32
翌日。まだ暗い時間に目が覚めた。目の前に私を抱き締めた大和さんの顔があった。顔の近さにドキドキする。
10分位で大和さんが眼を開けた。
「咲楽ちゃん?起きたの?」
「おはようございます」
「まだ早いよ。もう少し寝てたら?」
「あの、大和さんの剣舞を見たいんです。その時に起こしてもらえますか?」
「咲楽ちゃんが見たいって言ったらいつでも舞うよ。咲楽ちゃんは俺の『巫女姫』だから」
「それはこの眼のせいですか?」
「その眼がなくても咲楽ちゃんだから好きになった。咲楽ちゃんだから舞を見せたいと思う。それでは駄目かな」
この眼がなかったら大和さんに好きになってもらえなかったかもしれない。そう思ったら不安になった。
一旦ベッドから出て着替えに行っていた大和さんは、戻ってくるとベッドに座って身を屈めると私の額にキスを落とした。
「俺はね、咲楽ちゃんが望むことをしたい。咲楽ちゃんの望みを叶える。それが今の俺の望みであり楽しみなんだ」
そう言われるとなにも言えなくなった。
「今から一時間ぐらい走ったら起こしに来るから、それまでは眠ってて。無理しちゃ駄目だよ。魔力量は……今、4割ちょっとか。これなら大丈夫かな。今日はプロクスとリリア嬢が見に来るってさ。暖かくして見てて」
大和さんはもう一度私の額にキスを落とすと家を出ていった。
シィンとした家の中、じっとしていると心細くなってきてお布団の中で丸くなった。昔からこうしていると少し安心できた。そのままでいたら寝てしまったみたい。
頬になにかが触れたと思って眼を開けると大和さんが居た。
「迎えに来たよ、お姫様。着替えようか」
ニヤッと笑うと大和さんは私の胸元に手を伸ばす。
「自分で着替えます!!」
慌てて胸元を押さえると、クックッと笑われると同時に、呆れたような2人の声がした。
「これって何を見せられてるのかしら」
「さぁ?分かるのはトキワ殿が楽しんでるといると言うことですね」
寝室の入口にはプロクスさんとリリアさんがいて、こっちを見ていた。
「大和さん?」
「咲楽ちゃんを起こしてくる間寒いから、入ってもらった」
まだ笑いながら大和さんが言う。
「着替えますから出ていってください」
そう言ってベッドから降りると少しふらついて、大和さんに支えられる。
「ありがとうございます。でも着替えます。出ていってください」
「はいはい」
今、気がついた。服が昨日のままだ。クローゼットの前で座り込む。そういえばお風呂も入ってないよね。
選んだのは厚めの膝丈ワンピースにニーハイソックスとロングカーディガン。部屋のドアを開けると大和さんが居た。
「準備出来た?」
そのまま横抱きにして運ばれる。いわゆるお姫様抱っこだ。
「下ろしてください、歩けます」
「ソファーまでね」
「歩けますって!!」
「ねぇ、ホントに何を見せられてるのかしら?」
「トキワ殿が楽しそうな様子では?」
「って言うか、この先の想像がつかないんだけど」
「私もトキワ殿の剣舞を見るのは神殿におられた時以来です」
聞こえたのは呆れたようなリリアさんとプロクスさんの声。
「プロクス、悪い。ダイニングの椅子を持ってきてくれないか」
大和さんがプロクスさんに言う。大和さんは私を抱いたまま庭に出た。ナイオンが寄ってくる。プロクスさんが持ってきてくれた椅子に座らされるとナイオンは私の足元で丸くなった。
「あら、暖かそうね」
リリアさんはそう言うと私の隣に立つ。
大和さんは舞台前まで行くと瞑想を始める。とたんに大和さんの周りの空気が変わった。
「ねぇ、あれ本当にトキワ様?」
「神殿でもああ言うことをしていましたが、あの頃と雰囲気が違いますね」
大和さんは今日も、炎のような靄を纏っている。緋龍も巻き付いてるのが見えた。
「シロヤマさん?トキワ様が言っていたんだけど、奉納舞の時は貴女に側にいて欲しいって、知ってる?」
「あ、はい。聞いてます」
「私にはどっちが本当のトキワ様か分からなくなるんだけど」
「どちらも大和さんです。舞の時の真剣な大和さんもふざけて笑ってる大和さんも、どちらも大和さんなんです」
「そう」
やがて大和さんが足を解く。そのまま舞台に上がってサーベルを手に舞い始める。とたんに私の眼には枝垂桜が見えた。
「あんな舞ではなかった。何ですかあれは」
プロクスさんが呻くように言う。
「あれは『春の舞』です。大和さんが言うには神殿の頃は舞から離れていた直後で、本調子ではなかったと」
大和さんから目が離せなかった。枝垂桜の前で舞う大和さん。花吹雪の中、サーベルを手に舞う。軍服とか袴とか絶対に似合いそう。
舞が終わって大和さんが舞台を降りる、とナイオンが立ち上がって、大和さんにまっしぐら、飛び付いて押し倒すと顔中を舐め始める。弾けるように笑う大和さん。
「ねぇ、あれ、止めなくていいの?」
「その内大和さんが止めます」
「言うこと聞くの?」
「はい」
「ほら、そろそろ止めろ。次は咲楽ちゃんか?」
ナイオンは大和さんの上から降りるとこっちを見た。
「あれ、貴女もやられるの?」
リリアさんが震える声で聞く。
「いえ、撫でられに来ると言うか」
ナイオンは私の足元に座った。
「撫でるの?」
リリアさんが聞く。
「怖くないですよ。リリアさんもどうですか?」
「遠慮しとくわ」
こんなに可愛いのに。ナイオンを撫でながら会話をしていると、洗顔をした大和さんに抱き上げられた。
「大和さん、過保護です」
「こういうとき位良いでしょ」
後ろでリリアさんの声が聞こえた。
「ねぇ、ホントに何を見せられてるの?」
プロクスさんの言葉が聞こえない。あれ?プロクスさん?
ふぅ、と息を吐くと私を降ろした大和さんは庭に出た。プロクスさんと戻ってくる。
「シャワーに行ってくる」
そう言って大和さんはシャワーに行ったけど、プロクスさんはしばらく放心状態だった。
大和さんがシャワーに行って少しして、プロクスさんが言った。
「あれは気を付けないといけませんね。世界に引き込まれると戻ってくるのに時間がかかる」
「さっきのプロクスの様にか?」
笑いを含んだ大和さんの声が聞こえた。
「あっちでもプロクスみたいなのはそう居なかったぞ。どっちかと言うと戻ってくるのに時間がかかるのはこっち側だ」
「時間がかかる?大丈夫なんですか?」
心配になって大和さんに聞く。
「言い方が悪かったかな。とにかく咲楽ちゃんには側に居て欲しいんだよ。舞台脇にいてくれたらいい」
「ねぇ、あなた達って、吟遊詩人の歌を聞いたのよね。どうだった?」
どうだったって……。
「恥ずかしかったです」
「なんと言うか自分そっくりの人形が動いてるのを、見せられてる気分だったな」
「1度聞いてみたいのよねぇ」
「酒場には連れて行きませんからね」
「分かってます」
「プロクスさん、酒場には連れて行かないってどうしてですか?」
「酒場に居る女性と言うのは色を売る対象として見られることが多いんですよ」
「大和さん、色を売るって何ですか?」
「……水商売って言えばわかるかな?」
「ホステスさんみたいな?」
「うん。それだけではないんだけどね」
それだけじゃない?
「プロクス……」
「すみません」
「聞いちゃいけないことですか?」
「貴女がとっても純粋だってことよ」
リリアさんに頭を撫でられた。
「シロヤマさん、今日はどうする?お料理って話していたけど、まだ本調子じゃないんでしょ?市場にいくのも心配だし」
「駄目ですか?」
「トキワ様が許してくれないと思うわよ。この過保護さんがね」
大和さんを見る。首を振られた。えぇぇ……。
「大和さん……」
「おねだりしても駄目。今日はエタンセルを管理場に戻してくるから、四阿に居るといい。部隊長が風避けを作っていったから寒く無いと思うよ」
少ししてプロクスさんは出勤した。リリアさんは5の鐘前に神殿に迎えに行くみたい。
「どうする?テーブルランナーを作る?なにか作りたいものはある?」
リリアさんに聞かれたけど、作りたいもの……。うーん。ランチョンマットは狼の刺繍をしたいから見られたくないし。
「今は特に無いです」
「じゃあ、テーブルランナーを作っちゃいましょう。色は何色にする?」
「本当は季節ごとに色を変えようか、って思ってたんですけど」
「あら、いいじゃない。イメージは何色?」
「私はアウトゥしか分からないです」
「貴女達の居たところは季節がなかったの?」
「ありました。フラーは春、ホアは夏、アウトゥは秋、コルドは冬と言います」
「さっきのトキワ様の剣舞はハルって言ってなかった?」
「はい。春が一番見ている人達が分かりやすいからって選んだみたいです」
「シロヤマさんのハルのイメージって何なの?」
「サクラです」
「あれよね、トキワ様の肩マントの刺繍」
「はい」
「あの色は難しいわねぇ。こっちでフラーと言えば黄色ね。ミモの花が咲くの。とても綺麗よ」
「ミモ?」
「そうねぇ、このくらいの大きさに黄色い花が固まって咲くのよ」
示されたのはピンポン球位の大きさ。
「こんなのが緑の葉の間からたくさん見えて、「フラーの季節」と言うのを強く感じるわ」
「緑の布に黄色の丸を刺繍したらどうでしょう」
「そうしましょうか。フラーは決まったわね。次はホアかな?」
「夏……ホアは海とか山とか、とにかくにぎやか、ってイメージですけど」
「にぎやか?あぁコーラル領はにぎやかね。暑いから動きたくないのよね」
「涼しくなるように青系統とか」
「そうね。空の色とか、良いわね」
「青、にします」
「そう?じゃあ次はアウトゥね。アウトゥは木々が黄色く色づくから、黄色なんだけど……フラーと被っちゃうわね」
「私のイメージだと赤なんです。真っ赤って訳じゃなくて、ちょっと黄色味がかった色ですけど」
「そうなの?じゃあそうする?」
「はい。次はコルドですか?冬って言ったら白と赤と緑……」
「白はわかるわ。赤と緑?」
「柊って植物があるんです。濃い緑の葉に赤い実が付いて、生命力の象徴だったかな?」
「聖ニコラウスか?」
大和さんの声がした。
「聖ニコラウス?」
「いわゆるサンタクロースの事」
「それって何?」
リリアさんが聞く。私もサンタクロースって何なのか……。
「橇に乗って良い子にプレゼントを配るおじいさん?」
「咲楽ちゃん……思いっきり後付けの設定だね」
「だって分かんないです」
「聖ニコラウスは聖人だよ。そういえばこちらには神殿に認定された聖人、聖者、聖女なんかは居ませんか?リリア嬢」
「そうねぇ。エリアリール様は「聖なる」って称されることが多いけど、それは認定された、って訳ではないようよ。そういえば聖人とかって聞かない気がするわ。そういうのは吟遊詩人が詳しいわよ。脚色はするにしても伝承とか調べるから」
「吟遊詩人ですか」
「昨日の話だと、北の街門にまだ滞在してるんでしょう?話を聞いてみたら?」
「でもどう聞けばいいんでしょう?」
「そうよね。あなた方の事を根掘り葉掘り聞かれそうだしね」
なんとなく3人で考える。
「エリアリール様かスティーリア様ならご存じかもね。神殿に行ってみる?エリアリール様にはお会い出来なくても、スティーリア様ならお会いできるかもよ」
「神殿ね。団長に会わなきゃいいけど」
「ペリトード様が苦手とか、そう言うこと?」
「会うたびに模擬戦の相手です。団長1人ならともかくその後3人とか5人とか続くんですよ。体力には自信がありますが、あれは嬉しくありません」
「気に入られたってことじゃないの?」
「私はスティーリアさんにお会いしたいです。ご心配をかけちゃったみたいだから、ご挨拶もしたいし」
「なるべくゆっくりしてて欲しいんだけどね。今日の行き帰りはナイオンに乗ること。いいね?今から行く?」
「あの、その前にシャワーを浴びたいです」
「あぁ、そうね。貴女、昨日はそのまま寝ちゃったものね」
「すみません」
「疲れてたんでしょ?仕方がないわよ。話は聞いたけど色々ありすぎよ」
2階に移動しながら話を……あれ?
「リリアさん、なぜ一緒に?」
「もちろんシロヤマさんのお洋服を選ぶためだけど?」
「もちろん、ですか……」
そのまま自室に入る。リリアさんはクローゼットを開けて色々とコーディネートしだした。
「こういうお洋服じゃなくて、シロヤマさんの世界の独特なお衣装ってないの?」
「民族衣装って事ですか?ありますけど。作り方がわかりません」
「そんなに複雑なの?」
「いえ。直線断ちの直線縫いなので難しくはないんですけど、確か断ち方があったような?浴衣なら作ったことがありますけど」
「ユカタ?」
「夏に着る民族衣装です」
部屋の外で笑い声がする。大和さん?
「浴衣の説明、間違ってましたか?」
「今はその扱いだしいいんじゃない?笑っていたのはリリア嬢がすごく興味を持ったんじゃないかな?って思っただけ。衣装部に直行かな?って」
「トキワ様、女の子の会話を聞いてるなんて、マナー違反です。罰としてシロヤマさんは衣装部に連れていきます。トキワ様はペリトード様に付き合ってあげなさい。シロヤマさん、着替えはこれね。シャワーに行ってきて」
「はい。行ってきます」




