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実りの月第2の闇の日。今週は魔石を使わずに頑張れた。マックス先生と所長には、アインスタイ領に行って気分転換出来たのが良い方向に作用したんだろうと嬉しそうに言われた。ローズさんとルビーさんは良かった良かったと、私に抱きついて泣き出しちゃって、ライルさんとマルクスさんにに引き剥がされていた。
前から伸ばされる手はまだ怖いけど、視線に対する恐怖はかなりマシになった。怖いのは怖いんだけど、心臓を捕まれるような、虚無に飲み込まれるような、あんな恐怖は感じない。
先週、ダフネさんにエグマリーニを1つにする魔法を教えてもらった。この魔法はラマンセという。そう。樹魔法のラマンセと同じだ。ダフネさんは、「私にはよく分からないんだけどね。同じ物質同士を混ぜ合わせるって感じだから、同じで良いんじゃない?」って笑っていた。
今日は朝からどんより曇り空だ。雨は降ってくるのかな?着替えてダイニングへ降りる。
今日は朝からローズさんが来る予定だ。来週の闇の日がルビーさんの結婚式だから、お祝いの相談をする予定。この世界では神殿で親族のみの結婚式をする。結婚式も7神様に「結婚します」って報告するだけで、式次第がある訳じゃない。神官様と保証人がそれを見届け、それぞれの国民証に魔力を交換登録しておしまい。神殿に行かずに国民証の魔力交換だけをするカップルも結構いるそうだ。後でお役所に届けは必要だけど、届け出もしない事実婚カップルも一定数居るらしい。
ただし、御披露目は盛大にする。特に婚約期間が長かったり、お商売をしているお家の場合は、報告もかねて大勢の親しい人を招くようだ。
ルビーさんの御披露目は、ジェイド商会が新しく街中に作ったレンタルスペースで行う予定。名前を『マルガリタ』という。太陽の花と呼ばれているパクレットの別名だそうだ。花に「いちずな心と誠実な愛」を表す伝説があるらしく、結婚式で花嫁の髪飾りに使われることが多い。
地球で言うサムシング フォーに似たアリクイド クィーンクェという物もある。花嫁が身に付けるのではなく、幸運を招く結婚祝いの贈り物だそうだ。内容は、一生飾っておける物、心の籠った物、装身具、魔道具。一般的に心の籠った物は女友達から、一生飾っておける物は男友達から、魔道具はご近所さんから頂くそうだ。装身具はお互いに用意する。指輪に限らず、ネックレス、ブレスレット、アンクレット、イヤーカフ、何でも良い。お互い冒険者だからって剣を贈りあったご夫婦も居たらしい。剣って装身具なの?
庭で水やりをして、四阿を変形させながら、そんな事を考えていた。
「ただいま、咲楽ちゃん」
「おはようございます、サクラ様」
「おはようございます、天使様」
「おかえりなさい、大和さん。おはようございます、カークさん、ユーゴ君」
「何を考えてたの?」
「来週の事を。もう少しだなって思ってました」
「ルビー嬢の結婚式ね。久しぶりに闇の日が休みだ」
「最近緑の日ばかりでしたもんね」
「まだ本決まりじゃないけど、闘技場での訓練も、実りの月一杯だし」
「言っちゃって良かったんですか?」
「本決まりじゃないって言うのは、閣議で決定されてないって事だからね。見習いが入ってくるまでは、王宮と神殿で闘技場を使っての訓練はするよ」
「あれ?大和さんって今はどっちでしたっけ?」
「今は神殿。だから騎士服が白でしょ?」
「分からなくなっちゃいます」
3人がシャワー室に入って、水を流す。水属性だけでは気温以上に水温を上げられない。今は30度位かな?大和さんは相変わらず冷水にしてって言ってくる。
水浴びが終わったら、大和さんは瞑想。私とユーゴ君は四阿の後片付け。カークさんは洗濯箱を使いに行く。ユーゴ君は火属性のヒートで四阿の椅子を乾かしてくれている。
「天使様、今日、ローズ先生が来るんでしょ?」
「えぇ。ルビーさんの御披露目の会の打ち合わせだけど。お昼までは私が神殿に呼ばれてるから」
「呼ばれてるって、どうして?」
「第4週がミエティトゥーラプレエールでしょ?その前の緑の日に、エウカリエスって神事があるの。だからその衣装合わせ」
「海の祈念祭みたいなのを着るの?」
「ん?ユーゴ君は……そっか。学門所があるから見られないんだ」
「そうなんだよね。見たかったなぁ」
「ユーゴ君、エウカリエスの衣装は毎年変わるのですよ。セプタヘムス国で毎年決められて、それを着用なさるんです。トキワ様は不本意でしょうが、護衛の騎士の衣装も、御使者様とお揃いですね」
「あぁ、知ってる。着させられたしな」
「どのような衣装でしたか?」
「口外しないように言われてるんだ。悪いな、カーク」
「おや、残念です。懸賞コーナーの商品を頂こうと思いましたのに」
茶目っ気たっぷりでカークさんが言う。
大和さんが舞台に上がる。舞うのは『冬の舞』。この『冬の舞』の後は大和さんの纏う空気が変わる。何て言うんだろう?他人を寄せ付けなくなるって感じかな。ユーゴ君なんかは近寄りたくないって言ってる。拒絶されている気がするって。
大和さんがご実家で避けられていたって言うのは、『冬の舞』の所為もあったんじゃないかな?って思う。だって、いつもの大和さんは人に慕われるタイプだ。人の話もちゃんと聞くし、必要ならアドバイスもする。オンとオフの使い分けも上手くて、必要以上に厳しくはしない。
今日も、大和さんの剣舞が終わると、ユーゴ君は足早に家に入っていった。ユーゴ君を追って、カークさんも家に入る。それを見送って、大和さんが私を呼ぶ。
「咲楽ちゃん」
「大和さん、お疲れ様でした」
大和さんに抱き締められるのは、ほぼ毎日の習慣と化しているけど、『冬の舞』の後は、スキンシップが激しくなる。抱き締められて、髪や首に顔を埋められて、外では止めて欲しい。四阿の中だから見られる事はないって大和さんは言うけど、屋外ですよ。
「エタンセル用の囲いもあるんだし、正面から以外は見えないよ」
「正面からって事は、庭の入口からは見えるじゃないですか」
「大丈夫だって」
「後、首に顔を埋めながら喋らないで下さい」
「こうやって咲楽ちゃんを抱き締めていると、早く元に戻れるんだよ」
「……」
「おーい。咲楽ちゃん、黙らないで」
「大和さんが戻ってこられないと悲しいですけど、これはこれで恥ずかしいんですよ?」
「うん。知ってる」
大和さんに笑顔が戻ってきたら、家に入る。
「元のトキワさんだ」
ユーゴ君は空気を読むのが上手い。周りの雰囲気を察して動く事が出来る。そのユーゴ君が言うんだから間違いないって、3日前に大和さんが笑っていた。
朝食プレートを作っている間に、大和さんとカークさんとユーゴ君が何かこそこそ相談していた。何を言っているのかな?
「朝食が出来ました」
朝食プレートを出して、ジュースをお願いする。今日のジュースの当番は大和さんらしい。
「サクラ様、昨日バザールでセンテニアを見つけたので、買ってしまいました」
「センテニア?」
「大きなブドウです」
見た目は巨峰とマスカット。粒の大きさが日本の巨峰やマスカットの2倍位あるけど。
「私はこれが好きなのですよ。ご一緒にいかがですか?」
「朝食に添えますか?」
カークさんが器用に皮を剥いてくれて、朝食プレートに添えてくれた。
センテニアは味も巨峰やマスカットだった。ものすごく甘いけど。こちらでは巨峰もマスカットもセンテニアと呼ぶらしい。カークさん曰く「色が違うだけなんですけどね。何故か味も違うんですよ」らしい。センテニアを使ったワインもあるらしい。私は飲めないけど、甘くて美味しいらしい。
「ごちそうさま。行ってきます!!」
今日はユーゴ君は冒険者登録の付き添いらしい。登録する子を迎えに行って、仲間と2の鐘に冒険者ギルドに集合なんだって。
朝食を食べ終わって、大和さんが出勤準備に行く。私は後片付けをしてくれているカークさんと話をしていた。
「センテニアのようなフルーツは、あちらにもあったのですか?」
「はい。紫のセンテニアが巨峰、緑のセンテニアがマスカットと言っていました。確か同じブドウの仲間だけど、種類が違うって聞いたような?」
「そうなのですね。紫のセンテニアで染物も出来ますよね」
「家庭では出来ないですよ?」
「そうなのですか?」
「なんだったかな?色を繊維に定着させる何かが要ったはずです」
「センテニアが服に着くと落ちないのですが」
「私もよく分かりませんけどね」
大和さんが着替え終わって降りてきた。
「じゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃい」
「いってらっしゃいませ」
玄関まで大和さんを見送ると、額にキスをくれた。
「じゃあね。神殿に行くんでしょ?気を付けてね」
「はい。大和さんも気を付けてくださいね」
大和さんが行ってしまって、ダイニングに戻る。
「サクラ様、神殿まではどなたかと一緒ですか?」
「ファティマさんと一緒です。施療院まで来てくれて、家の位置を確認していました。迎えに来てくれるそうです」
「すると鍛治師が一緒かもしれませんね。時間まで居ましょうか?」
「カークさんは、用事があったのでは?」
「魔物の調査依頼についてですね」
「時間は大丈夫なんですか?」
「2の鐘に冒険者ギルドに行っていれば良いので、大丈夫ですよ」
「それなら一緒に居てください。あ、そうだ。ドリュアスに貰った種なんですけど、芽が出てきました。ただ、葉っぱの色が……」
「白いでしょう?」
「はい。茎は緑なのに葉っぱが白くて、大和さんとどうしてだろう?って言ってたんです」
「それで良いのですよ。見せていただいても?」
「はい」
庭に出て、フラワーポットに案内する。
「これですか?サクラ様、何かしました?」
「土の段階で栄養たっぷりの土になるようにってお祈りしました。しない方が良かったですか?」
「光属性を使いましたか?」
「たぶん?」
「本来はもう少し緑なんです。こんなに真っ白じゃないんです」
「異常じゃないんですよね?」
「魔術師筆頭様が育てたのは、どうだったかな?冒険者ギルドに資料があるはずなので、探してみます。あの方はそれぞれの属性の魔力で育てているようですから」
「すみません。お願いします」
ガラガラと馬車の音がした。荷台に幌を被せた馬車が家の前に止まった。幌にはハンマーと炎のマーク。
「ファティマ様のようですね。あのマークは鍛治師連のマークですから」
「天使様、来たよ」
「はい。少々お待ちください」
家に入って、結界具を確認して、玄関から出る。
「では、サクラ様、いってらっしゃいませ」
「いってきます。カークさんも気を付けてくださいね」
馬車には、ファティマさんと男の人が1人乗っていた。
「あんたが天使様か」
「失礼だよ。悪いね。旦那なんだよ」
「はじめまして、サクラ・シロヤマと申します」
「ムラードだ」
「全く無愛想だね。悪いね、天使様」
「いいえ。寡黙な方なのですね」
「無愛想なだけさ」
馬車には幌が掛かっているけれど、前後が開いているから、明るいし、風通しが良い。
「天使様、さっき一緒にいたのは誰だい?」
「カークさんです。大和さんの従者になりたいって頑張っている人です」
「頑張ってんのかい。そりゃあ、応援しなきゃいけないね」
「大和さんにその気が無いんですけどね」
「黒き狼は、剣を注文しねぇな」
不意にムラードさんに話しかけられた。
「頂いたものを使っているようです。私はよく分からないんですけど」
「奉納舞で剣舞を舞ったと聞いたが」
「はい。大和さんの舞いは剣舞です」
「それ用の剣は要らねぇのか?」
「どうでしょう?聞いておきます。もしかして鍛えていただけるんですか?」
「そんな事ぁ言ってねぇ」
「そう言えば槍も欲しいって言っていたような……」
「槍だぁ?扱えんのかい?」
「えぇっと、神殿騎士団長様と打ち合ってましたけど」
「面白ぇ。今度の休みに来なって言っておきな」
「分かりました。必ず伝えますね」
「天使様、怖くないのかい?」
「はい。ムラードさんは優しい方ですよね」
「この人は無口だし、厳つい顔だし、こんな話し方だろう?大抵の人は、怖がるんだよ」
「あぁ、お顔で損をしちゃうんですね」
「そうなんだよ」
神殿に着くと、ムラードさんは馬車を預けて付いてきた。
「ファティマ様、シロヤマ様、いらっしゃいませ。お呼び立てを致しまして、申し訳ございません」
「衣装合わせでしょう?聞いてますよ。今年はどんな衣装なんですか?」
「楽しみです」
「それではこちらへ」
案内された先には、見覚えのあるような衣装?あ、あれだ。青き衣の伝説のアニメの衣装。
「ファティマ様とシロヤマ様のお衣装はこちらです」
そこにあったのは細身でウエストを絞った袖と丈の長いジャケットに、長いスカート。私のはスカートの色が若草色でジャケットが白。ファティマさんのがスカートの色が深紅でジャケットが黒。
男性用はくるぶし辺りまで裾が長いコートの様なジャケット。袖は二の腕の半ばまで切れ込みが入っている。色はダークグリーン。胸の所に細長いポケットが5個ずつ付いている。シャツは白。ファティマさんの方の男性用衣装はジャケットがワインレッドでシャツが白。どちらも細い銀の帯が付いている。