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診察が始まった。常連さんに混じってファティマさんとムラードさんが来院した。
「天使様、お疲れ様」
「ファティマさん、どうかされましたか?」
「そんな心配そうな顔をしなくても、どこも怪我なんかしてないよ。今日は私じゃなくてダンナさ」
「お怪我は無いんですね?良かったです。ムラードさんも怪我はしていないですよね?」
「してねぇよ。あの石についてだ。どうする?任せてくれるか?」
「お願いできますか?」
正直に言って、護身用とは言え、武器を持つ覚悟は出来ていない。でも、必要だっていうのは分かる。要は私の決心1つって事だ。
「良いのかい?」
「参考までに聞かせてください。どんな武器を考えているんですか?」
「そうさなぁ。天使様に合うってぇと、竪琴かねぇ」
「アンタはその天使様を見たいだけだろうに。それに天使様はどんな武器を?って聞いたんだよ?楽器を提案してどうするんだい」
「魔力を石に通して変形させるんだよ。それに武器というより、武具だ。距離を取れるようにな」
武器じゃないみたい。ちょっと安心しちゃった。
「安心したみたいだね」
「はい」
「どうする?それで良いかい?」
「お願いします」
石を渡す。
「あの、大和さんのって……」
「あぁ、この前預かった。弓が手に入るって喜んでいたな。剣舞用の剣の注文も受けた。だがなぁ……」
「どうしたんですか?」
「実戦用じゃないんだな、って思っちまったのさ。剣の形をしていれば良いって事だったしな。刃は付いていなくて良い、サーベルのガードは無くて良い、ってな。それを何本か欲しいんだと」
「教える事になるだろう『天使様の弟』の分だって言ってたじゃないか」
「そうだったんですか」
「悪いね。天使様」
「いいえ。そういえば、私って、リュラって演奏出来ないんですけど」
「簡単だから教えようか?」
「ファティマさんが教えてくれるんですか?お願いしたいです」
「出来てからだね。また連絡するよ」
ファティマさんとムラードさんは帰っていった。
リュラってどんな楽器なんだろう?しまった。詳しく聞いておけばよかった。仕方がない。お昼にでもみんなに聞いてみよう。
3の鐘が鳴る前に、マックス先生が診察室に来た。
「シロヤマさん、お昼に行こうか」
「まだ3の鐘じゃないですよ?」
「ほら、移動しなきゃいけないし」
「まだ、魔術師の方、いらっしゃってませんよね?」
「たまには早く食べたいんだよ」
「……。本音が出ましたね」
「あれ?失敗した?」
一足先に休憩室でお昼にする。
「マックス先生、リュラってどんな楽器ですか?」
「竪琴?吟遊詩人を見た事はある?」
「はい」
「吟遊詩人が持っているのが小竪琴。あれを大きくした感じかな?」
吟遊詩人ってアルトゥールさんしか知らないけど、確かに竪琴みたいなのを持っていた気がする。
「小竪琴は持って弾くけど、竪琴は持っても置いても弾けるんだよ」
「それってすぐに弾けますか?」
「基本的な事さえ覚えたら早いんじゃないかな。僕は弾けないけどね。興味があるの?」
「えっと、私の護身用の武具をムラードさんが作ってくれるって話、聞いていますか?」
「聞いてるよ。え?ムラード工房が作るの?」
「はい。ムラードさんが作らせてくれって」
「ムラードがねぇ。気に入らなけりゃ、注文は受けないって言われている頑固者だよ?」
「そんなことはなかったですよ?寡黙な方ですけど、仕事一筋って感じの職人さんですよね?」
「奥さんがすごい美人で……。あぁ、奥さんから繋がったのか。御使者様だったし。シロヤマさんは彼を見て、怖がって話さないって事はないだろうし」
「そうですね」
「ムラード工房はちょっと変わっていてね。普通の武器も扱うし、そういった物の評判も良い。王都一と言っても良いと思う。でもね。彼らに言わせるとそれは副業なんだそうだ。本業は魔武器の制作。魔力を通すことによって、属性を持った攻撃が使えるんだよ」
「属性剣?」
「そういうのも書いてある本があったの?」
「名前だけです。有名なのは聖剣でしょうか?光属性を持った剣で悪魔とか敵を倒すんです。あちらの本では魔族の王、魔王が闇属性を使って強大な力を手に入れ、それを聖剣を持った勇者が倒すっていうストーリーが多かったんです」
「想像で書かれたものなんだよね?」
「はい」
「魔族って魔人族?」
「設定は似ていますけど、全然違うと思います。高い魔法適正があるし、強靭な肉体を持っていて、長寿だけど粗野で乱暴でっていうのが定番でした。読んでいて気分の悪くなるものもありました」
「気分が悪くなる?」
「書き方でしょうか?女性を襲って苗床にしたりとか、性格が残忍で苦しむのを笑いながら見ていたとか。それがあるから、最後に勇者が倒して平和になりましたっていうのが引き立つんでしょうけど」
「言いにくいんだけどね。魔人族のいくつかは友好国だけど、さっきシロヤマさんが言ったような国もあるからね。あの国は今はサタニディヤ島を領土としているんだったかな。周りが海だからこっちも守られているし、あっちも侵略してこないだけ」
「最初に聞きました。友好国もあるけど、ちょっかいをかけてくる国もあるって」
「正にちょっかいだよ。反撃したら戦争の良い口実になるから、ってやってるらしいし」
魔術師の方が到着したと連絡があって、私とマックス先生は裏口に急いだ。そこにいたのはふくよかな女性。
「紹介するね。彼女がサーニャ。魔術師だよ」
「あら、それじゃ足りないわ。マクシミリアン様の未来の妻よ」
「そんな未来は来ない」
「恥ずかしがっちゃって。彼女が天使様、サクラさんね。はじめましてサーニャよ」
「はじめまして、サーニャさん。サクラ・シロヤマと申します」
馬車に乗り込んで、南門に出発する。
「サクラさん、私たちお似合いでしょう?」
「気にしなくて良いからね?適当に無視しておいて」
「あら、ヒドい。良いわよね、サクラさんは。素敵な彼が居るんですもの」
「サーニャさん。本当にマックス先生の将来の妻になりたいって思ってるんですか?」
「バレたの?早くない?」
「だから言ったでしょ?シロヤマさんを騙すのは難しいって」
「ちなみにどの辺で分かったの?」
「私は恋愛ってよく分かっていないんです。でも、サーニャさんのマックス先生を見る眼でしょうか。なんだかからかっているって感じだったんです」
「眼かぁ」
「それに闇属性を使ってましたよね?」
「失敗したわ。サクラさんも光を持っているから、そりゃあバレるわよね」
「初対面の人にそういうのはやめようって言ったでしょ?」
「はぁい。分かりましたぁ」
不貞腐れたように言うサーニャさんがなんだか可愛かった。
南門に着いた。兵士さんが街壁の間に案内してくれる。
「あっ!!チャク!!」
「こんにちは、グラシアちゃん、タビーちゃん」
「チャク、こっちこっち」
「ご本読んで?」
「ちょっと待ってね」
私の手を引っ張って、どこかに連れていこうとするグラシアちゃんとタビーちゃんを止める。マックス先生とサーニャさんを振り返ると、にっこりと笑って手を振られた。
「頑張ってね」
「僕らはこっちで健康相談をしているから」
……まぁ良いか。
グラシアちゃんとタビーちゃんに連れられて、この前のホールのような部屋に入る。
10人位の子が待っていた。神官様も居る。
「神官様、こんにちは」
「いらっしゃいませ。お1人ですか?」
「私だけグラシアちゃんとタビーちゃんに案内されました。マクシミリアン先生とサーニャ様は外で健康相談を受け付けると、言っていました」
「そうなんですか。天使様が本を読んでくれると伺いましたが」
「マックス先生からですか?」
「そうです」
マックス先生が最初から計画していたって事だよね。
「何冊か持ってきました。順番に読んでいきますね」
子ども達の前の椅子に座って、読み聞かせを始める。みんな真剣に聞いてくれた。3冊読んだところで、少し身体を動かす。使うのは巨大カルタ。神官様やいつの間にか来てくれていた門外の人と協力して取り札をばらまく。取り札の大きさはA4サイズ位。小さい子は個人戦は無理だろうからチームプレイOKってことにした。年長組と体格が違うしね。
しばらく進めていくと、面白いことになってきた。年長組が札を取らない。年少組にどこにあるか教えている。結果、1番札を取ったのが年少3人組という結果になった。次は年長組は応援に回ってもらって、年少組だけの勝負。ただし年長組は大声でアドバイスして良い。年少組の巨大カルタが終わった頃、年少組はお昼寝の時間。年長組の勝負となった。
グラシアちゃんとタビーちゃんが離してくれず、2人を寝かしつけて戻ると、東の孤児院対南の孤児院になっていた。
「良いんですか?」
近くにいた神官様に聞いてみた。
「えぇ。たまにやっているんです。その方が競争意識も沸くと思いまして。でもね、普段は仲が良いんですよ」
「それなら良かったです」
「お聞きして良いですか?」
「はい」
「グラシアとタビーが、貴女の事をチャクと呼んでいましたが」
「最初はグラシアちゃんがサクラと言えなくて、それでだったんです。そうしたらタビーちゃんまで言い出してしまって」
「あぁ、そうだったのですね。実はグラシアの事を知った白狼族が面会に来たいと言いまして許可をしたのですが、その際、『ずっとグラシアからチャクと言う名を聞いたが、チャクとは誰だ』と聞かれてしまいまして」
「私は何かした方がいいですか?」
「貴女の事を教えてもいいですか?」
「名前だけですよね?後は施療院の事ですか」
「許可をいただけますか?」
「はい」
もうすぐ5の鐘と言うところで、南の街門の間の空間からお暇する。離れようとしないグラシアちゃんとタビーちゃんを、羽交い締めにしたカミル君とルプス君にお礼を言って、さよならした。
「サクラさんって子ども達に人気ね」
「1度会っているからでしょうか」
「それだけじゃないと思うけどね」
「可愛いお姉さんだからでしょ?私は可愛くないオバサンだしね」
「サーニャさんは可愛いと思いますよ?」
「あら、ありがと」
施療院に着くと、5の鐘を少し過ぎていた。マックス先生とサーニャさんは所長に報告に行った。
「サクラちゃん、帰りましょ」
ローズさんと一緒に帰る。ライルさんは所長と一緒に報告を聞くそうだ。
「楽しかった?」
「みんなが明るくなっていてビックリしました。積極性も出ていました」
「サクラちゃんが楽しそうで良かったわ」
「ローズさん、サーニャさんって知ってますか?」
「からかわれたでしょ?マックス様と結婚するとか、子どもが居るとか」
「未来の妻だって言われました」
「サーニャさんはマックス様の事が好きなのよ。男女の仲じゃなくて、良いお友達かしら?サーニャさん自身が言っていたわ」
「マックス先生とも仲が良い感じでした」
向こうに大和さんが見えた。
「お迎えね」
「咲楽ちゃん、おかえり」
「大和さんもおかえりなさい」
すぐに手を繋ぐとローズさんが呆れたように笑っていた。
バザールに寄ってから家に帰る。夕食後に小部屋で寛いで、大和さんに今日あった事を話した。
「ムラードの話を受けることにしたの?」
「武器じゃなくて武具だって言うから受けました」
「それで楽器?」
「はい。竪琴って言っていました」
「竪琴ね。咲楽ちゃんに剣舞の伴奏を頼もうかな?」
「カークさんは?」
「二重奏にしてみる?」
「譜を覚える自信がありません」
「五線に書こうか?」
「書けるんですか?」
「書けたら良いよね」
「書けないんですね?」
「絶対音感は無いしね」
「私もありません」
「書ける人は居ないかな?」
「今まで楽器演奏を聞いた人で親しい人って……。あ、スティーリア様」
「あぁ、読めるだろうね。書けるかな?」
「聞かなきゃ分からないですよね」
「でも、楽譜にしようとすると、1度聴かさなきゃいけないし」
「そうですよね」
「考えていても仕方がないか。風呂に行ってくる」
「はい」
大和さんがお風呂に行ったから、結界具を確認して、自室に上がる。今からビーズ作りだ。小石に地属性を発動させて、ビーズを作る。1つの小石で10個位のビーズが作れる。南門の近くは色の付いた小石が多くて助かった。遊んでる最中にグラシアちゃんとタビーちゃんがたくさん拾ってきてくれた。これをたくさん作らなきゃ。
夢中で作っていると、ノックが聞こえた。
「咲楽ちゃん、風呂に行っておいで」
「はい」
作ったビーズを纏めて魔空間に仕舞って、お風呂に行く。
まだまだビーズはたくさん要るよね。色数も足りていない気がする。南門外に行きたいなぁ。綺麗な小石が落ちているってルビーさんが言っていたし。大和さんに反対されるかな?でもゲオルグさんは私だったら1人でも安全って言っていたよね。
駄目だ。考えていると大和さんとカークさんとユーゴ君に反対される未来しか見えない。まずは話をしてみないと駄目だよね。
お風呂から上がって寝室に行く。
「おかえり」
「戻りました」
おいでおいでをされて、大和さんに近付く。そのまま腕に収まる。
「大和さん、南門外に行っちゃダメですか?」
「何の為に?」
「小石を拾いに行きたいんです」
「小石?」
「えっとこれを作りたくて」
大和さんに作ったビーズを見せる。
「ビーズ?これをね。俺が一緒なら良いよ」
「良いんですか?ありがとうございます」
「南門外は今、咲楽ちゃんにとって安全らしいから」
「楽しみにしています」
「もう寝る?」
「はい。でも眠れないかもです」
「楽しみ過ぎて?」
「はい」
その夜はずっと大和さんに寝かしつけられていた気がする。