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吟遊詩人さんの部分、私にはこれが限界でした。
もっとキラキラな言葉にしたかった
「聞きたいのですけどね、なぜそこまでこの『黒き狼』と『天使様』と言う呼び名が広がっているんです?」
あ、それ、私も知りたい。
「ご存じ無い?吟遊詩人が劇場や酒場で盛んに演っておりますよ。主に西の森での事やギルドでの事ですが、最近では王宮練兵場の話が加わったと部下が言っておりました」
「は?」
「1度聞かれてはいかがですか?もうすぐ吟遊詩人が出門すると言っていた時間です。上演してもらって慰労しようと思ってたのですよ。一緒にいかがですか?なんなら隠れられる場所もご用意致します」
「最初からそのつもりでしたか……咲楽ちゃん、お言葉に甘えて聞いてく?」
「私達の事って分かるんですよね。恥ずかしいです」
結局色々と兵士長さんが説得してきて、聞いていくことになった。ただし、吟遊詩人の方は私達がいる事を知らないし、バレないように隠れられる場所を用意してもらった。
街門の中の10人位入る部屋に通されて、仕切られた紗のカーテンの中のソファーに座る。暗がりになっていて、カーテンで仕切られてることは気付かれにくい。
「こんな場所があるんですね」
「門の壁がが2重になってるのは良くあるよ。見張り部屋や、休憩のための部屋があったり、お偉いさんの部屋とか、通路になってるところもあるね」
次々に兵士さんが入ってくる。9人位かな。あの男の人達も入ってきた。あの人達も聞いていくんだ。
髪を長く伸ばした綺麗な男の人が入ってきた。あの人が吟遊詩人さんかな。竪琴みたいなのを持ってる。
「ようこそお集まりいただきありがとうございます。吟遊詩人のアルトゥールと申します。本日はお招きいただきありがとうございます。早速演らせていただきたいと思いますが何かリクエストはございますか?」
「黒き狼様と天使様の王宮練兵場の話が聞きたい」
何人かの人からそうリクエストされたアルトゥールさんは、優雅に一礼して竪琴をつま弾き始めた。
『今回語らせていただくのは皆様ご存知、黒き狼様と天使様の恋物語、本日の物語は、王宮練兵場の話でございます。
天使様は長き黒髪にヘーゼルの瞳を持つ神に愛された容姿を持つお方。その癒しの力は他の追随を許さぬ慈悲深きお方でございます。
黒き狼様は黒き瞳の、その身に強き意思の力を秘めた、鍛えられたしなやかなお身体を持つ精悍なお顔立ちの、この方も神に愛されし美丈夫でございます。
このお2人はまさに神に認められし半身。その片翼なのでございます。
その日、天使様は練兵場を訪れておりました。かの方の目的はもちろん黒き狼様。その勇姿を目に焼き付けんと熱く見つめておられました。ところがそこには黒き狼様に懸想する3人のご令嬢が。
黒き狼様に親しく声をかけられた天使様に嫉妬の炎を燃やしたご令嬢方は、天使様を虐め始めました。天使様を罵り、突き飛ばしたのです。それを目撃した黒き狼様は練兵場の壁を華麗に飛び越え、天使様の元に駆けつけました。嫉妬に燃えるご令嬢は、見られていた事も知らず有ること無いことを黒き狼様に吹き込みますが、黒き狼様は天使様のご様子に心を痛め強く抱き締められたのです。ますます嫉妬に燃えるご令嬢。
そこに現れたのはこの国の王子様。信頼厚き黒き狼様と天使様の罵詈雑言に耐えるその愛の姿を見た王子様は、見事にその場を納め去っていかれました。後に残された黒き狼様と天使様は強く抱き締め合いながら、その愛を貫くことを神に誓ったのでございます』
曲に合わせて語られるその声は素晴らしかったと思う。でもなんだろう、この「そうじゃない!!」って叫びたくなる気持ち。滅茶苦茶恥ずかしい。大和さんも顔を覆ってる。
事実をそのまま言う訳じゃないのも、脚色誇張されてることも分かってる。でも見た目そっくりな人が勝手に動いてるのを見たような、いたたまれなさがこう……
吟遊詩人さんと兵士さんが全員出ていっても私達は動けなかった。主に羞恥で。
兵士長さんがやって来た。室内が明るく照らされる。
「いかがでしたか?」
「実態の無い自分の影を語られている感じですね。途中で叫びそうになりました」
「恥ずかしかったです」
「おやおや。実はアルトゥール殿とそのお師匠殿に是非お2人をご紹介したいのですよ。お願いできませんか?」
「ご遠慮申し上げたいのですがね。会わせるまでが計画だったのでしょう」
「計画なんてとんでもない。確かに黒き狼殿と天使様がいらしてるときに、アルトゥール殿達が来ると分かったときには神に感謝いたしました。アルトゥール殿がお2人に会いたがっているのは前から知っていましたしね」
「お断りしても、そこにアルトゥール殿がいらっしゃる時点で遅いのでしょう」
「気付いておられたとはさすがです。初めまして。アルトゥールと申します。吟遊詩人をやっております」
「自分の事をあんな風に脚色されたのは初めてですよ。ヤマト・トキワと申します」
「初めまして、サクラ・シロヤマと申します」
「今まで人伝に聞くしかなかったお2人にお会いできるとは人生最良の日でございます」
大げさな手振り身振りでそう言うアルトゥールさん。あれ?この人闇属性の魔力を使ってる?
「彼女を休ませたいので、そろそろお暇してもよろしいですか?」
大和さんが言う。
「おや、これは気付かず失礼しました。お顔色が悪いですね」
挨拶をして門の外に出たら足の力が抜けた。
「咲楽ちゃん?!」
「ごめんなさい。ちょっと気持ち悪くて……」
そこに兵士さんがエタンセルとナイオンを連れてきてくれた。
「天使様?!大丈夫ですか?休んでらした方が……」
側にナイオンが寄ってくると気持ち悪さが少し良くなった気がした。
「大丈夫です。心配かけてすみません」
そこにアルトゥールさんと白髪の男の人が来た。
「黒き狼殿、天使様。これの師匠をしておりますヴォルクスと申します。お詫びを申し上げます。我々吟遊詩人は闇の魔力を持っている者が多いのですが、先程お二人に会えた喜びで、こやつはその制御を手放してしまったようでございましてな。天使様がお顔色を悪くされていることで初めて気が付いたようです。申し訳ございません」
「あの思考誘導の精神攻撃はそれでしたか」
大和さんがポツリと言う。
「精神攻撃?!」
後を追ってきた兵士長さんが大声を出す。
アルトゥールさんはさっきは着けてなかったチョーカーを着けていた。
「精神攻撃と言うか、この人の事を信じたいと誘導されていたと言うか」
「本当にすみません。魔力封じの魔道具はつけましたので、この状態で修行のやり直しです」
「咲楽ちゃん、大丈夫?」
大和さんがこそっと聞いた。この場合、闇属性の魔力についてだよね。
「あの、ヴォルクスさんからもアルトゥールさんからも魔力は見えません」
お師匠様のヴォルクスさんがアルトゥールさんの頭を無理矢理に押さえ付けて頭を下げさせていた。
「天使様は無意識に対抗してしまったのでしょう。光属性の方にはたまに有る事とこの国の魔術師筆頭様から学んでおります。この事は筆頭様にご報告せねばなりません。兵士長殿、滞在を少し伸ばしていただきたい」
「では王宮魔術師筆頭様には連絡を入れておきます。ここに滞在されますか?」
「かなり反省させねばなりませんからな。牢に入れていただいても……」
ナイオンに凭れていたら気持ち悪かったのが引いてきた。
「大和さん、もう大丈夫です」
「ホントに?顔色は良くなって来てるけど」
大和さんが私の顔を覗き込む。
「家に帰りたいです」
「そっか。お暇しようか。申し訳ない皆さん。失礼させていただきます」
「「本当に申し訳ございませんでした」」
ヴォルクスさんとアルトゥールさんの声が聞こえた。
家に向かって歩く。
「咲楽ちゃん、ナイオンに乗っていってもいいんだよ」
そのお言葉に甘えた。歩くのがかなり辛かった。
「魔力回復はどのくらい?」
大和さんに国民証を見せる。見たとたんに大和さんの顔が険しくなった。
「3割近くに減ってる。4割だって言ってたよね、あの時」
家の近くまで来た。
「プロクスとリリア嬢?」
大和さんが呟く。家の前に2人が立っていた。
「遅かったわね。お夕食のお届け物よ。あら?シロヤマさん、どうかしたの?」
結界具を解除して皆で家に入る。私は大和さんに運ばれた。
「プロクス悪い。しばらく留守番していてくれないか?」
大和さん、どこかに行っちゃうの?大和さんのシャツを掴む。置いていかないで。 どこかに行ってしまわないで。
「別に構いませんが、どこに行くんです?」
「騎獣屋。ナイオン、あの虎な、アイツを送っていってくる」
「あぁ、レベッカさんからの伝言です。『明朝、お邪魔するから、ナイオンをそれまで頼むよ』だそうです。何でも訳アリの騎獣をまた見つけたそうで引き取りに行くと言ってました。ナイオンの餌も預かりましたよ。それからエタンセルについてですが、こちらはパーシヴァルが終わり次第飛んでくるそうです」
「そうか。咲楽ちゃん、上にいって休む?」
黙って首を振る。
「ねぇ、シロヤマさん、どうしたの?」
「ちょっと色々ありすぎた。順番に話しますよ」
ソファーに私を抱いたまま座った大和さんは、朝からの事を2人に話し始めた。
遠乗りに出掛けた事。
そこで5人に襲われた事。
あの人達の目的。
ミエルピナエに会ってハチミツを貰った事。
街門での話。
吟遊詩人さんの事。
大和さんが話し終わるとプロクスさんもリリアさんもため息をついた。
「それ、今日1日の話ですよね」
「ちょっと色々ありすぎね。だからシロヤマさんがこんなに疲れてるの?明日、どうする?今朝言いに来てくれたけど、シロヤマさんの体調が心配だわ。お料理は止めにしてお話でもする?」
その辺りから覚えていない。
ーーー大和視点ーーー
「あら?寝てしまったのね」
リリアが咲楽ちゃんを見て言う。
よほど疲れたんだろう。悪いことをした。まさかあの状態で怪我人の治療を始めると思わなかった。
咲楽ちゃんは俺のシャツをしっかり握って眠っている。騎獣屋に行くと言ったときからずっと不安げに握っていたが。
「寝かせてきてあげたらどうですか?」
プロクスが言う。そうは思ったんだが、彼女を一人で寝かせるのが不安だった。
「もう少しこうしている」
「相変わらず過保護ねぇ」
まぁ、その自覚はある。そしてそれを止めるつもりもない。やっと見つけた俺の巫女姫。
いつからだったか、誰と居てもどうでも良くなったのは。剣舞を舞っているときだけが自分になれる気がした。だから舞に入り込んだ。
海外生活でも、自分の命さえもどうでもよくなる瞬間に気が付いたときには、怖くなった。このままだと「人」でいられなくなるかもしれない。だから傭兵仲間に歓楽街に誘われれば着いていった。ただそこでも自分が自分でいる感覚が少なかった。
「貴方は魂の欠片を探しているのね」そんなことを言ったのは誰だったか。確か怪しげな占いを得意とする女だった。
帰国してそれまでの緊張から解かれ、また自分が希薄になった。それが嫌で好きな剣舞を舞い続けた。結果、煩わしいことを言う人間が増えた。それから逃げようと舞いをやめた。そんなとき起きた異世界転移と言う現象。そこで彼女と出会った。最初は「護ってやりたい」それだけだった。そんな彼女が巫女だと思わなかった。気が付いたら離せなくなっていた。誰にも渡すつもりはないし、護る力も付けてきたつもりだ。
腕のなかで眠る彼女を見ながらそんなことを思っていると、リリアが言った。
「ねぇ、あなたのシャツだけ彼女に持たせてあげたら良いんじゃない?脱いだら?」
それは困る。
「ここでは脱げない」
「あの傷痕ですか?」
プロクスは1度見ていたな。
「傷痕?目立つの?」
「かなり目立ちますね。最初見たときギョっとしました」
「なにそれ。どうしたの?」
「修行中に崖から落ちた」
「「落ちたあぁぁぁ?」」
「2人とも五月蝿い。咲楽ちゃんが起きる」
「どう言うこと?」
「落ちたってどうなったんですか?!」
面倒なことになったな。
「足を滑らせた先が崖だった。落ちた先に折れた木があってそれが刺さった」
「よく死にませんでしたね」
プロクスがしみじみと言う。
「死にかけたよ。担ぎ込まれた医者、こっちで言う施療院でもう少し到着が遅かったら命は無かったって親父と兄貴が言われたらしいし」
そんな大騒ぎするほどの事でもないよな。3日後には歩けてたし。
食事と風呂を薦められ、寝室に咲楽ちゃんを寝かせた俺は、大急ぎで食事も風呂も済ませたが、また2人に呆れられた。
そのあと来た部隊長はエタンセルの世話だけしてニコニコして帰ってった。
ーーー異世界転移24日目終了ーーー
ちなみにアルトゥールには悪気は一切ありません。彼にはこの先、黒き狼と天使様の話を各地で広めてもらいます。
予定ではこの後出てきませんけど。