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異世界転移って本当にあるんですね   作者: 玲琉
2年目 眠りの月
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眠りの月、第2の木の日。


朝起きて、着替えてダイニングに降りる。鍋のスープを確かめて、食料庫から食材を出しておいて、庭に出た。肌寒くなってきてるなぁ。この間まで暑い位だったのに、確実にコルドに向かっているのが分かる。


今週もファティマさんがリュラ(竪琴)を教えに来てくれていた。今、私が使っているリュラ(竪琴)はフリカーナ家が手に入れて使わずに置いてあったものらしく、「是非貰って。ついでに聞かせて」と、ライルさんに手渡されたものだ。高価って感じはしないんだけど、丁寧に作られていて、木目が美しい。ファティマさんから借りていたリュラ(竪琴)は所々に金属が使われていたけど、こっちはオール木製かな?その分音色が優しい。ただ、私が持つことになる絡繰機構(ギミック)付きの武具のリュラ(竪琴)は、金属部分が多くなるらしい。大和さんには「剣舞の時はこっち(木製)で、普段は武具の方かな」って言われた。でも、この大きさのを持ち歩くの?魔空間に入れておいたらとっさに使えないよね?


そんな事を考えながら、花壇に水を撒く。


ドリュアスに貰った木は成長が止まっているのかと思うほど大きさが変わらない、一応2回目の植え替えはしたんだけど。


「ただいま、咲楽ちゃん」


「ただいま戻りました、サクラ様」


「天使様、ただいま~」


一人一人挨拶が違うのが楽しい。


「おかえりなさい、大和さん、カークさん、ユーゴ君」


「何を見ていたの?」


「ドリュアスに貰った木を。大きさが変わらないなって思って」


「この時期は伸びませんね。フラーになったら成長が分かるのですが」


大和さんはストレッチを始めた。ユーゴ君がそれを真剣に見ている。


「ユーゴもやってみるか?」


「やってみたい。トキワさん、教えて」


「まずは……」


ユーゴ君に教えながらストレッチをしている大和さんを見ていた。


「サクラ様、ゲオルグが今日、施療院に行くと行っていました」


「ゲオルグさんが?分かりました」


石のビーズの事だろうと思う。マリーさんに渡すお金の事かな?


庭にはアウトゥの花が咲いている。オーロオスマンサスとラルジャオスマンサスはそのまま金木犀と銀木犀だ。香りは日本のより弱いかな?主張しすぎない感じで、私も大和さんも気に入っている。日本の金木犀と銀木犀との違いは香りの強さだけじゃない。こちらのオーロオスマンサスとラルジャオスマンサスは乾燥させても香りが消えない。乾燥させた花は花茶になったり、食欲増進剤や健胃剤として薬湯になっている。薬湯はこのところ毎日飲まされるんだよね。お酒に花を漬け込んだ物もあるようだ。大和さんとカークさんによると、甘いお酒らしい。


大和さんが瞑想を始めると、ユーゴ君も私達の方に来た。


「オスマンサスって良い匂いだね」


「良い香りだけど、毎日の薬湯は止めて欲しいです」


「そんな事を仰って、食欲は戻っておられないのでしょう?」


「そうだよ、天使様。ますます食が細くなっちゃって、僕もカークさんもトキワさんも心配なんだからね」


「出来るだけは食べてますよ?」


「私が会った頃に比べても、減っておられませんか?」


「そうですか?」


あの事件で食べられなくなって、ホアが来て、暑さで食欲が落ちて、アウトゥになって、食欲は戻ったと思ってるんだけど。まぁ、カークさんと出会った頃に比べたら、少なくなっているかも?


「2人とも、そこまでにしてやってくれ。咲楽ちゃんの食欲の件は俺も心配だが、無理に食べさせるというのも違うだろう?」


「それはそうなのですが……」


「だって、トキワさん、天使様がこのままじゃ倒れたりしそうで、心配になっちゃうよ」


「だってさ。咲楽ちゃん。何か好物は無いの?」


「好物ですか?豆類は好きですけど、そこまで量が食べられませんし、後は、ナッツ?」


「豆類ねぇ」


「そういえば、豆の絞り汁を海水で固めたものがあったと記憶していますが」


お豆腐?


「そんなの、美味しいの?」


「それ自体はあまり味は無いんですよ。頂いたときは、野菜と肉で炒めたものでした」


チャンプルーかな?


「それは手に入るのか?」


「知り合いに聞いておきましょう」


「頼んだ」


大和さんが舞台に上がる。舞い始めると、私の視界を占めるのは、しんしんと降り積もる雪。時折旋風(つむじかぜ)が積もった雪を舞い上げる。どこまでも白く静かな雪原。


()()だ。また見たことのない景色だ。『冬の舞』はこういう見た記憶のない景色が見える事が多い。


大和さんが舞台を降りると、カークさんとユーゴ君が家の中に入る。それと同時に大和さんに抱き締められた。


「咲楽ちゃんは暖かいね」


「大丈夫ですか?」


「久し振りに心が凍てついた気がした」


「大和さん、また見たことのない景色が見えました」


「また?」


「しんしんと降り積もる雪と、時折旋風(つむじかぜ)が積もった雪を舞い上げていました。どこまでも白く静かな雪原が続いていて、幻想的でした」


「確かに想像すると、幻想的だね」


家に入りながら、大和さんが言う。家に入ると大和さんはシャワーに行った。


朝食を作っていると、カークさんとユーゴ君が、こそこそと何かを話していた。何を話しているんだろう?


「天使様、ギョショーのスープって作れる?」


「作れるけど、イリコが無いかな?」


「買ってくるよ?」


「食べたいの?今日はミネストローネなんだけど」


「食べたい。カークさんに聞いてたら、美味しそうだし」


バザール(市場)を覗いてこなきゃね。欲しいものもあるし」


「天使様のミネストローネ、美味しいんだよね。ヒート(熱放出)を覚えたから、温かいのが飲めるし」


「火属性が羨ましいですね。温める魔道具とか、出来ませんかね?」


「出来たら売れそうだよね」


「魔道具でなくとも出来ると思うがな。貝殻を焼いた物でも出来るし」


シャワーから戻った大和さんが口を出した。


「トキワ様、その話を詳しく」


「詳しくと言われても、単純な話だぞ。山の上から貝殻が出てくる、なんていう所があればその貝を1100℃以上の高温で焼成すれば出来る」


「それってルコキンターニュ?」


「ルコキンターニュですね。確かあの周辺の集落に、水を含むと発熱する不思議な粉があると聞きました。畑の肥料にするらしいですが」


「熱に強い容器にその粉と水を入れて、その上にスープの器を置いておけば、温まるだろう?」


「あの粉にそんな使い方があったとは」


「取り寄せることは出来ないの?カークさん」


「輸送は出来ないはずです。発熱して火事になった事がありましたから、少しずつ分けてもらうという形でしょうか」


「魔空間に入れておいたら?」


「駄目だったはずです。調べてみますよ。温かいスープが飲みたいですからね」


「どこで調べるの?」


「ギルドの書庫か図書館でしょうか。今日は特に何もなかったはずですので」


「カークさんもトキワさんも、色々知っているのは、図書館とかで読んだから?」


「書物は情報を取り入れやすいからな」


「ギルドの書庫ももっと利用してもらいたいのですがねぇ」


「だって、本って読んでると眠くなっちゃうんだもん」


「ユーゴは実践型だな。身体に覚え込ませるタイプだろう?」


「そうかな?」


賑やかに朝食が終わって、ユーゴ君は学門所に行った。見送ってダイニングに戻って、出勤用の服に着替える。大和さんは今日は遅番だから、朝の更衣は要らない。


着替えて髪を纏めて、ダイニングに降りる。


「お待たせしました」


「行こうか」


家を出て、歩き出す。


「それでは失礼いたします」


「あぁ、冒険者ギルドでな」


カークさんはそのまま冒険者ギルドの方に歩いていった。


「後で冒険者ギルドに行くんですか?」


「ちょっとね。石灰について調べてみるのと、魔物の情報を仕入れようと思って」


「魔物の情報ですか?」


「王都の冒険者ギルドはコラダーム国の魔物の情報が集まる所だからね。ちょっと調べたいことがあってね」


「カークさんに聞いても分からないんですか?」


「カークは魔物について詳しいけど、やっぱり自分で調べたいんだよ。冒険者ギルドの書庫は冒険者じゃないと入れないけど、カークと一緒だと入れるから」


「そうだったんですか?」


「俺は何度かカークと一緒に利用しているよ」


「知らなかったです」


「咲楽ちゃんは魔物の情報は、知らなくても良いんじゃない?」


「それが、たまに来るんですよ。魔物にやられたけど、どういう生態か、毒の有無なんかを知らない冒険者さんが」


「そんな時はどうするの?」


「所長を呼びます。それから患者さんが途切れた時にメモに纏めます」


「その魔物メモはどうしているの?」


「3冊分写本してます。それぞれの施療院に持っていけるように」


「大変だね」


「みんな手伝ってくれますから。施術師のテストも作り終わりましたし」


「施術師のテスト?」


「新しく出来る施療院の施術師の応募人数が多すぎて、テストで選抜するんです。調べたり聞いたりの不正防止は学園の試験のシステムを転用するんですって」


「何、それ?」


「さぁ?仕組みは分からないです。王宮の文官さんが自信満々で言っていましたから、そういうのがあるんじゃないですか?」


「魔道具とか、そういうのかもね」


「そうかもしれませんね」


施療院に着いて、裏口の方に回ると、大和さんも付いてきた。


「大和さん?どうしたんですか?」


「お見送り」


「送って貰ったのにですか?」


「いってきますのキ……ハグとかね」


「キスはしませんからね?」


「ハグは良いのかな?」


両手を広げて待っている大和さんに1つため息を吐いて、大人しく抱き締められる。


「いってらっしゃい。無理しないように頑張ってきてね」


「はい。いってきます」


施療院に入って、更衣室に行く。ローズさんとルビーさんが居た。


「熱烈な抱擁だったわね」


「見ていたんですか?」


「見えちゃったのよ」


「2人で中庭の方に回ったから、何するのかな?って思ったのよね」


「そうしたら熱烈な抱擁でしょ?きゃあ~って2人で騒いじゃったわ」


「見られちゃいましたか」


「あら、どうしたの?落ち込んじゃって」


「ほら、サクラちゃんは恥ずかしがり屋さんだから」


「トキワ様は人目なんか気にしていないのよね」


着替え終わったら、診察室に行く。待合室の手前で深呼吸。大丈夫。怖くない。


「天使様!!」


待合室を通る時に大声で呼ばれてビクッとする。ローズさんとルビーさんが前に出てくれた。男の人が小走りでこっちに来る。知らない顔だ。思わずお守りの魔石を握りしめた。


「自分はロイって言います。天使様。お会いしたかったです、天使様」


グイグイと詰め寄られる。入口から入ってきた人が慌てて羽交い締めにして、待合室の外に連れていった。


「久し振りねぇ、ああいう人も。花の月にはたくさん居たけどね」


「サクラちゃん、大丈夫?」


「少し休めば、大丈夫だと思います」


診察室に入って、椅子に座ったら恐怖が襲ってきた。魔石に魔力を込める。


怖かった。監禁されていた時のあの暴力を思い出した。まだ手が震えてる。魔石が効かない。


「シロヤマさん、入って良いかの?」


「所長」


「ひどい顔色じゃ。もう大丈夫じゃよ」


「すみません。ご迷惑をお掛けしています」


「謝らなくとも良い。あれは予想外じゃったの」


「はい」


「魔石は使ったのかの?」


「はい。でもあまり効かなくて」


「それだけ恐怖が強かったということじゃろう。しかしのぅ。どうしたものか。2人分の闇属性の重ね掛けは危険じゃし」


「少しだけ、休ませてください。大丈夫です」


「マクシミリアンが居ればのぉ。少し休んでいなさい」


「はい」


診察が始まったようだ。私の診察室には患者さんは来ない。たぶん、30分位、診察室で居たと思う。不意にノックの音がした。


「はい」


「咲楽ちゃん、俺だけど」


「大和さん」


大和さんが診察室に入ってきた。


「大丈夫じゃ無さそうだね」


「ごめんなさい」


「謝らなくて良いよ」


大和さんがふわりと抱き締めてくれた。


「大丈夫だよ。もう大丈夫。よく頑張ったね。もう大丈夫だよ」


頭を撫でながら言ってくれる言葉が、静かに心に染み込んでいく。


「どうして来てくれたんですか?」


「冒険者ギルドに3人組が飛び込んできて、俺を見つけてくれた。来る道で事情を聴いて、全力で走ってきた。最初はカークを探していたみたいだね」


「邪魔をしちゃいましたね」


「邪魔だなんて思ってないよ。咲楽ちゃんは自分から人に頼ることをしないから。今も知らせが来なかったら、1人で何とかしようとしてたでしょ?」


「ごめんなさい」


「謝って欲しい訳じゃないんだよ。もう少し頼りなさいって言ってるの」


はぁ、とため息を吐いて、大和さんの腕が解かれた。


「もう大丈夫です」


「時間が許す限り着いていてやりたいけどね」


「トキワ様、サクラ様は大丈夫ですか?」


カークさんが顔を出した。


「落ち着いた、かな?」


「ご心配をお掛けしました。もう大丈夫です」


「サクラ様、お昼まで私が待機しましょうか?」


「カークさんのご予定は?」


「どれもお昼からですね」


「ナザル所長に許可は得たのか?」


「はい。魔石のクエイム(暗示)の魔力と同じ魔力だから、重ね掛けしても大丈夫だと、そちらの許可も頂きました」





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