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異世界転移って本当にあるんですね   作者: 玲琉
2年目 眠りの月
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空の月、第4の火の日。


今日は大和さんはお休みの日。でも神殿に、というか、団長さんから呼び出しは受けているらしい。今月末に控えたステラフェスト(星見の祭)に関する事だと思う。大和さんは勤務内容についてはあまり話さない。私もそうだ。私の場合は勤務内容が個人情報に直結しているから、軽々しく話せないと言うのもある。


今日はお天気が悪いなぁ。雨が降っている。着替えてダイニングに降りると、大和さんとカークさんとユーゴ君の姿があった。時計は1の鐘前。いつもより早い。


「おはようございます」


「おはよう、咲楽ちゃん」


「おはようございます、サクラ様」


「おはようございます、天使様」


「朝から何の会合ですか?」


「ユーゴの剣舞とカークの伴奏についての会合。咲楽ちゃん、今からリュラ(竪琴)で『春の舞』は弾ける?」


「今からですか?」


時間的には大丈夫っぽい。後は私のコンディションかな。


「大丈夫です。ここでですか?」


「地下に行こうか」


「地下ですか?時間が分からなくなったりしませんか?」


「地下にも時計はあるからね」


いつの間に……。


地下にはクッションと敷物が用意してあった。


「大和さん?」


「女の子は体を冷やしちゃダメでしょ?」


「ありがとうございます。そうじゃなくて、最初からこのつもりだったんですね?」


「バレた?」


「これだけ用意されていたら、いくら私でも分かります」


「とりあえず、弾いてみて?」


魔空間からリュラ(竪琴)と爪を取り出して、まずはエチュード(練習曲)から。指慣らしを兼ねて必ず弾くようにしている。


ここにはリュラ(竪琴)を置くためのテーブルは無い。だから立て膝で弾くことになる。


「しまった。文机(ローテーブル)でも用意をするべきだった」


「『春の舞』なら、これで弾けますよ?」


「俺が嫌なの。今日は仕方がないか。カーク」


「1番種類が多いのは、西街ですね。今日行かれますか」


「そうしようか」


「はじめていいですか?」


大和さんが頷いたのを確認して、『春の舞』を弾き始める。暖かな日差し。猫が縁側でのんびり欠伸しちゃう様な麗らかな気候。百人一首の『ひさかたの光のどけき春の日に しづ心なく花の散るらむ』が私の思うフラー()だ。百人一首って恋の歌が大半を占めていて、意味を知っちゃうと「えっ?」ってなる歌も多い。『ひさかたの~』はそれがない。『こんな麗らかなのんびりした春の日に、(はな)だけは慌ただしく散っていくんだなぁ』って意味だ。


途中でカークさんがトラヴェルソ(横笛)を取り出した。柔らかなトラヴェルソ(横笛)リュラ(竪琴)の音と重なる。今、私が使っているのは木製のリュラ(竪琴)だ。ここは家の中だし、『春の舞』ならこっちがいいと思って木製にした。


演奏が終わると、ユーゴ君が拍手をしてくれた。


リュラ(竪琴)が入ると、印象が変わるね」


「カーク、どうだ?」


「サクラ様のリュラ(竪琴)は柔らかいですね。合わせるのに苦労しません」


「ユーゴにはこれに合わせて演舞してもらう。まぁ、カークの笛に合わせてきているから、難しいことはないだろう」


「難しくはないと思うけど、これでトキワさんが舞っているのも見てみたい」


「咲楽ちゃん、大丈夫?」


「はい。カークさんの呼吸の方を気にしてあげてください」


「カーク、いけるか?」


「はい」


もう一度、『春の舞』を演奏する。今度は最初からカークさんも一緒だ。大和さんの剣舞に合わせて広がるフラー()の花畑。色彩は淡い。


『春の舞』が終わると、ユーゴ君が悔しそうに言った。


「僕だけ輪に入れなかった」


「見たいって言ったのはユーゴだろう?」


「そうだけどさ。ものすごい贅沢な空間なんだけどさ。疎外感って言うか、なんていうか……」


「分かった分かった。次は俺が見ていよう。ユーゴが舞えばいい」


「それはそれで緊張するっていうか、普通にレッスンだよね?」


「そうとも言うな」


朝食の用意の為に、私だけ戻る。朝食と昼食を準備する。


大和さんとカークさんとユーゴ君の仲は良い。大和さんはカークさんとユーゴ君の師であり友人のような立場だ。ちょっと羨ましい。私の入っていけない関係のような気がする。


「朝食の準備ができましたよ」


「分かった。上がるね」


「天使様の声?どこから?」


伝声管から声をかけると、大和さんの応答と、ユーゴ君の驚いた声が聞こえた。


ガコッと音がして3人が上がってくる。


「天使様、どんな魔法を使ったの?」


「魔法?使ってないよ」


「だって地下に居ない天使様の声が聞こえたよ?」


「あぁ、これだよ。伝声管って言うの。地下を作った時に、大和さんが付けてくれたの」


「トキワさんが?でも、魔法だって……。騙したんだねっ!?」


「あんまりすんなり騙されてくれるから、こっちが驚いた」


「トキワさん、ヒドい!!」


「ほら、朝食にするぞ」


見事にユーゴ君のうそ泣きをスルーして、4人で朝食を摂る。そういえば……。


「この雨っていつくらいから降りだしたんですか?」


「8の鐘半位かな。どうして?」


「カークさんとユーゴ君が居たから。走りに行く前に降りだしたなら、カークさんとユーゴ君は居ないだろうし、その後なら3人とも濡れていておかしくないし……。ちゃんと暖まりましたよね?」


「そうしないと、咲楽ちゃんが天使様モード(状態)になっちゃうからね」


「天使様状態って?」


「身体が冷えた状態できちんと暖まらないと、体調を崩す事があるってお説教される。怖いぞ。逆らえないっていうか、笑顔で正論を言ってくるから、聞くしかないっていうか」


「次からは気を付けますって言っても、それじゃ遅いんです。って言われますからねぇ」


「ちょっと聞いてみたい気もする……。だからなの?帰ってきてすぐにシャワーに追いたてられたのは」


「そうそう。バレなくて良かったよ」


「……お2人が私をどう思っているかが、良く分かりました」


「ユーゴが聞いてきたから、事実を言っただけ……すみません」


「トキワ様を怒らないで下さい……すみません」


「スゴい。やっぱり天使様が1番強いね」


朝食を食べ終わって、ユーゴ君は学門所に行く。お昼を渡して見送った。


「いってきます」


「いってらっしゃい。気を付けてね」


ダイニングに戻ると大和さんが居なかった。カークさんは食器を洗ってくれている。


「カークさん、大和さんはどうしたんですか?」


「庭にいらっしゃいます」


「庭?雨なのに?何をしているんだろう?」


「お召し替えにならなくてよろしいのですか?」


「そうですね。着替えてきます」


カークさんに声をかけて自室で着替える。気になって窓から庭を見たら、四阿(あずまや)に大和さんが見えた。瞑想している?残念ながら、ここからだと屋根が邪魔で全身が見えない。


裏口からカークさんが傘をさして四阿(あずまや)に向かうのが見えた。


着替え終わってダイニングに降りたと同時に大和さんとカークさんが戻ってきた。


「大和さん、四阿(あずまや)で何をして居たんですか?」


「こういう日に外で瞑想をする事が少なくなっていたからね。瞑想していた。久しぶりに大地に水が染み込んでいく事を実感したよ。本当は深い瞑想を行いたかったんだけどね」


「戻ってこられる範囲にして下さいね」


「咲楽ちゃんが居てくれるから、絶対に戻ってくるよ」


3人で家を出る。


「トキワ様、3の鐘まで神殿でしたよね?」


「そうだな。その予定だ」


「ではその間、依頼を受けてまいります。依頼というよりはギルド長の手伝いでしょうけど」


「まだ手伝いが必要なのか?」


「書類整理は片付きましたよ。元の副ギルド長の部下の1人が、副ギルド長に任命されました。サミュエルといいます」


「親しいのか?」


「話すことは多かったですね。彼は風属性を持っていますが、ずっと空を飛びたいと言っていまして」


「熟練者なら飛ぶことが出来ると聞いたが」


「バランスが難しいらしいです。王都の魔道具師とかれこれ2年は、なにやら作っては失敗していますよ」


「俺の、というか、俺と咲楽ちゃんのアイデアを話しても良いか?」


「サミュエルにですか?構わないとは思いますが、あちらの知識ですと理解が出来ますかどうか……」


「だよなぁ。それは咲楽ちゃんとも話していたんだ」


「サミュエルの予定を聞いておきましょうか?」


「頼めるか?」


「畏まりました」


「大和さん、サーフボード型と白い飛行装置型、どっちを話すんですか?」


「どっちにしようかな?俺としては白い飛行装置型推しなんだけど」


「白い飛行装置型なら翼で揚力が得られそうです」


「ちょっと考えるよ」


「以前から考えていらしたのですか?」


「飛行装置か?咲楽ちゃんとたまに話題に上っていた、って感じかな?」


「浮かせる装置はライルさんに話しました」


「浮かせるんですか?」


「風を吹き付けて数センチ地面から浮かせるんだ。そうすれば摩擦抵抗が無くなるから楽に運搬できる」


「はぁ……」


カークさんがちんぷんかんぷんって顔をしている。


「つまりな、例えばウルージュ(赤熊)を仕留めたとしよう。どうする?」


「魔空間に仕舞って運びます」


「ギルドまで遠い場所なら?」


「解体します」


「そして魔空間へ、だろう?魔空間の容量が大きければ持ち帰れる量も多い。でもそれ以上は入らないとなったら?浮かせる装置があれば楽に運べるんだ」


「誰かが倒れてしまって、人手が無いときも使えますよね?」


「人間を魔空間にって訳にはいきませんね。それで浮かせる装置ですか」


「色々問題もあるけどな」


「重量物も運べるって、犯罪にも使えちゃいますもんね」


「そうですね。盗賊や野盗等はそういった使い方をするでしょうね」


「盗賊か」


「大きいのがいくつか知られていますね。指名手配もされています」


「ソイツ等ってどうなるんだ?」


「捕らえれば懸賞金が出ます。生死は問いません」


「アジトに溜め込んだお宝は制圧した者の自由に、ってか?」


「良くご存じで。元の持ち主に返すも良し、それらをオークションにかけるも制圧者の自由です」


「その辺はファンタジーの定番だな」


「盗賊さんってその後どうなるんですか?」


「盗賊さん……。ちゃんと裁かれますよ。怪我をしていたら最低限の治療も行います」


「最低限の治療ですか」


「咲楽ちゃん、因果応報だよ。今まで悪い事をしてきたんだ。人を傷付ける事もやって来た。ソイツ等に情けは無用だ」


「分かってはいますよ」


分かってはいる。引っ掛かっているのは「最低限の」って文言だ。とりあえず生かしておくって事だよね。


「咲楽ちゃんの優しさが仇になる未来が見える気がする」


「えっと、最低限の治療を行うのに反対している訳じゃないんです。私には難しいなって思っただけで」


「心情的に?」


「徹底的に治しちゃいそうです」


「サクラ様ですからね」


多分誤魔化したのは大和さんにはバレてる。


「咲楽ちゃん、夜にでも話し合おうね」


「バレてますよね」


「何かあるのですか?」


「咲楽ちゃんは分かってはいるんだ。納得していないだけで」


「サクラ様……。納得していないのですか?」


「あちらで学んできた事の中に『貧富、宗教、職業の貴賤を問わず』っていうのがあるんです。どうしてもそっちに考えが行っちゃうんですよね」


「そのような事を学ばれるのですか?」


「ただし、それを何で習ったのかは不明です」


「サクラ様……」


「咲楽ちゃん、それさ、学問のすすめじゃない?」


「そうでしたっけ?看護倫理の教授(先生)がよく言っていたような気がするんですけど」


「看護倫理なら、そういう事は言っていても不思議じゃないか」


「私には何を言っているか分からないのですが、施術師としての心構えだとすれば、最良の物なのでしょう。しかし盗賊に、そういう情けは無用かと」


「分かってますよ。私だって例えばカークさんやユーゴ君が盗賊に負傷させられたとして、捕らえた盗賊が怪我をしていて絶対にざまぁみろって思うと思いますもん。ただ、なんていうか……」


「平和教育の弊害だねぇ」


「トキワ様はいかがですか?」


「俺?俺は因果応報、やられた事はやり返すの精神だね。正直に言って、あちらでは馴染まなかったけど。まぁ、やりすぎは良くないって分かっているし、進んでしたいとも思わないけど」


「私もトキワ様と同じ考えですね。ところでインガオーホーって何ですか?」


「因果応報ね。あちらの宗教用語というか、行為の善悪に応じて、その報いがあることだな。「因」は因縁の意で、原因のこと。「果」は果報の意で、原因によって生じた結果や報いのことを言う」


「難しいですね」


「悪いことをすればそのツケは自分に返ってくる、良いことをすればそれが廻って自分に良いことが起こる。そういう風に覚えておけば良い」


「それでしたら闇属性で人を騙してきた私は……」


「反省しているだろう?心の底から。真摯に反省し、それを忘れなければ、人はいつだってやり直せる。それに忘れてしまっても主神リーリア様が見ておられる。反省を忘れた人間が幸福になることはないと思うぞ」


施療院に着いた。


「いってきます」


「いってらっしゃい」


「いってらっしゃいませ」


大和さんとカークさんのお見送りを受けて、施療院の中に入る。


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