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異世界転移って本当にあるんですね   作者: 玲琉
実りの月
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「ライルさん、貴族様でご長男様が家を継ぎたくない、継ぐ事を拒否するってあるんですか?」


「まぁ、たまには居るよ。そういう場合は弟が継ぐ事になるけど、余程上手く根回ししないと、社交界で色々言われるね。どうしたの?何かあったのかな?」


「えっと……。どうしよう」


「ワシ等は外そうか?」


「リディー様は知っている方です」


「もしかして?」


「たぶん、その方です」


「相談は受けていますわ。(わたくし)もフリカーナ様にご相談したかったのですの」


「僕にって事?父にって事?」


「ライルさんに聞いてもらって、それで判断してもらうしかないと思います」


お茶菓子のスィートポテトを出してみんなに食べてもらう。ライルさん曰く金のお菓子を。


「美味しいですわね」


「確かに金のお菓子ね」


「まぁ、パタトドゥス(サツマイモ)を使って、しかも卵黄を塗って焼いていますから、金色に見えますね」


「それで、なんだっけ?長男が家を継ぎたくないって?」


「はい。施術師になりたいそうです」


「それはその家での話し合いが決着してからしか、何も出来ないね」


「そうですよね」


「その家での話し合いが決着したら、改めて相談に乗ったらどうかな?」


「それしかないですよね」


(わたくし)はどうすればよろしいでしょうか?」


「肯定も否定もしないでその人の話を聞く事かな?自分を否定しない人がいる、話を聞いてくれる人がいるっていうのは、何よりも支えになるんだよ。シロヤマさんが言っているでしょ?『私は話を聞く事しか出来ません』って。何かと戦っている時って、案外話を聞いてくれる人が居ないからね。話を聞いてくれる人は貴重なんだ。肯定も否定もしないでって言ったのは、期待値をあげないって事と、頑なにならせないって事だね」


「やってみますわ」


お昼からの診察は落ち着いていた。患者さんがあまり来ない。ライルさんとリディー様が診察室に入ってきた。


「さっきの話って、イスパニョーレ男爵家?」


「えっと……」


「ごめん。マソン嬢から聞き出した」


リディー様が申し訳なさそうにしている。


「そうです」


「と、いうことは、リシャール君か」


「知っていらっしゃるんですか?」


「イスパニョーレはフリカーナの元家臣の家だね」


「元家臣ですか?」


「そう。元々イスパニョーレはフリカーナの家臣だったんだ。ずっとフリカーナの領地を守ってくれていてね、その働きに報いる形で、男爵の爵位を分け与えたんだ。今で4代目かな?」


「そうだったんですか?」


「そうだったんだよ。でも、残念ながら僕は力になれない。話し合いが決着して、その後なら、施術師として力になれるけどね。元家臣とはいえ、他家になるからね。あちらから何か言ってくれば、助言は出来るよ」


「私は相談を受けた訳じゃないので、なんとも言えないんですけど」


(わたくし)はなるべく時間を作って話を聞きますわ」


「本人が施術師になりたいって言ったの?」


「私は直接言われてないんです。でも、学園に行った時に光属性の講義をした中に居ました。あの時は将来的に施術師として身を立てたい人を集めたと聞いていたので」


(わたくし)はその少し前からですわ。天使様に講義をしていただけるとなって、募集した中にいらしたのです。施術師になりたいがどうすれば良いか、と聞かれて話をするようになったのですけれど、長男様とお聞きしまして、戸惑ってしまいましたわ」


「決意は固いようだけど、ご家族との話し合い次第だね。シロヤマさんはパメラ夫人に寄り添ってあげて」


「はい。お孫さんの事ですもんね」


5の鐘になって、終業時間になった。私は大和さんが来るまで帰れない。帰ろうと思ったら帰れるんだけど、心配だからって父兄が帰してくれない。今もライルさんにスィートポテトのレシピを聞かれて書き出している。


「シロヤマさん、このレシピって登録する気はないの?」


「登録って?」


「商業ギルドに登録したらレシピ使用料が入ってくるよ。今までのはジェフが登録している。野菜クッキーとか。シロヤマさんに使用料が入るようにしてきたって言っていたよ」


「たまにある謎の入金ってそれだったんですか?」


「謎のって、無防備だね」


「クッキー型のアイデア料もジェイド商会から入ってくるんですもん。別に私のアイデアじゃないから要らないのに」


「受け取っておきなさい。困ることはないでしょ?」


「はい。これって自動的に寄付に回るとか、出来ないんですか?」


「出来ません。全くもぅ、この妹は欲が無いね」


「だって、大和さんも私も働いていて、お給料もちゃんと頂いていて、これ以上望むことなんてないです。家族になろうとしてくれる人も友人もたくさんいて、これ以上を望んだら、今の状態じゃ居られなくなっちゃいます」


「もっと良くなるって考えないの?」


「あ、えっと…」


「時々思うんだけど、元居た世界の家族って、酷かった?虐待されていたとか」


「身体的な虐待はないです」


「と、いうことは、精神的にはされていた?」


「衣食住は保証されていました」


これ以上は言いたくない。口をつぐんだ私を見て、ライルさんがため息を吐いた。


「それは、トキワ殿は知っているんだよね?」


「聞き出されてしまいました。大和さんって聞き出すのが巧いんです」


「トキワ殿が知っているなら良いよ。話して欲しいけど、言いたくなさそうだし」


「すみません」


「でもね、覚えておいてね。僕は本気でシロヤマさんを妹だと思っているし、ルビー嬢もジェイド嬢もそうだからね。所長もマックス様もシロヤマさんを娘だって思っていると思うよ。2人とも娘は居ないからね」


「はい」


少しして大和さんが迎えに来てくれて、家に帰った。


「咲楽ちゃん、夕食のリクエスト、良い?」


「はい。何ですか?」


「野菜と薄切り肉を炒めたパスタ」


「もしかして最初の頃に作っていたパスタですか?」


「そう、それ。それとパエリア」


「パエリアはすぐには無理ですよ」


「いつかで良いよ。作って?」


「分かりました。ライの実()もありますし、作ります」


「ありがとう。今日はカークとユーゴが居ないから、2人きりだね」


「そうですね」


夕食を食べているときに、大和さんに聞かれた。


「ライル殿に言ったんだね。元の家族の事」


「聞いていましたよね?」


「聞こえたんだよ」


「大和さんだけですか?」


「ナザル所長もマックス様も居たよ」


「聞かれちゃいましたか」


「なんとも言えない表情をしてたよ。今まで通り接していこうって言っていたけど。そうそう。マクシミリアン様はもう少し居るってさ」


「もう少し?」


「家族も居ないし予定もないから、空の月の半ばまで居るって」


「マックス先生って、ご結婚されていなかったんですか?」


「していたけど逃げられたって笑ってた。友人付き合いは続いているんだって。元奥さんの旦那さんとは、一緒に飲みに行く仲だって言っていたな。子ども達も「パパの前にママと結婚していた人」っていうのは知っていて、今じゃ親戚のオジサン位に思われているって言っていた」


「お人柄でしょうね」


「だろうね」


食後は小部屋で寛ぐ。小部屋でソファーに座ると、というか、大和さんの膝に座らされていた。


「大和さん、朝言っていた金属集めって、何を作るのか教えてください」


「ケトルベルを作ろうと思ってね。最初はダンベルって思ったんだけど」


「ケトルベルってなんですか?」


「ヤカンみたいな形のダンベルかな。筋トレと有酸素運動が同時に出来るから、欲しくてね。俺の分とカークの分とユーゴの分と欲しいから、金属がたくさん欲しい」


「トレーニング道具ですか?」


「そう。握力も鍛えられるし、一石二鳥?」


「なんですか?それ」


「咲楽ちゃんの分も作ろうか?」


「その前に、体力作りです」


「最初はウォーキングかな?」


「朝晩の通勤だけではダメでしょうか?」


「ちょっと速度を速めてみる?」


「付いていけるでしょうか?」


「付いてこれなかったら、抱えていくよ」


「食事量も増やさないとですよね?」


「1度に頑張らなくて良いからね?少しずつで良いんだからね?」


そう言って私の頭を撫でてくれる。


「大和さんの手って安心します」


「剣ダコだらけだけどね」


「大きくて安心します」


「言い直したね?」


「温かくて好きです」


「そう。咲楽ちゃんも温かいよ。抱いて眠るとよく眠れる」


「抱き枕でしたね。そういえば」


「言っておくけど、咲楽ちゃん以外を抱いて眠るなんて出来ないからね?」


「お家に居た猫さんは抱いて寝てなかったんですか?」


「勝手に布団に入ってきていたけどね。積極的に連れ込むのは咲楽ちゃんだけだね」


「連れ込む……」


「風呂に行ってこようかな」


そっと私をソファーに降ろして、大和さんは立っていった。


結界具を確かめて、寝室に上がる。


『積極的に連れ込むのは咲楽ちゃんだけだね』


とたんに反芻されたさっきの言葉。連れ込むって、連れ込むって……。


顔が熱い。きっと今、私は真っ赤になってると思う。


落ち着こうと思ってレース編みを取り出した。でも進まない。ついに手が止まってしまった。


「咲楽ちゃん、行っておいで」


その声に弾かれたように立ち上がって、返事もしないでお風呂に行った。


絶対に意識したのはバレてる。そしてそれを楽しんでいるよね。だって階段の途中で笑い声が聞こえたもの。大和さんのイジワル!!もっと色々聞きたい事とかあったのに。


私は全然子どもだ。大和さんに守られて、大和さんにからかわれて、大和さんの後を追いかけている子どもだ。戸籍年齢は20を過ぎていても、精神年齢は子どもだと思う。


こんなので大和さんを支える事は出来ているんだろうか?大和さんは支えられてるって言ってくれている。だけど、自信は持てない。


お風呂から上がって、寝室に行く。そぉっと顔を出すと大和さんは居なかった。あれ?


「捕まえた」


不意に横から手が伸びてきて、私は大和さんの腕の中に居た。


「もっ、戻りました」


「うん。おかえり」


横抱きにされて、ベッドに降ろされる。


「咲楽ちゃんは可愛いねぇ」


「唐突に何を言うんですか?」


「さっき真っ赤になってたでしょ?」


「知りません」


「照れちゃったのかな?」


「知りません」


「ちゃんと顔を見せて?」


「嫌です」


「咲楽ちゃんに拒否られた」


「からかう大和さんが悪いんです」


「俺は正直だからね」


「確かに嘘は吐きませんけど」


「自分の心に正直なの」


「一歩間違えたら、ただの我儘ですよね?」


「言っておくけど、欲望に正直な訳じゃないからね」


「だから我儘じゃないって言いたいんですか?」


「そういう事」


「じゃあ、今、私の足に大和さんの頭が乗っているのは欲望の現れじゃないんですね?」


「咲楽ちゃん、いつの間に、俺の頭を足に乗せたの?」


「大和さんが乗っかってきたんです」


「おかしいなぁ?不思議だなぁ?」


「……棒読みですね」


「仕方がないでしょ?」


「そもそもの始まりは大和さんですからね?」


「そうだったの?」


「何を(とぼ)けているんですか?」


(とぼ)けてなんていないよ」


思わずため息を吐いた。


「大和さん、ローエンシュタイン様ってご長男様でしたよね?」


「カイ隊長?そうだよ。ローエンシュタイン家の長男様」


「領主になりたくないって仰っているんですよね?」


「何?カイ隊長の事が気になる?」


「同じような悩みを今日、聞いちゃったんです」


「長男が跡目を継ぎたくないって?」


「はい。私は跡継ぎとかって分からないんですけど、結構いるのかな?って思って」


「スペアとなる次男以下が居て、本人が他にしたいことが見つかってしまった場合は、そう考える人もいるだろうね。俺はスペアの立場だったけど、兄貴はどうだったんだろうね?」


「あぁ、大和さん、次男でしたね」


「そうなんだよ。気楽な立場だね」


「気楽?」


「跡継ぎとか考えなくて良い。ある程度自分の好きに出来る。気楽な立場だよ。長男になると、そうはいかない。兄貴もやりたかった事はあるはずだよね」


「大和さん、責任とか感じてますか?」


「ちょっとね。あのまま家に居たら何をしていたかな?とか考えるとね」


「私には分からないです」


「分からなくて良いよ。咲楽ちゃんがそういう立場になったら、潰れちゃう気がする」


膝枕から頭を起こして、私の前に座り直して、大和さんが言う。


「咲楽ちゃんは責任感が強いから、もし何かを継ぐ立場になったら、無理をしそうだ」


「無理はするかもしれないですね」


そう言って笑ったら、抱き締められた。


「咲楽ちゃん、頼むから無理はしないで?」


「していませんよ」


「今だけじゃなく、将来的にも。約束して」


「はい。大和さんも約束してください。絶対に無理はしないって」


「大丈夫だよ。自分の限度は分かっているから」


「約束ですよ?」


「分かってるよ。可愛い奥さんを悲しませることはしません」


「お、奥さん……」


「あ、照れてる。可愛いねぇ」


「もう寝ます。おやすみなさい」


「はいはい。おやすみ、咲楽ちゃん」


大和さんにぎゅうって抱き締められて、私は眠りに落ちた。


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