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異世界転移って本当にあるんですね   作者: 玲琉
2年目 星の月
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「チャク~」


「グラシアちゃん?」


診察室にグラシアちゃんが泣きながらポテポテと入ってきた。


「あのね、ちゃいのぉ」


「ん?」


小さなもみじのおててをこちらに差しのべている。とりあえず抱き上げた。


「グラシア、勝手に行くなと言っただろう」


「ヴォルクさん、いらっしゃい。どうされましたか」


「すみませんね。グラシア、チャクはお仕事中だ。お邪魔をしてはいけないよ。ほら、こっちに来なさい」


「チャク~、ちゃいのぉ」


「痛いの?」


「ちゃいのぉ」


「どこが痛いのかな?」


「んっと、んっと、ここ」


「お膝かな?」


スキャンでは異状なし。


「他に痛いところはある?」


「ここ」


「手のひらかぁ」


こちらもスキャンで異状なし。


「グラシア、嘘をつくんじゃない」


「ヴォルクさん、待ってください」


試し行動に似てる気がする。自分をどの程度まで受け止めてくれるか探るためわざと相手を困らせる行為をする、自我が芽生え始めた2歳位に多い行動だ。魔の2歳児とか言われたりする。


「今までにグラシアちゃんは、困らせる行動を取ったりしましたか?」


「私が来てからだとルプスが言っていました。タビーと一緒にイタズラをして困らせたりとか、そういう事をするようになって」


「たぶんどこまでなら受け入れてくれるかを試しているんです。今までグラシアちゃんは自分だけに向けられる愛情がありませんでした。ルプス君達は愛情を持って接してくれていたでしょうが、あの子達もまだ子どもです。それにあそこには大人が居ませんでした。困らせてはいけないと、無意識に押さえ込んでいた可能性もあります」


「どうすれば良いでしょう?」


「『愛情を確認したい』、『環境の変化に気持ちがついていかない』などの子どもの気持ちの表われといわれていますから、子どもの気持ちを受け止めてあげてください。怒鳴ってしまうこともあるかもしれません。でも、深呼吸して子どもの気持ちを受け止め、冷静に対応してあげてください。それから良い事と悪い事についてきちんと伝えて下さい。その際は、なぜその行為が良くない事なのか、理由をしっかり伝えて下さい。まだ小さいから理由を伝えてもわからないという事はありません。大人の表情や態度に敏感になっているからこそ、試し行動が表われることもあるようですから。それとこまめに愛情を伝えて下さい。子どもには普段から積極的にスキンシップを図り、こまめに愛情を言葉にして伝えていくことが大切です。「愛情を確かめたい」という気持ちからイタズラをする子もいます。大好きだよという気持ちを伝え、自信が持てるように褒めることを意識して、信頼関係を構築していって下さい」


「はぁ」


良く分からないって、表情に出ている。


「頭ごなしに叱り付けず、善悪をしっかり説明して、あなたはここにいて良いんだ、大好きだよと態度でも示して頂ければいいです」


「タビーにも同じようにした方がいいでしょうか?いつも2人で居るんですよ」


「タビーちゃんはお身内の方は?」


「冒険者活動をしながら、孤児院にお世話になっているのですが、タビーの身内が現れたと言う話は聞いていません」


「そうですか。タビーちゃんにも同じように接してあげるのが、理想なんですけど」


「出来るだけやってみますよ。グラシア、チャクのお邪魔をしてはいけない。帰るよ」


「チャク、またあしょんでくりぇる?」


舌っ足らずな言葉が可愛い。


「良いよ。でもヴォルクさんとか、大人と一緒に来てね」


「あい」


元気にお返事をしてグラシアちゃんは帰っていった。


3の鐘が鳴った。お昼休みだ。休憩中にグリムアール国の使者が訪れている事を知った。来年の建国祭に王族が来訪されるらしい。


「来年の建国祭は一段と賑やかよ」


「陛下のご成婚30周年ですもんね」


「その件で3人に王宮から要請が来るかもしれないよ」


「私達にですか?」


「光の乱舞をして欲しいそうだ。父が打診しておいてくれって」


「私は良いですけど」


「今までの御使者(みつかい)にも声をかけるんだって。いろんな属性の人がいるからね。シロヤマさんはちょっと忙しいけど」


「神事ですか?」


「通常だとパレード中に行うから。来年はどうなるんだろうね」


「光の乱舞をあの広さで、のぉ。王宮魔術師の光属性持ちと風属性持ちは総動員じゃの」


「それじゃあパレードの花を撒くときに、魔力切れにならないかが心配ね」


「あくまでも計画だからね?」


王宮の計画は光の乱舞はほぼ決まりらしい。


お昼からの診察が始まった。


「天使様、こんにちは」


「ミュリさん。お怪我をされたんですか?」


「ん。ちょっとね。詳しくは話せないんだ」


ミュリさんの背中には矢が刺さった傷口があった。止血は出来てる。


「斥候活動中に流れ矢に当たっちゃって、止血はして貰ったんだけどね」


「止血は出来ていますけど、鏃が残ってますね」


「取らなきゃいけない?」


「はい」


「やっぱりか。良いよ。頼める?」


「痛み止め、使いますか?」


「天使様の闇属性ね。使わないで。我慢してみる」


「無理そうなら合図してください」


傷の回りに浄化をかけて、地属性でまっすぐ鏃を引っ張る。止血をしながら筋肉や皮膚を修復していく。


「終わりました」


「ありがとう。あれ?その鏃……」


「お心当たりが?」


「うん。ちょっと問い詰めるよ」


「あ、ミュリさん、珍しい猫人族って居ますか?」


「珍しい猫人族?うーん……」


「思い当たる節がなければ良いのですが」


「テミンクかな?必ず(ツガイ)で行動するんだ。猫人族はあまりそういう事をしないんだよね」


「テミンクって見たら分かりますか?」


「猫人族ならね」


「明日は空いていますか?」


「特に予定はないけど」


「見てほしい子がいるんです。明日、付き合ってください」


「良いよ。他の猫人族にも声をかけようか?」


「あまり広めたくはないんですが」


「信頼できる夫婦だよ」


「それならお願いします」


「2の鐘に天使様のお宅で良いかい?」


「はい。お願いします」


ミュリさんは帰っていった。


もしかしたら、タビーちゃんのお身内が分かるかもしれない。


5の鐘が鳴った。


「シロヤマさん」


「ライルさん」


帰り支度をしようとした私に、ライルさんが声をかけた。


「どうしたんですか?」


「急患が2人来るよ」


「王宮からとか言いませんよね?」


「残念ながら正解」


「大和さんとヴォルクさんですか」


「名前は聞いてないよ。20代男性と10代男性」


「ん?大和さんじゃないですね」


「そうだね。あぁ、来たみたいだね」


ガラガラという馬車の音が聞こえた。施療院の前で停まる。馬車から降ろされたのは、担架に乗せられた2人と、大和さんと副団長さん。


「10代の方は頭を打っています。20代の方は脇腹の打撲です」


「10代の方は落馬しましたので全身打撲も疑われます。20代の方は側腹部の他に鳩尾辺りも馬に蹴られたそうです」


副団長さんと大和さんが状況を報告してくれる。


「シロヤマさんは10代の方を。ライルは20代の方じゃ。ローズはシロヤマさんに、ルビーはライルに付きなさい。アインスタイ副団長殿、トキワ殿、詳しい事情をお聞かせください」


所長がテキパキと指示をくれる。10代の男性の名前はブランドンさん。騎士見習いの方。20代の男性の名前はチャールズさん。こちらも騎士見習いだ。


「ブランドンさん。後頭部に裂傷あり。骨折部位なし。頭部内出血無し」


頭部の裂傷を修復する。


「続いて頚部。骨折無し。神経損傷無し。捻挫無し。続いて胸部。胸椎骨折無し。胸骨骨折無し。右第11肋骨骨折あり。治します」


「サクラちゃんは他を調べて。私が治すわ」


「お願いします。腹部内、出血無し。背部、骨折無し。腰部骨折無し。骨盤骨折無し。仙椎骨折無し。尾椎骨折無し。脊椎に異状はありません」


「右第11肋骨骨折は治したわ。骨盤までは異状無しね」


「はい。右上肢骨折無し。右肘関節脱臼。治します」


神経、筋肉、血管を巻き込まないように、肘関節を填める。


「右尺骨、橈骨、異状無し。手骨、異状無し」


「サクラちゃん、左も異状無しよ」


「ありがとうございます。下肢に移ります。右大腿部骨折無し……。右大腿部頚部骨折。ヒビが入ってます」


「私は左を診るわ。サクラちゃんは骨折をお願い」


「はい」


大腿部頚部のヒビを治す。医療的にはヒビも骨折の範囲内だ。


「大腿部頚部施術終了。膝関節異状無し。右足関節捻挫有り。靭帯損傷」


「左下肢、異状無し」


「足部異状無し。右足関節の施術に入ります」


「私は打撲を診るわ。なんだか右ばかりね」


「右を下にして落ちたんだと思います」


「あぁ。なるほどね。この子、騎士見習いでしょ?馬に苦手意識を持たないと良いけれど」


「信じるしかないです。たとえ苦手意識が有っても、ブランドンさんの歩いてきた道は間違いじゃありません。他の道に進むとしても、それは恥ずかしい事じゃないんです」


「そうね。確実にこの子の中で力になってるわね。あら?気が付いた?」


「こ……こは、どこ……ですか?」


「施療院よ。もうちょっと待って。今、足首の施術中だから」


「右足関節の施術終了。もう大丈夫です」


「ありがとう、ございました。ヘルムート教官に、謝らないと」


「どうしたの?」


「注意を、守らなかったんです。何度か馬に、乗った事はあったから、調子に乗ってしまって、その、馬の腹を強く蹴ってしまって」


「今は休んだ方がいいわ。サクラちゃん、報告は?」


「もう少しです……出来ました。持っていって良いですか?」


「お願いするわ」


診察室を出て所長の元に向かう。ちょうど大和さんが所長の診察室から出てきた。


「咲楽ちゃん、ブランドンは?」


「さっき気が付きました。ローズさんが付き添ってます。セサーリト様に謝らないとって気にしていました」


「気が付いたか。良かった。話は出来る?」


「はい。報告書だけ所長に渡してきますね」


所長の診察室に入った。白い顔をしたチャールズさんが横たわっている。


「シロヤマさん。悪い。手を貸して欲しい」


「はい」


ライルさんに頼まれた。チャールズさんの方が重体だった。外傷性腹部大動脈損傷。緊急性が高い。腹腔内の血液を浄化をかけてから血管内に戻す。後は腹部大動脈の損傷を治さないと。


他にも大腸が損傷を受けている。そちらはライルさんとルビーさんが担当している。


腹部大動脈の損傷を修復した時、ライルさん達の施術も終わった。後は本人の生命力次第だ。


所長が副団長さんに話をしていた。


ブランドンさんとチャールズさんは療養室で様子を見ることになった。チャールズさんの意識は戻っていない。ただ、顔色は良くなっている。


セサーリト様と騎士様が施療院に来た。副団長さんがセサーリト様に状態を説明していた。


もう一人の騎士様が買ってきてくれた夕食を頂く。みんな口数が少ない。


6の鐘が聞こえた。もうそんな時間なの?騎士団の馬車で送ってもらうことになった。ライルさんと所長は残るらしい。


ルビーさんとマルクスさんとローズさんを送って、私と大和さんだけになった。


「咲楽ちゃん、お疲れ様」


「大和さん」


「やっぱりショックはあるね。気を付けてたんだけど」


「ブランドンさんが、自分がヘルムート様の注意を守らなかったって、言ってました」


「そうか。ブランドンが……」


「大和さん、明日も勤務でしたよね?」


「明日は1の鐘には出る。チャールズの様子を見たい」


「私も行きます」


「咲楽ちゃん……」


「皆さんに朝食も届けたいですし」


「ありがとう」


「私にはこの位しか出来ませんから」


「ブランドンとチャールズの命を救っておいて、この位って。咲楽ちゃんはあの2人だけでなく、俺と副団長とヘルムートの心も救ったよ」


「それなら良かったです」


「特にヘルムートは自分を責めてたから。自分の監督不行き届きだって」


「反省は次に活かせば良いんじゃないですか?ブランドンさんもチャールズさんも命はとりとめました。チャールズさんの意識は戻ってませんけど、騎士様を目指しているのでしょう?きっと大丈夫です」


「医療従事者は確定的な事を言っちゃいけないんじゃなかったの?」


「本当はダメですよ。でも今くらいは良いじゃないですか。祈りはきっと届きます」


「咲楽ちゃんの祈りの力は強力だからね」


家に着いて、大和さんにお風呂に行ってもらって、私は明日のスープを作る。えっと何人かな?所長とライルさんとブランドンさんとチャールズさん。副団長さんとセサーリト様も居るような気がする。8人?良いや。10人分くらい作っておこう。後は卵とパンとミルクを異空間に入れた。チャールズさんは腹部の打撲があるから、もう一度診察をしてからかな?内臓の損傷は大腸以外無かったと思ったけど。


「咲楽ちゃん、風呂、行っておいで」


「はい」


「大きな鍋だね」


「寸胴鍋ですね。作ってる量はそこまででもないんですよ」


意識して明るく言ってから、お風呂に行く。


明日はミュリさんと約束がある。2の鐘までに帰れれば良いけど。タビーちゃんのお身内が分かったら良いな。


大和さんが想像以上に落ち込んでる気がする。落ち込んでいるというか、責任を感じているというか。私は乗馬は分からない。ブランドンさんはセサーリト様の注意を守らなかったと言った。それなら自業自得じゃないの?落馬する可能性も分かっていたはずだ。チャールズさんはどういう状況かは分からない。


お風呂から出て、寝室に行く。


「戻りました」


「おかえり」


手招きされて、大和さんの腕に納まる。そのまま視界が横になった。ん?


「悪い。今日はこのまま眠らせて」


「悪くないですよ。でもちょっと体勢を変えて良いですか?」


ゴソゴソと動いて、いつもの定位置に落ち着く。


「大和さん、お疲れ様でした。ゆっくり休んでください」


腕を伸ばして大和さんの頭を撫で撫でする。


「まったく、この()は。妙なところで鋭いんだから」


ぎゅうっと抱き締められて、頭にキスされた。


「おやすみ、咲楽ちゃん」


「おやすみなさい、大和さん」


大和さんが傷付きませんように。チャールズさんの意識が戻りますように。





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