29
翌朝起きたらもう日が高かった。魔力量は4割近くまで戻っている。着替えて階下に降りる。昨日よりは遥かにマシだけど、まだ少し怠さがあった。
大和さんが入ってきた。
「起きた?大丈夫そうなら遠乗りに行く?今日も良い天気だし」
「行きます。あ、着替えなきゃ」
「あぁ、そうだね。パンツの方がいいね」
「ちょっと待っててください」
「慌てなくても良いよ。朝御飯は食べた?」
「あ……」
「まだ、みたいだし。ちゃんと食べて少し休んでからね」
「大和さんは食べたんですか?」
「走りついでに神殿まで行ったからね。エリアリール様とスティーリアさんに挨拶して、神殿でいただいてきた」
「私、挨拶してない」
「また来てくれたら良いってさ。体調が戻ってから」
昨夜のオートミールを温めて食べられるくらい盛る。それをテーブルに持っていって食べた。でもまだ残ってるんだよね。どうしよう。
「どうしたの?」
「まだオートミールが残ってて。どうしようかなって思って」
「ナイオンにあげる?」
「虎さん、来てるんですか?というか、虎さんの名前、ナイオンになったんですか?」
「今日は舞が終わっても帰らなくてね。根負けしてレベッカさんが預けてった。今は庭で咲楽ちゃんのモフられ待ちしてる。名前はエリアリール様が選んだ」
「どうしてエリアリール様が?」
「レベッカさんが神殿に行ったときにスティーリアさんに会ったんだそうだ。で、あの白虎の話になったらしくてね。エリアリール様がその話を聞いて『ナイオンの方がいい』と仰ったそうだよ」
「今、外で待ってるんですか?早く行ってあげないと」
「それがねぇ。見ればわかるよ。あ、ナイオンはちゃんと朝御飯を食べてからこっちに来てるからね」
私の食べ終えた器を片付けてくれながら、大和さんが言う。でも見ればわかるってどう言う事?
庭に出て分かった。確かに見れば分かる。エタンセルとナイオンが隣り合って座って日向ぼっこしてる。え?この世界では肉食獣と草食動物が隣り合って座ってて普通なの?
頭にハテナマークをたくさん浮かべていると、大和さんが出てきた。オートミールを持って。
「俺が剣舞を舞ってるときはそうでもなかったらしいんだけど、終わってナイオンがいつものようにじゃれついてきて、そしたらエタンセルが怒った。嘶きはあげなかったけどね。しばらく2頭で睨み合ってて、レベッカさんとどうしようかと話してたら、ああなってた」
説明を聞いても分かんない。エタンセルとナイオンの所に近づいていくと、エタンセルがナイオンを鼻先で私の方に押し出した。
「ナイオンって名前になったんだね。いい名前。撫でていい?」
ナイオンは伏せの姿勢をとってこっちを見る。撫でてあげるとゴロンと横になった。
「大和さん、ナイオンの胸の辺りモフモフです。気持ちいい」
「虎にも鬣があるって聞いたことはあるけどね。人間で言ったらもみ上げからあごひげが連なった感じだって」
「そうなんですか?」
「そろそろ着替える?」
「え?今どのくらいですか?」
その時2の鐘が鳴った。
「私、こんなに寝てたのはじめてです」
「あんまり気持ち良さそうだから起こさずにおいた。疲れてたんでしょ」
「かもしれません。着替えてきます」
大和さんはナイオンにオートミールをあげていた。
一旦自室に戻る。パンツってあんまりないんだよね。この黒のパンツにオフホワイトのタートルネック、後はブラウンのカーディガンでいいかな。髪はシュシュでまとめて。大丈夫かな?大和さんは帯剣して待っていた。
「お待たせしました」
「いいね。可愛い」
「大和さんって自然に誉めてくれますね」
「そう?普通でしょ」
庭に出てエタンセルとナイオンを外に出す。
「最初は騎獣屋ですか?」
「広いところを駆け回らせてやってくれって依頼された。だからナイオンも連れてく」
「どうやって?」
「咲楽ちゃん、乗るならエタンセルが良い?ナイオンが良い?」
「乗るならって1人で?」
「そう」
「エタンセルは高いから1人では怖いです。でもナイオンってどうやって乗るんですか?」
「一応鞍は借りたけど。首の辺りを持って乗るんだって。街門まで行ったら乗ってみる?」
「ナイオン、構わない?私が乗っても良い?」
ナイオンは小さくガゥっと鳴いてくれた。
しばらく歩いたら門が見えてきた。
「あれが北の街門。で、あそこにいるのが門番の兵士ね」
「凄い……凱旋門みたい」
「あそこは塀が続いてなくて、門だけだけどね」
門の前に着く。
「国民証を……黒き狼様と天使様!?」
「その呼び名、定着してるのか。どこまで広がってるんだ?」
「王都内ならほぼ全ての人が知っていると思われます。何人もが王都外に出ておりますので、今頃は国内に広がってる最中だと」
ビシッと敬礼して答える兵士さん。
「もう止められない、か。まぁ良いや。目的はこのバトルホースと虎の運動。戻る予定は4の鐘かな。出門出来る?」
大和さんと私は国民証を示して許可を得る。
「大丈夫です。お通りください」
「ありがとうございます」
礼をして門を通る。門の外には北にまっすぐ延びる街道とやや東に延びる街道があるらしい。私達が向かうのはやや東の方。街道沿いに行くと草原が広がってる。ここにはクルーラパンやコルスーリがいるくらいで、危険はないと言われてるらしい。運が良ければミエルピナエを見つけてハチミツを貰えることもあるらしい。貰える?どう言う事?
「貰えるというのはどう言う事かわからないけど、たまにハチミツを狙ってウルージュが出るから注意しろって言われた」
「誰にですか?」
「プロクスと部隊長。昨日話してた」
「もしかして私が寝てるときですか?」
「そうそう」
しばらく街道を歩いてからナイオンに鞍を着ける。
「ナイオン大丈夫?痛くない?」
私がナイオンにそう声をかけると、大和さんに笑われた。
「ナイオンばかり気遣ってるとエタンセルが拗ねるよ」
「ごめんなさい。エタンセル」
慌てて謝るとエタンセルは気にするな、とでも言うようにブルルっと鳴いた。私はナイオンに乗って、大和さんはエタンセルに乗る。ナイオンは全然揺れなかった。地面を滑るように進む。30分位して広い草原に着いた。
「咲楽ちゃん、まだ降りないで」
ナイオンから降りようとすると、固い声の大和さんに止められる。
「咲楽ちゃんを守れよ、ナイオン」
ナイオンがガゥっと吠える。大和さんは剣を抜く。
「5人か」
その声が切っ掛けのように4人が姿を表した。
「後ろの奴も出てきたらどうだ?」
大和さんが後ろを見ずに言う。
「咲楽ちゃん、防壁張れる?」
「大丈夫です」
「俺は前に出るから、半径1m位のを張っておいて」
「はい」
ナイオンから降りて、風の防壁を張る。
正直、何が起きてるかわからない。けど、なにか危険が迫ってるのは分かる。だって前の3人は抜剣してるし、もう1人は弓でこっちを狙ってる。そっと後ろを見るともう1人いた。こっそり後ろの人の爪先を覆うように地面を固めておいた。掛かってくれるかな?後ろの人が動いて……転んだ。やった!!掛かった。手首と足首を固める。硬さはコンクリート並み?イメージはあるのよ。日本人だから。
「咲楽ちゃん?何したの?」
前を向いたまま大和さんが聞く。
「内緒です」
「まぁ、良いや」
同時に剣を持った3人が動く。弓を持った人は大和さんを狙ってる?弓から矢が放たれたから、風で吹き飛ばしてみた。この辺はラノベの知識。下からの風でって定番だよね。でもできたのはそこまで。
大和さんは3人を相手に戦ってる。
ガァァ!!ナイオンがいきなり吼えて後ろの人に襲い掛かった。何?!
大和さんは3人の足を狙って無力化していた。
魔空間に入れていたらしいロープで4人を縛って大和さんがこっちに来た。
「ナイオン、もういい」
大和さんがそう言うとナイオンはその人から離れる。
「咲楽ちゃん、やるね。でもちょっと甘かったかな」
手首を固めた物は根本から外れてた。
大和さんはその人もロープで縛っていく。
「大和さん、その人達、どうするんですか?」
「街門の兵士に突き出す」
「でも、その人達、怪我してます。治した方がいいんじゃ」
「あのね、咲楽ちゃん。この人達は咲楽ちゃんの命も狙ったんだよ」
「なぁ!!あんた、天使様だろ!!兄貴を治してくれよ!!」
突然後ろから狙っていた人が叫んだ。
「その為にこんな所で仕掛けたのか?彼女に危害を加えてまで?」
大和さんがゾッとするような声で言った。
「やり方は悪かったと思ってるよ!!けど俺らは王都には入れないんだ」
「どうして?」
「他領民で、入門料が用意出来ないんでしょ。そういう人は結構居るよ」
「そうだよ!!あんたみたいなお嬢様と違うんだよ!!だからあんたらが出てきた時を狙ったんだよ!!」
「大和さん、せめてこの人達だけでも治しちゃダメですか?」
「あのねぇ……」
「お願いします」
「前に言ったでしょ。コイツらと『兄貴』とやらを助けて、その後は?他の人達も助け続けるの?1人を助けるってことは、他の奴ら全員が同じことをすれば良いって思うって事だよ」
「それでもです。この人達は頼ってくれたんです」
「なぁ、黒き狼さんよぉ、天使様、こんなので大丈夫なのか?」
後ろから狙っていた人が大和さんに話しかける。
「お前が言うな!!」
「いやさ、なんか心配になってきた」
「だからお前が言うなよ」
「大和さん……」
「強情だねぇ」
ため息をついて大和さんが折れてくれた。
「その兄貴とやらはどこにいるんだ?」
「大和さん、先にこの人達です」
「咲楽ちゃん、魔力回復はどれくらい?」
「5割ってトコです」
そう言いながら、大和さんに斬られた3人に近付く。
「怪我を診せてください」
結構深い切傷だ。出血が多い。血管を繋いで筋肉を繋ぐ。その後は皮膚を修復する。順々に3人を治していく。
ナイオンが寄ってきた。
弓を使っていた女の人が聞く。
「その……虎……噛まない?」
「大丈夫。ナイオンは噛まないですよ」
「撫でていい?」
「ナイオン、良い?」
ナイオンは黙ってお座りをする。
「でもこれじゃ撫でられないんじゃ……」
「仕方がない。今日は諦めるよ」
女の人が諦めたように笑う。
「お兄さんってどこに居るんですか?」
「兄貴って言っても、実の兄じゃないよ。アタシらを助けてくれた人。恩人なんだ」
「今はその人は誰かが看てるんですか?」
「誰も看てないよ。全員でこっちに来たからね」
「私に、ってことは怪我なんですよね。今頃不自由してるんじゃないですか?」
「でもあんたを連れていかないと意味がないから……」
「大和さん、早く行きましょう!!」
「その必要はないよ」
その声に振り返ると男の人が立っていた。その人の左腕は赤くなってパンパンに腫れていた。
「コイツらが迷惑をかけた。悪かった」
頭を下げたその人はそのまま膝を付いた。
「大和さん、シート、持ってますよね」
「はいはい。お前、手伝え」
諦めたように返事をした大和さんが、後ろから狙っていた人に手伝わせていた。その人はロープを腰に巻かれている。
シートを広げてもらい、そこに男の人を寝かせる。かなりの高熱が出ていた。
「この左腕の怪我、どうしたんですか?」
「ウルージュにやられた」
「へぇ。ウルージュと遭遇してこの程度で済んだのか」
大和さんが言った。
「どのくらい前ですか?」
浄化を掛けながら聞く。
「3日前」
「3日!?」
スキャンをかける。これ、血液も浄化した方がいいよね。
血液内の雑菌を消すイメージで浄化を掛ける。
腫れてるってことは炎症を起こしてるってことだから、冷やした方がいい。腫れたところに水魔法で薄く膜を張る。その後、少し左腕を挙上する。
「ごめんなさい。ちょっと冷たいです」
張った膜を風魔法で冷やす。裂傷になってる傷は筋肉を繋いで皮膚を修復する。
だいぶ腫脹が引いてきた。
「後は様子を見るしかないです」
「兄貴は大丈夫なのか?」
「今は眠ってます。ここだと冷えちゃうから何とかしないと……」
「お前ら、逃げるなよ。良いな」
大和さんはロープを解いていた。
「いいか、2m以上の棒を4本と、薪となるような枯れ枝を集めてこい。アイツを助けたかったらな。言っておくが俺は彼女を狙ったことをまだ怒っている。裏切ったら容赦はしない。早く行け!!」
「大和さん、私は怪我はないんです。そんなに怒らないで下さい」
「咲楽ちゃんが怪我をしてたら、こんなものじゃ済まさない」
大和さんはそう言って私を抱き寄せて頭を撫でた。
「ホントはキスしたいとこだけど、ここじゃね」
しばらく頭を撫でられてると誰か来たみたい。
「薪は集めてきたけど、ここでいいのか?」
不意に横から声が聞こえてビックリする。
「そこに置いておけ」
大和さんはシートの回りに2ヶ所、30cm位の深さの溝を掘ってそこに薪を入れていく。太い薪を細い薪でサンドするようにしながら。
風向きを確かめて薪に火を着ける。その後、男の人達が持ってきた2m位の棒を3角になるように組んでその上にシーツを張って3角錐のテントみたいなのを作った。上が少し開いてるから換気は大丈夫みたい。
テントの中が暖まってくると、大和さんは焚火に土を被せて火を1つにした。8人もテントの中にいると狭いから、私と弓を持っていた女の人以外は外に出ていった。
「天使様は黒き狼は怖くないのかい?」
「私は怖くないですけど、怖かったですよね。すみません」
「天使様を狙った以上、覚悟の上だったけどね」
「天使様って止めてください」
「でもねぇ、兄貴の治療中、体が光ってて、ホントに神秘的だったんだ。天使様って呼びたくもなるよ」
怪我をしている人の左腕は腫脹はすっかり引いている。良かった。
「咲楽ちゃん、ちょっと来て」
大和さんの声が聞こえて、外に出たらビックリした。大きな蜂が3匹、エタンセルの鞍の上に停まってる。1m位の大きさがある。
「エタンセルがミエルピナエの巣を見つけたらしい。この蜂達を送ってくる。怪我人の様子は?」
「腕の腫れは完全に引きました。後は目覚めるのを待つだけです」
「良かったな。じゃあ、コイツら連れて行ってくるから。ナイオンは残していく。ナイオン、咲楽ちゃんを守れよ」
ガゥっと返事をしたナイオンを置いて、皆は行ってしまった。
「ナイオン、中に入る?」
ナイオンはテントの外の入口に陣取るとそのまま座り込んだ。
「そこで良いの?」
ナイオンは尻尾を振って返事をする。
「天使様、入ったら?」
女の人が中から言う。
「はい」
中に入ると女の人に笑われた。
「不安そうだね。大丈夫だよ。兄貴を助けてもらったんだし、天使様の事は命に代えても守るから」
「命は大切にしてください。替えのない一番大切な物が命なんです」
「天使様は……黒き狼が護るのも分かるね」
「これから皆さんはどうされるんですか?」
「天使様と黒き狼を狙ったんだ。どうなっても覚悟は出来てるよ」
「どうなってもって……」
沈黙が流れる。女の人がたまに薪を追加していく。
男の人が目を開けた。
「お加減はいかがですか?」
「天使様?!」
慌てて起き上がろうとする男の人を止める。
「寝てていいです。どこか変な感じや痛みなんかはありませんか?」
「痛みは消えてます。おかしな所も熱っぽさもありません」
「良かった……」
そこに大和さん達が帰ってきた。それぞれ壺を持って。
「咲楽ちゃん、帰ったよ。怪我人の様子はどう?」
「今目を覚ましました」
「良かったね。お昼はとっくにすぎているみたいだから食事にしようと思うんだけど、食べられる?」
「少しだけなら」
「お前らはどうするんだ?」
大和さんが男の人達に聞く。
「俺らはこっちで用意します。そこまでご迷惑をかけられません」
出て行く前と今では、態度がずいぶん違う気が……。
「大和さん、何があったんですか?」
「何もないよ。それよりこっち来て」
もう一枚のシートを広げてそこに座らされる。大和さんの魔空間からパンや串焼きなんかが出てきた。
「それからハチミツね。パンに付けると旨いよ」
「って、このハチミツ、どうして壺に入ってるんですか?」
「ミエルピナエがこの状態で渡してきた。普通に話してたし。たぶんあれが女王蜂かな」
「蜂が喋ったんですか?」
「うん。あ、お湯を沸かすね」
出てきたのは小さな鍋。それから木のコップとスプーン。わざわざ持ってきてたの?
「ちょっと待ってて」
大和さんはそう言うとテントの方に行った。
「入るぞ」
って言って入ってから少ししたらテントが中から解体された。って言っても風避けの幕みたいになってる。大和さんは棒とロープで簡単に組み立ててるけど、あれって難しいよね。
そこにあった火でお湯を沸かすとハチミツを一匙掬ってコップに入れてハチミツ湯を作った。
「咲楽ちゃん、はい、どうぞ」
受け取って良いの?大和さんはもう1つのコップにもハチミツ湯を作ると男の人に渡した。
「アイツらが言ってた。お前は熱が出てからあんまり食べてなかったと。せっかく咲楽ちゃんが救った命だ。これを飲んでこれからどうするかを決めろ」
大和さんはそう言い捨てると私の方に来た。
「大和さん、これからあの人達、どうなるんですか?」
「俺らを狙ったって言っても、こっちに怪我もなかったし損害はない。街門の兵士に突き出したところで、たいした罪にはならないと思うけどね」
「冒険者とかにはなれないんでしょうか?」
「それはアイツらが決めることだから。街門を通れても住むところもないしね。ギルドがそこまで面倒見てくれるかは分からないし。あのギルド長なら何とかしそうだけど。まぁ、今ならスラムの改革の最中だし、仕事はあるけどね」
大和さんは食べながら淡々と話す。まだあの人達に怒っているのかな?