光神派~ある男の手記~
『光神派』
今、この言葉を王都で聞くことはないだろう。今は空の月。あの事件から2月以上が過ぎた。
私は『光神派』といわれる「闇属性は悪く劣っており、光属性は正しく尊い」と言うある人物の言葉を、ずっと信じてきた。「光属性は人を癒し、傷付ける事は絶対に無いが、闇属性は人を操り、人を傷付ける事にしか使えない」と言う言葉だ。何故『光神教』でなく『光神派』なのか。その疑問にはディリジャンから説明があった。「正式に『光神教』とするにはまだ、我々の考えを理解する者が少ない。だからまずは『光神派』として我々の正しさを人々に認めさせ、その後、正式に『光神教』として教団を立ち上げる。すでに『光神教』はあるが、あれはまやかしだ。正しい『光神教』の教えは我々である。カマラードとなったあなた達は、真の『光神教』の理解者なのです」と。闇属性で暗示をかけられた男が人を殺害するといった事件も、私の故郷のギューダ領で実際に起きたから、その言葉を信じられた。殺害されたのはディリジャンの一人であるお方の師だと言う。
ディリジャンの言葉を信じた私達はカマラードと呼ばれ、まずはギューダ領内に散り、闇属性の危険性を人々に伝えると共に、光属性の素晴らしさを説いてまわった。ディリジャンの中には我々の中でスクラーヴと呼んでいる闇属性を持った者を、教育している人もいた。
私は地属性しか持っていない。属性の中でもハズレとされる地属性よりも、闇属性は程度の低い属性なのだと思い込むことにより、なけなしのプライドを保っていた。
ディリジャンの一人が、王都の冒険者ギルドの副ギルド長に抜擢された時は、皆で祝ったものだ。これで闇属性の危険性を多くの人々に知らしめる事が出来ると。
王都のディリジャンからは徐々に私達の正しさが浸透してきていると、報せが来た。ディリジャンが王都の副ギルド長になってから、何年も経ってもたらされたその報せに、やはり間違った考えに染まった人々を正しく導くのは困難だと思い知った。
ギューダ領では少しずつ浸透してきている我々の思想。だが、その他の領では『属性は皆平等であり、そこに優劣は存在しない』と言う間違った考えがいまだに信じられている。
そこで王都で我々の思想を広め、その思想が正しいと人々を導く計画をたてた。王都で広まれば容易に国中に広めることが出来る。おりしも建国祭期間が目前であり、容易に王都に入れた。
王都には『天使様』と呼ばれる素晴らしい光属性を持った方が居るという。この方が我々の思想に賛同してくれれば、人々を導く事も容易だと思っていた。しかし、『天使様』も『属性は皆平等であり、そこに優劣は存在しない』という間違った考えを持っているという。
水の月の第2週の闇の日。『天使様』に話をしてくると言って出ていったディリジャンである副ギルド長は、その直前まで、我々を裏切ったスクラーヴに教育を施していたらしい。身体に刻まれた痛みは程度の低い闇属性では癒せずに苦しんでいると聞いて、やはり闇属性は役に立たない属性だと再確認した。
お優しいディリジャンである副ギルド長は、そのような者をも癒してやらねばと、天使様を説得しに行かれたのだ。
天使様が我々の思想に触れれば、必ず賛同してくださる。そうすれば正しい考えを広める事が出来ると思っていた。
天使様は私が思っていたよりも小柄で、儚げな可愛らしいお顔立ちの方だった。考えれば当たり前だ。フルールの御使者の一番馬車に選ばれる程のお方なのだ。ディリジャンである副ギルド長は折を見て、天使様の説得を続けた。我々カマラードはその瞬間を与えられた部屋で待っていた。
何が行われているか、どのような説得をされているのか分からぬまま、護衛だという冒険者の男達と話をしながら、待っていた。天使様は王都内でやはり人気があり、その優しさと癒しの力は他の施術師が霞んでしまう程らしい。しかし、それ程の力を持ちながら、決して驕らず、施療院の他の施術師とも仲が良く、今では『施療院の三姉妹』と呼ばれる程だとか。
天使様がおいでになって、3日目の5の鐘のホンの少し前。我々は今か今かとその時を待っていた。天使様はディリジャンの話にショックを受け、食事も喉を通らないらしく、冒険者によって厳重に保護されていた。
突然家の中に白い閃光が走った。異変を感じて騒ぐ我々をディリジャンである副ギルド長が静めていたその時、玄関のドアが蹴破られた。立っていたのは怒れる狼。比喩ではなく食い殺されると思った。護衛の冒険者が対処に向かうが、見たことの無い身の捌きであっという間に沈められる。狼の狙いがディリジャンである副ギルド長であったのが明確だった為、私も狼を近付けまいと出ていった。これでもギューダ領で冒険者をしており、荒事には慣れていたのだが、狼には全く通じなかった。狼を目の前にして感じたのは恐怖。圧倒的な力の差とそれを増幅させている怒り。気が付いたときには、騎士団に拘束されていた。
王宮の通称罪人の塔で聞かされた事の顛末。ディリジャンである副ギルド長が天使様を拐かし、暴力を振るい、それによって言うことを聞かせようとしていた事実を知らされた。天使様は身の危険を感じ、光属性の放出によりその身を守ったが、光属性により室内はめちゃくちゃになり、天使様を害そうとした冒険者2人は大怪我を負った。
信じられなかった。光属性は人を決して傷付けないのではなかったのか。信じられなかったが、取り調べがすんだ者から、現場である我々の潜伏していた家に連れていかれ、室内を見せられた。壊れたテーブル。ボロボロになった室内。割れて用をなさなくなった窓。冒険者が叩きつけられたとみられる壁は板にヒビが入り、その衝撃の強さを物語っていた。
天使様は光属性の放出でその身を守ったが、魔力の過剰放出によりいまだに目覚めないという。あの時の狼がずっと付き添っていると聞かされた。彼は『黒き狼』といわれ、天使様の半身であり、天使様の婚約者であるらしかった。これは王都では有名な話で仲睦まじく歩く2人を皆が暖かく見守っていたらしい。
そんな事は知らなかった。ディリジャンである副ギルド長からは「天使様は自分の意思で付いてきたのであり、食事を取らないのも闇属性の実態を知ってショックを受けているのだ」と聞かされていたからだ。天使様と黒き狼の話はそういった娯楽的な事を禁じられていた為、耳に入らなかった。
まとめて罪人の塔の大部屋に入れられていた我々は、同じフロアの別の囚人に笑われた。「闇属性が低位だと信じているなんて、頭がおかしいのか」と。「天使様が闇属性も持っていることは公然の秘密であり、王都で知らない者は居ない。当然副ギルド長も知っており、ただ利用しようとしたのだろう」と言われた。同じ牢内にいた護衛の冒険者に聞くと「何を当たり前の事を」と呆れた顔で言われた。護衛だと思っていた冒険者は、天使様の逃亡防止の為の見張りで、身内の身の安全を盾に脅されていたらしい。「とはいっても、自分達も同じ穴の狢だがな」と自嘲気味に笑っていた。
大部屋にはあの時天使様に吹き飛ばされた冒険者もいた。怪我は癒されていたが、目がほとんど見えないらしい。施療院のナザル所長によると強い光を間近で見たことにより、目に障害を負ったのだと言う。
罪人の塔に入れられて10日後、施療院のナザル所長とライルと言う施術師が罪人の塔を訪れた。目に障害を負った2人の治療をすると言う。その時、天使様が目覚められ、お身体は完全に復調されていないが、元気でいらっしゃると聞かされた。良かった。聞かせてくれたライルと言う施術師の顔付きは怖かったが。2人は別の部屋に移され、そのまた10日後に戻ってきた時には元通りといかないまでも、かなり見えるようになっていた。
今、我々は魔石鉱脈で働いている。魔石鉱脈に送られる日に元ディリジャンの息子が、我々がスクラーヴと呼んでいたあの男に連れられて見送りに来た。天使様に刺繍していただいたハンカチを渡しに来たのだと言う。そのハンカチには我々の無事を願う祈りが込められていたらしい。
ハンカチを受け取った元ディリジャンはスクラーヴと呼んでいた男に聞いていた。「我々はまちがっていたのか」と。その問いに「今回は間違って罪を犯した。しかし間違わない人間は居ない。それを真摯に反省しその重荷を背負っていく者は、成長できるのだと黒き狼様が言っていた」と聞かされた。「貴女が帰ってくるのを息子さんと待っています」と言われ、泣き出した元ディリジャンに、かける言葉が見つからなかった。
魔石鉱脈での日々は苦しい。魔石は地下深く、熱気の立ち込める坑道で採掘される。1日の作業を終え、地上に戻ってくるとシャワーを浴び、食事をとって、皆で集まる。その部屋には、あの時元ディリジャンが渡されたハンカチが大切に置かれている。七芒星が丁寧に刺繍されたそのハンカチに祈る為に集まるのだ。
元居た坑夫達は我々が犯した罪を知らなかった。だが、我々がここでしている事は知っている。何をしているのか聞かれ、どういう罪を犯したのかをポツリポツリと話した。結果罵倒された。涙を流して詰られた。ギューダ領主であられるギューダ様は闇属性であり、この地にも度々訪れ、労っていかれるのだとか。時々訪れる身なりの良い紳士。そのお方こそがギューダ様だと言う。その際に光属性持ちの奥方様と共に話を聞き、少しでも働きやすいように心を砕いてくださっているらしい。
我々は何も知らなかった。自分の領主であるギューダ様の事も、我々が説いていた事を、王都神殿の最高責任者であられるエリアリール様が正式に否定されたという事実も。今まで信じていたことは何だったのか?元副ギルド長に聞いてもよく分からなかった。分かったのは元副ギルド長が己の師を傷付けられたことでその男を恨み、ひいてはその男の属性である闇属性に悪印象を持っていたということだけだ。
闇属性は本当に悪属性なのか。光属性は本当に至高の属性なのか。この世には『光神教』『闇神教』『火神教』『風神教』『水神教』『地神教』と呼ばれる教団がある。それぞれの属性神を第一として奉っているが、他の属性を否定している訳ではない。それぞれを第一としながらも、我々のように「闇属性は悪属性だ」と言っている訳ではないのだ。
我々の刑期は5年。冒険者の2人は8年。元副ギルド長は10年だ。考える時間はある。ギューダ領に戻れる日が来たら、今度こそ間違えないように生きていきたいと思う。
カマラード、ディリジャン、スクラーヴはおもいっきり造語です。この世界でも使われる事はありません。




