wedding ~ルビー&マルクス~
実りの月第3週の闇の日。ルビーさんの華燭の典が執り行われた。
本来は親族だけの神殿での宣誓の儀式なんだけど、施療院組と大和さんはその姿を参集所で見ていた。是非に、と言われちゃったんだよね。
こちらでの神殿での宣誓の儀式は極シンプルな装いで行われる。参集所での、つまり衆人環視の中での神様への誓いと神像の間での7神様への結婚の報告があって、神像の間には本人達と両親しか立ち入れない。ルビーさん達が神像の間に行っている間、私達は親族の皆さんと話をしていた。
「フルールの御使者様が、御披露目会に参加してくれるって聞いた時には、夢じゃないかと思ったよ。ルビーもフルールの御使者様だったんだって、改めて実感したね」
「ケネス叔父さん、もう大丈夫なの?あの時は心配したんだからね」
「おぅ。もうピンピンしてるよ。心配かけたな」
ケネスさんは改良型車イスに乗っている。よく見なくても、左側に麻痺が見られる。突然倒れて5日間意識が戻らなかったらしい。地元の施療院の先生も分からなくて、薬師さんもお手上げだったと聞いた。たぶん脳卒中だよね。脳内出血、クモ膜下出血、脳梗塞、脳血栓のどれかは分からないけど。
ケネスさんは4年前に発症したらしい。勤務先でいきなり倒れたんだとか。すぐに地元の施療院に運び込まれたけど原因不明で、5日目に意識が回復したときには、奇跡だと大騒ぎされた。
この世界ではリハビリはほとんど知られていない。ケネスさんも廃用症候群だと思う。リハビリで動かし続ければある程度予防できるけど、動かしていなかったんだろうな。
ルビーさん達が神像の間から戻ってきた。これから『マルガリテ』に移動しての御披露目会だ。ケネスさんも居るし、辻馬車が待っていてくれた。親族の皆さんで協力してケネスさんを辻馬車に乗せる。私達も手伝おうとしたんだけど、ものすごく遠慮されてしまった。
マルガリテに着いたら、まずは更衣の時間。私は星見の祭の時の改良版衣装を用意されていた。スカート丈が長くなっていて一安心だ。大和さんはスーツだね。ネクタイは無いけど。
マルガリテはジェイド商会の経営だから、少し改まった貸衣裳もある。私達のは完全オリジナルだけどね。
宣誓の儀式に参加していた皆さんのお召替が終わると、御披露目会の開幕。と言っても、立食パーティ形式だから、ルビーさんとマルクスさんがスーツとカラードレスで入ってくるだけなんだけど。
「おめでとう!!」
「お幸せにね」
「きれいな嫁さん貰いやがって。羨ましくなんかねぇよ」
「お似合いよ」
様々な祝福の言葉がかけられる。その中をルビーさんとマルクスさんが進んでいく。ルビーさんのドレスは濃いピンク。眠れる森のプリンセスのような衣装だ。
日本で言う高砂の席に2人が到着すると、よりいっそうの拍手が贈られた。指笛も聞こえる。この世界にも指笛ってあるんだ。
「サクラちゃん、楽しんでる?」
「ローズさん、早速酔っぱらっているんですか?」
「天使様、ごめんなさい。ローズ様をお止めしたんですけど」
「マソン嬢、無駄だよ。ジェイド嬢を止めるのは至難の技だ」
「賑やかでいいのう」
ローズさんの婚約者のユリウス・ヴェルーリャ様は少し離れた所でケネスさんに捕まっていた。
1時間半くらい経った頃、ルビーさんとマルクスさんがお色直しの為に退席した。次に2人が入ってくる時が光の乱舞のタイミングだ。ライルさんが、会場スタッフに合図を送る。入口のドアが閉められた。
「皆様、失礼いたします。施療院の施術師達から、ルビー嬢の結婚を祝して、ちょっとした演出がございます。お2人が入って、席に着いたら部屋の灯りを落としますので、驚かれませんようにお願い致します」
ライルさんが風属性を使って、会場内に声を届ける。この会場内にはお子さんもたくさん居るし、驚かせても悪いということで、スタッフさんには話を通してあった。
やがて、ルビーさん達が会場内に入ってくる。今度のカラードレスは鮮やかなイエロー。野獣さんとの舞踏会のプリンセスのようだ。
2人が高砂の席に着く。その瞬間、会場内の灯りが落とされた。
「リディー様、準備は良いですか?」
「はい」
2人で属性の色の付いた光球を高砂の席の周りに配置する。それが終わったら、所長達も加わって、光球をたくさん打ち上げる。1ヶ所に固まらないように、ライルさんとローズさんが風魔法でふわりと移動させた。
「綺麗だな」
「ロマンチックねぇ」
「あれ?この演出って、フルールの御使者の時の光の演出?」
「お母さーん、見て見て。光を掴めたよ」
「良かったわねぇ」
5分位で演出を止めて、ゆっくりと光球を消していく。最後の1つが消えた時、会場内は静まり返っていた。
灯りが戻ると、拍手が湧いた。良かった。成功した。リディー様が戻ったのが今週の火の日で、施療院に顔を出したのが緑の日だったから、みんな集まってのリハーサルはしていない。リディー様にはフルールの御使者でやったことをするとだけ所長が伝えてくれていた。
「皆さん、ありがとうございます」
高砂の席に施療院のみんなで行くと、ルビーさんとマルクスさんにお礼を言われた。
「アイデアはシロヤマさんじゃよ」
「お祝いの気持ちを表してみたんだよ」
「ルビー、おめでとう」
「ルビーさん、おめでとうございます」
「成功して良かったですわ」
テーブルに戻る途中でスカートをツンツンと引っ張られた。
「天使様のお姉ちゃん、あの光はもう無いの?」
声の感じから、光が掴めたと喜んでいた子らしい。
「光はもう無いの。でもね、帰りに良いことがあるよ」
「帰りに?みんなに言ってもいい?」
「いいよ。その代わり、お手伝いしてくれる?」
「お手伝い?」
「ダイアンちゃんのお母さんの所に連れていってくれるかな?」
ライルさんが助け船を出してくれた。私とライルさんで、ダイアンちゃんのお母さんの所に行く。
「突然すみません。ちょっと子ども達を集めてもらえますか?」
「あら、ライル様。少しお待ちくださいね」
声をかけられたお母さんは周りのお母さん方に声をかけて、子ども達を集めてくれた。上は15~16歳から、下は3~4歳まで、総勢15人。
「お母さん方も聞いてください。帰りにちょっとしたお手伝いをしてほしいんです」
「僕達が?何をするの?」
「帰る人達にプレゼントを渡してほしいんだ。『幸せのおすそわけです』って言って。お願いできないかな?」
「チビ達にはその言葉は難しいんじゃないの?」
「もちろん僕達もフォローに回るよ。どう?やってもらえる?」
「渡すだけでいいんですよね?」
「そうそう」
「やります」
「ありがとう」
退場時のプレゼントは、子ども達に渡してもらう事にした。
「ありがとうございます」
「ダイアンちゃんが声をかけてくれて良かった」
「本当?ダイアン、怒られない?」
「助かったよ。ありがとう」
ライルさんがダイアンちゃんの頭を撫でると、嬉しそうにしていた。ただし、私のスカートは握ったままだ。ダイアンちゃんのお母さんがオロオロしている。
「お食事をお楽しみください。ダイアンちゃんはしばらくお預かりします」
「良いんですか?」
「もちろんです」
そろそろ退屈になってきたみたいだし、5歳位までの子4人を連れて、隣の部屋に移動する。私もお腹が一杯になってきて、ちょっと休みたかったし、ルビーさんの幼馴染みだと言うエメラさんが、顔色を悪くしているのを見つけてしまったから。
「エメラさん、無理はしちゃダメですよ」
「ごめんなさい、天使様」
「エメラ、ほら、休んでいなさい」
「隣の部屋に行きましょう。横になれます」
エメラさんは現在妊娠4ヶ月。悪阻が酷いらしいのに、幼馴染みのハレの日に休んでいられないと来てくれた。
隣の部屋に移動して、ベッドに休んでもらう。薬師さんに悪阻を軽くする薬をもらっているらしいけど、無理はさせられない。
「1度始まっちゃうと駄目なんですよ。急に具合が悪くなっちゃって。迷惑をかけてごめんなさい」
「迷惑なんかじゃないですよ。気を楽にして休んでください」
旦那様の手をしっかり握って、エメラさんは目を閉じた。そっと離れて、子ども達の相手をする。まぁ、最初は読み聞かせからだよね。星見の祭以来、絵本が急速に普及しはじめて、いくつも新作が出されている。ここにもいくつか置いてあった。寓話的な物や昔話風の物、『天使様のお話』『黒き狼様のお話』……。何これ?
その中から『幸せの王子様』を選んで手に取る。『幸せの王子様』は地球の『幸福な王子』と題名が似ているけど、全く違うお話だ。市井で育ったある男の子が、わらしべ長者的に幸せを掴んでいくというストーリー。その中に「幸せのおすそわけです」というセリフが何度も出てくる。だから、相手をしながら、覚えさせちゃおうと思ったのだ。
「せぇの」
「「「「しあわせのおすそわけです」」」」
練習させていると、クスクスという笑い声が聞こえた。エメラさんだ。
「ごめんなさい。あまり可愛らしいものだから」
「御気分は良くなりましたか?」
「えぇ。ありがとうございます」
「御無理はなさらないで下さいね」
「はい。あまり寝てばかりはダメってお義母さんに言われて、動くようにしてるんですけど、そしたら動きすぎって心配されちゃって。どうしたらいいのか……」
「軽い家事とか、座って出来る仕事とか、そういった物をするようにしたらどうですか?」
「でも、家も商売をしているし」
「ご家族皆、協力的なんですよね?今の時期だけ甘えてください。今が一番大切な時期です。来月には楽になりますよ」
一般的に3~4ヶ月から5ヶ月位で悪阻は無くなる、もしくは軽くなると言われている。悪阻は妊娠5週頃から出現し、16週頃には軽快するのが通常だけど、妊娠後期や出産直前まで続くケースもあるから無理はさせられない。本当は確信的な事は言っちゃ駄目なんだけど、自分でストレスを作って余計に悪阻を重くしちゃう人もいるんだよね。
「咲楽ちゃん、そろそろその子達の出番だよ」
大和さんが呼びに来てくれた。
「はい。みんな行きましょう」
エメラさんも一緒に御披露目会の会場に戻り、招待客のお見送りをする。
「幸せのおすそわけです」
「しあわせのおすそわけです」
出てくる人にプレゼントを渡して行く。中身は菓子職人さん達が頑張ってくれたお野菜クッキー。ベリー柄、ニンジン柄、ピメント柄とハート柄のクッキー。ハートの色はベリー、その周りはプレーン、さらにルッコラで色付けした緑が縁取っている。
会場から人が居なくなると、手伝ってくれた子ども達に所長からプレゼントが渡された。お野菜クッキーとマドレーヌだ。これも菓子職人さんが作ってくれた。
「ありがとう、ショチョーさん」
年少組の子達は喜んで帰っていった。
「気を付けて帰りなさい」
「あの、頂いて良いんですか?」
15~16歳の子達が戸惑っている。
「もちろんじゃ。それは正当な報酬じゃよ」
「ありがとうございます。大切に食べます」
私達も少し後片付けを手伝って、会場を出た。スタッフさんに、ルビーさんとマルクスさんへのプレゼントを託して。
「両親への感謝の手紙で、ルビーが泣いちゃって大変だったわ」
「マルクス殿が、貰い泣きをしていたよ」
「ケーキカットは盛り上がったね」
「お互いにケーキを食べさせ合う時は、ルビーさんが大きくケーキを取りすぎて、マルクス様が大変そうでしたわ」
「みんな大笑いじゃったの」
「あれは流行りそうだね。トキワ君、何か意味があるんだったよね?」
ユリウス様とローズさんが用事で集団から離れて行ったから、マックス先生が大和さんに聞いた。
「ファーストバイトですか?元々は悪魔は甘いものが嫌いだから、魔除けに食べさせ合うといった意味だったのですが、次第に新郎から新婦へ『一生食べるものに困らせません』、新婦から新郎へ『一生美味しい料理を作ります』といった意味が付け足されました」
「そんな意味があるんだね」
「素敵ですわぁ」
そんな意味だったんだ。
「咲楽ちゃん、何を感心してるの?」
「2番目の意味しか知りませんでした」
「そういう人は多いよ」
「シロヤマさんが言っていたんだけど、菓子職人の事って何とか言うんだよね?」
「pâtissierとpâtissièreですか?」
「そう、それ。男性と女性って聞いたけど、男女で呼び名が違うんだね」
「どちらも意味は同じですよ。pâtissièreがpâtissierの女性形というだけです」
「どうして分かれてるのかな?」
「元になった言語に性差があったからといわれています。「万物に霊が宿る」といった考え方、「アニミズム」と言いますが、そういった考えに基づいているのかもしれませんが、いずれにせよ「単なる推測」に過ぎず、学問的な証拠は無いそうです。専門家も、解明出来ていないと言う話でした」
「覚えなきゃいけない言葉が多くなるって事だよね?大変だ」
その言葉を最後に、それぞれの家に帰った。