北狸人族ってこの辺りでは珍しい種族だそうです」
「そうらしいね」
「知っていたんですか?」
「一応の情報共有はしてるよ」
「ですよね」
「騎士団でも調べているからね」
「分かってます」
「咲楽ちゃんの気遣いは、嬉しいんだよ?」
「知っていたのに教えてくれなかったとかって、そういう事を思っている訳じゃないんです。情報を調べたりって、後は行政が動いてくれるのを待つしかないって分かってるんです」
「うん」
「だから、えっと……」
「何か力になりたかったんだね?」
「はい」
「咲楽ちゃんは、人の為を第一に動くからね。孤児院の件は、騎士団も調べたりして、調査員も派遣したりして動いてる。王宮もなにもしていない訳じゃないんだよ」
優しく諭されるように説明されて、自分が勝手に全てを背負っている気になっていた事に気が付いた。
「そうですよね。自分が何とかしなきゃって、勝手に思っちゃってたみたいです」
「そうやって素直に反省できる人って少ないんだよ?。咲楽ちゃんの美点の1つだね」
「そうでしょうか」
「そうなんだよ」
バザールに寄って、必要な物を買って、家に帰った。
大和さんが暖炉に火を入れてくれている間に着替えて、夕食の準備をする。朝から仕込んでいたポトフを温めただけだけど。
「大和さん、竜人族って寿命が300歳位って知ってました?」
「300歳?それはまた長命だね」
「所長のお知り合いの竜人族の方は、230歳位なんですって」
「230歳。途中で飽きそう……」
「何かに没頭してたら、あっという間って感じですけど」
「大人の竜人族は会ったことがないなぁ」
「そうですね」
大人のって言ったってことは、孤児院の子が竜人族だったって事も知っているんだよね?
「今日の夕食は何?」
「ポトフです」
「朝から作っていたの?」
「はい」
「ポトフってスゴく手が込んでいるように見える」
「見た目だけです」
「料理が出来ない人間からしたら、どんな料理もマジックみたいに見える」
「そうですか?」
夕食を食べ終わって、小部屋で寛ぎながら、言ってみた。
「大和さん、ユーゴ君がフラーにお母さんに会いに行きたいって言っていた件はどうするんですか?」
「カークとユーゴだけで行ってもらう。俺は行かない」
「2人だけで?」
「顔を見たら殴りかかってしまいそうだ」
「大和さん……」
「法で裁かれた後だから自分の感情は抑えるけど、咲楽ちゃんを傷付けた事を忘れた訳じゃないんだよ。まだ直接会って、感情を抑えられる自信がないし、それなら会わない方が良いって判断した。ユーゴには言ってないけど、カークには言ってあるよ」
「私も会いたいって訳じゃないんですけど、どうしているのかは気になります」
「気にするなとは言えないしね」
「場所の見当は付いているって言ってましたよね?」
「まぁね。知りたい?」
「知りたいような、知りたくないようなって感じです」
「面会要請して、許可が降りるかどうかは分からないけどね」
「あぁ、そうなんですね」
「何かを思い付いたね?」
「差し入れっていいのかな?って思っただけです」
「咲楽ちゃん……」
「魔石鉱脈って、過酷な環境の場所なんですよね?ちょっとしたご褒美があったら頑張れるかな?って思ったんです」
「本当に、この娘は、俺の気も知らないで」
「だって、人間、希望がないと頑張れません」
「まぁ、そうだけど。でもね、彼女等が今、魔石鉱脈に居るのは、自らの行いの結果だ。反省をするための時間でもあるんだよ」
「分かってます」
「本当かな?」
「厳しい環境だったら、クッキーとか食べれてないよね?ってちょっと思っちゃったんです」
「だいたい、どういう環境で、どういった場所なのか分かってないのに、どうするつもりだったの?」
「クッキーとか水分量の少ないものだったら、傷む事もないでしょうし、纏めて看守さん?に渡したら、分けてくれるかな?って……。呆れないでください」
「呆れもするよ。人を思いやれるのは咲楽ちゃんの良いところだけど、心配な点でもあるんだよ?」
「反省はしません」
「言い切ったね。差し入れ云々はユーゴとカークに任せよう。俺等はとりあえずは傍観していよう、ね」
「はい」
大和さんはポンポンと私の頭を軽く叩いて、お風呂に行った。
明日のスープを作りながら、考える。
私は被害者だ。怪我もして、精神的にも完全に立ち直れていない。だから大和さんが加害者であるユーゴ君のお母さんに、会わせたくないというのも分かるし、私も会いたくない。でも、それでも、差し入れをしたいと思うのはそんなにおかしな事なんだろうか?
あの人はユーゴ君のお母さんだ。闇属性への異常ともいえる偏見さえなければ、おかしな人ではないと思う。その一点だけで犯罪者かどうかを分けてしまった。
私はユーゴ君のお母さんの内面を知らない。どんなことを考えて生きてきたかを知らない。
スープを作り終えて、小部屋に戻っても、ずっと考えていた。
大和さんは傍観していよう、と言った。ユーゴ君とカークさんの行動を見守ろうという意味だと思う。積極的には関わらない。助けを求められたら手を貸すけど、自分からは動かないって事だよね。
「咲楽ちゃん、何を考えてるの?」
「さっきの事です。差し入れ云々は納得しましたし、私もあの人に会いたいとは思いません。でも、差し入れをしたいってそんなにおかしいことなのかな?って思って」
「さっきのは俺の考えだからね?咲楽ちゃんの考えと違うのは当然だよ。咲楽ちゃんが真剣に考えて、出した答えなら、それは否定しないよ」
「もう少し考えます」
「うん。とりあえずは風呂に行っておいで」
「はい」
私は当事者だけど、巻き込まれた立場だ。巻き込まれて、一方的な要求をされて、拒否したら暴力を振るわれた。あれ?考えなくても、理不尽の被害者だよね。
大和さんの立場で考えると、大切な人を傷付けられて、そんな加害者に差し入れなんて、能天気な考えだよね。あの件に対しては、私は痛みを耐えていたけど、大和さんは怒りも持っていた。犯人に対する怒りと、私の心配と、私を守れなかったという自分に対する怒り。大和さん自身も余裕がなかったと言っていたし、カークさんや副団長さんもいつもの余裕が感じられなかったと言っていた。
私は視野が狭いのかな?自分の立場でしか物を考えられない。
今更ながら、大和さんはスゴいと思う。いろんな角度から物事を考えている。
寝室に上がると、大和さんが待っていてくれた。
「おかえり」
「戻りました。明日って遅番でしたっけ?」
「そうだね。遅番。それで?色々考えたみたいだね」
「そうですね。結論として、大和さんはスゴいって事に落ち着きました」
「何がどうなってって聞きたいけど、時間がないね」
「え?私は多角的に考えられなかったけど、大和さんは自然に多角的に考えて、スゴいなぁ。って結論です」
「よく分かんないけど、なんだか尊敬されてるっぽい」
「尊敬してるんです」
「ありがとう。寝ようか」
「もしかして、照れ隠しですか?」
大和さんが少し赤くなっている気がする。初めて見た気がする。
「ほら、もう遅いし。寝るよ」
「ふふふ。おやすみなさい、大和さん」
「はい。おやすみ、咲楽ちゃん」
冬の着ぶくれしている人は実体験です。十二単と言っていました。デイサービスで「○○さん、十二単だから、ちょっとずつ脱がさないと」という申し送りがあったりするんですよ、冬になると。