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「大和さん、もう良いです。下ろしてください」


「やだ」


大和さんはいまだに笑ってる。


「意地悪です」


「馬車までね。本当はエタンセルに一緒に乗りたかったのに今は出来ないんだから」


もしかして右腕、使わせてる?


「今は左だけだよ。大丈夫。無理はしない」


そのまま馬車まで運ばれると、馬車からプロクスさんとリリアさんが出てきた。


「おかえりなさい。どうかされましたか?」


「取り囲まれて大合唱になった」


「ははぁ、それでこう言うことになってるわけですか」


プロクスさんは心底呆れた、といった感じでため息を吐いた。


「プロクスは馬車の中でリリア嬢と何してたんだ?」


「話だけですよ。本当ですよ」


「別に疑ってないって」


笑いを含んだ声で大和さんが言う。


「王宮に行きますよ」


プロクスさんが御者台に上がった。パーシヴァルさんと大和さんはそれぞれの馬に騎乗する。


「シロヤマさん乗りましょ」


馬車に乗り込む。すぐに馬車は走り出した。


「このまま王宮に行って私達はどうするんですか?」


「そうね。降りる?気分転換にはなるわよ」


「男の人ばかりですよね」


「中には女性騎士もいらっしゃるけど、少ないわね」


大和さんが何かするなら見てみたいけど。


「リリアさん、降りてみたいです」


取り囲まれなければ大丈夫だよね。


「王宮の練兵場に行ったことはあるの?」


「あの謁見の日、王宮に泊まらせていただいて、翌日案内していただきました」


その時に副団長さんと大和さんが、模擬戦をしたってことは黙っておいた。


「そう。王宮の練兵場って一般解放されているのよ。騎士様達の訓練を見学したり出来るわ。すぐ側は馬の管理場になっててね」


「馬の管理場ってピガールさんが居るところですか?」


「あら、ピガールさんを知っているの?」


「以前、お会いしたことがあります」


「あの方は馬のことにかけては厳しいけど、基本的にお優しいから。他のオーク族の方もいらっしゃるわよ」


馬車が止まった。ドアを開けたのは以前来たときに見た騎士さんだった。フルプレートっていうんだっけ?西洋甲冑?全身を覆う鎧を着てる。顔は見えてるけど、兜?も被ってる。重そう。リリアさんはその人の助けを借りて馬車を降りたけど、知らない男の人はまだちょっと怖い。躊躇してると大和さんが来てくれてその人に何か言って変わってくれた。


「咲楽ちゃん、降りるんでしょ?」


左手を差し出される。


「練兵場の入口までは一緒に行くよ。そのあとはリリアさんから離れないで」


頷いて移動する。練兵場の入口で大和さん達と別れた。


「先に練兵場に行きましょうか」


以前見ていた所と違う場所に行く。あそこは本来貴族様専用エリアだったみたい。


一般向けの見学できる場所には何人かの女の人が居た。


「今日は黒き狼様はいないのね」


「私、黒き狼様を紹介してくださいってお願いしちゃった」


「あの方、子どもにも優しいのよ。この前の市内巡回でお見かけしたわ。ちゃんと目線を合わせてお話ししてたわ。優しそうな微笑みで」


「なのに模擬戦が始まったらどこまでも追い詰めていくじゃない。あのギャップが良いのよね」


きゃあきゃあと騒いでる。大和さんが格好良いのは分かるんだけど……


「あら?アインスタイ副団長様が出てらしたわ」


「ちょっと。後ろに居るのって黒き狼様じゃない?騎士服を着てらっしゃらないわ」


「それに左で剣を持っているじゃない」


大和さんは副団長さんに何か話すとこっちに向かって歩いてきた。


「私の方に来るわよ」


「あれは私の方に来てくださってるのよ」


「いいえ、私よ!!」


言い合ってる女の子達を無視して大和さんが私を呼んだ。


「咲楽ちゃん、これ、預かってて」


そう言って上着を渡される。え、待って、まさか模擬戦するの?


「大和さん、まさか……」


「どのくらい動けるか、確認したくてね」


「無理しないでください」


「無理はしないよ。無茶もしない」


大和さんは笑って副団長さんの元に向かう。


「リリアさんどうしよう」


「どうしようって言っても……あら?」


プロクスさんが来た。


「プロクスさん、止めてください!!」


「私では止められませんでした」


模擬戦が始まる直前にあの騒いでた女の子達が来た。


「ねぇ、あなた。その上着は私達が受けとるべきものよ!!」


「こっちに渡しなさい」


「渡しません」


なんだか聞いてたらムカムカしてきた。


「私達は黒き狼様が騎士団に入ってからずっと見てるのよ」


「さっさと渡しなさい!!」


「渡しません。大和さんが預けてくれたんです。ちゃんと返すまで持ってなくちゃいけないんです」


模擬戦が始まった。大和さんは左だけで剣を操っている。


「驚きましたね」


「プロクスさん」


「トキワ殿の利き手は右、でしたよね」


「はい。剣舞の時も右で剣を持ってます」


「なのに、あれですか」


気が付いたら、騒いでた女の子達も、模擬戦を見てる。


大和さんが副団長さんに剣を突き付けた。


「勝負ありですか、本当にあの人は……」


大和さんと副団長さんは何か話している。その間に女の子達が復活した。


「その上着、私達が返してあげるわ」


「あなた、そっちの男の人とも付き合ってるんでしょう」


「黒き狼様にあなたは相応しくないわ」


肩を押された。かなり強く。


プロクスさんが受け止めてくれた。


「大丈夫ですか?」


「ちょっと、あなた達、何を騒いで……シロヤマさん!?」


「アリスさん」


「どうしたの?」


「その子が生意気にも黒き狼様の上着を私達から奪ったのよ」


「しかも自分が預かったって嘘をついて」


「嘘なんかついてません。大和さんは私に預けてくれたんです」


「この場合、嘘を吐いてるのはあなた達の方よね」


アリスさんは女の子達に向かって言った。


「彼女は黒き狼様の想い人よ。貴女達が黒き狼様を見るずっと以前からね。その彼がこの人が居るのに、上着を他の人に預けるなんて絶対にしないわ」


「アリスさん……」


「貴女も堂々としてなさい。って顔色悪いわよ。座った方がいいわ」


「シロヤマさん無理しちゃダメよ」


リリアさんと2人で座らされた。


「魔力回復はどれくらい?」


国民証を見せる。


「1.5割にも届いてないじゃない。ちゃんと休まないとダメよ」


「咲楽ちゃん、どうした?」


大和さんの声がした。練兵場の中から心配そうに私を見てる。


「貴方がすべての元凶よ」


アリスさんが言った。


「貴方がこの状況で彼女に声をかけたから、こうなってるの」


「違います。大和さんのせいじゃありません」


息が出来ない。うまく吸えない。頭痛がひどくなる。過呼吸?。大きく息をしないとダメなのに、呼吸がうまく出来ない。冷や汗が止まらなくなってきた。


「副団長、もう良いですか?」


「えぇ、もうそこから上がりなさい」


その言葉が終わる前に大和さんが側に来てくれた。


「咲楽ちゃん、ゆっくり深呼吸。吐いて、吸って」


ダメ。うまく吸えない。首を振る。


「ちょっとごめんね」


大和さんが私の後ろに回ると脇の肋骨の辺りに手を置いた。


「ゆっくり深呼吸ね。吐いて、吸って」


吐いて、の時に肺を軽く押される。呼吸介助してくれてる?


何度か繰り返してもらったら楽になってきた。


「もう大丈夫です」


「なんの騒ぎだ!!」


「第2王子殿下」


そんな声が聞こえて慌てて立ち上がろうとする。でも力が入らなくて起き上がれなかった。


「そのままで()い。天……いやシロヤマ嬢、いかがした?」


「ちょっとした諍いから彼女が体調を崩しました」


アリスさんが説明してくれている。


「大丈夫なのか?」


「とりあえずは大丈夫のようです」


大和さんが答えてくれていた。


「それなら()いが……王宮内で休んでいくか?」


「それは……」


「やはり無理か」


「申し訳ございません」


「母上も会いたがっているのだが……まぁ()い。早く休ませてやると良い」


「ありがとうございます」


第2王子殿下は行ってしまった。


「アリス嬢、ありがとう。助かりました」


「早く帰って休ませてやると良いわ。あ、ちょっと待って」


アリスさんはそう言って大和さんにスキャンの魔法を使った。


「右腕、完全に治ってるけど、無理は禁物よ。明日は?」


「副団長に休めと言われましてね」


「それなら良いけど。彼女にも無理はさせないで」


「させませんよ」


「ゆっくり休むのよ」


アリスさんは私にそう言うと、行ってしまった。


「馬車はいつでも出発できます。休ませてあげましょう」


どこかに行ってたプロクスさんが戻ってきてそう言った。


そのまま大和さんに横抱きで馬車まで運ばれた。


「シロヤマさん、ここに横になって」


リリアさんが手招きしたのは、来たときと違うちょっと大きな馬車。え?なんで?


「リシア様が借りてくださったの。横になれるようにって」


「ご迷惑を……」


馬車が動き出す。大和さんはエタンセルに騎乗していた。


「迷惑なんてかかってないわ。寧ろ助けられなくてごめんなさい」


「リリアさん、謝らないでください」


「彼女達、どこかの下級貴族のご令嬢だったはずよ。飽きずに毎日騎士団の練兵場で男漁りしてるのよ。何度も注意されてるのに懲りないんだから」


ふふっとリリアさんが笑う。


「第2王子殿下が出ていらしたんでしょ?良い気味だわ」


「良い気味って……」


「あれで黒き狼様には貴女が居るってことが分かったでしょうし、揉め事を起こしたのが王家にバレたのよ。どうなるか見物(みもの)ね」


見物(みもの)って……」


「たぶん今ごろ、黒き狼と天使様の話は広がってると思うわよ。ギルドでトキワ様が貴女を抱き上げたでしょう。そういう話ってみんな大好きだもの。それに神殿地区の市場(バザール)で仲睦まじい二人を見たって人も多いわよ。トキワ様って神殿を出る前、舞を舞って注目されてたから、結構目立ってたみたいだし。そのまま貴女に話し掛けたりしてたでしょう。あれは誰だって噂になってたわよ」


「噂になってたんですか?」


「えぇ。さぁ、少し目を閉じてなさい」


馬車の中にはガラガラと音が響く。横になっていると窓も遠くて空しか見えない。


「リリアさん」


「なぁに?」


「さっきのってあれで良かったんでしょうか」


「彼女達に言い返した事?貴女はトキワ様の婚約者でしょ。あの対応が当たり前だと思うわよ。大体わざわざトキワ様が貴女に渡した上着を、奪い取ろうとしたのはあっちじゃない。そのあとどうなろうと、それは彼女達の自己責任。良いわね。貴女は気にしないでゆっくり休みなさい」


「はい」


目を閉じたら眠くなってきた。そのまま寝てしまったみたい。


軽い衝撃を感じて目を開けると大和さんの顔があった。


「目が覚めた?」


「え?」


「もうすぐ6の鐘かな」


「え?もうそんな時間ですか?」


慌てて起きようとすると大和さんに止められた。


「過換気起こしたでしょ。眠くなったんだと思うよ。無理しちゃダメだよ」


「過換気?過呼吸じゃなくて?」


「同じようなものだよ。過換気症候群は精神的な物が原因の事が多いね」


「あ、確かに」


「とりあえず寝ようか?あ、お腹すいてない?」


「大和さんがお料理したんですか?」


「料理は出来ないからね。リリア嬢が作ってくれた。コリン嬢も来たな。心配してたけど、魔力切れと過換気が重なったんだろうって言っといた」


「少し食べたいです」


「下に行く?ここに持ってこようか?」


「下に行きます」


「抱いていくよ」


「大和さん、過保護です」


起きて上着を羽織る。


キッチンに行くと鍋にオートミールが置いてあった。温めてお椀に少し盛る。


「こういうことは俺は役に立たないな」


大和さんがそう言うけれど、そこにいてくれるだけで嬉しい。


テーブルに持っていって食べる。オートミールは優しい味だった。


「大和さん、エタンセルはどうしたんですか?」


四阿(あずまや)で寝れるよう、ミメット部隊長がしていった、今ごろ寝てるかな?」


「エタンセルがあの時、すごく心配してました。私は声を掛けるしか出来なくて……」


「それで少し落ち着いたって聞いたよ。ありがとう」


作って貰ってあったオートミールを食べると、身体が暖まった気がした。


「もう良いの?」


「はい。美味しかったです」


「じゃあ少し休んだら、お風呂だね」


そう言って大和さんは食器を片付けてくれた。


「少しソファーに座ろうか」


2人でソファーに座る。大和さんが抱き締めてくれた。


「練兵場での事、ごめんね。確かにちょっと考えが足りなかった」


「大和さんは悪くありません」


「あの人達が毎日のように来てるのは知ってた。見られてるのも知ってたのに、ああいう行動に出ることを予測できなかったのは俺のミスだよ」


そう言って大和さんは私の頭にキスを落とした。


「咲楽ちゃんが肩を突き飛ばされたでしょ?あの時あいつらが許せなかった。プロクスが咲楽ちゃんを受け止めたのを見て、感謝もしたんだけど、あの場にいるのが自分じゃないことが悔しかった」


大和さんの腕に力が入った。


「咲楽ちゃんが顔色を悪くしてるのを見て、神殿で咲楽ちゃんが倒れたときの事を思い出した。自分はなにも出来なくて、見ているだけしか出来なくて。あんな想いはもうしたくない」


「大和さん、私は大和さんが居てくれたから、あの人たちに言い返せたんです。そんなに自分を責めないでください。練兵場に行くって言ったのは私なんです。自分で考えて行動したんです。大和さんは悪くない」


大和さんの背中に手を回した。


しばらくそうして抱き合っていたけれど、6の鐘が鳴ってお互い離れた。


「大和さんはお風呂入ったんですか?」


「皆が咲楽ちゃんを見ていてくれてる時に入った。一人にしたくなかったからね」


着替えを取りに自室に戻る。大和さんは浴室前で待っていようかと笑いながら言っていたけど、さすがに遠慮してもらった。入浴後寝室に戻る。


「咲楽ちゃん、魔力回復はどれくらい?」


「2割くらいですね」


国民証を見ながら答える。


「魔力回復って接触でも良いんだよね。キスとかでも良いのかな?」


「知りません!!」


「冗談だよ」


クックッと笑いながら大和さんが言う。


「大和さんは意地悪です……」


「悪かったって。無理させるなってみんなに言われたからね。ほら、こっちに来て」


そのまま抱き締められる。大和さんの心臓の音が聞こえて安心した。


「ゆっくり眠ると良い。側にいるから」


その声は優しくてそのまま私は眠りに落ちていった。



ーー異世界転移23日目終了ーー


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