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「大和さん、まだ怒ってます?」
「少し収まっては来たけどね。俺を排除したら、咲楽ちゃんをあの男のところに連れていって、怪我を治させる計画だったらしい。いったいどうやって俺らが王都を出るって知ったんだか。推測はできるけどね」
「推測?」
「咲楽ちゃん、魔力回復はどれくらい?」
「えっと、ちょっと減っちゃいました……すみません」
「謝らなくていいから。で?どれくらい?」
「4.5割くらいでしょうか」
はぁ。ため息が聞こえた。
「たぶんそれより少ないよね。風と地の属性魔法使って、3人の足を治して、あの男の治療して。国民証、見せて」
魔力は今、4割に少し足りない位だ。国民証を見せたら絶対に心配を掛ける。それは嫌だった。
「嫌です。見せません」
「って事は4割位かな?」
「どうして分かったんですか?」
「咲楽ちゃんは素直だから。食べ終わった?」
「あ、はい」
ナイオンが寄ってきて私の後ろでゴロンと横になる。
「ナイオンをソファーにできそうだな」
大和さんが笑った。
「ナイオン、走らなくて良いの?」
ガゥっと小さく返事をするナイオン。
「エタンセル」
大和さんが呼ぶと草原の草を食んでいたエタンセルが寄ってくる。
「ちょっと走らせるけど、どうする?一緒に行く?」
「待ってます。大和さんの乗馬姿も見たいし。ナイオンも居るから大丈夫ですよね」
「まぁ、大丈夫だろうけどな」
そう言って大和さんはチラッと男の人達を見る。
「ナイオン、分かってるな」
ガゥっと小さく吠えるナイオン。そのままナイオンの腕に抱え込まれた。
「きゃあ!!」
「ナイオン……気を付けろ」
低い声で言った大和さんが、屈み込んでナイオンを見る。その手をナイオンに伸ばすとナイオンが分かりやすくビクッとした。
「大和さん、大丈夫ですから」
そう言ってナイオンを撫でるとナイオンは猫のようにゴロゴロ喉を鳴らした。
苦笑した大和さんはエタンセルの鐙に足を掛けるとヒラリと飛び乗った。
「じゃあ、ちょっと行ってくる」
一気に駆けていくエタンセル。あっという間に遠ざかっていった。やっぱり格好いい。前に『洗練されてない』なんて言ってたけど、颯爽とエタンセルに乗って走ってる姿は惚れ惚れするほど素敵だった。
見送ってると襲撃してきた人達が寄ってきた。
「天使様、黒き狼はどこに行ったんですか?」
「エタンセルを走らせてくるって行っちゃいました」
「そうですか。話し合ったんですが、街門まで一緒に行って良いですか?お2人を襲ったことを正直に言って、罪を償いたいんです」
「あなた方の罪ってなんですか?私も大和さんも怪我はしてませんし、何も損害は与えられていません」
「でも、貴女を拐おうとした」
「それも計画したのみで実行はされてませんよね」
「それは、そうですが」
「それとも他になにか罪を犯したんですか?」
「法に触れることはしていないつもりです」
「一緒に街門まで行くことは別に構いません。その後どうするんですか?」
「ですから、罪を償おうと……」
「何の罪を?」
私がそう聞くと黙ってしまった。
「意地悪なことを聞いてごめんなさい。でも、犯してもない罪を償うなんて出来ないんです」
「お2人を襲ったことは事実です。先程『怪我も損害もない』と言われましたが、それは黒き狼が貴女を護ったからです。もちろんその虎も、あの馬も。それでも『襲った』と言う事実はあるんです。貴女方が黙っていても、オレはそういう判断をしたコイツらを許せないし、そのきっかけを作った自分を許せない。だからその事を正直に話したいんです」
怪我をしていた人が実質リーダーなんだろう。切々と私に訴えてきた。他の人達は俯いてる。でも正直に言って私はこう言うことは分からない。大和さんがどう考えてるかも分からないけど。
どう言ったら良いかわからなくて俯いてたら、弓を持ってた女の人が言った。
「天使様を困らせたい訳じゃないんだ。自分達で話し合って決めたんだよ」
それでも自分が関わった事で、やってもいない事を罪とされるのは嫌だった。
こういう考えはこの世界では甘いのかもしれない。でも、私はこっちで生まれ育った訳じゃない。どうしても『日本と言う常識』から離れられない。
こういった場合、どの程度の罰則が課せられるのかは分からない。けどせめて軽くしてほしい。確かに少し怖い思いはした。でも……
ぐるぐる考えていると大和さんが戻ってきた。
「どういう状況だ?」
「オレらは一緒に街門まで行ってやったことを正直に言って罪を償いたいと言ったんです。そしたら天使様がなんだか考え込まれてしまって……」
男の人の言葉を聞いた大和さんは、どこか納得したように頷いた。
「お前等のその覚悟を聞いて、咲楽ちゃんが考えちゃったわけか」
エタンセルから降りると、私の前にしゃがみこんで、大和さんが言う。
「咲楽ちゃん、何を考えてるかは何となくわかるけどさ、アイツ等の決めたことだ。その覚悟を見届けるのも大事だよ」
「でもあの人達は私達に何の被害も与えていません。なのに罰を受けるんですか?」
「まだ罰があるとは決まってないでしょ。決めるのはこの国の法律だ。その判断をするのはあの街門の兵士だよ。どうも同情的なのもいるようだし、悪いことにはならないんじゃないかな」
「本当に?」
顔をあげる。
「確定的なことは言えないよ。その辺はこっちが説明するしか無いんじゃないかな」
立ち上がろうとしたらナイオンが離してくれなかった。
「ナイオン、咲楽ちゃんを離してやってくれ」
大和さんが声をかけるとナイオンは仕方ないなぁとでも言うように、ゆっくり離してくれた。
「そろそろ行くか」
大和さんがそう言って片付け始める。男の人達も手伝ってくれた。片付けをしながら大和さん達はなにかを話していた。
大和さんはエタンセルに乗って、私はナイオンに乗って、ゆっくりと戻る。男の人達も付いてきた。
街門に着くと兵士さん達が寄ってきた。
「黒き狼様、天使様、おかえりなさい。その後ろの人達は?」
「あぁ、草原で襲われた。何の被害もなかったけど、話してる内に襲ったことを必要以上に反省したみたいでな」
「お2人を襲ったことは事実です。被害がなかったと言っても危害を加えようとしたんです」
リーダーの人はそう言って頭を下げる。
「まぁ、とりあえず入れ。取り調べをしないとな。天使様?どうされました?」
兵士さんが男の人達を連れていく。
「彼女自身の価値観と戦ってる最中だな」
「価値観?」
「自分達は何の被害もなかったのに、罰則を受けるのはどうなのか、って感じかな」
「ははぁ、なるほど。あいつ等の事情を聴いて同情したとかですか?」
「ちょっと違う気もするが、そんなもんかな」
「天使様はお優しいですね。黒き狼様と天使様を狙ったってだけでも、自分等にとっては許しがたいのに」
「彼女には彼女の考えがあるんだ。そこは尊重してやってくれ」
大和さんは1度男の人達の方を見る。
「通常ならどういう扱いになる?」
「まずはこちらにどうぞ。事情を聴きたいですのでな」
少し年長の兵士さんが出てきた。
「兵士長」
周りの兵士さん達が敬礼する。
「一方的な取り調べをする訳でないと分かって安心しましたよ」
部屋に案内されながら大和さんが言う。着いた部屋にはソファーが置いてあって、私達はソファーを薦められた。
「むさ苦しい場所ですが勘弁してください。黒き狼殿、天使様」
「華やかな、きらびやかな部屋だったら逆に飛び出してましたよ。むさ苦しいだなんてとんでもない。落ち着いた質実剛健といった感じの部屋ではないですか」
「そう言って頂けるとありがたいですね。自分には価値があるものなんですが理解されないことも多いのですよ」
少しすると兵士さんが入ってきて紅茶を出してくれた。
「少しだけ事情を伺いたいのですが、よろしいですかな?天使様」
「あの人達はなにもしてません。私達は被害を受けてません。それでも罪になるんですか?」
「咲楽ちゃん」
大和さんが嗜めていたのは分かってる。でも止まらなかった。
「王都に入れなくて、自分達の大切な人が怪我をして、助けたくて、とった行動です。それでも罪になりますか?」
言っている内に涙が止まらなくなった。
「怪我をした人は恩人だと言っていました。恩人を助けたい。そう思うことはダメなことですか?」
兵士長さんが困った顔をしている。
「ごめんなさい。襲われたのが私達じゃなくて、他の人だったらこんなことは言わないと思います。私には怪我を治す力がある。それなら私は助けたいと思ったんです。狙われてるって思ったときは怖かった。でも大和さんもエタンセルもナイオンもいて、大丈夫だって思った。人を治すことに躊躇はありません。むしろ手遅れになる方が嫌なんです。怪我をした人がいる。それがわかっていて助けられないことの方が嫌なんです」
「天使様の気持ちは分かりますよ。でもアイツ等がやった事は犯罪ギリギリなんです。恩人を助けたい、そう思ったとしても、そのための手段だとしても、とってはいけない手段なのです」
「兵士長殿、一応の計画はあの男達から聞きました。私を排除した後彼女を拐い、リーダーの男を治させる計画だったと。ただ、黒き狼は強いから黒き狼の注意を引いてる間に天使様を拐えば良いとアドバイスを受けたと言ってました。アドバイスをしたのはあなたですね?」
沈黙が流れる。ホゥっと兵士長さんの口から息が漏れた。
「すみません。あの男達の話を聞いて同情してしまったんですよ。でもこの国の法を犯してあの男達を王都に入れるわけにはいかなかった。その時です。お2人が門外に出るかもと言う話を聞いたのは。最初は普通に頼めば良いと思ったんです。けど黒き狼が、貴方がそんなことを天使様にさせるのかと言う不安があった。なので成功率は低いが天使様の同情を引いてアイツを治してもらおうと思ったんです」
兵士長さんが頭を下げた。
「そんなことだろうと思いました。私に向かってくる彼らは明らかに気を引こうとしてましたし、街門の兵士達も私達を見て妙に嬉しそうでしたしね。ただ、なぜ最初に話してくれなかったのかと言う疑問は残りますが、大方それは彼等が他領民だからでしょう」
大和さんの言葉に兵士長さんが驚いていた。
「そこまで分かっておられましたか。その通りです。門の中に入れるのは入門料を払ってもらえれば良いんです。でもアイツらにはその金がないと言う。それでも通してしまうと法に触れる。それは許されないんです。特別扱いをするわけにいかない。アイツ等もそれは望んでいなかった」
「入門料も問題なわけですか。その事は問題として報告してありますか?」
「最初はしてました。しかし解決策が思い付きません。なので今もそのままです」
しばらく大和さんは考えていた。
少しして一応の取り調べが終わったと兵士さんが報告に来た。
「貸し付けか保証人か物納か……」
大和さんが呟く。
「何か?」
「いえ、入門料が無い人物に限った入門法ですが、①入門料の貸付、②身元のしっかりした保証人を付ける、③物納の3つを思い付きまして。それぞれに欠点はありますが」
「欠点ですか?」
「まず①の場合は単純です。そのまま返さない、と言うことですね。②は保証人が身元を偽っていたときはどうするのか?です。③は魔物素材なんかになると思うのですが、それを鑑定する専門の人物の常駐が必要となります」
「それでも我々には思い付かなかった。感謝します。上に提案してみます」
「その際、私の名前は出さない方がいいですね」
「なぜです?黒き狼殿の提案です。絶対に通ると思いますよ」
「街門の兵士達が思い悩んでいたことも知られずに、ですか?私は信頼されていると言う自負はあります。ただ、「私の提案だから」と通してほしくはないんです。こう言うことはもっとみんなが真剣に考えることのはずです。「下からこう言う提案が上がってきた」その事について議論しなければいけない。現場の人達、この場合は兵士達がずっと思い悩んでいた、その末の提案であると認識しなくてはいけないのじゃないですか?」
「そ、う、ですね。兵士達の事も考えていただいたとは。感謝します」
「止してください。私は彼女が悩んでいたから、必死に考えただけです。彼女の負担を減らしたいだけですから。究極の自己満足ですよ」
「黒き狼殿は本当に天使様の事が大切なのですね」




